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僕はラブコメが書けない  作者: うすかわ焼きそばクリーム大福
第二章 再起を決意した六月、萌え絵アレルギーというヤバイ病を克服する件
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5 絵師は妹ポジションに入りましたがあざといです

「和郎君、和郎君! しっかりしたまえ」

 和郎はその声で目を覚ました。

 ぼやけた視界に銀髪碧眼の綺麗な顔をした少女が映る。

「……天使が知り合いの顔をしているとは思わなかった」

「何を言っているんだい、キミは」

「……あれ? 本物の銀髪……か?」

「当たり前だ。ここは天国でもなければ私は天使でもない」

 和郎は意識が徐々にはっきりしてくる。体を起こすと周囲の状況が目に入ってきた。

 自室で洋服のままベッドに横になっていた。

 すぐそばには玉青が不安そうな表情を浮かべ、和郎を見つめていた。怒っているような、泣き出しそうなのを堪えているような、力の入った顔だった。

「……俺、どうしたんだっけ?」

 和郎は記憶を探る。

 自分はいつベッドで寝たのか。

 なぜ玉青がいるのか。

 そして、なぜその表情が浮かないのか。

 夕べ。

 紅緒たちが帰ってから数時間後。和郎は一つの覚悟を決めていた。

 それは、渉から借り受けたラブコメラノベを死にものぐるいで読むことだった。

 例えアレルギーが出てかゆくなろうと死ぬわけじゃない。紅緒の言を借りて、必死になった。

 全身がかゆくなり、本を支える指先が熱を持ち、目がしょぼしょぼになった。

 だが、それでも読んだ。貧乏揺すりをして、壁に体をこすりつけて、そして口の裏側を噛み締めてかゆみに耐えた。

 残り数ページとなったころ、頭がぼうっとなったことを思い出す。

 その当たりから和郎の記憶は曖昧になっていた。

 どうやらその辺で気を失ったらしい。そう自覚する。

 ふと見れば、かゆみを必死に耐えつつ読んだ小説作品が床の上に落ちていた。

 かゆみが一瞬戻ってくるが、それと同時に脳内にひとつの物語が現れる。

「なあ、銀髪」

「なんだい、和郎君。水かい?」

「そこに落ちてる本、読んだことあるか?」

「ん? 『シシうさ!』か。良く知っているよ。私の親友、獅子堂うさぎ君のデビュー作だからね。それにかなりヒットしたしね」

「あれのストーリーってさ……」

 和郎は脳内に浮かんだ話について順番に話す。

 『シシうさ!』は、格闘技世界最強を目指す学内一有名な乱暴女獅子堂レオ子が、ふとした勘違いが元で彼氏を作らねば世界チャンプになれないと思い込み、彼氏候補として学園内で一番人当たりがよくおとなしい宇佐木ラビ男を選んだことから始まる。そしてレオ子はありとあらゆる力業を使ってラビ男をゲットしようとするのだが、ラビ男はそれをことごとく回避し続けるというストーリーだ。感動的で評価が高いのはラストシーン。完全草食系男子で暴力などとは無縁だったラビ男が、罠に嵌められ窮地に陥ったレオ子を庇い「僕はうさぎです。だけど、世界でただ一匹、獅子を守るためにキバを剥くうさぎになるんです」と叫ぶところである。

「あってるか?」

「……和郎君、キミは」

 玉青の目が大きく見開かれた。

「イラストのついたラブコメライトノベルを読んだのかい?」

「その反応からすると、正解ってことか……。よし」

 和郎は小さくガッツポーズを決めた。

「やったぜ、銀髪。俺、ラブコメを読んだぜ」

「このバカ者!」

 ニヤリと笑みを作り報告をした和郎を玉青が怒鳴った。

「なんだよ、銀髪」

「キミはバカか? アレルギーなのに無理をしてラブコメを読んだのか?」

「かゆみ程度で死ぬわけじゃねえからな。本気を出せばこんなもんよ」

「その認識が間違っている。たとえば呼吸器にまでかゆみの症状が出てみろ、呼吸困難になって死に至る場合だってあるんだぞ? というか、キミが倒れていた理由はそれだろう!」

