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暖かな灯火

こちらは閑話です。

 強い風が吹き荒れる中でアサギが立っているのは、森林にひっそりと佇む古びた倉庫の前だった。


 なぜ一人でこんなところにいるのかというと経緯はこうだ。


 その日、三番隊(サード)は午後から休みとなっていた。

 午前中の任務報告を終え、男が執務室を訪れると室内にはルーどころか誰も居なかった。


 テーブルの上に一枚の紙が置かれている。


 内容は『少女を返して欲しければ、今から指定した場所に来るのだ。早くしないとリーダーの魔眼が疼くぞ』とだけ、書かれていた。それだけでも差出人の予想はつく。


 男はその手紙を無視もできたが、折角なので指定された場所を訪ねる事にしたのである。



 アサギが倉庫の錆びた扉を開くと、壁に矢印が書かれた紙が貼られている。それはどうやら二階を示しているようだ。


 男が鉄板の階段を上がると、また扉がある。そこには二枚の紙が貼ってある。一枚は「Welcome」と書かれ、もう一枚は複数の丸が黒く塗りつぶされている絵だ。


「(……一体なんの悪戯だよ。ルーも一緒になっているみたいだしな)」


 そんなことを考えながら扉を開いた。すぐさま、聞こえてきたのは発砲音。アサギは条件反射で身を屈めた。


 しかし、よく考えてみれば音は銃声よりは軽いものである。

 アサギが顔を上げると、クラッカーを持ったリタとルーがいた。


「兄さん、おめでとーう」


「何がだ?」


「えっ、それ本気で言ってるの」


「だから何だよ」



 室内を観察すると飾り付けられた天井や壁、水玉模様のテーブルクロスが敷かれた机には豪華な食事と菓子類が乗せられている。



「今日は兄さんの誕生日でしょう。忘れたの?」


「そうだったか」


「えっ、違うっけ」

 リタの言葉で男は記憶を探る。


 最近は忙しくて曜日の感覚が曖昧だったが、確かに今日が誕生日だったという事に気が付いた。


「いや、そうだな。すまん」


「でしょうー。もう、気分が台無しだよ」


 よく見ると、ハルやタイラン、おまけにクリスティーナとオリバーがいる。


 リタは申し訳なさそうな表情で言う。


「あのね、兄さん。マツバさんのことなんだけど、仕事で来れないんだって。っていうかまだ怒ってるからそっとしておいたんだけど……」


「ああ、その方がいい。暇ができたらちゃんと謝罪に行くよ」


 リタは「そうしてね」と言いながら男の腕を引く。そこでルーが、恐らくプレゼントと思われる小箱のラッピングを嬉しそうに剥がしているのが見えた。


「おい、あれはいいのか?」


「あーっ! ルーちゃん駄目、それ兄さんのプレゼントだからぁ!」


 慌てて止めに入る彼女と、入れ替わるようにハルとタイランがやってきた。


「隊長、おめでとうございます」

「お祝いです、隊長」


「二人ともありがとう。それにしても盛大にして貰って悪いな。こんな倉庫まで借りて大変だっただろ?」


「いいえ、そもそもの提案はリタさんですし、この場所はクリスティーナさんが貸してくれましたから。なんかここは、彼女の秘密基地らしいんです」


「秘密基地、だと……(これでもう秘密では無くなったんじゃないのだろうか)」


 クリスティーナの方を見ると、早くもアップルパイらしきものをもりもりと食べている。


 オリバーが申し訳なさそうに巨体を丸めて、アサギとリタに視線を送っていた。


「そうか、後で礼を言わないとな」


 アサギはオリバーに「気にするな」という意味で笑いかけた。彼はスキンヘッドに触れながらやってくる。



「アサギ殿の祝いの席なのに、うちのリーダーが自由人ですまない。どうも豪勢な食卓なので、待ちきれなかったようだ」


「構わないさ。オリバーも参加してくれて礼を言うよ」


「いや、声をかけて貰えて嬉しかった。もちろんリーダーも同じ気持ちだ」


 クリスティーナがピースサインをしながら、小皿に盛ったハッシュドポテトをかじっている。


 彼女の「まるで自分のお祝いだ」と言わんばかりの堂々とした振る舞いにアサギは可笑しくなった。



 皆で食事を終えると、プレゼントを開封する様に促された。


 まず手に取ったのは、先ほどルーがラッピングを剥がしてしまった小箱だ。中身ははシルバーの腕時計で、リタが用意してくれた物だという。


「ショップで格好いいデザインのを見つけたの。一応、マツバさんと私からってことね」


「ああ、いいなこれ。ありがとう」


 続いて、ハルは和国から取り寄せたという菓子の詰め合わせを、タイランは疲労に効くという漢方薬をくれた。


 そして、クリスティーナが差し出したのはピンクの花が咲いたサボテンだ。


 アサギはむき出しの細かい針の山を見て呟く。


「これは……」


「リーダーが生花店でどうしても鉢植えをプレゼントしたいと言ってきかなかった。気に入って貰えると嬉しいが」


「ありがとう、オリバー。クリスティーナもな」


「ふふん、アサギ。ただの植物ではないでありますよ。これは、いわばホームを守る結界のようなもの。クリスティーナが術式魔法をかけておいたでありますから、もうアサギの家は爆撃でも破壊されないのであります!」



「……お、おう。それは凄いな」


 アサギがサボテンに視線を落としていると、オリバーが真面目な表情で「リーダー、爆撃されると普通の建物は崩壊するぞ」と言っている。


 対する彼女は「だから術式。魔法で絶対防御なの!」と小声で反論していた。


 そこでルーがやって来て、ピンク地にクマの絵が描かれた袋を差し出してくる。


「ルーも用意してくれたのか?」


 少女は満面の笑みで何度も頷いた。受け取って開くと、それは「ケーハーエール」という謎の育毛剤である。


「てめぇ、ふざけんな。後頭部は刈り込んでるだけだっ!」


 アサギが怒って袋を握りしめると、少女は嬉しそうに「きゃははは」と声を上げた。リタも爆笑しているので共犯だろう。


 二人には同罪という事で、簡単な格闘技をかけておいた。



 最後に皆がバースデーソングを歌う中でケーキが運ばれてきた。その上に刺さされていたのは六本のロウソクだ。


 灯火がやけに心に染みて、男はしんみりと感じ入る。


 その日はアサギにとって特別な記念になった。



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