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模範的な人間


 昼食を終えて携帯電話の電源を入れると、十件以上の着信履歴と数件のメールが入っていた。

 それは全て、部下であるハルという男からの連絡だ。アサギは先にメールの確認をする事にする。


 一件目の文面は、『捜索願の件、了解しました。すぐに調べます。あと、昨日は急なお休みを頂いてすみませんでした。隊長お一人で大丈夫でしたか?』だ。


 二件目は『リストの用意はバッチリです。先ほどから電話に出られないようですが、何かありましたか』というものである。


 続いて三件目は、『アサギ隊長、大丈夫ですか。心配なので連絡をください』だ。


 極めつけは最後の『隊長、僕を無視しないでくださいよ~!!』だろう。


 画面を見て男は顔を強ばらせた。二、三時間ほど上司と連絡が取れないだけで、ハルがどうしてこんなに動揺するのか分からない。慕ってくれているのは知っているが少しばかりの恐怖を感じる。


「お前は束縛の激しい友人かよ。……しかしまぁ、そろそろかけ直してやらんとな」


 すぐに電話をかけると、相手はワンコールで出た。しかし、無言なのでアサギが先に発言する。


「ハルか。あの、すまんな」


「あっ、隊長。お疲れさまです」

 予想に反して、彼はケロッとしたような声色で挨拶をした。ハルは続ける。


「例の件ですけど、どうしましょう。隊長の携帯端末だと容量の重いデータが送れないので、ご自宅の方へ送信していいですかね?」


 男が置き時計を確認すると、時刻は一時を回ったところだ。それなら少女を連れて基地の方へ向かった方が早いと判断する。


「いや、今からそっちへ行くから直接確認させてくれ」


「はい、了解しました。それでは、後ほど!」


 その声を最後に携帯電話を切る。

 男は洗濯してすっかり乾いていた衣類を少女へ託してから、寝室で出かける準備をした。



 アサギのアパートがある集合住宅街のジェナイ地区から虐殺者(スローター)対策部の駐屯基地のあるリブラ地区までは車だと三十分以上かかる。

 男は普段、自動二輪車(オートバイ)で移動をしているが、他の方法を選択するならは公共の交通機関を使用する事になる。


 今回は少女を連れ帰るために小型車を借りて帰ったので、すぐに目的地へと辿り着く事ができた。

 目立たないように施設の裏口からこっそりと入館すると、裏口ホールの右側に設置された管理室内で何者かが「こいこい」と手を振っているのが見えた。


 ガラスの小窓を開いたのは鼻上にそばかすのある女で、彼女は少女を見て声を上げる。


「アサギさん! 部外者を連れて入場する場合は玄関口で手続きをしてください」


「気づかれたか」


「当たり前です。一日中、監視モニターを見つめるだけの仕事を続ける私たちに、見抜けない部外者はないですよ」


「うっかりしてたんだ。すまん」


 本音を言うと手続き諸々が面倒くさかったということもある。アサギは笑って誤魔化そうとしたが、女は怒っている様子だ。


「うっかりって何ですか。もしかして、アサギさんも女性差別ですか。それとも、派遣社員だからって私をナメてます?」


「いいや」


「ではさっさと手続きして来てください」


「今回だけだ。見逃してくれよ、ケイティ」


「駄目です。規則は守って貰わないと、下手したら私の首が飛びますので。お願いしますよ、全く」


 女、ケイティの強気な物言いは、相手がそれを許容してくれると知っているからこそだった。男は頭を掻く。


「あー、これは俺の女だから通してもいいだろ?」


「は? 女性不信の癖に何言ってやがるんです。ふざけないでください」


 彼女は真顔である。しかし、どこからそんな噂が広まるのか。こんな所までもそんな風に思われているのだなとアサギは苦笑する。

 そこでケイティは饒舌に話し始めた。


「あのねぇ。そちらさんとは違って、私は雇われなんです。いつ契約を切られてもおかしくないっていうのに、そこの所が分かってないんですよ。これだからエリートってのは、ろくでもない奴らばっかりで――……」


