*3 魅惑のない浜辺
日差しがずいぶんと強くなった。もう季節は夏である。
虐殺者対策部は日替わりで休暇を貰える事となり、三番隊も例外なく、皆で同じ休みを取ることになった。
そんな事は滅多にないので、折角の機会だといつものメンバーで海へ出かけることにした。
蒼天の光に輝く白い砂浜、そこへ寄せては返る波際。
海で浮き輪に浮かぶもの者もいれば、ビーチにシートを敷いて寝そべる者もいた。人々はそれぞれの楽しみ方をしているのである。
「しかしな、どうしてお前までいるんだ?」
アサギは海辺のパラソルの下で荷物番をしていた。男が問いかけると、白い競泳用のような水着姿の少女が声を上げる。
「――潮風が、我らを呼んでいたからであります。キリッ」
堂々たる様子で仁王立ちするクリスティーナを見て、男は長い息が出た。
「アサギ、どうしたでありますか。元気がないでありますよ?」
「いや、別にいいんだがな。お前は泳ぎに行かないのか」
「クリスティーナはこの場所がベストプレイスであります」
「ここにいても暇だぞ」
「アサギがいるでありますから」
「へー、そうかい」
ハルはマツバを無理矢理に引き連れてナンパに出かけた。なぜ、弟なのかというと一番モテそうだからとの事だ。ちなみにマツバはお飾り的な物らしいので、リタの許可も下りている。
タイランはオリバーと共に日光に焼かれに行った。オリバーに関しては元が地黒なので意味があるかは分からないが、わざわざこの炎天下に身を晒すなんてアサギには考えられない暴挙だ。
そこでストライプ柄のビキニを着たリタとビーチボールで遊んでいた少女が「あしゃぎー」と手を振っているのが見えた。彼女はピンクのフリフリとした子供用みたいな水着姿だ。
それはルーインが出てきたら怒り心頭しそうな装いである。
男が手を振り返すと、ウムギがのそのそとパラソルへ入ってきた。体つきが豊満な彼女は何とも隠微的な黒い水着姿である。
「ウムギ、子供はどうした?」
「……ダイナモ」
彼女が指さす方を見ると、すっかり立ち上がれるぐらいに成長した男児とダイナモが浜辺で城作りに励んでいる。
「スローターって成長が早いよな。ハイハイ通り越してもう立ち上がりやがる。信じられん」
ウムギは側でゴロリと寝転がって居眠りを始める。アサギはその体に無言でバスタオルをかけた。
そこでクリスティーナが半開きにした目をさらに細めた。
「――さっきから目つきがいやらしいでありますよ!」
「はぁ?」
「ずっと観察していたでありますが、アサギがスローターに向ける目は異常であります」
「どういう意味だよ、それ」
「ルーイン然り、であります」
「あの子供用みたいな水着姿がか?」
「アサギは……ほら、その方がいいみたいなので」
彼女はそう言って気まずそうに視線を逸らした。アサギは「はぁ!?」と高い声を上げる。
「だって、そうでありましょう? ――ふん。このクリスティーナが側にいるというのにアサギは全然、欲情しないでありますからね!」
「あのなぁ。『弟の婚約者にスローター人妻、後はほぼ幼児とお前』って、どこに興奮する要素があるんだよ」
「その中ではクリスティーナが一番でありますよ」
「うーん」
「ちょっ、そこは肯定して欲しいであります!」
しかし、競泳水着である上に痩型の彼女はお世辞にも魅力的とは言い難く、アサギは乾いた笑いを漏らす。
「……あはは(なんとも言えないんだが……)」
「アサギ! 今、クリスティーナの体を哀れみの目で見たでありましょう!? ――ぐうう、こうなっては魔眼の力を発動させるしかないでありますな!」
そこで面倒くさくなったので、男はオリバーの真似をしてみる。
「そんなもの現実にはないぞ、リーダー」
「クッ、部下の真似をするなんて卑怯であります! では魔法攻撃っ!」
彼女は頭に指を立てて、それを牛のように突き刺そうとする。
「お前なぁ、それは物理攻撃だろ」
「全く、アサギとはノリが合わないであります。せっかくの休暇なのに、あなたは楽しいでありますか?」
そうは言われたが、これでも男は楽しんでいるつもりだ。
アサギは「ああ」と答えて海辺を見た。リタとルーが遊んでいる様子に微笑ましくなって表情を緩ませる。
クリスティーナがグイグイと腕を引いてきた。
「アサギ、海に入ってクリスティーナと競争するでありますよ。ほら立って!」
「いや、俺はいい。ここでのんびりしてるよ」
「水分がないと体が干からびるでありますよ」
「俺は海藻か、どれとも海底生物なのか」
そんな冗談には返事をせず、彼女は「よし」と言いながら、置いてあった小さいバケツを持って浜辺へ向かって行く。
何をするのかと思いきや、クリスティーナはタタッと駆けてきてバケツを差し出してきた。そして、汲んできた海水を手ですくってから、アサギの頭にかけてくる。
「アサギ、干からびるなであります。しっかりしろっ、まだ息はある、大丈夫でありますっ!」
「やめろ、阿呆」
「くっ、まだだ。まだ元気がない。アサギ、クリスティーナが魔法で海産物でも採ってきてあげましょう!」
「へいへい、どうも(……やっぱり暇だったんじゃねぇか)」
そうして彼女は浜辺を走り抜けて磯の方へと向かって行った。後でヒトデなんか捕まえてきたら、少しは構ってやろうと思う。
アサギは波の音にだけに耳を傾ける。そうしていると男の心も洗われて綺麗になっていく気がした。




