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僕はラブコメが書けない  作者: うすかわ焼きそばクリーム大福
第一章 受賞間違いの五月、美少女編集者とラブコメを書くことになるまで
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3 編集者、竜宮院玉青の事情

 想大社の本社ビル。その最上階は全フロアが社員に対して非公開になっている。

 社長室の他に、役員用会議室、夜はバーになる専用の食堂、さらには滝のある庭園まで存在していた。

 竜宮院玉青は想大社の社長、竜宮院金剛の娘である。

 金剛は自分のあとを継がせるため、自らの子には幼い頃から英才教育を施した。

(しかし、それゆえに私には楽しさを理解する回路が欠けている)

 玉青は社長室へ向かう直通エレベータの中でそんなことを考えていた。

(もう一度、心の底から笑ってみたいものだ……)

 英才教育によって感情をすり減らした玉青は、楽しさや面白いことを理解できない。

 だが、かつて一度だけ、玉青は心から笑った記憶がある。

 何がそんなにおかしかったのか。どうして自分がそういう心持ちになったのか。

 そんなことは何一つ覚えていない。

 ただ、作り笑いや愛想笑いではなく、心のそこからわき上がる感情だったことは覚えている。

 そして、そのきっかけになった人物こそ、虎島和郎を幼くしたような顔の少年。

(あの写真を見た瞬間、直感的に彼が成長した姿だと思ったのだけれどね)

 写真を見たとき、少年が「将来はみんなを楽しませる作家になる」と言っていたことを唐突に思い出し、玉青はあのときの彼が投稿してきたと思ったのだ。

 いや、思い込んでしまった。

(そうだ。妙な記憶がフラッシュバックしたせいで、強く思い込んだだけだろう)

 自身にそう言い聞かせる。

(だがそのせいで会社に大きな損害を与えてしまった)

 今日、社長室に呼び出しを食らったのはそのためだった。

 会社員として生活してみるとわかるが、一般社員が社長室に呼び出されることは滅多にない。

 玉青は肩書きこそ特別顧問だが、それは社長親族であり、さらには未成年の就労者ということもあり、特別に与えられた名ばかりの肩書きだ。

 もちろん親族であり、社内における超法規的な権力、それこそ今回の虎島和郎受賞の件のように、独断かつ強引にものごとを決定することもできるが、玉青はそれをあまりよしとしない。

 そのため、通常はほぼ一般社員と変わらない業務を勤めるようにしている。

 従って、玉青にとっては特別顧問といえど、はたまた親族といえど、社長室へ呼び出されることはかなりの大事である。それでも会社に損失を与えてしまったこと自体は自分のミスであり、どんな罰もうけるつもりでいた。

 だが、もうひとつ懸案事項があった。

(それに、虎島君の作家になりたいという夢は私が壊してしまったようなものだ)

 そこに和郎の失点はない。純然たる玉青の失態だ。

(どのようにすれば償えるのか……)

 仕事上のミスであれば、有り体にいって金銭で解決できる。

 しかし、和郎の問題に関してはお金の問題ではないだろう。

(一筋縄ではいかないかもしれんな)

 やがて、エレベータがゆっくりと停止した。最上階に到達したようだ。

 エレベータを出てすぐのところに受付がある。カウンターの中で品の良さそうな女性が、背筋を伸ばしエレベータを凝視していた。

「特別顧問の竜宮院玉青だ」

 その女性に玉青は自らのIDカードを差し出す。

 いくら社長の娘であっても、社内ではきちんとしたルールに則って行動する必要があった。

「どうぞ、社長がお待ちです」

 データの照合が済んだのだろう。IDカードが返却されると、受付の女性はうやうやしく頭を下げた。

 玉青は無言のまま社長室へ向かう。

 2階、いや3階分のフロアをぶちぬいたような高い天井。

 従って天井をささえる壁も優に玉青の身長の十倍近い。

 毛足が長く、むしろ歩きづらいような絨毯が敷き詰められた廊下の突き当たりに、天井まで到達するような巨大な木製の扉がある。社長室だ。

 ノックをすると、玉青はためらいもせず、厚い木製のドアを開け社長室へ入った。

「よく来たな、玉青」

「ご機嫌よう、おと……、いえ、社長」

 正面。前面ガラスの壁を背に、豪奢な木製のデスクがある。玉青の記憶によれば、それだけで高級自動車が数台買えるような代物である。

 その向こう側に、座り心地と機能性を兼備し、さらにデザイン性も高い、やはり高級車数台分の価値がある椅子。その椅子に社長、竜宮院金剛は腰を下ろしていた。

 まっすぐに玉青を見つめている。

 オーダーメイドのスーツに身を包んだ体躯は、決してがっしりしているようには見えない。だが、対峙するものを圧倒するオーラのようなものがあった。

 整った顔つきは、三十代と言っても通りそうなほど若く見えたが、その眼光はすさまじい。噂に寄れば金剛が一睨みするだけで大抵の人間は嘘をつけなくなるという。

(やはり家にいるときとは違うか)

