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第六話

 エルンストと話をつけた後の話をしよう。

 俺はエーファの予定を確認し、手芸屋の能力で鎧の上からサイズのデータを入手してから最初の打ち合わせを終了した。

 まぁ、特に話すこともなかったし、エーファの「つい」で身を危険に晒したくはなかったからな。


 そして翌日。

 課題を進めるために自習となった教室で、俺はエーファに着せる服のデザインを描き起こす作業にはいった。


 ふむ――計測したデータから推測されるエーファの体はこんな感じか。

 鉛筆で大まかな人間のシルエットを描き、その上から色鉛筆で服を上書きして行く。

 さすがに便利な天職でもここまではカバーしてくれず、この手の作業は泥臭い努力の賜物だ。

 これでも意外と努力家なんだぜ?


 さてと。 まず、主役はブラウンを帯びたピンクのテーラードジャケット。

 その下にはコントラスト高めの色がほしいから、襟の丸いゆったりめの白いシャツにしようか。

 ボトムはタイトなジーンズ? いや、黒のパンツにして足が長く見えるような感じで……。


 うん、色気はあまりないが健康的で明るい色合いはなかなかに魅力的だ。

 おそらくあまり男性ウケはしないだろうが、逆に女子からは好まれやすいだろう。


「へぇ……あんた、こんなデザインも出来るんだ?」

 俺のスケッチがほぼ完成すると、後の席の女子が興味を引かれたようにそう呟いた。

 その声に引かれるようにして、周囲の女子たちワラワラと近寄ってくる。


「お、いいんじゃない? ライナルトが作るからもっと露出度の高い変態服になるかと思ってたのに意外ねぇ」

「あえて定番のダーク系の色をさけて明るさを出しているのに、子供っぽくならないのもポイント高いわね。 でも、そのぶん合わせる服が限られてこない?」

「ほんと、あんたって仕立て屋としては才能に恵まれてるのね。 いつもこんな感じならいいのに……」

 えぇい、最後のは余計なお世話だ!

 せっかく服飾に関わる天職を得たんだぞ!? エロい衣装を追求せずして何をするというんだ!


「うわっ。 この顔、たぶんすごく変態的なこと考えている顔だよ」

「エロ猿。 さいてー」

「やっ、やかましい! 人の心を勝手に覗くな!!

