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真相


「――アサギ、撃つな!」

 男が発砲する前に建物上からルーインが降ってきた。


 彼女は軽やかに地面へ着地すると、高速でアイズに迫る。

 そして、彼女が手にしていた細剣の刃を握って動きを止めた。剣に血が滴ると、少女は驚いた様子でそれを手放す。


 アサギとアイズの「ルーイン」という声が重なっていた。ルーインは二人の間に割って入るように立つ。


「もうやめるんだ、アイズ」


 アイズの表情は少しの戸惑いと、憂いを帯びている。彼女はボソボソと小声で呟く。


「……私は、マスターにだけ、従うの」


 それを聞いたルーインの顔が酷く歪んだ。彼女は片腕を大きく振り払う。


「お前は、まだ過去の亡霊に操られているのか」


「いいえ、命令が……聞こえる。あの方の……声がっ」


「それが洗脳だとなぜ気づかない。目を覚ませ、司令塔やつは死んだ。もうずいぶんと昔にな」


「分から、ないわ、分から……ない。貴女は何を、言っているの?」


 耳を塞ぐような格好の少女へと、ルーインが一歩ずつ距離を詰めていく。彼女は珍しく真剣な様子で、必死にアイズへ語りかけている。


「もう紛争は終わったんだ。アイズ、もう世の中は平和に近づいている。それが分からないのか」


「いやぁ、知らない。怖い、聞きたく……ないわぁっ」


 アイズは頭を振りながら踊るようにふらふらと身を揺らしている。そのタイミングで、空中から今度は触覚頭の男が降ってきた。男、ムイタンは華麗な動作で着地すると、混乱した様子のアイズを抱え上げる。


