第五話
「……というわけでだ、今期の被服科からの公式課題はテーラードジャケットを作ることになりやがったから、そこんところよろしく」
ちっ、今頃になってようやく課題の発表かよ。
ホームルームの壇上にあがった我がクラスの担当ヤンキー……もとい担当教師、クレメンティーネちゃん22歳Aカップ独身による課題の説明を聞きながら、俺はいつものように彼女のスリーサイズを目視で計測していた。
むむ、クレメンティーネちゃんウエストが昨日より5mm大きくなっているな。
昨夜は油断したか? それとも今朝はお通じが無かったのか?
その瞬間、クレメンティーネちゃんの手が、ブレて見える速度で翻る。
「そこっ、不埒な目で人を見るんじゃねぇ!」
「ふごぉっ?」
痛ぇっ!? 今のチョーク、軌道がまったく見えなかったぞ!?
おまえ本当は被服科じゃなくて斥候科か戦士科だろ!!
「さて、変態の成敗が終わったところで話を続けるぜ」
俺の額にピンポイントでチョークを打ち込んだクレメンティーネちゃんは、いい仕事をしたとばかりにタバコを咥え、その先端に魔術で火をつけた。
「てめっ、教師の癖に生徒に向かって変態とはなんだ、変態とは!!」
「先生、変態が何か不満そうです」
「アタシが知るか。
構うと調子にのるから、無視だ、無視。 ほら、話を先に進めっぞ」
俺の抗議をアッサリ無視すると、クレメンティーネちゃんはタバコの煙をくゆらせながら黒板に課題の必要事項を書き加えてゆく。
おのれクレメンティーネちゃんめ、人をただの変態扱いしやがって。
被服科のエースであるこの俺をいったい何だと思っている。
「さて、今回の課題のテーマは、ウチの科の定番である戦う人のためのお洒落だ。
女子向けでも男性向けでもいいから、モデルに自作のテーラードジャケットを着せて試験を受けに来い。
なお、評価のポイントは、まず防御力、そして利便性、さらにデザインの3つだ。
いいかおまえら。 半端なもの作って被服科の名に泥をつけんじゃねぇぞ! わかったな?」
――戦闘職用のテーラードジャケットか。 さすがに目の付け所がいいな。
ちなみにテーラードジャケットとは大きな襟の付いたジャケットのことで、ちょうどスーツの上着部分だけを思い浮かべてくれればそのまんまである。
本来はメンズの衣装だが女性にも人気があり、パンツにもスカートにも合うので非常に使い勝手のいいアイテムだ。
しかも、俺たちは腐っても魔力をこめた装備の作り手である。
まだ入学したばかりで鎧以外はロクな装備も持っていない連中からすれば、俺たちの作品は垂涎の品。
モデル料として出来上がった代物をプレゼントすれば、確実に恩を売ることが出来る。
今後、素材などを融通してもらうにも、この手のコネは非常に大切だ。
だが、二年生にもなるとさすがにいい装備持っているから交渉は格段に難しくなるだろう。
――つまり、ねらい目は俺たちと同じ一年生だ。
そして彼らがそれを着用して冒険に出かければ、自分たちの技術の宣伝にもなるという寸法である。
さらにうちのクラスの連中は、これを自分の好きな男に話しかけるきっかけにしようと色々企んでいるに違いない。
ふっ、我が学科ではあるがなかなかに黒いな。
「ねぇライナルト。 あんたはこの課題参加しないんでしょ?」
ホームルームが終了すると、さっそくクラスの女子が近寄ってきた。
おそらく俺に課題の手伝いを頼みたいのだろう。
「さて、どうしようかな」
俺は先日の黄金パンツを提出したおかげで今期は課題をする必要は無い。
だが、今のうちに評価を稼いでおくのは悪くないよな。
いや、まてよ?
そもそもこれはモデルに選んだ女の子のスリーサイズをこの手で計測する絶好のチャンスではないか!?
いやうまくすればさらに一歩踏み込んでキャッキャウフフ……
「よし、俺も参加しよう! 全力でモデルを探さなくては!!」
「えー あんた参加するの? 手伝いを当てにしていたのに!」
「ちっ、変態があてにならないとなると……デザインからのパターンメイキングどうしよう?」
ふっ、そんなもの俺が知ったことか、この見た目だけ乙女のアマゾネス共め。
さてと。 大至急で斥候科の連中につなぎを取り、今年度の全校美少女名鑑を入手しなくてはなるまい。
待ってろよ、俺の子猫ちゃん!!
