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昼休みの過ごし方

作者: 立涌丁字路

 久しぶりの投稿となりました。どうぞ読んでいただければ幸いです。

 高校の昼休み、僕は図書室前の通路のベランダに出た。そこにはいつもと言っていいほど先客がいる。

顔を上げて西の空を見ている一人の女の子、同じクラスの三崎泰子さんだ。後ろ姿でも分かる。


 三崎さんとは二年生になった時に初めて同じクラスになった。彼女は休み時間にいつも一人で自分の机にいることが多く、ノートを開いて何かを書いているようだ。僕の見る限りでは仲の良い友人はいないようで、昼食も一人で食べ、時折教室の外を見て物思いにふけっていた。

 そんな彼女と初めてここで会うのは、つい2週間前のことだ。

 その日は雨が連日降り続いた後の貴重な晴れだった。僕は昼休みに職員室に用事があった。その帰りに図書室の前を通りかかった時、その前の西側のベランダに注意が向いた。立ち止まって見ると、誰かがそこにいるようだった。

 僕は気になったので、ベランダに出る扉を開けた。そこに踏み入れると、僕の側を振り向いた人がいた。ベランダにいたのは三崎さんだった。彼女は驚いた様子ではなく、招き入れるように振る舞った。


 それから僕はまだ数回くらいだが、ここに来て三崎さんとおしゃべりをしている。いや、おしゃべりというよりは、僕が聞き役になって彼女の主張を聞いていると言ったほうが適切だろうか。

 今日も僕は西空を見ている彼女の隣にいて、主張を聞くことにした。

「安田君、聞いてくれるかな」と彼女は言った。「僕らの住むこの世界って、姿の見えない『誰か』が書いている物語なのかな」

 三崎さんは僕の顔を見ることなく、余韻が残るような言い方をした。彼女は教室で基本的に他の人と話をしないから、どういうものに興味があるかはよく分からない。ただ、彼女が今言ったことから推測すると、およそ同じクラスの他の女子生徒と話を合わせるのは難しい、と考えられる。だからといって、彼女の話が面白くない、理解不能だというわけではない。彼女がする話はクラスでの他愛のないものとは違った、どこか詩的な印象が感じられた。

「どうしてそう思うの?」

「テレビや新聞、ネットを見るといろいろなニュースが起こっている。良いことも悪いこともね。もちろん僕らの周りにもいろいろな出来事がある。その中には思いがけないこともある。『事実は小説よりも奇なり』という言葉があるけれど、もしかするとこの世界そのものが一つの大きな物語で、僕たちはその登場人物なのかもしれない。姿の見えない作者はこの世界を『俯瞰』で捉えている。きっと宇宙空間のどこかにいるのだろう」

 そう言うと三崎さんは僕の顔を見た。まるで感想を求めているかのように。

 僕にはこの主張が壮大すぎて、よく分からない。哲学、いやそれ以上の次元の話だ。

 僕は、「うん、なるほど」と相づちのようにしか返答できなかった。彼女の主張を聞くときにはこのようなパターンになる。前回も前々回もそうだった。

 その彼女は少し笑みを浮かべ、その顔を僕に見せた。

 ここはいつもは何の変哲もない普通のベランダである。三崎さんの主張を聞くときにはここは小さな弁論ステージになるが、昼休みの終わる10分前にここは普通のベランダに戻る。


 それにしても、あんなところでただ一人でたたずんでいるのは恥ずかしくないのだろうか。僕は部活動を終えて帰宅してからそのように考えた。あの場所だと確か、二年三組や四組の廊下からは丸見えではないか。なぜならあそこのベランダは、校舎の一番南の学年棟からは直角のところにあるからである。学年棟の2階にある二年生のクラスは、西側から一組、二組、三組、四組と続き、南北の通路を挟んで、五組、そして最後に僕ら六組の教室がある。ベランダは南北の通路にある図書館前の西側にある。だから僕はこのように思うのである。