 そんな事言ってると、おまえらのパターンメイキング手伝ってやらんぞ!」


 しかし……念のためにシャツの丈を臍出しにしなくてよかった。

 今回のコンセプトは女子に媚びたデザインだからな。

 あの恥ずかしがり屋のエーファ嬢に拒絶されないデザインを用意するためには、自分の欲望を徹底的に殺さなくてはなるまい。


 ……というか、エーファ嬢を恥ずかしがらせるのはあまりにも危険だ。

 会話するだけでもギロチンアックスが飛んできて危険なのに、エロい服なんか見せたらどんな恐ろしい必殺技が飛んでくるか想像も付かない。


「さてと、デザインはこれでいいか。

 ……いらっしゃいませ。 ライナルト手芸店、オープンでございます」

 俺はいつものキーワードで技能を発動させると、愛用のカバンの中を多機能な亜空間に指定する。

 そして机の引き出しから取り出した白紙と一緒にデザイン画を一まとめにすると、亜空間の中に放り込んだ。

 そして目を閉じて、脳裏に浮かび上がるイメージに身をゆだねる。


 目を閉ざして精神世界である闇の中に意識を集中させれば、そこに浮かび上がるのは等身大まで拡大された俺のデザイン画。

 俺は魔術を使うかのように意識を凝らし、そのデザイン画から絵が抜け出て立体化するところを精密に……そして強くイメージする。

 その瞬間、俺の体から魔力と呼ばれるものがズルッと抜け落ちた。


 くぅ、相変わらずキツいなこれ。

 全身に強い脱力感をおぼえ、顔や背中に冷たい汗の玉が浮かぶ。

 だが、その失われた魔力と引き換えにして、平面だったデザイン画は俺の精神世界の中で明確な立体構造物としてゆっくりと具現化をはじめた。


 よし、ここまでくれば後は問題ない。

 あとはその精神世界の中で実体化した服を切り分け、分解してその世界にぽっかりと開いた闇の中に放り投げるだけである。

 そして全ての布地を闇に放り込み終えると、俺はゆっくりと目を開けた。


 すると、そのタイミングを待っていたかのようにチーンと音が鳴り、カバンの中から放り込んだ白紙が出てくる。


「よし、完璧だ」

 取り出された白紙には、俺が精神世界で分解した服の型紙が綺麗にプリントされていた。


「ほんと、ズルいわよねその能力」

「パタンナー要らずとかふざけているとしか思えないわ」

 俺の作業を見ていたクラスメイトから、嫉妬とも諦めとも付かない溜息が漏れる。

 パタンナーとは紙に描いたデザインを実際の服として設計図を描く仕事のことであり、この仕事をする人がいなければ服飾デザイナーなんてただの絵描きと同じだ。


「あのなぁ、この能力見た目ほど楽じゃないんだぞ?

 そりゃ、普通にパターンメイキングするよりは遥かに簡単だけどさ」

 俺は額から吹き出た汗をハンカチでぬぐいつつ、再び目を閉じて磨耗した精神の回復を図る。


 おぉ、おぉ、目を閉じれば微かににおうぞ!

 衣替え前のちょっと暑すぎる気温のせいで軽く汗ばんだ女子学生のにおいだ!

 すーはーすーはー ……いやぁ、たまらんのぉ。

 

「ちょっと、そこの変態職! なに鼻息荒くしているのよ!!」

「許せ。 今の俺には癒しが必要なのだ!」

 その瞬間、凍りついた空気と共に周囲の女子が全員ペンを持って立ち上がる。

 

「その有りあまるほどのスケベ根性、少し血抜きしたらおとなしくなるのかしら?」

「まて、話せばわかる! 俺はただ、蒸れた女子生徒の体臭で磨耗した精神を癒そうと瞑想(もうそう)を……」


「問答無用! 有罪(ギルティ)!!」

 あぁ……なぜだ! 俺の崇高な趣味はこうも理解されないのだ!?

 周囲の女子から渾身の力で鉛筆を投げつけられ、俺は血まみれで床に転がるのだった。




「ほんと、馬鹿ねぇ。 いつも思うんだけど、これじゃあたしが何度治療してもきりが無いじゃない」

「い、いやぁ……本当にお世話をかけておりますユーディット様」

 血塗れになって意識をなくした俺が医務室に投棄されると、どこで聞きつけたのかユーディットがやってきて治癒魔術をかけてくれた。


「でも、変態行動はやめる気が無いのよね?」

「もちろんであります!」

 おいおい、俺からエロをとったら何が残るって言うんだ?

 鉛筆で刺された程度で引き下がったら男が廃るってもんだろ。


「まぁ、そこはいまさらだから諦めているけどさ。

 あ、ところで新しいレシピでお菓子を作ったのよ。 一つ食べて……」

 その瞬間、俺はベッドから飛び起きた。


「い、いや、出来上がった服を見せに行く約束があるからお茶を楽しむ時間はないんだ! 本当に!」

「なによそれ、私が先生になって戦士科や斥候科の女の子たちと一緒に作ったのよ? 一枚ぐらい食べて行きなさいよ」

 今日の格言――気をつけよう、その一枚が命取り!


「ごめん、また今度! お願いだから探さないでください!!」

 おまえ、自分の作ったお菓子が非殺傷兵器として戦士科や斥候科で絶賛されているのをしらんのだろ!?

 心の中でそんな悲鳴を上げながら、俺は迷わず医務室の入り口へと急ぎ、そのまま転げるようにして被服科の教室へと駆け出す。


「……ま、いいか。 みんな喜んでくれたし、今回はそれでヨシとしなきゃね」

 そう呟くユーディットの手にした箱からは、ガサゴソと何か大きな虫がはいずるような音がしていた。



「はぁ……まったく、あれさえ無ければユーディットも完璧なんだがなぁ」

 俺は出来上がった服を紙包みに入れて持ち出すと、その足で戦士科の方向に向かって歩き出した。

 その途中でちょうど昼休みの鐘が鳴り響いたので、俺は人が殺到する前に購買でサンドイッチの入ったバスケットを購入し、卵サンドを咥えながらグラウンドを目指す。


「なんだライナルトか。 ……その様子だと、まさかもう服が出来たのか?」

「当たり前だろ、エルンスト。 俺を誰だと思ってる!」

「まぁ、それでこそ被服科の変態職だな。 相変わらずやる事が人間やめていて何よりだ」

「それ、微妙に褒めてないだろ」

「よし、少し待っていろ――今すぐ先輩たちに声をかけてくる。

 お前はエーファをつれて例の場所へ向かってくれ」

「わかった……幸運を祈る」

 

