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ルーという娘②


 帰路に着くアサギの携帯電話が震えた。それは着信ではなくメールで、差出人はリタである。

 内容を確認すると『今、兄さんのアパートにいるよ。いいものがあるから、早めに帰ってきて』と書かれている。合い鍵は渡してあるので、もう家の中には入っていると思われた。


 アパートの玄関には案の定、女物の靴があった。洋間で待ってましたと言わんばかりのリタが微笑んでいる。

 今日の彼女は仕事スタイルではなく、いつも束ねている金髪をおろしていた。服装もTシャツとジーンズというラフな格好だ。


「お帰り、兄さん。お疲れさま、遅かったね」


「まぁな」

 そこでルーが「りたぁ」と言ってアサギの横をすり抜けていく。


「ルーちゃん。元気にしてた?」


「ルー、ルーっ!」


「そっかぁ。元気でよかった、よかった。今日はそんなあなたにプレゼント(いいもの)を持ってきたの。あ、兄さんはシャワー浴びてきていいよ。臭いから」


「なんだとっ」


「いいから、いいから。その間にいろいろあるの。早く行って」


「チッ、しゃーねぇな」

 アサギはしぶしぶシャワーを浴びに向かう。その間ずっと何があるというのかと考え込んでいた。



 髪を乾かしてから脱衣所を出ると、ニヤニヤした表情のリタが待ちかまえていた。


「ふふふ、兄貴。いい感じに仕上がってますぜ」


「何がだよ」


「ルーちゃん、出ておいで」

 すると寝室からルーが飛び出してくる。少女は紺色の丸襟ワンピース姿だった。頭には緋色のリボン付きカチューシャを装着し、白色のタイツにエナメルの革靴まで履いている。


「じゃーん、どうよ。ルーちゃん、可愛いでしょっ!」


「何がどうなってこうなった?」


「兄さんってば、もっと良いリアクションしてよ」


「おう、そうか。いや、これは何だ?」


「こういう時はまず褒めてあげなきゃ駄目よ。なかなかの仕上がりでしょ?」


「ああ。で、結局、どういう状況なんだよ」


「兄さん、もしかしてパニック状態なの?」


「いやっ、別に。……違うぞ」


 アサギが真顔でそう強調すると、リタは「やっぱりそうか」と答えた。


「まぁ、仕方がありませんなぁ。こんなに可愛い娘が目の前に現れたら思考も停止しちゃう。あっ、当たり前だけど、お触り禁止だからね」


「そんなことしねぇよ。――それで、この服は買ったのか?」


「ふふん。靴とタイツは勘で買ってきたんだけど、お父さんに私の古着を送って貰ったのよ。預かっている間の着替えいるでしょ?」


 大きな袋をごそごそとしている彼女に、アサギは声をかける。


「あー、言いにくいんだが。こいつは施設へ連れて行くぞ」


「――なにそれ!? そんなこと、聞いてない」


「悪いな。この服はそのまま着せて行くから」


 リタは「そんなの酷い!」と鬼気として迫ってくる。アサギは困って頬を掻いた。


「だから、悪かったって言ってるだろ。靴まで用意して貰って有り難い」


「違う。兄さんのバカ!」


「……な、なんだよ」

 真剣な表情で肩を震わせているリタの様子に男は惑った。


「施設なんて可哀想だって言ってるのよ。兄さんの薄情者!」


「あのなぁ……」


「そんなの、里子に出す様なものじゃない」


「親にもいろいろ、事情があるんだよ」


「兄さんには無いでしょう!」


 ルーが言い争う二人に不安そうな視線を送っている。アサギは長い息をついた。


「リタ、俺がどこで働いてるか考えてみろ」


「そんなこと知ってるわよ! もういい。この可哀想な子は私が連れて帰る」


「バカなこと言うな。こいつはスローターだぞ」


「虐殺者の前にルーちゃんでしょう。兄さん、ちゃんと見て、この子を見てよ。本当に危険だと思うの!?」


「虐殺者は、虐殺者だ」


「――この分からず屋ぁ!」


 彼女の悲痛な叫びは、ちゃんとアサギに伝わっていた。それでも複雑に絡み合った男の気持ちが、まともな判断を下させてくれない。


 リタは瞳に涙を溢れさせている。アサギはこれ以上の刺激を与えないように声を潜めた。


「おい、泣くなよ。……悪いが、少し時間をくれ。一人で考えたい」


 彼女は無言で手提げ鞄を手にして、アパートを出て行く。

 男はすぐさまトイレへとこもった。鍵がある場所がそこしかなかったからだ。


 一人、便座に座り込んで思考を巡らせる。


「(ルー自身を見る、か)」


 少女はスローターであるが、今まで危険なことは一切無なかった。それはアサギ自身も自然に言葉にしていた。よく分かっている。


「(――だが、俺は……)」


 目を閉じて、過去の自分の姿を思い出す。アサギ・フェイサーという男は銃器を手にしていた。

 それを使えば、対象者の腕や足も簡単に吹き飛ばせた。効能の強い注射筒シリンダーを使えば死に追いやることも可能だ。


「(いや、傷つけようと思えばなんだってできるか)」


 男は失笑した。

 昨日、会ったジルの態度を思い出す。彼は「当然だ」と言って虐殺者スローターへ投薬を繰り返したのだろう。


「どっちが殺人鬼なんだ」


 アサギは「犯罪者とそうでない者の区別が、人間同様に必要だ」と思っていた自分を恥じた。

 即座にトイレから出ると、床に座り込んでいたルーに声をかける。


「お前は、施設には居たくないのか?」

「うへぇ?」


「ルーはここに居たいのか? どうなんだ」


 そう尋ねると、珍しく彼女は黙り込んだ。眉を寄せながら深刻な表情で床の一点を見つめている。

 アサギはそんな少女を見て苦笑した。


「じゃあ、しばらくここに居るか?」


「……め」


「な、なんだ」


「めえっ!」

 ルーはそう叫びながら飛びついてきた。「めええええ」と泣き喚く。それは「駄目」と言いたいのか、それともただ単に叫んでいるだけなのかアサギには分からなかった。


「施設がいいなら、戻ってもいいが」


 叫びすぎたのか、彼女は「うぇっ」とえずきながら首を横に振った。それから男に頬ずりして、いつものように名前を呼んだのである。

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