だが、一つ心配がある。
この俺に上手くモデルの交渉が出来るだろうか? 自慢じゃないが、ナンパなんぞしたことは無いぞ。
これだけ張り切って参加表明しておいて、モデルが見つかりませんでしたでは恥ずかしいよな。
いや、たとえモデルになってくれる相手がいなくても、いざとなったらユーディットに頼めばどうにかなるだろう。
よし、計画は完璧だ。
だが、その時である。
「一応言っておくけど……ユーディットさんは魔術科だから対象外よ」
「なんだとぉぉっ!?」
いきなり切り札を奪われた俺は、知らない間に立ち上がっていた。
「先生の話ちゃんと聞いてなかったでしょ。 今回の課題に参加できるモデルは、戦士科か斥候科のみよ」
戦士科か斥候科……って、どっちも野郎の巣窟じゃねぇかよ!
特に戦士科! そもそもあそこに女なんか存在しているのか!?
そんなわけで、俺の目の前にいきなりモデル探しという難題が立ちはだかったのである。
***
「待たせたな、ライナルト!」
「いや、こちらも急な頼みごとをしたんだし、気にするな」
我が盟友にして戦士科の生徒であるエルンストが相談の場として指定したのは、放課後の食堂だった。
「……で、俺に戦士科の女子を紹介しろっていう話だったよな?」
「まぁ、存在するならばの話だがな」
なお、三年のザンギエラ先輩は女子では無い。 あれは性別が女性というだけの立派な男子だ。
「心配するなちゃんと存在するし、すでにモデルの件についても了承の返事を貰っている。
紹介しよう……戦士科一年のエーファだ」
「はじめまして、エーファです」
お、可愛い声。
エルンストに呼ばれて現れたのは、身長150センチほどの小柄な少女だった。
「あ、どうもはじめまして……被服科のライナルトです」
へぇ、こんな子が戦士科にいたんだ?
さて、ここで彼女のファッションをチェックしてみよう。
上はゆったりとした淡いブルーのシフォンブラウス。
下は青い花柄を散らした白いスカートというフェミニンな装い。
ワンポイントとして、肩には全てを威圧するようなトゲトゲのショルダーパッドをあてがい、左手にはお揃いのスパイクシールドがベストマッチ。
ネモフィラの咲き乱れる丘のようなスカートの裾からは、返り血で赤黒く変色した革紐でキッチリ固定された鋼鉄製のスパイクメイスがちらりとのぞき、いかにも歴戦の戦士を思わせる遊び心を見せ付ける。
それらを全てを頭からつま先までカバーするフルプレートの甲冑の上から見事に着こなしており、まさに春の野山を血みどろに変えそうな素敵な装い……って、誰か止めてよ!
どこから突っ込めばいいんだこれは!?
「えっと……エーファさん?」
「はい」
恥ずかしそうにうつむいていた彼女が頭を持ち上げると、そこには鈍色に輝く髑髏を模した鉄仮面が隙間無く彼女の顔を覆っていた。
「ど、髑髏の鉄仮面がとてもキュートですね……」
「あ、ありがとうございます。 これ、今年の流行色なんですよ!」
――どうしよう。 ファッションは俺の専門分野なのにまったくその流行がわからない。
目の前が真っ暗になるような絶望と共に、俺の背中を一筋の汗が流れ落ちた。
こいつら、本当に俺と同じ世界のイキモノなのだろうか。
「な、なかなかのコーディネイトですね」
「や、やだぁ、そんな恥ずかしい! 被服科の人に褒められるだなんて!」
彼女が恥じらうようにガシャリと音を立てて身をよじった……その瞬間である。
ブンッ!!
どこからともなく現れた巨大な斧が俺の顔面スレスレのところに振り下ろされた。
――あっ、あっぶねぇ!?
「ははは、ギ、ギロチンアックスですか、さすが戦士科です……ね」
「そっ、そんなことないですぅ。 もぅ、はずかしい!!」
再び持ち上げられる巨大な凶器。
ちょっとまて、これ、確実に俺の命を刈り取りにきてないか!?
「ち、ちなみにその斧、どこから出したんですか?」
「え? バッグの中からですよ。 ほら!」
彼女が開いたバッグの中には、かわいらしいウサギのプリントされた油取り紙や、色とりどりのヘアピン、キャラクターもののペンケース、土に汚れたサバイバルナイフ、肉料理で統一された野戦用のレーション……そしてスイッチ一つで飛び出す棘つき鉄球。
え? 棘つき鉄球?
カチッ――バキャァァン!!