 エーファを尋ねると、彼女はグラウンドで模擬専用の武器を片付けていた。

 ちなみにプレートメイルの上から汗を拭くようにタオルをゴシゴシとこすっているけど……それって何か意味があるのだろうか?


「やぁ、エーファ」

「あ、ライナルトさん……こんにちは!」

 その瞬間、俺は何かに突き動かされるように横に飛んだ。

 一瞬遅れて風を切る音と共に振りおろされるギロチンアックス。


「あっ、ついやっちゃいました! すいません!!」

「は、ははは……生きているってすばらしいね」

 い、今のは確実に体が真っ二つになっているコースだったぞ。


「じゃあ、さっそく試着してほしいんだけど、耐久テストの準備もしてあるし、先にシャワーで汗を流してからにしてほしいから場所を変えようか」

「あ、はい。 わかりました」

 だが、その時である。


「あ、ちょっとまって」

 俺の後ろから声変わり前のやや甲高い声が響いた。

 振り向くと、戦士科らしいフルプレートに身を包んだ生徒がガチャガチャと金属音を立てながら歩いてくる。

 ……ほんとお前ら戦士科って鎧好きだな。


「何か用か?」

「エルンストからの伝言だ。 押さえておいた耐久テストの設備の調子がおかしいから、場所が変更になったらしい。 案内するから付いてきてくれ」

 おいおい、ここに来て計画変更だと?

 しっかりしてくれよな。

 仕方が無いので、俺たちは甲冑野郎の後について人気の無い場所へと入り込む。

 ――おいおい、こんなところ初めて来たぞ?


「じゃあ、ここを使ってくれ」

 その台詞を言い終わると、案内してくれた戦士科の生徒はそっけない態度で去って行く。

 なんだろう、この一抹の不安は。 本当に大丈夫なんだろうな?


「じゃあ、シャワー浴びてきますね。 ……覗いちゃ嫌ですよ?」

「ははは、もちろんそんな事はしないさ」

 ――ごめんよ、エーファ。 これは嘘だ。


 エーファが衣装を持ってシャワールームに入ると、俺は早速行動を開始した。

 せっかくのチャンス、戦士科の先輩たちだけがお楽しみなんて絶対に許さない!!


「……いらっしゃいませ。 ライナルト手芸店、オープンでございます」

 俺は天職を発動させると、その能力の一つであるドレッサールームを使って自らの装備を一瞬で変更した。

 今日の装備は装着者の吐息や気配を全て消し去る効果を持つ甲賀の黒装束……なお、その見た目は完璧に不審者である。

 

『ふっふっふ……では、ご開帳といきますか』

 俺がシャワー室を窓の隙間から覗きこむと、ちょうどエーファがその髑髏の鉄仮面(トーテンコップ)をはずすところだった。

 その無骨な兜を脱ぎ去ると、シュルッと音を立ててツインテールにまとめた金髪がサラリと流れて腰の辺りで揺れる。

 そして現れたのはあどけなさの残る丸顔と大きな目が印象的な……思わず子猫を思い出させるような美少女だった。


 ――うぉっ、予想以上に可愛い!?

 これであの殺人的な癖が無かったら、ぜひお付き合いを考えたいところである。


 だが、その時であった。

「そこまでよ」

 冷たい声と共に、俺の口が湿った布でふさがれる。

 青臭い!? まさかこれは、ユーディットの……。


「ぐっ、何者……」

 俺の呼吸器に進入したブルーポーションXは鼻腔の奥深くに進入し、その暴虐的な何かによって俺の意識と運動能力を急速に奪っていった。

 そして力なく倒れた俺は、何者かによって外へと乱雑に引きずられていったのである。


***


 再び意識を取り戻すと、そこは薄暗い部屋の中だった。


「ハイル、お野菜!!」

「ハイル、お野菜!!」

 なにやら不気味な声が唱和される中、周囲には強烈な青臭さを醸し出す濃厚なお野菜煙(ユーディット・ミスト)が立ち込め、何人かの先輩は口の回りを緑色の何かで汚しながら意識を失い、ヒクヒクと痙攣している。

 これはまさか……新作試食会(ユーディッツ・ゲヘナ)!?