「ひとまず、退散っ!!」


 すぐさま跳躍した彼は、俊敏な動きで建物へと飛び移る。すぐに二人の姿は見えなくなってしまった。



「――ケヴィン!」

 アサギは武器をも投げ出す勢いで倒れていた男へ走り寄った。その側へと膝を折る。


「……すま、ない、アサギ。セレナの容態、を」


 彼が手を伸ばしたその娘はピクリとも動いていない。ルーインが冷たい口調で、「残念だが、その娘はもう死んでいる」と言い放つ。


 それはアサギにも分かっていた事だった。それでも命の有無を確かめるためにその小さな首元に触れる。

 当然のように脈は打っていない。静かに瞳を閉じたセレナはもう起きあがっては来ないという証明だ。


 アサギが首を横に振ると、ケヴィンは震える声を上げた。


「そ、うか。そう、なのか。ああ、セレナ。すまな、いこと……を……」


 彼は涙を流しながら、その生命活動を停止させた。

 思わず顔を背けたアサギのすぐ隣へとルーインがやってきた。彼女はしゃがみ込んで、「アサギ、大丈夫か」と顔を覗き込んでくる。


「……ルーイン。一体何がどうなっているんだ。俺には、訳が分からない」


 男が弱々しい声を上げると、ルーインは「ふむ」と唸りながら答えた。


「これはまだ始まりにすぎない。あの爆撃は、最終的には駐屯基地を、そして市街地をも襲うのだ。これは計画の初期段階にすぎない」


それを聞いて、アサギは息を呑む間もなく少女へ詰め寄る。


「――なんでそんな事を! お前が知っているんだ!!」


「怒鳴るな、落ち着つけ」


 その落ち着いた態度に、アサギは頭に血が上っていくようだった。絞り出した声が震えてどうしようもない。


「ルーイン、お前も仲間なのか。お前もあいつらと一緒に人間を滅ぼす気かなのよ」


 男はルーインの肩へ手を置いて、何度か体を揺さぶった。彼女は顔をムッとさせてから、「バカめ。そんなことするか」と長い息をはく。


「とりあえず経緯を話しておく。アサギよ、私はルーとして基地に残ったろう?」


「……あ、ああ」


「そこへ、あの変態野郎(ムイタン)が現れてな。ルーを(さら)おうとしたのだが偶然に彼女を傷つけた際、私と入れ替わったのだ」


「そんなことがあったのか」


「うむ。危機を感じた私は、基地へ帰還しようとしていたオリバーの無線でアサギと連絡を取ろうとした。しかし、上手く行かなかったので、現場へ足を向けたという事情だ」


 ルーインは神妙な顔つきで腕を組む。

 男はそんな少女へ縋るような視線を投げた。それは彼女の事を信じていたいという気持ちが大きかったからだ。


「こちらへ来る途中でウムギに会ったので、先ほどの襲撃情報を吐かせた。しかし、あいつは相変わらず風呂に入っていないらしくてな、臭うからすぐに分かる」


「ウムギとも、知り合いなのか……」


 彼女は「ああ、そうだ」と肯定した。そして一拍間を置くと、再び口を開く。


「アイズ、ウムギ、ムイタン。そして私は、お前が言うところの初代スローターなのだ」


 思わず耳を疑う少女の言葉に、アサギの口調は荒くなる。


「――はぁ!? 初代だと? 嘘をつくな。どれだけ昔の話だと思ってやがる」


「フム。十数年、いいや。もっとだ」


 それを聞いて、アサギは「もっとだと?」という声が漏れた。彼女が語り続ける話は到底、受け入れがたい。


 一方のルーインは少しだけ動揺したように視線を動かした。


「アイズとムイタンは二代目製造品、ウムギは三代目と呼ばれている。……アサギ。ずっと黙っていて悪かったが、私が初代の製造品なのだ」


「製造品……?」

 アサギは彼女の言う事がいまいち理解できなかった。いや、言っている意味は分かるが、生物と無機物とを繋ぐ接点を見いだせないのだ。

 ルーインは虐殺者スローターだが物という訳ではない。少なくとも男はそう思っていた。


 少女は静かに瞳を閉じ、淡々とした口調で話を続ける。


「そう、いうなれば。スローターは人類選定を目的として開発された兵器のようなもの。今はずいぶんと自由だが、昔は戦争の真似ごとにも利用された。そしてアイズは未だ、それに囚われているようだ」


「どういう、意味だ?」


「アイズは、我々を生み出した研究者のクソ野郎に御執心だったのでな。奴はすっと指揮官をしていた。例のマスターだ」


「でもそいつは、お前の話だと『死んだ』んだろ?」


「ああ、その通りだ。だがな、どうも奴の肉声が記録機体へ残っていたようだ。それを使ってアイズを洗脳し、操っている奴がいる。……らしい。ウムギから聞いた話だから信憑性は分からん」


