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宵に酔う

こちらは閑話です。

 その日、三番隊(サード)の雑務は酷い有様だった。というのも月末の締め日が近いのか、訳の分からない請求書やら個人的な始末書まで処理用のデータに紛れ込んできた。


 膨大な情報量にアサギはお手上げである。珍しくハルも混乱状態だ。


 そこで大いに役だったのはジュンレイである。彼は、大した手伝いもできないアサギに対してもテキパキと指示を出せるほどに余裕な様子だった。


 膨大なデータを解析し、今度から使いやすいように資料を分類分けまでしてくれた。さすがに脳をフル活用してきたであろう研究員は、情報処理の関連に達者なものである。


 ハルが椅子の背をしならせながら、伸びをする。


「あーっ、やっと終わった。ジュンレイさんのお陰で残業しなくて良さそうです。ありがとうございました」


「いえ、自分でお役に立てるならいくらでも使ってください」


「隊長、ジュンレイさんがとっても善い人です。僕にとっては救いの神みたいな存在ですよ。本当に来てくれてありがとー、神様っ!」


「そんな神様だなんて、大げさですよ」


 賞賛を続けるハルと謙遜を繰り返すジュンレイを見ていると、アサギも感慨深くなる。


「しかし、本当に助かったな。よし、今日はジュンレイの歓迎会も兼ねて飲みにでも行くか。奢るぞ」


 ハルが「やった!」と嬉しそうな声を上げる。例によって他隊へと派遣されていたタイランが戻って来てから予定を話し合った。


 飲みに行くとは言ったものの良い場所が思いつかず、家が近所だったジュンレイが自宅へ招待してくれると言い始める。

 彼の歓迎会なのにと男は申し訳なく思ったが、時間も無いので今回はそれに甘えさせて貰う事となった。



 ルーはというと、今日は『例の彼女』であったため、家に残してきている。遅くなる前に帰れば大丈夫だろう。


 アサギは自動二輪車オートバイを、ハルも自家用車を残して基地を出ることにした。

 スーパーマーケットで酒を買い。デリバリーショップで軽食を購入した四人組の男たちは、袋を下げながらわいわいと歩道を進んだ。


 すぐにジュンレイの住んでいるというマンションへ到着する。そのリビングは木製の家具で統一され、さっぱりとした印象であった。

 四角いローテーブルを囲むように三人はカーペットの上へ腰を下ろす。


 ジュンレイがグラスを用意してくれたが、とりあえずビール瓶で乾杯した。アサギはアルコール類が得意とは言えないが、それでもそれを半分ほど飲み干す。


 自然と話題は日々の愚痴になり、それから国、出身地のことへと変わった。ジュンレイが微笑みながら言う。


「以前から思っていたのですが、隊長、『アサギ』って変わったお名前ですね」


「そうか?」


 ハルが人差し指を立てながら、自慢げな表情で発言する。


「隊長の名前は浅葱色から来ていると思われます。弟さんはマツバさんでしたよね。それは松葉色からでしょう」


「なんで俺より詳しいんだよ」


「僕は隊長のお祖父様と同じ国のご出身ですからね」


 青年はふふんと鼻を鳴らす。ジュンレイが「なるほど」と首を縦に振る。


「では隊長はクォーターなんですね。そう言えば私も、出生について祖母から不思議な話を聞いたことがあります」


 ハルが興味津々な様子で「おっ、なになに」と身を乗り出す。


「い、いえ。大した話ではないのですが、私は『先祖返り』らしく、祖母の父親、つまり曾祖父と容姿がうり二つなんだそうです」


 アサギが「そうなのか」と呟くと、ハルは顎に手を当てながら味わい深い顔をしている。


「へー、不思議な話もあるものですね」


 そしてハルは袋からとある酒瓶を取り出した。それは彼が「必須ですよ」と言って購入した代物である。


「じゃじゃーん、母国のお酒です。是非、試してみてください」


「ん、そう言えば、和国の酒って最近、流行っているよな。よくマーケットでも見かけるようになったし」


「なかなか美味ですよ。――あっ、そうだ! 折角なので一斉に味見しましょうよ」


 そう言いながらハルは四つのグラスに少しだけそれを注いだ。無色透明のそれは水のようで、アサギは大したことはないだろうと、それを口にした。