「む……」

 たしかに和郎にはラスト数ページを読み進めているとき、息苦しくなった記憶があった。

「まったく……。驚かさないでくれよ……」

 玉青は脱力気味につぶやくと、大きく息を吐き出した。それからうつむくと、肩を振るわせ、何度か鼻をすする。

「……泣いてるのかよ、銀髪」

 しかし、和郎の問に玉青は答えなかった。

 代わりに、どこからともなく、竜宮院さんは倒れたあなたの介抱に必死でしたからねと、ささやくような小さな声が聞こえて来た。

 見ると、部屋のドアの隙間から室内を覗きこむ人影があった。

「誰だ?」

 和郎が尋ねると、その人物は室内に足を踏み入れてくる。どこかの学校の制服に身を包んだ小柄な少女だった。

 それほど長くはない髪の一部をリボンで結んだシンプルな髪型の、見るからに年若い少女。

「中学生?」

 少女は、はい、と蚊の鳴くような小さな声で応えた。

 すると、玉青が起き上がり少女の方を向く。

 玉青の目元がわずかに赤くなっていた。

「ああ、常樫木君。どうしたんだい。リビングで待っていてくれて良かったのに」

・すみません、玉青さん。大きな声が聞こえたので気になって見に来てしまいました。

 常樫木、と呼ばれた少女は囁くように言った。

「和郎君。ベッドで寝たままのキミに対してどうかとは思うが紹介するよ。こちら、イラストレーターの常樫木綾君。まだ十四才と若いが、その実力はかなりのものだ」

「イラストレーター。この子が?」

「常樫木君。彼が虎島和郎君だよ」

・初めまして。常樫木綾です。ペンネームは妖狐と言います。よろしくお願いいたします。

 またもや聞き取るのがやっとボリュームで自己紹介をすると、綾は丁寧にお辞儀をした。

「ああ、よろしく」

 和郎も軽く頭を下げる。

「……とりあえず、リビングに行くか」

 自分だけベッドの上にいるという状況に、居心地の悪さを覚え、和郎はそう提案した。


「和郎君。いいかい。勇気と蛮勇は違うんだ。これに懲りてもう無茶なことはやめてくれよ」

 コップにはいったミルクを飲みつつ、玉青が言った。

「俺だって少しは本気にならねぇとまずいと思ったんだよ。あんたは会社をクビになるかどうかかもしれねえが、俺には一生の問題だ。必死にもなるだろ」

「しかし死んでしまったら意味がないだろう?」

「じゃあ、他に方法があるのかよ」

 和郎が怒鳴った。それに対し玉青が冷静に応える。

「あるよ」

「そうかあるのかよ! って、あるのかよ」

 勢いで流しそうになった和郎は、真顔で聞き返した。

「今日はそのためにきたんだからね」

 玉青が隣の席でオレンジジュースをすする綾の方を振り返った。

・あ、はい。そう聞いています。

 綾の返事はほんの少しでも騒音があれば容易にかき消せるほど小さい。

「さっきも言ったけれど、この常樫木君はものすごく才能のある優秀なイラストレーターでね。二年前、彼女がイラストを手がけたライトノベルはすべて大ヒットしたんだよ」

「話が良かったんだろ?」

「もちろん物語も良く出来ていた。けれど中にはほとんど広告の打てない自費出版同様の作家さんの本もあってね。それは彼女のイラスト目当てで買った人間によって口コミで火がついたんだ。それくらい、彼女の絵には集客力がある」

「ほお。すごいな。しかも二年前? いくつのときだよ」

「絵の才能に年齢はそれほど関係ないからね」

 玉青が言うと、綾は頬をほんのりと赤く染めてうつむいた。

・昔から絵を書くことは大好きだったので……。

「すげえな」

・そんなそんな。こじま先生も充分すごいです。わずか十七才でああいった作品が書けるなんて。信じられません。

「ちなみに和郎君。彼女はキミの作品のファンだそうだよ」

「え?」

・ふぁ、ファンだなんてそんなおこがましいです。わたしは先生を尊敬し、敬愛し、崇拝するただの読者です。でも、その、あの……。

 恐縮したように身をちぢこめながらも、綾は鞄からさっと何かを取り出した。

 和郎のデビュー作とマジックペンだった。

・あの、大変恐縮なのですが、もし、もしよろしければ、さ、サインをください!

