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*5 旬の食べ物


 最近になって、ずいぶん風が涼しくなった。


 枝から落ちた葉が舞っている基地の中庭で、五歳ほどの少年が大きな瞳でアサギを見上げている。


 少年はカーキ色のワンピース姿で、灰色の髪を白地のリボンで二つに縛っていた。彼は可愛らしくちょこんと首を傾げている。


「アサギ、なにをしているの?」


「コムギこそ、その格好はどうしたんだ」


「とうさまにもらったんだ。でも、ぼく『おとこのこ』なのになぁ」


 そう言って少年、コムギは唇を尖らせた。


 彼は例の泣き喚いていた赤子であったが、あれからまだ半年程しか経っていないのに見違える程に大きく成長していた。こうして会話まで出来るのだから感無量である。


 そもそも、虐殺者(スローター)の成長速度は全く持って不可思議だ。

 彼らは容姿の成長が若くして止まってしまうという。二十代後半と思われた触覚頭のムイタンが珍しい程だったらしい。


 そこで、コムギが再び首を傾げる。


「アサギは、なにをしているの?」


 そう言われて、アサギはホウキを持った手を休めた。今、ちょうど中庭の清掃作業をしているところなのである。

 普段は専門の清掃者がいるのだが、この時期はやってもやっても落ち葉が集まるので暇をみてはこうして手伝いをするのだ。


「掃除だ」


「えっ、おいもじゃないの?」


「あ、何だって?」


「ハルおにいちゃんがね、いってたよ。はっぱでおいもをやくんだって」


「ん? 悪いな言っている意味が分からん」


「ほくほくだって」


「はぁ?」


「とってもおいしいんだよ」


「そうか、食べ物か……」


 コムギは大きく頷いた。その期待を込めたような眼差しが何かを訴えかけている気がする。


「(……よく分からんが、後でハルに聞いてみるか)よし、コムギ。落ち葉を袋に詰めるから手伝ってくれ」


「うん、いいよ!」


 後は山となった葉をゴミ袋に詰めれば任務完了だ。少年はせっせと手伝いをしてくれ、アサギの居た周囲はすっかり綺麗になった。



 コムギの手を引きながら執務室へ戻ると、ハルが真剣な様子でパソコンに向かっている。


「お疲れ、ハル」


 そう声をかけると、彼は椅子を回転させて二人の方を見た。


「あっ、隊長。清掃お疲れ様です。そうだ。コムギ君、説得は成功しました?」


「うーん、わかんない」


「やっぱり子供には難しかったですかね」


 そう言って顎に手をやるハルに、アサギは問いかけた。


「俺にはさっぱり意味が分からん、どういうことだ?」


「ああ、隊長。焼き芋ですよ、や・き・い・も」


「やきいも?」


「そうです。落ち葉を集めてその中で芋を焼くんです。しかし、ネットで調べてみましたが、こちらの国では芋の種類が違うのであの甘いホクホク感はでないようですね」


「お前は業務をこなしてたんじゃないのか」


「それはきちんと終わらせましたよ。それより隊長、せっかく大量の落ち葉があるのに活用しない手はないと思うんです。今度、芋を調達してくるので焼きましょうよ!」


「駄目だ」


 そう言うとハルは「えー」と難色を示した。アサギの隣では、少年も同じように残念そうな表情をしている。


「どうしてですか」


「あのな、中庭で火を扱うのは危険だろ」


「ちょっと蒸すだけですよー」


「駄目だ」


 ハルはコムギに「残念だねぇ」と声をかけた。彼もうんうんと頷いている。


 そこで、執務室の扉が開く。


 タイランが清掃活動を終えて戻ってきたようだ。彼に何を話していたか伝えると、良い提案をしてくれた。


「焼いた芋、ありますから。マーケット、ヴィーゴウの」


「本当ですか!?」


 ハルが目を輝かせると、少年も「おいも~」と声を上げた。その後、三人はアサギの方を何か言いたげにじっと見つめる。その目はやはり何かを訴えかけてきていた。


「分かった。じゃあ、後で買ってきてやるよ」


「よっし、タイランさん地図出しますから場所教えてください!」


「後、ある。焼き栗も」


「おおっ、甘栗いいですね!」


「それなぁに」


「栗も甘くてホクホクですよ」


「すごくおいしそう」


「もちろん美味しいです」


「おぉ~」


 ハルとコムギがそんな話で盛り上がっているのを見て、アサギは「後で買いに行ってやるか」と思った。



 業務が終了した頃合いを見て、アサギは自動二輪車オートバイを走らせて『やきいも』と『あまぐり』なるものを買ってきた。


 まだ出来たてのそれをハル、タイランが頬張っている。小さく切った芋をチョコチョコと食べていたコムギが声を上げた。


「うわぁ~おいしいね」


「外で焼くともっと美味しいんですよ」


「こんどは、おそとでたべようね」


「じゃあ、個人的に場所を借りて焼き芋に挑戦しましょうか」


「うん!」


 大きく頷いた少年の背後で、アサギは心の中で彼らに同意した。


「(正直、やきいも美味すぎる)」


 他国の食べ物はどうしてこんなに工夫されているのかと唸らされる程である。

 男は「これは今度、リタにも自慢してやらねばなるまい」と一人、笑みを浮かべていた。

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