「ぐっ」

 辛いと感じた後で、口の中が熱くなって唸った。これはまるで濃い消毒液を飲んだような強い味がする。

 タイランを見ると平気な顔をしているし、ジュンレイは「意外と強いですね」と言ったわりに嬉しそうな表情である。


 ハルに関しては早くも二杯目を煽っていた。アサギは大人しく料理をつまむことにする。

 フライドチキンをかじっていると、顔を赤らめたハルが羅列の回っていない口調となっている。


「たいちょ~う。自分は誠に遺憾であります~。彼女ができませ~ん」


 そんな事を口走りながら変な絡み方をしてくる部下を、アサギは宥める。


「まぁまぁ、そのうちできるだろ」


「てきとーなこと言わないでくださいよ。無責任ですよ~」


「じゃあ。今度、誰か紹介してやるよ」


「あー、それ。絶対ですよ、絶対っ! 絶対条件は背が低くてぇ。後は可愛かったらいいなぁ~」


「ははは、そうか……(とは言ったが、紹介できる奴なんてリタの同僚か、後はケイティぐらいだか)」


 監視モニター班の派遣社員をしていたケイティはセレナに襲われた後、長らく入院していたがその後、無事に退院した。


 それから彼女は退職したが、アサギは個人的に連絡を取っていた。ハルに紹介してもいいが、年上は大丈夫だろうかと考える。

 そもそも男の知っている独身女性なんて皆無に近いのだ。なので、ハルの気にしているであろう身長の問題はどこかへ放り投げた。


 時間が経過する度に青年は酒を煽り続け、男が気付いた時には瓶を抱えながら爆睡している。

 アサギは適当にゴミをまとめてから、コクリコクリと頭を下げていたジュンレイに声をかけた。


「俺はそろそろ帰るぞ。あとで鍵、閉めろよ」


「は……い、おやすみなしゃい」


 彼はもにょもにょと口を動かす。そこで手洗い場へ行っていたタイランが戻ってきた。


「帰宅しますから、私も」


「おう。じゃあ、途中まで一緒に行くか」

「あい」


 腕時計を確認すると時刻は九時だ。基地から出ているシャトルバスは十時までなので、最終便には乗れるだろう。


 薄暗くなった道を二人で戻る。タイランは基地の裏手にあるヴィーゴウ地区に住んでいるので、徒歩で帰るようだ。

 彼とは普段、二人で会話する機会がない。アサギは故郷の話をしてみる事にした。


「タイランは、故郷が懐かしくなったりしないか?」


「あります、あい」

「そうか、家族はどうしたんだ」


「故郷、残して。家族を、来ましたから、こちら」

「そうか」


「隊長は、家族?」

「ああ、弟がいる。両親はちょっと離れた場所に住んでいて、なかなか会えないんだ」


「そうですか」

「後な、義理の妹がいるぞ。弟がもうじき結婚する」


「あい。妻、私も」


 その言葉にアサギは耳を疑った。思わず声が上擦る。


「――はっ、なんだってっ!?」


「驚く、隊長、どうしてです?」


「いや、すまん。お前、既婚者だったのか」


「あい」


 さすがにそこまでの情報は知らなかった。アサギはタイランに年齢を尋ねる。


「私は、二十八歳」


「若いなっ(クソッ、まさか先を越されていたとは……)だが、離れて暮すなんてのは心配だな」


 男の言葉に、彼は強く頷いた。


「ないです、心配」


「そうなのか?」


「強い人、彼女は」

「ほー」


 タイランの妻なんて全く想像が付かない。彼を女に置き換えたような姿を思い浮かべると、筋肉隆々すぎて嫌だなと思う。

 さすがに失礼すぎたので、男は遠い国にいる彼の妻へ心中で詫びをしておいた。


 基地前でタイランに別れを告げ、アサギはバスへと乗り込んだ。

 それは宵闇を走り抜け、ターミナルへ進む。そこからモノレールに乗ってアパートまで帰宅したのだ。



 翌朝、ぐったりした様子の青年たちに会うと、その事情を聞いた。


 結局あの後、再び覚醒したハルは一晩中ジュンレイと共に飲み明かしたらしい。そして彼のマンションから基地へと直接やってきたという。


 陰鬱な表情で頭を押さえた青年たちへ、アサギは「ほどほどにしないとな」と声をかけたのだった。

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