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第三話

 デュッセルドルフ学園とは、国家視点で有用な天職を持った人物を保護し、育成するために作られた教育機関だ。


 そのため生徒には自分が有能であることを示さなければならない義務があり、どの学科にも一定期間おきに課題をクリアして成果を報告する必要がある。

 もし、それが出来ないならば……天職を封印された上で辺境送りだ。


 そうなってしまえば、待っているのは寿命を削るような強制労働であり、自分のために使われた血税を文字通り自分の血で返済することになる。

 だからこそ、この学園の生徒は誰もが必死で上を目指すのだ。


 そう、この学園は決して天国ではない。

 むしろどこよりも地獄に近い。


「……それで、俺にお前の課題を手伝えというのかエルンスト」

「そうだ。 ほかでもないお前だからこそ、この話を持ってきた」 

 俺を訪ねてきたのは、戦士科に所属する俺のもう一人の幼馴染み……いや、我が悪友エルンスト。

 奴は、自らの課題を達成するため俺に協力を求めてきたのである。


「ライナルト、これはお前にとっても興味のある話だと思うが?」

「興味が無いといえば嘘になる。 だが、俺は男には手を貸さない主義だ」

 奴の誘いを俺が鉄の意思で跳ね除けると、奴はそんな事は予想済みだといわんばかりにフッと笑った。


「むろんそれなりの報酬は用意してある」

「ほう? それは俺の主義を曲げるだけの価値のあるものだというのか?」

「少なくとも、俺はそうだと思っている」

 そう言いながら奴が取り出したものに、俺の目は釘付けとなる。


「……それは!?」

「我が戦士科一年生が決死の覚悟で手に入れた戦利品の一つ。

 ……美術担当のグルンツ先生のブラだ。 しかも、まだ誰もクンクンしていない逸品だぞ。

 こいつを前払いで支払おう」

 なっ!? こいつ、そんな貴重なものを支払ってまでこの俺の協力を求めているというのか!?


「ふっ、そこまで男を見せられては断れないな。 貴様の覚悟、たしかに受け取った!」

「わかってくれたか」

 俺の差し出した手を、エルンストは固く握り締める。


「あぁ、必ず手に入れよう。 古代エルフの秘宝……黄金の勝負パンツをな!!」


***


「……で、なんでユーディットがいるんだ?」

「なんでとは失礼ね。 あんたたちだけじゃ頼りないからわざわざ来てあげたっていうのに」

 すいません、むしろいないほうが都合がいいというか、思いっきり邪魔なんですけど。

 気が付けば、エルンストが恨みがましい目を俺に向けている。

 くっ、許せ友よ! 仕方がなかったんだ!


「すまん、エルンスト。 昼に食事をする約束をすっぽかしていたせいで、何をしていたのかを洗いざらい吐かされた」

「この、軟弱者がぁぁっ!!」

 やかましい! お前だって逆の立場なら同じことになるだろうが!

 ユーディットを出し抜くなら、こっちの状況も確認してからにしろ、バーカ、バーカ!


「まったく……ライナルトは戦士科でも魔術科でもないんだから、危険なところに連れ出しちゃダメでしょ!」

 そのユーディットの言葉に、エルンストはチラリと俺に目配せをする。

 その通りだ、友よ。 コイツは俺たちが求めている秘宝が何なのかまでは知らない。

 まだチャンスは残っているぞ!


「とは言ってもなぁ。 俺はこいつより信頼できる奴をほかにしらんのだ。 仕方がないだろう?」

 アイコンタクトで全てを察すると、エルンストは何事も無かったかのように肩をすくめてそんな言葉を口にする。

 お前……なかなかの役者だな。


「ま、まぁ……確かにそうかも知れないけど、少なくとも私に無断でこういう事はしないでよね!」

「あぁ、わかったよ。 次からはそうする」

 よし、第一段階はクリアだ。

 あとは、何かしらの理由をつけてユーディットを途中で引き離さなくてはならないのだが……


 俺たちは知る。

 この事案が、前に進むどころか更に後退していたことを。


「じゃあ、これお弁当ね! ちゃんとエルンストの分もあるから感謝しなさい!」

「ぐおぉぉぉぉぉ……あ、ありがとな」

 ユーディットが差し出した手提げ袋には、いつもの楕円形の密封パックが三つ重なって入っていた。

 しかも密封されている今ですら、微かに野菜の青臭さがただよっている。


 彼女はこの弁当の中にいったい何を入れてきたのだろうか?

 はたして、こんな臭いを放つ野菜がこの世に存在するのだろうか?


 いや、そんな事よりも……これはなんとかして昼食までに破壊しなくては!

 俺が顔に大粒の汗をかきながらエルンストに視線を送ると、奴もまた顔中を汗でぬらしながら無言で頷いた。


「じゃあ、大事な弁当は俺が持つよ。 森の中を歩くし、ユーディットは杖を持ってなきゃいけないから手荷物少ないほうがいいだろ?」

「それもそうね、ライナルトにしては気がきくじゃない。 じゃあお願いできる?」

 俺は言葉巧みに彼女の手から破壊兵器を取り上げることに成功し、エルンストと目を合わせて小さく頷いた。

 あとは、これを自然な成り行きで始末しなければなるまい。


 すると、エルンストが任せろといわんばかりに小さく目配せをした。

 よし、任せたぞ相棒! 俺たちの平穏、俺たちの胃袋のために!!


