*6 Happy Halloween
三番隊の執務室へ、コムギを連れたダイナモがやってきた。母親のウムギの体調が良くない日はこうして子供をアサギに預けにくるのだ。
しかし、今日はそれだけではないようである。ダイナモは真面目な表情で「アサギ、お前に頼みがある」と言った。
「なんだよ。お前が俺に頼みごとなんて珍しいな」
「ああ、もうすぐハロウィーンだろう」
「そういえば、もうそんな時期か」
「そうだ。俺は幼少期からその行事を見ていることしかできなかった。羨ましいと思ったこともある。だからこの子には体験させてやりたい」
「なるほどね」
自分が空しい思いをしたから、子供にはそんな思いをさせたくないという彼の思いは伝わった。
もちろんコムギのためだというならアサギも協力は惜しみたくない。これこそが親心というやつだ。
「(まぁ、俺は本当の親って訳じゃないが)……じゃあ、コスチュームが必要だな」
「協力してくれるのか」
「ああ、構わないぞ。仮装グッズを用意してやるよ」
「宜しく頼む」
「任せろ、コムギのためだ(しかし、こんなことまで手伝うことになるとはな……)」
以前のアサギなら、こういった面倒くさい事はすべて他人に任せきりだった。男は「自分も変わったもんだな」と不思議な気持ちになった。
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早いものですぐに当日となった。その日は休暇を取ったので、アサギのアパートで準備を始めた。
コムギは黒地でモコモコとした服と猫耳、さらに尻尾をつけている。その姿は、お匙でなく非常に愛らしいものだ。
「わぁい、ネコさんだ。にゃあ!」
彼はその格好を鏡で写して、大満足の様子を見せた。そしてその隣で不服そうな表情を浮かべる少女が一人いる。
「おい、アサギ。貴様、私になんて格好をさせるんだ」
そう言ったルーインは白地でモコモコとしたワンピースに猫耳と尻尾をつけている。おまけに顔には三本のヒゲをペイントしてやった。
「コンセプトは猫の姉弟だ。お前はコムギと一緒に近所で菓子を貰ってきてくれよ」
「なにっ!? 私にそんな辱めを受けろと言うのか」
「お前らの年齢だと、親が手を引いて歩く必要もないし、俺が出る幕じゃねぇよ」
「では、こやつだけを行かせればいいだろう」
「お前は何を言ってるんだ。こんなに可愛い子猫が誘拐でもされたらどうする」
「貴様は親バカ……いや、もう頭がおかしいんじゃないのか?」
「とにかく、お前がちゃんと面倒を見ろよ」
「くそっ、ふざけるな」
そこでコムギがやってきて、ルーインの手にそっと触れる。
「ルーインおねぇちゃん。ぼくのことを、よろしくおねがいしますっ」
そう言ってペコリと頭を下げた。その悪気ない行動には少女も顔をヒキツらせるしかない。
「覚えていろ……よ。アサギ」
「ほらカゴ、持って行けよ」
パンプキン型の手提げカゴを、それぞれに渡すとルーインもしぶしぶといった様子で玄関へ向かった。
まずはお隣さんである。事前に説明をしていたこともあって、夫婦そろってお菓子を用意してくれていたようだ。
「おかしをくれなきゃ、いたずらするぞぉ。にゃにゃっ」
ネコの手ポーズでそう声を上げたコムギの攻撃には、夫婦どころかアサギも脱帽である。
玄関の扉を開けながら彼らの様子を伺っているアサギを、ルーインが凄まじい鬼の表情で睨みつけてきた。
「貴様、見ているなら私と代われ!」
「ここまでだって。ほら、下の階に近所の子供たちも集まっているみたいだぞ、早く行ってこい」
「グギギギ」
ルーインは肩を落としながらコムギと共に階段を下っていく。アサギはその姿を追って今度は階段の陰から様子を伺う。
幼い子供たちに混じったルーインがかなり目立っている。アサギはダイナモに頼まれていた動画の撮影を開始した。
携帯電話を向けると意外にもいきいきした様子のルーインが映った。
彼女は次々と集まる菓子類を見てニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。
それから一時間後が経過すると、二人の手提げカゴにはたくさんの菓子が集まった。ルーインもかなり満足そうな顔をしているので、結果オーライだろう。
「コムギ、楽しかったか?」
「うん!」
「そりゃ良かった。ムービーを撮ったからダイナモ……いや、お父さんにも見せてやろうな」
「うん、アサギ。ありがとう!」
少年が満面の笑みを浮かべるのを見ていると、アサギも嬉しくなった。
こんな少しのことで喜んでもらえるならやったかいがあったというものだ。
次に何かイベントをやる機会があったらまた協力しようと男は思った。