 目を強くつむり、顔を真っ赤にしながら、綾はサインセットを恭しく両手で掲げる。

「さ、サイン?」

 和郎は恐る恐るそれを受け取る。

 玉青に目をやると、彼女は品の良い笑顔を浮かべた。

「書いてあげてくれるか、和郎君」

「お、おう」

 和郎は思わず緊張する。

 生まれて初めてのサインだったからだ。

 とりあえず、玉青にサインするのに一番良い場所などを聞き、こじまかずろう、と何のひねりもなく記し、綾に本とマジックを返した。

・うわぁ。うわぁ、うわぁ! わたし、これ一生の宝物にします。

 綾は心底嬉しそうな様子で、サイン入りの著作を抱きしめ、飛び跳ねた。

「そ、そりゃ、どうも」

 和郎は少々むず痒い気分だった。ファンと言われ、さらにサインを喜ばれれば悪い気はしない。しかし、あれほど酷評を受けた作品である。

「……常樫木さん、ちなみに俺の作品のどこが良いんだ?」

・先生の作品の空気やセンスです。読者の三歩も四歩も先を行く世界観と、常人からは想像できない人物像は絶対に他の人には真似できません。わたしが未熟なせいでしょう。初めて読んだときはあまりのショックに高熱を出して寝込んでしまったくらいですからっ!

 か細い声ながらも、拳を握りしめて力説する綾。

「……あまり褒められているような気がしないな」

「和郎君、それでもファンはファンだよ」

 そのあとひとしきり綾のほめちぎりが続き、和郎は少しだけ自信を取り戻した。

「それで」

 綾が喋り尽くし、オレンジジュースに口をつけた瞬間を見計らって、和郎が切り出す。

「この常樫木さんと、俺のアレルギーになんの関係があるんだ?」

「ん? アレルギーだけじゃないよ、和郎君。今度のキミの作品につく挿絵も彼女に担当してもらうことになった」

「え? そうなのか? でも、売れっ子なんだろう? 忙しいんじゃねえのか?」

 和郎は驚く。

 話だけではあったが、綾のイラストの力を考えれば、その人気は引っ張りだこであろうことは容易に想像可能だったからだ。

 和郎が綾の方に目をやると、直前までの嬉々とした様子とは一転、下を向き暗い顔をしている。まるでお通夜のようだった。

「言ったろう? 彼女が挿絵を描いていたのは二年前だ。言い換えると、彼女は今は仕事をしていない」

「……? どういうことだ? 人気がなくなったのか」

「ある意味そうだね」

「それじゃあ意味ねえんじゃ……」

「それはない。彼女が自身のホームページにイラストをアップすると、わずか一日足らずで、サイトの閲覧数は百万ヒットを越えるんだ。のべだとしてもかなりのものだ」

「意味がわかんねえ。人気があるじゃねえか……。どうして仕事がないんだ?」

「簡単だよ。彼女が失った人気は業界からのものだ」

「どういうことだ?」

「端的に言って……」

 玉青はそこで言葉を句切り、うつむく綾を見やる。

 そしてためらいもなく、さらりと言った。

「干されているんだよ」


   *   *   *


 天才イラストレーター、妖狐。本名、常樫木綾。

 彼女は八才のとき、初めてイラストの投稿サイトに投稿した作品からその天才性を発揮した。

 彼女が描くイラストは、美麗で繊細、それでいて流行にもきちんと対応するキャッチーさも持ち合わせていた。

 彼女の絵柄は決して独特といえるほど強い特徴を持たない。だが、彼女の絵は彼女にしか描くことはできなかったし、何より彼女の描いた作品には見る者全ての心を奪う何かがあった。

 よほど偏屈な人間でない限りは、好きではないということがあっても、嫌うことはない。そんな魅力的な画風だった。

 加えて、彼女は創作の速度も尋常ではなかった。異常、あるいは常人を超越していた。

 半年の投稿生活の後、知識を得て、自サイトを運営するが、そのサイトの閲覧者数は、プロバイダーが綾のホームページのためだけに、サーバーを増設せざるを得ないほどだったと言われる。