「先輩! しっかりしてください!!」

「すまん、ライナルト……やつら、俺たちの行動を読んでシャワー室の周りにトラップを仕掛けていたんだ」

「凄まじく青臭い霧が……俺たちの体の自由を奪って……」


 ……やつら?


「さて、覚悟は出来ているかしら?」

 そんな冷たい声のした方へ目をむけると、そこには恐るべき女たちが悪意ある笑みを浮かべてたたずんでいた。

 怪しい人影は全部で十三人。

 全員が身元を隠すように漆黒のローブを身に着けていた。

 ――これは、サバトか!?


「貴方たちの行動は、斥候科担当教官の許可の元に斥候科女子の課題としてすべて監視させてもらったわ。 ……というか、鼻の下を伸ばして楽しそうに何か相談していれば、嫌でも何かあると思うわよ」

 くっ、なんと迂闊な。

 つまり、先輩たちの行動はほとんど最初から全て筒抜けであったというわけか。


「お、俺たちをどうする気だ!?」

「……貴方たちの犠牲は無駄にしないわ」

 そう言いながら、彼女たちは強烈に青臭くも甘い香りのただよう、バスケットサイズの紙箱を取り出した。


「そ、それは!?」

「自立思考型携帯食クッキーMンスター。

 被服科の変態職には説明するまでも無いだろうけど、われらが聖なる教祖……魔術科のユーディットさんの考案したオリジナルレシピを我々なりに再現したものよ」


 お、お前等……なんて取り返しの付かないことを!!

 謝れ! 食材になった命に土下座しろ!!

 俺が食材だったら、死んでも死に切れんわ!!


 その瞬間、箱から飛び出したクッキーMンスターがカエルのように飛び跳ね、ビタンと音を立てて俺の目の前に落ちた。

 おいこれ、絶対にクッキーじゃないだろ!? もはや新種のホムンクルスじゃねぇかよ!!


「やだ、お野菜入れすぎたかしら。 活きが良すぎるのも考え物ね」

 恐ろしくも認めがたいことに、それはあくまでもお野菜から作られたものらしい。

 その不気味な物体を、その女の隣に控えていたローブ姿が手袋をした上にピンセットを使って慎重に摘み上げ、ガラスのフラスコへと封印する。


「先生、どうでしょう?」

「なんと邪悪で強靭な生命……すばらしい」

 瓶の中で蠢く恐ろしいクッキーを眺め、教師らしき影は恍惚とした声で囁いた。

 こいつ、さては錬金術担当のアポロニア先生だな!?

 畜生、この狂的女魔術師め!!


「本家本元にはまだまだ及ばないけど、十分美味しく出来たと思うわ」

 恐るべき光景を前に戦慄する俺たちへと、先ほどから俺たちに語りかけている女が悪意をこめて微笑む。

 すると、その言葉がキーワードであったかのように、箱の中の緑の物体がギチギチと音を立てて動き出した。


「URyyyy URyyyy URyyyy」

 薄暗い部屋の中に、どう考えても人のものではない何かの鳴き声が響きわたる。

 くそっ、いつからクッキーはこんな邪悪なクリーチャーになったんだ!?


 その時である。

「ま、まさかお前等……スイーツ乙女同好会!?」

 先輩の一人が、恐怖に震える声で叫んだ。


「あら、我々の活動を知っているのね? 光栄だわ」

 ――聞いた事がある。

 こ学園には、食用可能な材料で破壊兵器を作る女たちの、非公式なサークルがかるのだとか。

 まさか、こいつらが!?


