*2 天然な遺伝子
その日、アサギはレンタカーに乗っていた。というのも、これから実家に帰省する予定なのだ。
久しく音沙汰のない両親にも会いたいが、電話で同居人がいる事を教えた際にぜひ彼女を紹介して欲しいとお願いされたからである。簡単な顔合わせの予定なので長居はしないつもりだ。
道路を走りながら男は大きなため息をはく。
「はぁ、それにしてもなんでお前たちまでいるんだか」
助手席にはルーインが、後部座席には赤子を抱いたダイナモとウムギがいた。腕を組んだ青年が真面目な顔で声を上げる。
「仕方がない。お前がいないと執務室に俺たちの居場所はない」
「あのなぁ、ちゃんと部屋があるんだからそこに居ればいいだろうが」
ダイナモたち三人は普段、基地に備えられている宿直室の一つに借り暮らしをしていた。それはダイナモが本部に協力をする条件で特別に許可された事である。
つまり彼は虐殺者を捕獲するために人間側として働いている。その成果は大いに期待ができるようだ。
「アサギ、何を言っている。お前の仲間以外の者が俺たちに向ける目は冷たいぞ」
「……んな、辛辣なこと言うなよ」
「俺は人間を信用しない。だが、お前は別だ」
アサギは右側にウインカーを出しながら「それはどうも」と答えた。ダイナモは言葉を続ける。
「基地内に居るより、こちらの方が安全だと判断したまでだが」
「そうかいそうかい。まぁ、着いてきても楽しいことなんてないぜ」
「構わない」
ルーインが大きな欠伸をしながら「アサギの里帰りなど、つまらないに違いない」とブツブツ文句を言っている。
そんな状態で、約三時間かけて実家のある地方までやってきた。
男の実家は赤い屋根の一軒家である。玄関のチャイムを鳴らすと、白ウサギの着ぐるみ姿をした謎の長身者が現れた。
アサギが戸惑っていると、そのウサギ「やぁ、アサギ」と低い声を上げる。それは聞き馴染んだ父親の声だった。
「お、親父なのか?」
「そうだよ、お帰り」
「なんて恰好だよ」
「今日、町内会が主催する復活祭のイベントが近所であってね。なんと俺がその主役、イースターバニーに選ばれてしまったのさ。はっはっは」
復活祭とは、自宅にカラフルなイースターエッグを飾ったり、近所では子供にキャンディやおもちゃなどを配ったりする行事だ。裁判官役の野ウサギが一年間、子供たちが良い子にしていたか悪い子だったか厳しく評価すると言い伝えられている。
父親が言っているのはエッグ・ハントというイベントで、近所の公園などで色のついた卵を集める子供向けの遊びだった。アサギも幼い頃に弟と参加した覚えがある。
ウサギから苦しそうな息遣いと、くぐもった声が聞こえてくる。
「お父さんは今から出かけるけど、アサギも手伝ってくれたら助かるなぁ」
「実家に帰省してきたのに、俺はゆっくり休めないのかよ」
「いいじゃないか。母さんも炊き出しの手伝いに行っちゃったし、家には誰もいないんだよ? って、車に誰か乗っているのかい?」
「そうだ。電話でも言っておいたが、同居人とその知り合いを連れてきた」
「ああ、そうだったなー。なら家でゆっくりしていてもいいけど……」
そこで背後からいつの間に現れたのか、ルーインの声がした。
「アサギ、いーすたーのイベントとやらへ行こうではないか。変なウサギが困っているのだから手伝うべきだろう?」
おまけにダイナモの声もする。
「俺も同感だ。親は大切にしろ」
「だぁっ、もう分かったよ。親父、車に乗れよ」
「ありがとう。実はこの格好で運転するの怖かったんだよね。はっはっはー」
豪快に笑った父親をしり目に、アサギは「おいおい、冗談じゃないぜ」と声を上げた。
後部座席に三人という狭い車内で、ルーインたちを紹介していると公園へ到着した。運よく駐車場が一台分空いていたのでそこへ駐車する。
辺りは子供連れの親で溢れ返っていた。着ぐるみの父親が降り立つと子供たちがわーっと寄って来るので、アサギはそれをガードするように前に出る。
しかし、子供の勢いは凄まじく男は全くと言っていい程に歯が立たない。
このままではイベント会場にたどり着けないと思ったところで、ダイナモがウサギの前に立ちはだかった。その特殊な瞳を見て、子供たちは一瞬で着ぐるみから距離を取る。泣き出す子までもいて、彼は地味に肩を落としていた。
イベント会場の控室で、着ぐるみの頭を取った父親が言う。
「いやぁ、助かったよ。ダイナモ君は息子よりよっぽど役に立つね」
「おいこら、誰が車に乗せてきてやったと思ってるんだよ」
「しかし、息子は見ての通りで恩着せがましくてね。すごく偉そうだし」
「俺の話を聞けよ」
「ダイナモ君は父親なんだから当然かな。奥さん美人だしね」
「……親父、わざと無視するな。ってか、ウムギは関係ないだろうが」
「アサギも若い子を見習わなきゃな。まぁ、ルーインちゃんは可愛いから、いい子は捕まえたと思うよ。年齢の問題は別としても」
「なんの話だよ。あと、ルーインは恋人でもねぇよ!」
そこで控室の窓から外の様子を伺っていたルーインが声を上げた。
「童子が多いが、いーすたーとは何をする行事なのだ?」
首を傾げる少女に対して、アサギの父親が笑顔で答える。
「ああ、それはね。子供たちが待ってるのは卵を集めるイベントだよ。その個数で景品が出るんだ」
「景品……だと。良い物か? それは何だ、アサギ。早く答えろ」
ルーインがアサギの方へグイグイと詰め寄ってくると、男は頬を掻いた。
「しらねぇよ。玩具とか菓子じゃあねぇの」
「ほぉ」
それを聞いた少女は目を輝かせた。しかし、すぐに真顔に戻って顔を逸らす。
「ふん、脈絡のない行事だな。くだらない」
「参加してきてもいいんだぞ」
「ふざけるな、私はもう大人だ」
ウムギが子供を抱きながら大きな欠伸をしている。その姿を視界に収めながら、アサギは「子供がもう少し大きかったら、参加する言い訳に使えたのにな」と思う。
ルーインは隠しているが、興奮気味な様子で窓の外を眺め続けている。そんな少女の純真な行動にアサギは胸を打たれたので、ある提案をしてみる。
「(しょうがねぇな)……ルーイン、あとでおもちゃ屋にでも連れてってやるよ」
振り向いたルーインが、鬼のような形相で男を睨み付けた。ダイナモが飽きれたような声を上げる。
「さすがに、それの提案はない」
「はぁ? だって欲しいんだろ、景品が」
「アサギ、お前は初代の気持ちが分かってないようだ」
「ああ、菓子の方か」
ダイナモは「違うだろ」と肩をすくめた。
不機嫌そうなルーインは再び窓の外を眺め始める。確かに言われてみればアサギには少女の気持ちがよく分からない。
「で、どっちが欲しいんだ。はっきり言えよ」
結局、彼女には「うるさい、黙れ」と一喝されてしまう。アサギは、乙女心ならぬルーイン心の分かっていない男なのであった。