 やがて、そんな彼女の元には当然のように業界各所からイラストの注文が入った。

 もちろん未成年であったため、親の協力は欠かせない。だが、彼女の両親は放任主義に近いところがあり、契約のほとんどは綾の一存で決定された。

 CG、紙媒体、カラー、モノクロ。

 顔を出すもの以外のあらゆる絵仕事を綾は受け、その実力をいかんなく発揮する。

 とくに好きな仕事は小説の挿絵だった。

 綾自身も心の中に自分の世界観と物語を持っていたが、それはとりとめもない概念で存在していて、うまく表現出来ないもやもやとしたものだった。

 それゆえに、小説という形で具現化されている「自分以外の世界」に触れることは大変刺激的であり、楽しいことだった。

 人気もあり、仕事も早い。従って、各社は次々と綾に挿絵の依頼をし、綾もそれをほとんど受けていった。そのせいで一時期は新刊平台のイラストが全て綾のもので埋まったほどだった。

 だが、あるときを境に、綾は突然仕事を受けることをやめてしまう。

 シリーズの半ばだろうと、新作だろうと、紙媒体だろうと、ネット連載だろうと、ありとあらゆる全ての仕事を途中で放棄した。

 綾が十二才のときである。

 創作をする者ならば突き当たることも多い壁、スランプみたいなものだろうと、関係者はみな、そう思った。

 一ヶ月か二ヶ月、あるいは三ヶ月程度待てば描いてくれるに違いない。担当者たちはそう考えた。小説で言えば絵師都合で刊行を延期した方が、最終的な利益は大きいと判断したのだ。

 ところが半年経っても綾は仕事をしなかった。

 ぽつりぽつりと、絵師を変える担当者が出始めた。

 一年経っても綾は仕事をしなかった。

 所詮は子どもだったかと、八割の担当者が綾への依頼を引き上げた。

 ところで、仕事は受けていなかったものの、綾は定期的に自サイトへのイラスト投稿を続けていた。そのこともまた、業界から白い目で見られる結果につながった。

 そして二年たった現在。

 もはや、イラストレーター妖狐に依頼をしようと考える業界の人間はいなかった。

 いくら集客力があっても、仕事を途中で放棄するような人間を使うことはできない。

 それに妖狐に憧れて腕を磨いたイラストレーターも現れ始めている。

 プロのイラストレーター妖狐の価値はすでに地の底に到達してしまったのだった。

 これが、今日に至るまでの、常樫木綾の足跡である。


   *   *   *


「なるほどな。それでそんな強力なイラストレーターが挿絵を描いてくれるってわけか」

 玉青から資料を交えて説明を受けた和郎は大きく頷き、綾を見る。

 説明のあいだも今も綾はずっとうつむいたままである。

「しかし、なんでまた急に仕事を受ける気になったんだ? それに、言いたくはないが、また仕事を放棄される可能性があるんじゃないのか?」

「それは本人から聞いてくれたまえ」

 玉青がうながすと、はい、と力なく返事をして綾は言った。

・ある日突然、絵が降ってこなくなったんです。

「降ってくる?」

 和郎は脳裏に、額縁にはいった絵が空から降ってくる状況を思い浮かべた。

「和郎君。多分キミが想像しているものとはだいぶ違うよ」

「え?」

「おそらく空からそのままイラストが降ってくるところを思い浮かべているのだろうけど、そういう意味ではないんだよ。インスピレーションやアイデアが唐突に浮かぶことを、クリエイターの中には降ってくると表現する者がいるんだよ」