「じゃあ、準備も整ったようだし、そろそろ行こうか」

「あぁ、行こう。 いざ、エルフの森へ!!」

 かくして、俺たちは予想すらしていなかった危険なミッションに挑むことになったのである。


***


「うーん、こういっちゃなんだけど、けっこう暇ね」

「それでいいに決まっているだろ。 何をするにもトラブルはできるだけ少ないほうがいい」

 最大のリスクは君の作った弁当ですとも言えず、エルンストは渋い顔でそう吐き捨てる。

 そしてそのまま十分ほど森の中を進んだ時だった。


「いるぞ……たぶん、ゴブリンだ」

 茂みの向こうを睨みつけ、エルンストが低い声で囁く。

 よく見れば、緑色の肌をした人型の生き物がギィギィと鳴き声をあげながらこちらに近づいてきていた。


 ゴブリンは俺より腰背が低いぐらいの野蛮な亜人で、主の旅人の食料を狙って襲ってくる生き物である。

 敵としてはさほど強いわけでもなく、数匹程度であればまったく問題にならない。

 最悪でも、食料を投げ捨てればそれ以上危害を加えてはこないのだから実に安全な連中だった。


「いいか、俺が前に出るからお前らは下がっていろよ」

「ええ、わかっているわ」

 エルンストが剣を抜いてそう告げると、ユーディットが乾いた声で返事を返す。

 だが、俺は気づいていた。

 これがエルンストの策であることを。


 こいつ、わざとゴブリンの住処に足を踏み入れやがったな?


 俺が小さく頷くと、奴は口の端だけでにやっと笑って返事を返す。

 あぁ、任せろ相棒。 お前もしくじるなよ!


「親愛なる神よ、我が祈りを不可視の盾へと変え、友たる戦士エルンストの身を守りたまえ……はい、これていいわ。 エルンスト、怪我するんじゃないわよ!」

「任せておけ。 うぉらぁぁぁぁぁ!!」

 ユーディットの魔術が完成すると、エルンストは相手を威嚇するように大声を上げつつ、たった一人でゴブリンの群れへと襲い掛かった。


 だが……その斬撃をかいくぐって一匹のゴブリンがこちらに向かってくる。

 よし、来た!!


「危ない、ユーディット!!」

 俺は手にしていた弁当を投げ捨てると、短剣を抜いてユーディットを守るようにゴブリンの前に立ちはだかった。

 するとゴブリンは馬鹿にしたかのようにヘッと歪んだ笑みを浮かべると、俺たちのほうには目もくれず、俺の投げ捨てたユーディットの作った弁当めがけて走り出す。


 ――よっしゃあぁぁぁぁぁぁ! ミッションコンプリート!!

 これで悪魔のグリーングリーンモンスターとはおさらばじゃぁぁぁぁぁ!!


 そしてゴブリンが弁当を拾って逃げ出すと、残りのゴブリンも速やかに撤収を始める。

 くくくくく、そう、それでいいのだ。

 お前らも、食料さえ手に入れば俺たちと無理に争う必要も無いだろう?

 俺たちも悪夢から解放されて万々歳だ。


「ふぅ、危なかったな。 いや、すまん」

「ちょっとエルンスト! あんたがヘマしたからお弁当盗まれちゃったじゃない!!」

 エルンストが頭をかきながら戻ってくると、ユーディットが目に涙を浮かべながら奴を怒鳴りつけた。

 真実を告げられないってのは辛いなぁ。

 でも、せっかくだから、フォローは入れておいてやるか。

 おぉっと、嬉しさのあまりの顔がにやけそうになる。

 危ない、危ない。


「そう言うなよユーディット。 弁当の事は残念だったが、とにかく君が無事でよかった」

「な。なによライナルト! い、いつもはそんな台詞絶対に言わないくせに!  そ……そんな台詞ぜんぜん似合ってないんだから!! 気持ちが悪いのよ!!」


 その時である。

 ギエェェェェェェェェェェェェ!?

 遠くからゴブリンの悲痛な叫びが聞こえてきた。


 馬鹿め、見た目の段階で口にすることを諦めればよかったものを。

 それにしても……悪食で知られるゴブリンが悲鳴を上げるような食べ物って何だったのだろうか?

 多少気になりはするものの、恐ろしすぎて想像も出来ない。


「まぁ、しょうがないから今回は許してあげるわ。

 あ、そうだ。 たくさん動いて喉かわいたでしょ? 飲み物も用意してあるのよ」

 え? 飲み物?


 加速する嫌な予感をあざ笑うかのように、ユーディットは自分の背負い袋の中から水筒を取り出してきた。


「はい、栄養たっぷりの野菜ジュース、名づけてブルーポーションXよ!」

 にこやかな笑顔で水筒の中身を差し出すユーディット。

 なに、その破壊力抜群なネーミングは。


 思わず見合わせた俺たちの顔は、彼女が手にした謎の液体と同じぐらい真っ青だった。


「どうしたの? 美味しいよ?」

 俺たちの目の前で壮絶に青臭いそれを一気に飲み干すユーディット。


 あぁ、これはもう逃げられない。


「覚悟は決めたか、友よ」

「あぁ、所詮は儚い夢だった」

 器を手にした互いの手を絡めるようにして、俺たちは死の杯を交わす。

 3……

 2……

 1……


「ぶぺらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 その飲み物の味は、苦いも青臭いも突き抜けた、何か新しい世界の味であった。

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