「さぁ、私たちの課題……美味しい野菜クッキーのレシピ開発に協力してもらうわね」

「では、課題を始める。 試験内容は尋問によって情報を聞き出すまでの速さと、その情報の正確さだ。

 薬物の量を間違えるなよ? 意識を失えば起こすのに時間がかかるからな」

 こ、こいつら、俺たちを斥候科の実技課題の実験体にする気だ!?


「やめろ、お前には人の心が無いのか!? たすけ……ぐぼぉ!?」

 必死で助けを求める先輩の口に、虫のように蠢く不気味な緑の物体が押し込まれた。

 もう一度言っておくが、これはクッキーである。

 ホラーに見えるかもしれないが、材料はちょっぴりのバターやお砂糖と、たっぷりのお野菜、あとは夢見る乙女のハートが入っているだけだ。


 そして白目をむいた戦士科の先輩に、その女先輩が優しく囁く。

「……おいしい?」

「うげげ……グボボ……ふひっ、ひっ、ひゃい……とっちもおいちいで……ちゅ」

 その言葉に、俺たちは新たな戦慄を覚えた。

 よ、幼児退行!?


「ふ……まさに傑作の名にふさわしい品だわ」

 俺の勘違いで無ければ、その声は斥候科で教鞭を振るう薬学教師のものだ。


「相手を殺すことなく無力化する薬物はこれまでも数多く生み出されてきたが、まさか狙って幼児退行をもたらすレシピが存在するだなんて」

 まて! これは薬物じゃなくてクッキーだろ!?

 なんでそんな劇物として評価されているんだよ!?


 だが、こいつらの恐ろしさはまだ序の口であった。

 次に呟かれた台詞によって、俺たちは更なる恐怖のどん底へと叩き落されたのである。


「じゃあ教えてちょうだい。 貴方の部屋のエッチぃ絵はどこに隠してあるのかしら?」

 い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!?

 そ、それは……それだけは! それだけはやめてくれ!


「ちょ……ちょんなもの……は……あり、ありあり、ありまちぇん……」

 幼児退行した先輩の目に、言い知れぬ絶望の闇が広がる。

 すると、女はガサゴソと音を立てる箱の中かに緑色のクッキーを取り出した。

 あのどす黒い色は、けっして抹茶味などではない。


「そう。 じゃあ、もう一枚クッキー食べる? あら……お漏らししちゃったみたいね」

 クスクスと笑いながらも、女は先輩の口に容赦なくクッキーをねじ込んだ。

 こいつら、悪魔だ!?


 俺たちの脳裏に、荘厳なレクイエムが大音響で鳴り響く。

 ――神よ、エロの神よ! なぜに我を見捨てたまうか!?


 戦士科と斥候科の男子先輩はSANチェックに失敗……もとい恐怖のあまりクッキーを待たずして幼児退行し、彼らの聖なる領域の秘密は次々に暴露されて行った。

 そして、ついに俺の番がやってくる。


「ふっ、オリジナルならばともかく、ユーディットの手料理を食いなれたこの俺にちょっと青臭いだけのクッキーが通じると思うなよ?」

 嘘です。 精一杯の強がりを言いました。

 俺、まだ死にたくないです!!


 だが、斥候科の女先輩は不気味な笑みを俺に向ける。


「ふふふ、貴方には違う選択肢があるのよ」

 すると、斥候科の女先輩たちの後ろから数人の女たちが現れた。

 その手に、たくさんのデザイン画を持って。


「や、やめろ……まさかそれは!?」

「助かるわ、ライナルト。 ちょうど腕のいいパタンナーをみんな探していたのよ」

 現れたのは、我が被服科の女子たちである。

 しかも、俺のクラスメイトだけでなく、先輩たちまでそろい踏みだ。


「何が言いたいかはわかっているわよね?

 さぁ、どっちを選ぶ? クッキー(グリーン)か、それ(オア)ともお仕事か(ブラック)

 その笑みが悪魔の嘲笑に見えたのは、言うまでも無い。


 そしてその日、俺は真っ白に燃え尽きながら、便利すぎる力を持った己を心の底から呪う羽目になったのである。


 そして後日、ユーディットは斥候科から薬学の単位、魔術科からもホムンクルス作成の単位を贈られた。

 本人に覚えがないせいで何かしたのかと何度も尋ねられたのだが、俺の口から本当のことなど言えるはずも無い。


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