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僕はラブコメが書けない  作者: うすかわ焼きそばクリーム大福
第二章 再起を決意した六月、萌え絵アレルギーというヤバイ病を克服する件
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2 連絡はケータイを使う。(ケータイとは携帯電話のことであり、スマホ以前に普及したアーティファクトである)

 夜。渉の家から帰った和郎は、簡単な夕食を取ると風呂に入った。

 自室に戻ると、ケータイが不在着信を伝えるライトを光らせている。

 玉青からである。

 ちょうど入浴したあたりに電話をかけてきたようだった。

「わざわざ電話か……」

 和郎はしばし悩んだ。

 先日、ケータイの番号を交換したものの、それから一度も電話もメールもやりとりをしていない。

 それに和郎は玉青を担当編集と認めたわけではない。

「……急用ならまたかけてくるだろ」

 そう思い、放置することに決めた。

 まさにそのタイミングで着信音。

 驚いた和郎は、ディスプレイを確認する間もなく、ボタンを押してしまった。

 和郎はどのボタンをおしても通話を開始してしまうエニーキーアンサーモードを少し憎んだ。だが、取ってしまったものは仕方がない。

 ケータイを耳に当て、機械的に「もしもし」と言う。

『もしもし虎島君かい』

 受話器越しでわずかにくぐもってはいたが、間違いなく玉青だった。

「ああ俺だ。そういうおまえは……」

 そこでふと和郎は戸惑う。

 なんと呼ぶべきのだろうか。直接逢っているときであれば、今までは「おい」だとか「おまえ」だとか、そういう代名詞で済んだが、さすがに電話で「おまえか?」はないだろう。

 普通に名字で呼ぶのが妥当だろうか。

「……竜宮院……、だな」

 さん付けしようかとも思ったが、呼び捨ててみた。

『む……』

 すると受話器の向こうで、玉青が不機嫌そうな声を出す。

『キミと私はこの先一蓮托生だ。私のことは遠慮せずに玉青と呼んでくれたまえ』

「なんだと?」

『ん? 特別呼びにくい響きでもないと思うのだが……?』

 和郎はつばをのみこんだ。

 玉青という名前自体はさほど呼びにくいものではない。

 問題は相手が同年代の女子ということだ。

 いくら腹の立つ憎らしい相手とはいえ、同い年の女子の、それも下の名前を呼び捨てにするのは抵抗がある。

「いや、その……、女子をファーストネームで呼ぶことは滅多にないからな」

『ふむ。それでは私もキミのことを下の名前で呼ぶことにするよ、和郎君。これなら問題ないだろう。おあいこだ。私も同年代の男子を名前で呼ぶ機会など滅多にないからね』

「なんでそうなるんだよ」

『いいではないか。減る物でもないのだろう、和郎君』

「そう言う問題じゃねえ……、じゃあ、玉青さん、でどうだ? お前も君付けだろ」

 さん付けならば多少気が楽になる。そう和郎は思った。 

『ああ、十分だよ和郎君。そうだ……、せっかくだ練習してみよう』

「練習?」

『私が和郎君と呼んだらキミが私の名前を呼ぶ。それを数度繰り返そう。いいかな?』

「そんなことする必要がどこに……」

『和郎君』

「……たまお、さん」

『和郎君』

「たまおさん」

『和郎君』

「玉青さん!」

『和郎君』

「玉青さん!!」

『和郎君』

「もういいだろうが!」

『む、そうか? 練習はできるときにできるだけしておいた方が良いんだぞ』

「充分やったろ。ああ、もう面倒くせぇ! お前なんざ、銀髪だから銀髪で十分だ! 俺はお前を銀髪と呼ぶ! それにな、普通は名前を呼ぶ練習とかしねえんだよ」

『なんだって!? そうなのか? しかしこのあいだ読んだ漫画では……』

「漫画は漫画だ?! おまえの日常知識は漫画由来オンリーかよ」

『すまない。父の教育方針で、いわゆる普通の学校にいったことがほとんどなくてね。同年代の人間がどのような生活をしているのかは、書物から読み解くしかないんだよ』

「……そ、そうなのか」

 和郎は思わず弱々しく返事をしてしまう。

 玉青の境遇が自分とは全然異なっていることに驚き、突っ込みにくくなったのだった。

『ところで和郎君。電話といえば、このあいだ読んだ作品では電話越しに相手の下着の色を尋ねるというものがあったのだがそれはやらなくて良いのか?』

「はあ? 下着!?」

『うむ。ちょっと息を切らした状態でな、はあはあ、お姉さんのパンツ何色と尋ねるのだよ』

「それは悪戯電話だ。それこそ普通はやらねえ!」

『なんだって?! そのためにせっかくきれいな色の下着を履いてみたというのに」

「は!?」

 きれいな色って何色だ?

