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*4 暑さに負けず


 日中は早くも猛暑となっていた。それはアパートの部屋も例外なく、冷房を利かせた洋間には空調音だけが鳴っている。


 そんな静かな室内に、少女の「なんだこれはぁ!!」という叫びが響いた。アサギは驚いて寝室の扉から顔を出す。


「ルーイン、どうした?」


「アサギ、これは何なのだ、この写真は!」


 どうやら憤怒しているため、頭から湯気が出る勢いである。


 彼女が握りしめているものをアサギが確認すると、それはリタが送ってくれた海へ行った時の写真だった。


「ああ、こないだ皆で海へ行った時のだな。ははは、今見てもお前すげぇ水着」


「そうだ。わ、私はなんて格好をッ!」


「十五歳でこのヒラヒラピンクはな。趣味悪いぜ、どこで買ったんだよ、なぁ?」


「ぐう、これは酷い。こんな姿で一日を過ごしたかと思うと……」


「ああ、二日だぜ。前日にこれで近所を走り回ったから」


「――はぁ!?」


「俺は全力で止めたんだがな」


「ふ、……ふざけるな。私はご近所に挨拶された時、どんな顔をしていればいいのだ」


「ご愁傷さん」


「あああ、死んだ。私はもう死んだ」


「大丈夫だって、お前さ、ルーの時はけっこう近所で有名だぞ。この間はキリンの被り物しながらぬいぐるみ片手にねり歩いたしな」


「うあああああ、それで近所の人間が憐れんだ視線を向けてくるのかぁッ」


 ルーインは頭を抱えて床に突っ伏した。アサギは面倒くさいと思いながら頭を掻く。


「お前ってルーの間の意識ないのか。なんか前に俺のこと知ってたと言ってなかったか?」


「ある時とない時がある。もしも、意識があったとしても入れ替われるかは運次第だ」


 それを聞いてアサギは心底、同情した。しかし、当日の彼女は意識がなくて幸いだっただろう。男は本当にそう思う。


「私はもう生きて行けない。後のことは頼んだぞ、アサギ」


「お前は俺に何を託してるんだよ。まぁ、元気出せよ。あーそうだ。飯でも食うか」


 それを聞いた彼女は「ひ、昼飯……」とか細い声を上げた。アサギは畳みかけるように言葉を続ける。


「んじゃ、どっか食いに行くか」


「おおおっ、何を食べに行くのだ。私はあれがいい、アボカド・ツナロール!」


「(復活が早いな……)それって、スシか?」


「そう、それだ。あれは美味いぞ」


 ルーインがにやにやした表情で舌なめずりをする。彼女は以前、夕食に頼んだデリバリーの寿司を食べたことがあるのだ。


「スシショップって、近場だとパイシース地区にあるんだったか。しかし、今から電車で行くのも大変だしな」


「いいや、アサギ。エアリアズの方面に本場のスシがあるらしいとハルに聞いたぞ。そこがいい!」


「はぁ? それ職人がやってる店だろ、高級すぎるから駄目だ」


「……フフフ、お前が給金をため込んでいるのは知っている」


 両手を広げて襲い掛かるような動作をするルーインに、アサギはため息が出る。


「あのなぁ、お前に何かと出費がかさんでるんだ。貯金なんてもうそんなにない」


 そう言うと、彼女は目を細めて不満そうに頬を膨らませる。それから力なく床にへたり込んだ。


「ぐうう、もういい。私は永久にご近所の恥さらしだし、永遠に高級スシが食べられない運命なんだ。ぐうう」


 ションボリと眉を下げてアピールする少女に屈したくないと思ったが、男はその悲しげな態度に弱かった。


「(ク、クソッ。その顔は反則だろ)……分かったよ。今日だけだからな」


 ルーインはワーイと万歳してから、「着替えてくるぞ」とうきうきとした様子で寝室へ消えた。

 しかし、彼女はいつの間にか少女らしい姿を見せてくれるようになっている。アサギはそれが嬉しくて、「ははっ」と変な笑い声が漏れた。



 ハルに電話で店の住所を聞いてみると、アサギは予想外の話を聞かされた。今の暑い時期は魚の鮮度などに問題がある場合があり、寿司を食べに行くのは奨められないという。


 いくら高級でも食中毒の被害があったらしい。さすがにそれを聞いてしまっては危険だし、いただけないと男は感じた。


 プランの変更を求めると、ルーインは眉を寄せながらこんな事を必死に訴えた。


「私はスローターだぞ! 何が食中毒だ。そんなものにはならない!」


「いや、俺は普通の人間なんだが」


「ううっ、なんてことだ。アサギ、お前はどうして人間に生まれてきてしまったのだ?」


「んなこと言われてもな」


 最後には泣き出しそうなので、アサギは別の提案をしてみた。


「じゃあ、高級スシは涼しくなってからにしようぜ。他にどこでも連れてってやるから泣くなよ」


「な、泣いてないぞ。……じゃあ、リタと食べに行ったヌードルがいい」


「なにっ、この暑いのにヴィーゴウ地区まで行くってか!? 休みなのに基地の方まで行くのかよ」


「どこでもと言ったろう? 嘘なのか」


「お前、その物悲しげな顔やめろ。ああもう。分かったから、行けばいいんだろ行けばっ!」


「よし、ではすぐに向かうぞ」


 少女はスキップでもしそうな程に軽やかな足取りで、玄関へ向かって行く。


 アサギは財布を手にしながら大きく肩を落とした。

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