第四話
古き言い伝えによれば、かつてこの森はその名の通り古きエルフのものであったが、ある日外からやってきたオークによって激しい戦争が起きたという。
そして敗れたエルフはこの森を去ったのだが、一人だけこの森に留まったエルフの乙女がいた。
彼女はオークの長の妻となることでエルフの一族の助命を願い、オークの長はそれを認めたと伝えられている。
そのとき、オークの長の心を陥落するために彼女が身に着けていたのが、金の糸を紡いで作ったという伝説の秘宝……黄金の勝負パンツ。
この衣装は、オーク族の宝として代々の族長が今も大切に守っているらしい。
「……と言うわけで、オークの集落に侵入してこれを奪うのが俺たちの目標だ」
日も暮れた森の中、焚き火を挟んで俺とエルンストは秘宝を手に入れるための最終的な話し合いをしていた。
「なるほどな、それで俺の力を借りたいというわけか」
「あぁ、お前の作り出す身隠しの帽子を使えば、オークの族長の家に侵入するのは簡単だ」
そう言って、エルンストは身隠しの帽子……のレプリカを作るために必要な材料を出してくる。
「なるほどな。 だが、俺の未熟な腕では短時間しか姿を消す事はできないぞ」
「わかっている。 今回のミッションは短期決戦だ。 それよりも、あっちは大丈夫なんだろうな?」
奴の視線の先には、毛布に包まって静かに寝息を立てているユーディット。
俺たちが気絶している間もずっと起きていた彼女は、疲れがたまっていたのか食事が終わってすぐに俺の作った魔除けの絨毯の上で横になり、そのままぐっすりと眠ってしまっていた。
「あぁ、問題ない。 俺の作った魔法の安眠枕は完璧だ。 ユーディットは朝までぐっすりとお休みだろう」
「よし、ならば一気に片をつける。 頼んだぞ、ライナルト!」
俺はエルンストは軽く互いの拳をぶつけると、必要な材料を再確認し、異能を使うためのキーワードを口にする。
「いらっしゃいませ。 ライナルト手芸店、オープンでございます」
カバンの中が亜空間に変わると同時に、俺とエルンストは二人がかりで材料を放り込んだ。
やがて亜空間から吐き出されたのは、灰色をした地味な毛皮の帽子。
地味ではあるが、冥府の神が持っているという神器を模した恐ろしい道具である。
「よし、こいつがあれば百人力だ!」
「過信するなよ、エルンスト。 そいつがこの世に存在できるのは、ほんの一時間程度の間だけだ」
あいにくと、人の身で神の持ち物を完全にコピーする事はできない。
制限時間を過ぎればこめられた魔力が不安定になり、あっという間に崩れて塵に変わってしまうだろう。
もしもそれがオークの集落の真っ只中であったならば、確実に生きては帰れない。
「わかってるよ。 それよりもさっさと行こうぜ」
そう言いながら、エルンストは乱雑な手つきで身隠しの帽子を頭に被る。
俺もまた、その姿を見失わないうちに自分の分の帽子を身に着けた。
なお、この帽子を被っている人間同士が互いの効果を受けないのは、俺の研究の成果である。
「しかし、思った以上に楽だな」
門番として集落の入り口を守るオークの横をすり抜け、エルンストはにやりと笑ってそう呟いた。
「気が緩みすぎだぞ、エルンスト。 事が終わるまで気を抜くんじゃない」
「あぁ、わかっているさ。 それよりも、長の家はあれじゃないか?」
目の前には一際大きな家らしきものがある。
長の家というにはあまりにも貧相ではあったが、ほかにそれらしいものが無い以上、そこから調べるしかほかに手は無い。
「鍵は……そもそも存在すらしていないようだな」
「中からは寝息が聞こえる。 見張りも立てずに無用心なことだな」
俺は立て付けの悪いドアが軋まないようゆっくりと押し開き、長の家の中に足を踏み入れた。
闇の中で目をこらすと、寝台らしきものの上で筋肉質な生き物が大きな鼾を立てて眠りこけている。
俺たちは互いの視線を合わせると、即座に行動を開始した。
「おい、起きろ。 おっと、大きな声はあげるなよ?」
エルンストがオークの長の首に刃物を突き立て、足で乱暴に蹴り起こす。
「グッ……オマエラ、ナニモノ?」
「そんな事はどうでもいい。 黄金の勝負パンツはどこだ」
「アレ ハ ワレラ ノ 宝。 オマエタチ、盗ム、ユルサナイ!」
「ほほう……いつまでそんな生意気な口を利いていられるかな? これを見ろ」
俺はユーディットの荷物から失敬した忌々しくもおぞましい物体が入った水筒を取り出し、その蓋を開いた。
その瞬間、オークの長の顔が恐怖と嫌悪に歪む。
「ナ、ナンダ ソレ ハ!? コノ世 ノ モノ トハ オモエナイ オソロシイ臭イ ガ スル」
「お前が協力的になれないというならば、コイツを口の中に、いや鼻の中に流し込むぞ。
新しい世界を見たいなら、そのまま抵抗し続けるがいい」
「コ、コノ外道メ! 貴様ハ 鬼カ!?」
オークの鼻は、人間よりも遥かに敏感である。
おそらく奴はこの悪魔の秘薬の恐ろしさを、舌で味わうことなくすでに鼻で感じているのだろう。
「俺が鬼かどうかは貴様の心がけしだいだな」
「タノム、ソレダケ ハ ユルシテクレ。 宝ガホシイナラ、クレテヤル!!」
すると、オークの長は自分の腰に手を伸ばし、ゴソゴソと何かやり始めた。
お、おい、お前何をしている!?