 僕は三崎さんと特に仲が良いというわけではない、同じクラスというだけだ。ただ彼女は一人でいることが多く、そしてノートに何かを書いている。昼食時の物思いのふけりようもクラスの女子の中では彼女に特有だ。だからこれだけは気になるのである。どうして昼休みに通路のベランダにいるのか。けれども僕は決してそのことを注意するというわけではないが。


 僕は思い切って三崎さんに聞いてみることにした。話の分からない人ではないと思うので、こちらの話をきちんと聞いてくれるだろう。


 数日後の昼休み、ベランダでこの前と同じように西の空を見ている三崎さんに向かって、

「ここの場所は好きなの?」

 と僕は聞いた。

 あまり直接的に聞くのもどうかと思ったので、間接的な言い回し方にした。

 彼女は僕の方を振り向き、「ここは落ち着くから、好き」と本当に落ち着いたように言った。「わいわいしているところはあまり好きじゃないから」

「そうなんだ。僕もあまりうるさいところは嫌いかな」

 三崎さんは腕を組んでから、「ここは自分のなかにあるもやもやしているものをうまく整理することができるような場所」と言った。「もやもやしているものを言葉にするとすっきりするし、それが自分の考えにしっかりと形成される。誰もいないここだからこそ、それができる」

 彼女が言い終わった時、少し強い西風が吹いてきた。今日は弱い風が吹くという予報だったが。


 僕たちはしばらく無言だったが、彼女が口を開いた。「僕だって、クラスの人と普通の話はしたい。でも、普通の話ができない。どうしても、世の中の理やら哲学のような高度な話になってしまう。誰も聞いてくれないと思うんだ。だから昼休みは毎日じゃないけどここにいる」

「これからも?」

「それは分からない。気が変わるかもしれないから」

「僕が話を聞こうか?」

「無理しなくていいんだけど」

 三崎さんは顔を背けた。

「無理してないよ。三崎さんこそ無理していない?」

 僕はベランダで一人でいる彼女のことを気遣った。

「無理……してない」と何か含みがあるように彼女は言った。

「だったら、なおさら僕が聞かなきゃ。僕も普段思うところがあるからここで全部言っちゃおうかなと思って」

「へえ、安田君も言いたいことがあるんだね。やっぱり大変なんだ、学級委員長」

 彼女は顔を上げて、僕のほうを見た。

「そりゃそうさ。なかなかクラスでの決め事も決まらないこともあるしさ。みんな我が強すぎるというか」

 と皮肉交じりに僕が言った時にはすでに遅かった。

「強すぎて悪かったね……」とふくれっ面で三崎さんがいじけてしまった。

 僕は慌てて、「ごめん、個性が強いというわけで言ったんじゃないんだ。ただ、他の人が自分の意見をしっかり持っているからなかなか妥協しなくて、決まるものも決まらなくて」と弁明した。

「そういうことなんだね。僕の早とちりだ、ごめん」と彼女は謝った。

「いいよ。こちらこそ言うべきことをきちんと用意してなかっただけのことだよ」

 僕がそう言うと、

「あのさ、これからも僕の話、聞いてくれないかな」

 と三崎さんは少し恥ずかしそうにこう頼んできた。 

「もちろん、こういうところでの話も面白そうだし」

 僕がそう言うと、彼女は僕に見えないようにガッツポーズをしているようだった。とてもうれしかったのだろう。


 次の週は彼女はどうして自分の一人称が「僕」なのか話してくれたが、そのいきさつは難しい話だった。僕はうまく聞き役に回る。それが僕のここでのルールになった。

 それから僕は週に一度ではあるが、三崎さんの話を図書館脇のベランダで聞くことになった。「主張する」三崎さんの顔はとても生き生きしていた。脇で聞いていて内容は難しいのだが、それでもためになる話が多く、思わずうなずいてしまう。

 これが僕の昼休みの過ごし方の一つだ。 

  

 

   



 いかがでしたでしょうか。今回は高校の昼休みのシーンを切り取ってみました。昼休みはベランダでおしゃべりをしていた人もいたと思います。読んでいただいて小説の情景を想像していただいたならば幸いです。

 誠にありがとうございました。

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