 よほど日頃から鬱憤をため込んでいるのか、ケイティは瞳を閉じて一人の世界に入ってしまっている。男はその隙に少女の腕を引いてその場を離れた。


 清掃員などが使用する小型のエレベーターを使って二階へ上がる。扉が開くと突き当たりは壁で、右方向に廊下が続いている。男は歩き出す前に少女へ顔を向けた。


「いいか、大人しくしてろ。あんまりハシャぐと命はないからな」


「なーからにゃー」


「まじで、殺されるぞ」


「おぉっ」


 様々な意味で「冗談じゃねぇよ」と思いながら男は歩き出す。

 少女は落ち着かない様子で、忙しなく視線を動かしながら着いてきた。途中で立ち止まっては、「ころさぇるぞぉ?」と左右を確認している。


「早く、来い。離れるな」


「うぃ」

 ルーはタタタッと男の側へ寄ってきて、その腕に手を回した。ぴったりと密着するので歩きづらい。


「(離れるなって、そういう意味じゃないが……)」


 アサギは直線状の廊下の突き当たりにある部屋の前で足を止めた。


 『SS―03』と書かれた鉄扉の機械にIDカードを通す。高い機械音が鳴ってロックが解除された。

 その執務室へ入ると、部屋の中央にある会議机の前に小柄の青年が座って作業をしている。

 彼は男の姿を確認すると椅子から立ち上がった。


「隊長、お疲れさまです」


「よう、ハル。お疲れさん」


 青年、ハルは男の後ろから現れた少女を見て目を丸くさせている。


「あれっ、その子はどちら様ですか?」


「昨日の合同任務で捕獲したスローターだ。俺は保護施設からの脱走者とみてるが」


「ああー。それでリストが必要だったんですね」


「用意はできてるか」


「はい、バッチリですよ。こちらが捜索願の出てるスローターのリストになります」


 彼は机上に束ねてあった用紙を数枚、差し出す。アサギは礼を言ってから、それに視線を落とした。


 紙面には捜索願の出ている虐殺者(スローター)の名前と特徴、写真などが一覧で載せられている。上から順に確認するが、そこに『ルーらしき少女』は載っていない。


「これは近世代のリストだな。次世代の分はあるか?」


「はい。すぐに出しますね」


 ハルはノートパソコンを操作する。近くにあった印刷機から印字がされた用紙が出てくると、彼はそれを引き抜いて差し出した。

 男はすぐに内容を確認するが、ルーの情報はない。


「まさか、初代ってことはねぇだろうな」


 その言葉を聞いたハルはパソコンの液晶をアサギの方へと向けた。彼は画面をボールペンで指しながら言う。


「初代で施設隔離されていたスローターなんて希少ですよ。ほら、掲載もほとんどありません。失踪年代もかなり古いですからもう見つからないでしょうね」


「これで保護施設からの脱走者って線は消えたか。そうなると、野良か?」


 男が少女を見ると、彼女は「ふっんふんっふん」と鼻歌を鳴らしながら体を揺らしていた。

 ハルは悩ましげにボールペンをこめかみに当てている。


「それはないでしょう。先ほどから見てましたが、幼すぎますよ。これだと自活するのは困難と判断しますが」


「じゃあ、仲間がいたと仮定すればどうだ。昨日こいつを見つけた時は警戒令中だった。対象者は死んだみたいだが、そいつらが世話してた可能性はないか」


「なるほど、少し待ってください。対象者の情報出します」


 ハルがパソコンを操作する。


「こちらは数日の間に捕獲、または殺傷されたスローターの一覧です。まぁ、きちんと連絡がされているものだけですが」


「悪いがそれ、印刷してくれないか?」


「了解です」


 アサギは印刷された紙を手にしながら少女をボックスソファへ座らせた。

 それから時間をかけて紙面を確認させたが、彼女は全てに首を傾げただけである。


 アサギは迷わず、昨日連絡を取った保護施設へ連絡を取った。


 事情を説明すると施設の職員が基地まで迎えに来くるとのことなので、男と少女は駐車場へと移動する。

 ルーがアスファルトにしゃがみ込んで列をなす蟻の群を観察している間に、小型の護送車が到着した。


 車の運転席には屈強そうな大男が乗っている。助手席から穏やかそうな表情をした壮齢の淑女が降りてきた。

 グレー色のフォーマルスーツを上品に着こなす彼女は会釈をする。


「お待たせ致しました。あなたが連絡を下さいました、フェイサー様ですね」


 男が肯定すると、彼女は片手を差し出した。


「初めまして。施設クロノスから参りました。私はメアリ・アダムズと申します」


 アサギはその手を握り返してから、少女へ視線を向ける。


「どうも。これが電話でお伝えしたスローターです。性格は幼いようで、危険性は無いと判断しております。そちらで保護して頂きたいのですが」


「ええ、もちろんそのつもりですわ。そちらのチルドレンは、こちらで責任を持ってお世話させて頂きます」


 そう満面の微笑みを浮かべるメアリを見て男は目を細めた。

 保護施設の拠点地とも称されるザジテリアズ地区では虐殺者(スローター)と呼ぶ事自体を差別だとしている。


 とある宗教団体が彼らを『不滅のものパーペチュアル』と称して神格化して崇めていると新聞で読んだ事がある。また、守るべきと主張する者たちは『子供たちチルドレン』とすべきラジオ番組で高らかに宣言をしていたと記憶していた。


 アサギは言う。

「後はよろしくお願いします。何か問題があった時は本部の方へ連絡を入れてください」


「はい、分かりました。――さぁ、お嬢さん。こっちへいらっしゃい」


 メアリは少女を護送車の後部へと誘導する。ルーは不思議そうな顔でアサギの方を振り返った。


「んぇ?」

「ほら、行けよ。美味いもん、たらふく食わせて貰えるぞ」


「たらふくぅ!?」

 少女がいそいそと車の荷台に座ったところで、メアリは扉の鍵を閉めて男へ向き直った。


「フェイサー様。よろしければ一度、クロイツの方へ見学にいらっしゃいませんか?」


 そんな提案をされるとは思っても見なかった。アサギが黙り込んでいると彼女は微笑みながら頷く。


「私どもはチルドレン保護の積極的な取り組み活動の一環として、対策部の方々にそういった提案をさせて頂いております。あくまでも判断は個人様にお任せする形で、強制ではございません」


「そういう事でしたか」


「はい。もし興味がお有りでしたら、是非ともザジテリアズ区へいらっしゃってください。それでは、私はこれで失礼致します」


 深々と頭を下げてから、彼女は車へ乗り込んだ。エンジンがかかると、窓からルーが不安げな表情でアサギを見ている。

 彼女の「あしゃぎぃー」という叫び声を残して車は走り去って行った。

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