 玉青は社長室に君臨する父を見て、社長、竜宮院金剛と、父、竜宮院金剛は別種の生き物であるような気がした。

「すわりなさい」

 金剛が手で、部屋の中央にある応接セットを指し示した。

 するとそこにはすでに先客があった。

「遅いわよ、お姉ちゃん。待ちくたびれて帰っちゃおうかと思ったところなんだから」

「紅緒? それに甲森君か。なぜキミたちがここに?」

 今回の呼び出しは自分への叱責だけだと思っていた玉青は、想定外のことにわずかに狼狽した。

 応接セットのソファーに、まるで女王のように横柄な様子で腰を下ろしている少女。癖のある頭髪を両側の側頭部よりやや後ろで結わいている、猫のような目をした活発な印象の美少女。

 竜宮院紅緒。

 髪の色や目の色は異なるが、玉青と血のつながった実の妹である。年齢は十五歳。

 義務教育を終えた今年から、玉青と同じように想大社の特別顧問として入社している。

「決まってるじゃない。お姉ちゃんが怒られるのを目の前で見ようと思ってるのよ」

 紅緒は子供のようにクスリと微笑んだ。

 それからテーブルの上のグラスを手に取り、口をつけようとしたところで、眉間にしわを寄せる。

「甲森、飲み物がきれているわ」

「かしこまりました」

 紅緒がグラスを高く掲げると、ソファの背後で直立していた三十代後半の男がそれを受け取る。彼は部屋の隅に備え付けられたバーカウンタへ行った。

 (こう)(もり)(ひとし)。年若い紅緒をサポートする立場の社員である。

 昨年までは玉青のサポートをしていたが、玉青が一年も経たないうちに、社員として十分に活躍できることが証明されたため、今年からは紅緒担当になった。

「早く座ってよ、お姉ちゃん。パパがお話ししづらそうよ?」

 玉青は無言のまま、紅緒に対面するように着席する。

 ほとんど同時に甲森が戻ってきた。手にはグラスを二つ携えている。

 ひとつを紅緒の前に、もうひとつを玉青の玉青の前に置いた。その仕草はまるで執事のように鮮やかである。

「玉青様はミルクでよろしかったですね」

「ありがとう、甲森君」

「ちょっと甲森!? あんたはあたしのお付きでしょ!? お姉ちゃんにまでこびを売ってどうするのよ!?」

 そんな甲森に紅緒がむすっと頬をふくらませた。

 甲森は表情を変えずに、紅緒に耳うつ。

「紅緒様。公共の場におきましては、付き人の資質は主人のそれと同義に取られます。従って、私が粗相をしますと、紅緒様の汚点になってしまいます。逆ならば……」

「良い? お姉ちゃん? わたしが寛容だから、お姉ちゃんにも飲み物をあげるんだからね」

「そうか。ありがとう、紅緒」

「べ、別にお礼なんて欲しくないわよっ」

 頬を赤らめると、紅緒は玉青から目をそらした。甲森がそんな紅緒を見てかすかに苦笑する。

 ちなみに紅緒の飲み物はオレンジジュースだった。

「玉青」

 ミルクに口をつけようとしたとき、室内に声が響き渡った。金剛だ。

「はい、なんでしょう。社長」

 速やかにコップをテーブルに戻すと、玉青は金剛の方を向く。紅緒や甲森が姿勢を正したのが視界の片隅に写った。

「今回の件……、大失態だな?」

 一言一言が重く、まるで強風にさらされているかのような心境になる。

 今回の件とは、もちろん第七回想大社ミステリー大賞のことである。細かい内容は省略するが、返本やクレーム、あるいは玉青が宣伝のために画策した強引な出版スケジュールによって、想大社は多大な損害を被っていた。