 和郎の脳内で先日の半裸姿の玉青にいくつもの下着のイメージが重なっていく。

『すまない、和郎君。私は嘘をついた。その下着はタンスから出しただけだった』

「ああ……、そう」

 なんだかすこしがっかりする和郎。だが。

『いまはむしろ全裸だったよ』

「ぶふっ!」

 電話に向かって吹き出した。

『ん? 何がおかしいんだい? お風呂に入ろうと思っていたところなのでね。服を脱ぐのは当たり前だろう? それともキミには服を着たまま入浴する習慣でもあるのかい?』

「い、いや、脱ぐけど」

 風呂に入ろうとしながら電話してきたのかよこいつ……、と思う和郎である。

『? おかしな人だな、キミは。……へっくち』

 玉青がくしゃみをした。その音が反響して聞こえる。

 どうやら浴室にいるということも本当なようだ。

『和郎君。少しだけ待ってくれるか?』

「なんだ?」

 乾いた音が聞こえた。電話をどこかへ置いたらしい。

 それから数度、間欠的な滝のような水音が響き、最後に、池に何かを沈めたような音。

『やあ待たせたね。湯船に浸かったから体が冷える可能性はなくなったよ』

 けだるいようなまったりとした口調の玉青の声。浴室という空間によるエコー具合と、風呂に入っている脱力感からか、和郎の耳にはやたらと退廃的な印象で届いていた。

「本当に風呂だったのか……」

『まあね。一日の疲れを癒す大切な時間だよ』

「だったら電話なんかしねえ方が良いんじゃないのか?」

『別にかまわないよ。気をつかってくれるのかい? 和郎君は優しいんだな』

「そんなんじゃねー……、けどよ」

 面と向かって……、というわけではないが、一対一の会話でそんなことを言われたことのない和郎は、少し照れた。そんな照れくささを払拭するため、会話を強引に切り替える。

「それはそうと玉……、銀髪。用事はなんだ?」

『ああそうだった。あれから一週間たつが、進捗はどうかなと思ってね』

 その質問に返答するのに、和郎は少しだけ躊躇する。

「……何も進んでねえよ」

『ふむ……。まあ、ミステリーとは違う別のジャンルだからな。いきなり作品を書けといわれても難しいだろう。月並みだが既存のラブコメ作品を読んでみるというのはどうだい?』

「その程度のことはやってる」

 和郎は思わず語気を荒げてしまう。

 だが、玉青は気にしたようすはない。

『そうか。私程度が気がつくことはもうやっているんだね。さすがだよ。それで何を読んだんだい? 私もヒット作は一通り目を通して見たよ』

「えっと……」

 和郎はまたもや躊躇する。正直に言うべきか、それとも嘘をついた方が良いのか。

「……実はまったく読んでいない」

 多少の逡巡の末、和郎は正直に話すことにした。

『先週は忙しかったのか?』

「そうじゃない……」

 そこで和郎はしばし悩み、結局それを口にする。

「俺、萌え絵アレルギーらしいんだ」

『萌え絵アレルギー? なんだねそれは』

 和郎は、自分の症状について説明した。

 ライトノベルに関わるイラストを見ると、全身がかゆくなると言う奇妙な症状を。

 和郎が話をしているあいだ、玉青は相づちを打つだけにとどまっていた。

『ふむ……。奇妙なものだな』

「だからまあ、正直ちょっと困ってるんだよ。参考になるものがわからないんじゃ、完全な手探りで書くしかない。果たしてそんな状態で面白いものになるのか?」

『難しいだろうな』

 玉青はばさりと切り捨てた。

『ああ、気を悪くしないでくれ和郎君。キミの能力云々の話ではないんだ。これは私の妹の弁なのだが……、彼女は私とは違って面白さをきちんと理解できる人間なのだけどね、彼女が言うには、エンターテイメントには時代ごとの空気感のようなものがあるそうだよ』

「……昔は誰しもが驚くような方法の殺人事件が、今だといとも簡単にできてしまうから、おもしろみがないとか、そういうことか?」

『それもひとつではあるだろうね。彼女が言うにはもう少しふんわりとした、雰囲気やノリ的なものだそうだよ』

「わからなくもないな」

『だから内容もさることながら、その空気感をある程度つかみ取るために既存の本を読むことは必要だと思うのだが……。物理的に読めないというのは困ったものだな……、あっ』

 ガタっと、突然受話器の向こうで何かが落下した気配。それから通話が途切れる。

「銀髪? おい、銀髪っ?」

 だがすぐに、ケータイから着信音が響いた。和郎は画面を確認せずに通話ボタンを押す。

『もしもし、和郎君かい? すまない。手が滑ってしまってね』

「大丈夫なのか?」

『ハンズフリー状態にしたからもう落とすことはないはずだよ』

 そこで、ざばっと、ひときわ大きな水の音がした。

 玉青が湯船から上がったようだ。

『さて、あまり長く浸かっていてものぼせてしまうからな。そろそろ髪や体を洗うよ』

「え? あ、そうか。じゃあ切るか」

『萌え絵アレルギーの件、私の方でも少し何か考えてみるよ』

「そうか……、って、いや良いよ。自分でなんとかする」

 担当編集と認めていない玉青に頼るのは抵抗があった。

『まあ、そういうなよ、和郎君。キミと私は作家と担当編集、それも今回に至ってはお互いの命運がかかっている一蓮托生の関係だからね。むしろきちんと話してくれて嬉しかったよ』

「俺はあんたが担当だとは認めてねえ」

『ふう。そうだったね。それじゃあこっちも勝手にやらせてもらうことにするよ』

「おう、勝手にしろ」

『それでは名残惜しいけれど今日はこの辺で。近日中にまた連絡するよ。それじゃあね』

「おう……。じゃねえ、かけてくんな!」

 思わずなれ合ってしまいそうになり、和郎は首を振る。あいつは敵、あいつは敵。

 自分に言い聞かせつつ、和郎は何気なく携帯を眺めた。

 すると、画面に女性の裸身の一部と思われる静止画が表示されていた。

 真っ白な肌、濡れて肌に張り付いた銀色の髪……。

「なんだこれ!?」

 幻覚でも見たのだろうかと、和郎はあわててケータイを操作する。

 通話履歴を見て、正体判明。玉青からかけ直してきた電話がテレビ電話モードだったことを示す表示が残っていた。 

 どうやら、玉青のポジションは徹底的に和郎を悩ませるところにあるらしかった。


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