反応出来ずに硬直した俺の頰を恐るべき凶器が掠め、そのまま後ろの壁にめり込んだ。
「やだぁ、ごめんなさい。 私、恥ずかしくなるとついやっちゃうんですよぉ」
まて、『やっちゃう』が『殺っちゃう』にしか聞こえないんだけど!?
貴方のお父さん、真っ赤なアフロヘアでお名前をドナルドさんとかいいませんか!!
つーか、この威力は洒落にならんぞ!
このままの流れで会話していたら、確実に俺が死ぬ!?
「ちょ、ちょっと待っててね、エーファさん。
……おい、エルンスト! ちょっとこっちこい!!」
「どうしたライナルト」
食堂の隅にエルンストを連れ込むと、俺はボソボソと小声で奴を問い詰めた。
「おい、なんだアレは! 戦士科じゃプレートメイルの上にカジュアルな服を着るのがはやっているのか? つーか、照れるとギロチンアックス振り回すとか危険人物以外の何者でも無いだろ!?」
「ふっ、可愛いだろ。 ちなみにお前の名を聞いても嫌がらなかったのは彼女だけだ。
それにだ、あれで中身はなかなかの上玉と見ているんだがお前はどう思う?」
ダメだ、こいつ言葉が通じてない!?
「ちょっとまて、色々と突っ込みたい内容が盛りだくさんだが、その言い方だとお前も彼女の鎧の下を見たこと無いのか!?」
「うちの科の数少ない女子はみんな常にフルアーマーだから、俺も中身は一人も見た事が無い。
あいつら休み時間に全身甲冑を着込んだまま編み物とかよくしてるんだが……見たこと無かったか?」
「マジかよ……」
眩暈がするほどシュールな話だが、よく思い出せばたしかにそんな光景を見た事がある。
てっきり乙女趣味な男子だと思っていたが、アレって中身は女子だったのか……。
「一昨年卒業した戦士科のマドンナなんて、最後まで甲冑を脱いだ姿を誰にも見せなかったどころか、声も出したこと無かったらしい」
「おい。 それ、ほんとうに女の子だったのか?」
「しらん。 だが、女子の甲冑の中身は戦士科にとって永遠のロマンだ。
……てなわけで、今回は貴様に期待している」
その言葉と共に、奴はいきなり俺の肩をポンと叩いた。
「何をだ?」
「決まっているだろう? 鎧の中身だよ!
お前だってフルアーマーの上から服を着せても嬉しくはあるまい!」
「まぁな……」
というより、フルプレートの上から着ることを想定した服なんて考えたことも無いし、そもそも俺の服の防御性能がわからなくなるからそれは認められない。
「だが、あの恥ずかしがり方だと、お前等に普通の服を着た姿を見せてやりたいと言っても絶対に断られるぞ」
と言うか、確実にギロチンアックスが飛んでくる。
まさに命がけのお願いになりそうだ。
すると、奴は男らしい顔に不適な笑みを浮かべ、俺の不安を一笑に付した。
だが、俺は知っている。
こういう時、奴は裏でものすごくやましい事を考えているのだ。
「心配無用だ、同士ライナルト。 お前はただ、服の試着をするのだといって彼女をとある場所に連れてきてくれるだけでいい」
「解せんな。 何を企んでいる?」
「さすがにいい勘をしているな。 むろん、裏はあるさ」
俺が半眼でにらみつけると、エルンストは指を左右に振りながら俺にむかってその壮大な計画を語りだした。
「いいか、あの鎧の下に身に着けているのは、鎧のこすれから肌を守るための分厚いキルティングだ。
厚着のせいで、鎧の中はいつも蒸れて汗まみれになっている。
つまり……試着する前にシャワーを浴びる必要があるというのは自然な流れじゃないか?」
ほう、だいたい流れが読めてきたぞ。
「協力を求めるならばもっと単刀直入にいえ。 何がいいたい?」
「言葉巧みに俺たちが用意したシャワー室に誘い出せ!
……いいか、これはすでにお前だけの問題では無い。
俺たち戦士科の先輩たちと斥候科の有志一同の協力の元、戦士科男子一年が総力を挙げて行う一大プロジェクトだ」
――なんだと!?
俺が奴に相談したのはホームルームが終わった直後の休み時間だったはず。
なのに……こいつ、たった一日でそれだけの組織を動かしたというのか!?
恐るべし、エルンスト!
恐るべし、戦士科男子!!
「お前ら……」
「なんだ、怖気づいたのか?」
体を震わせる俺を、エルンストが真剣なまなざしをしたまま笑う。
「……最高だな!」
「お前ならそう言うと思ったぞ、ライナルト!!」
差し出されたエルンストの手を、俺は固く握り締めるのだった。