「ああ、なるほど」

 和郎の場合は、どちらかというとこみ上げてくるようなイメージなので、そういう感じもあるんだと感心した。

「つまり、ある日を境におまえは描けなくなったってことか?」

・その通りです。新しいものを生み出すことができなくなりました……。

「あれ? でも自サイトへのアップロードは続けていたんだろ?」

「これだね」

 ばさりと、玉青が綺麗なイラストを印刷した紙の束を取り出して机の上に置いた。

 あまりイラストを見慣れていない和郎から見ても、かなりうまいと思う絵ばかりだった。

・巧妙に誤魔化していますが、それは全部自分が描いた作品の焼き直しなんです。

「焼き直し?」

・はい。過去の自分の絵をトレスしたり切り貼りしているものなんです。

「簡単に説明するとだね、和郎君、彼女は自分が描いた絵の上に向こうが透けて見える薄い紙を置いて下の絵をなぞったんだよ。実際はパソコン作業なので色々と違うけれど」

 そう言われて改めてイラストを見るが、和郎にはそんな風には見えなかった。

「このクオリティでそんなことをされたと言われても正直わからないだろう? これが常樫木君の天才性なんだよ」

 和郎は素早く何度も頷く。

・天才なんてやめてください。描けない絵描きはただの人なんです……。

「まあ、本人が納得できないのでは良い作品はできないからね」

 玉青は肩をすくめた。

 そこで和郎はふと思い当たる。

「ん? それじゃあ今も描けないってことか?」

 至極まともな疑問だった。

「ふふふふふ。そう思うかい? ところがね、ダメ元で尋ねてみて驚いたんだよ」

 意地悪そうな笑いを浮かべながら、玉青が別のイラストを取り出した。

「こ、これは?」

 それは今まで見せられたものとはまったく異なった雰囲気を持つ絵だった。

 女の子の絵だった。その目の描き方や、全体的な印象はそんなに変わっていないのだが、あきらかにオーラのようなものが異なっていた。

 そして。

「か、かゆいっ」

 その絵を見たとたん、和郎は全身がかゆくなってきていた。萌え絵アレルギーだ。

「これはね、和郎君。巡り合わせというかなんというか……、常樫木君、説明を」

・はい。大変恐縮なんですが、こじま先生の本を読ませて頂いた瞬間、ものすごく久しぶりに、降ってきたんです! それまでの二年間が嘘のように、ばらばら、ばらばらとたくさんのイメージが。それはそのときに描いた一枚です。

「どういうことだ? かゆいっ」

「つまりね、和郎君。それはキミのデビュー作の挿絵と言っても良いものなんだよ」

「俺の小説の、挿絵? か、かゆっ」

「ああそうだ。キミの作品は彼女に影響を与えたんだ。彼女を幸せにできたんだよ、和郎君」

 仰々しく芝居がかった口調で玉青は告げた。

 全身を掻きむしりつつ、和郎はイラストを怖々見る。よく見れば、イラストの女の子は、登場人物ではないが、作品のイメージと良く合っていた。

「……今の台詞には特に何も思わないか」

「なんだ、銀髪? 何か言ったか。か、かゆい」

「いいや、一人ごとだ」

 それから玉青はコホンと咳払いを一つ入れ、続けた。

「そしてだね、今のキミを見て私はキミの症状に対して確信を持ったよ」

「俺の症状? かゆいっ!」

「ああ。キミの萌え絵アレルギーは、どういうわけだか小説に関わっているイラストなら、登場人物の絵でもイメージ画でも関係なく発症するようだ」

「ああ? そうなのか?」

 言われてみれば、たしかにホームページにアップされていたという直前のイラストには何の反応も出なかった。

「そこでだ。キミが萌え絵アレルギーを克服する方法が一つだけある」

 玉青はイラストを丁寧にしまった。和郎の痒みは徐々に引っ込んで行った。

「なんだよ、それは」

「簡単だよ。小説に関わっているもので、キミがアレルギーを発症しないものと発症するもの認識をキミのなかで曖昧にしてしまえばいいのだよ」

「どういう……、ことだ?」

 和郎は首をひねる。小説に関わるものでアレルギーを発症しないものとはなんだ。

「常樫木君、できているかい?」

・はい、ばっちりです。

 そう言って、いつの間にやらスケッチブックを抱えていた綾がさっと何かを玉青に手渡した。

「これだよ、和郎君。今日からしばらくこれをつけて生活したまえ」

 玉青が掲げたそれはイラスト調にデフォルメされた顔のお面だった。

 和郎の顔の。


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