「じゃあ。アイズ以外、残りのスローターはどういう理由で動いているんだよ」


「ムイタンは私の組織片から生み出された。アイズには逆らえない性質だから、彼女に命じられていると考えるのが自然だ」


 アサギは「なるほど」と唸る。ルーインは難しい事を考えているような表情をしながら顔を傾けた。


「ウムギはアイズとムイタンを掛け合わせて生まれている。ありとあらゆる毒薬に耐性がある体だが、あいつは精神的に病んでいるから正直、目的が分からん」


「それで矢弾ダートが効かなかったのか。そういえばウムギを庇っていた青年が居たが、奴は何者だ?」


「ああ、それは多分、ダイナモだな。奴はムイタンとウムギの子だと聞いた。あの橋で会った時が初顔合わせだったが、あの特徴的な瞳を見て分かったのだ」


 それを聞いたアサギの内心は疑いに溢れていた。

 彼女の言う話が正しい情報なのか、そうでないのか男には判断がつかない。それでも、ルーインが打ち明けてくれた事を信じたいとは思う。


「……それでアイズが洗脳させられている奴、その組織は一体何だ」


「さぁな、知らん。まぁ、私が生まれた研究所ならば場所を知っている」


「なんだとっ!! それはどこなんだ!?」



「保護施設のクロノス、お前も知っているだろう?」


「クソッ、まじかよ」


 今思えば、ずっと嫌な予感はしていたのだ。施設の支配人であるメアリ・アダムズが全ての黒幕かとアサギは頭を悩ませた。


 ルーインがこめかみを押さえるような仕草をしながら発言する。


「あそこの地下にはスローター関連の研究施設がある。まぁ、大昔の話だから今はどうなっているか分からんが」


 そのタイミングで、無線機のアンテナが通信を知らせる点滅をする。アサギは電源スイッチに触れた。

 無線はクリスティーナからである。一番隊(ファースト)の隊員たちと現場の現場の付近まで到着しているという。


 アサギは居場所と簡単な事情を伝えて、彼女らが来るのを待つことにした。



 ******


 灰色の分厚い雲が太陽を覆うと、その輝く光は下界へは届かない。そんな天気の中で、葬儀は行われた。

 セレナの遺体は本部に回収されてしまい、ケヴィンの近くへ墓を作ることは叶わなかった。


 暗い顔をした隊員や親族たちが棺に花を添えては去っていく。

 そんな光景を見つめていた男は、ただ立ち尽くしていた。アサギは事の詳細を上層部には報告していない。


 ケヴィンは殉職という体裁となり、罰せられるということはないのである。それはアサギにとって精一杯の敬意だった。

 彼がたとえ人殺しという罪の片棒を担いでいたとしても、男にとっては大切な友人だ。

 大変な時にはいつも助けられてきたのである。


 彼を心から憎みきれないのは、その人柄も関係している。アサギが持つケヴィンへの交友的な認識はきっと永遠に変わらないだろう。


 ジルの棺の前では、だいの大人たちがおいおいと涙を流していた。それを見る限りでは彼も部下に慕われていたのだと感じる。


 アサギが立ち尽くしている理由はそれだけではない。

 ジュンレイが帰らぬ人となってしまったのだ。救護班がかけつけた時には、バラバラの死体となっていたと聞いた。頭部など、体の一部は行方不明。もちろん犯人は見つかっていない。


 ――「あの時、自分が側にいてやれば状況が変わったかも知れない」。そんな強い後悔が止めどなく男に襲いかかってきた。


 アサギの重たく下がった肩に何者かの手が触れた。そちらに視線を動かすと褐色肌が視界に映る。


「オリバー……。すまない、今は放っておいてくれ」


 力なく口を動かすと、すぐ真隣で少女の凛とした声がする。


「クリスティーナもいるでありますよ。アサギ、くよくよしているのはあなたの性に合わないし、そんなのらしくないであります」


 それを聞いたアサギはハンと鼻を鳴らす。そんな己が無様で失笑が漏れる。


「俺らしいって、なんだよ」


「ふぅ、大人がそんなだと鬱陶しいでありますよ?」


「そんなの。お前は、お前は平気なのかよ。部下が死んだんだぞ」


「平気なわけ、ないでしょう」


 その静かな呟きが耳に入ってアサギは驚いた。彼女の方を見ると、クリスティーナは瞳を開けてしっかりと前を見据えている。


 しかし、そう思った瞬間には目は半開きとなり、彼女は通常通りのテンションで言い放つ。


「――ふふん、クリスティーナは天界人ハーフなので、人の生死などミジンコ程の価値しかも無いであります! ピカキラリーンッ」


「なんだよ、それ」


「これは元気が出る魔法の呪文でありますよ。ほら、アサギもご一緒に、ピカキラリーンッ」


「ピカキ……って、んな恥ずかしいこと言えるかっ」


 クリスティーナは「あっはっはっはー」と大げさな笑い声を上げながらその場を後にする。その背中をオリバーが「リーダー、その設定は些か無理がある」と言いながら追いかけて行った。


 アサギは「自分は慰められたのだ」と分かっている。小さくなった彼女の背に向けて心中で礼を言うと、基地の方へと一歩を踏み出した。

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