月の光すらない闇の中に、やがて海産物のような異臭が漂い始める。
「持ッテユク ガ イイ。 コレガ……ワレラノ宝、代々 ノ オーク ノ 長 ニ ウケツガレタ 愛用品、黄金ノ勝負パンツ ダ」
やがて下半身が素っ裸になったオークの長の手には、すっかり伸びきって何がなんだかわからない金色の臭い代物が握られていた。
「お前が愛用しているんかーーーーーい!!」
夜の静寂に、俺とエルンストの絶叫が響きわたる。
オークの兵士たちがの声を聞きつけてなだれ込み、即座に身隠しの帽子を発動させて逃げ出すことになったのは言うまでも無い。
***
結局、伝説の秘宝・黄金の勝負パンツを手に入れた俺たちは、オークの股間の臭いの残るソレを全力で洗浄することにした。
さらに伸びきって原型を留めていないそれを、俺の能力で修復することで、なんとか提出に耐える代物に戻すことを試み、見事成功する。
そして服飾史に残るような貴重な品をレポートと共に提出したことによって、俺とエルンスト……あと主にレポートの文章を担当したユーディットは、今期の課題において大きな評価得ることに成功した。
だが、その代償として俺たちが心に負った傷はあまりにも大きい。
「あぁ、ひどい目にあった」
「くそっ、お前どうせならもうちょっと調べてからにしろよな!」
「かんべんしてくれ、ライナルト。 いくらなんでも、あれは予想外だ」
……予想外だと?
「はっ、考えが足りないなエルンスト。 お前だって、エルフの勝負パンツを手に入れたら自分で履いてみようと思うだろ」
「いや、思わねぇよ。 さすが変態職だわ」
「解せぬ! 貴様それでも男か!?」
幼馴染みとの間に横たわる大きな壁を感じた俺は、その傷ついた心を癒すために特効薬を使う事にした。
「それは……俺が報酬として渡したグルンツ先生のブラか!」
「ふっ、特別に貴様にも左のブラをクンクンする権利を与えてやろう」
「……友よ!!」
そして俺たちは、その大きなブラを二人で仲良くクンクンする。
外から見てどんな風に見えるかは、この際考えないようにしよう。
だが、その時俺は気づいてしまった。
「まて、エルンスト。 これは本当にグルンツ先生のブラなのか?」
「当たり前だろう! これはグルンツ先生の干していた洗濯物の中にあった代物だ!」
「だが、この大きさ……グルンツ先生のものとはカップ数もバストサイズも異なっているぞ!!」
たとえブラからグルンツ先生の匂いがしても、服飾科であるこの俺の目はごまかせない。
俺の天職は、仕立て屋の天職と同じく、見ただけで相手のバストサイズとカップ数を正確に測定できるのだ。
俺が目視したグルンツ先生のサイズはC。
こんなペッタンコ用のブラではないし、バストサイズが大きすぎる。
あぁ、そうだ。
そもそも、グルンツ先生の洗濯籠の中に入っている物が、グルンツ先生のものだけとは限らないじゃないか!
「馬鹿な! では、このブラはいったい誰のものだ?」
「この巨大なバストサイズにも関わらず、トップとアンダーの差が少ないAカップ。
この条件に合致する肉体を持つ乙女は……」
次の瞬間、俺とエルンストの声が重なった。
「戦士科三年のメスゴリラ、ザンギエラ先輩!」
その人類を越えた姿を思い出し、俺とエルンストは一瞬で凍りつく。
……あの先輩、下着を身に着けるぐらいには人類していたんだな。
「テメェ、エルンスト! なんて間違えてものを持ってきやがる!」
「黙れ! 俺がコイツを手に入れるのに、どれだけの犠牲を払ったと思っているんだ!!」
その日、俺とエルンストは泣きながらお互いを殴りあった。
翌日、傷だらけになった俺とエルンストを見てユーディットが散々馬鹿にしてきたが、好きなように笑うがいい。
男にはそうしなければならない時があるのだ。
なお、俺の二つ名に新しく『オークの下着を手にした男』と言うものが加わったが、それが穢れたパンツのことなのか、悪夢のブラのことなのかは知るよしも無い。