「……言葉がありません」

「本当よ。お姉ちゃん。甲森に教えてもらったけど、いくらなんでもやばすぎじゃない? お姉ちゃんにしては珍しいっていうか」

 神妙に頭を下げた玉青に紅緒がヤジを飛ばした。

「どうする?」

 紅緒のことは眼中にないといった様子で、金剛は短くそう尋ねた。

 無論、玉青にどのように責任を取るのかを問うているのだ。

「はい」

 玉青はすっと立ち上がる。そして懐から、白い紙の封筒を取り出した。

「え? お姉ちゃん? それって」

「責任を取って辞職させて頂きたいと思います」

 紅緒を一瞥するとすぐに、玉青は封筒を持って金剛の前に歩み出た。

 そして退職届と表書きされたそれを恭しく父に差し出す。

「お姉ちゃん!? やめるつもりなの!?」

「ああそうだよ、紅緒。会社に大きな損失を与えてしまったからね」

「そんな、そ、そこまでしなくても良いんじゃないの?」

 紅緒が慌てた様子で腰を浮かせた。

「玉青」

 やはり紅緒には触れずに、金剛が口を開く。

「はい」

「お前が辞職したところで、損失を埋めることはできんぞ」

「そ、そうだよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんごときがやめたって……」

「存じております。ですから社長、いえ、お父様。あの話、受けようと思います」

「ほう……。なるほど……」

 金剛がかすかに眉を動かした。

「お姉ちゃん、あの話って何よ?」

 紅緒の問いに、玉青は少しだけ微笑んで見せた。

「紅緒様、弊社では以前からナイル株式会社との連携話が出ております」

 代わりに答えたのは甲森だ。

「ナイルって、あの通販大手の!? なんだかんだででっかくなって、今じゃあ日本有数の企業になってる、あのナイル?」

「はい。流通面でシェアの大きいナイルと、出版最大手である想大社が手を組めば、様々な面でメリットが生じます。その条件が、先方のご子息へ玉青様がお輿入れすることなのです」

「はあ!? ナイルの子息って、あの四十路デブでしょう!? なんなの、あいつロリコンなわけ?」

「玉青様も紅緒様に劣らずお綺麗ですので仕方ありません。……とはいえ、婚姻が成立した際の利益は、今回の損失を補って余りあるといえます」

「……そう」

 紅緒はそれ以上何も言わなかった。

「良いのか?」

 またも短く金剛。玉青は辞職願いを金剛に手渡しつつ言う。

「仕方がありません。今回の責任はすべて私にあります。その損失をカバーするためには、私自身の人生を差し出す他ありません」

「うむ。……そうか」

 金剛は目を閉じ、背もたれによりかかった。

 そしてほんの数秒の後、再び目を開ける。

「わかった。それでは先方に伝えよう」

「社長、それからもうひとつお願いが」

「ちょっと待って!」

 玉青を遮るように叫んだのは紅緒だった。室内の全員の目がいっせいに紅緒に向く。

「ちょっと待ってよ、パパ。いくらなんでも会社のためにお姉ちゃんを、自分の娘を嫁がせるとか、いつの時代の話よ! あり得ないわ」

「玉青が望んだことだ」

「んもうっ! パパのバカっ! わたし知ってるんだからね! パパがわたしたちをどれだけ溺愛しているか。家の書斎なんかわたしたちの写真だらけのくせに!!」

「べ……、紅緒。だが、会社の損失を埋めるには」

 金剛の様子が変わる。紅緒に怒鳴られると同時に、威圧感が激減した。

「何よ、あほパパ! バカパパ! 時代錯誤パパ!」

「あうっ」

 金剛がひるむ。直前までの様子が台無しになるほどの狼狽ぶりだった。

「大損害っていったって、失敗っていったって、一度でしょ!? お姉ちゃんみたいに優秀なひとをたった一回のミスで放出していいわけ? むしろ今はお姉ちゃんがいなくなる方がよっぽど損失になるんじゃないのっ!?」

「紅緒様。年若い紅緒様と玉青様を会社に登用することをよく思っていない一派がいるのはご存じですよね。彼らがこれを機会に社長と、その親族経営を糾弾しようとしているのです。なんらかの処分をしないことには示しがつかないのですよ」

 口数の少ない金剛に変わって説明をしたのは甲森だった。

「むう……、そういうこと」

「もしも玉青様を会社に残すのであれば、玉青様が会社にとって最上級に必要だということを証明する必要があります。たとえば、ものすごい逆境にあっても、決して失敗しないような優秀な人物であることを……」

「そういうことだよ、紅緒。ありがとう」

 玉青は紅緒に微笑むと、丁寧に礼を述べた。

「それで、社長……」

「待って! わかったわ」

 再び紅緒が叫ぶ。

「紅緒。いい加減にしたまえ。私が喋ろうとしているんだ」

「うるさい。意気地なしなお姉ちゃんは黙って!」

 珍しく怒りをあらわにしそうになった玉青を、紅緒はそれ以上の気迫で制する。

「もしかしたらお姉ちゃんはあのロリコンデブのおっさんのところに嫁ぎたいのかもしれないけど、わたしはあんなのをお義兄さんなんて呼びたくない。だから阻止するために提案する」

「ほう……、提案?」

 真っ先に聞き返したのは金剛だった。

「お姉ちゃんの弱点はエンタメが理解できないことよね。数字を追って商売することは神がかってるのに、商品のおもしろさがわからないっていう致命的な課題があるわ」

「そうだね。私は紅緒と違って面白いということはわからない……」

 玉青はうつむいて小さく首を振った。今回の失態の元はそのスキルの欠如も原因だ。

「でも、逆に言えば、そこも優れていることを証明できれば、お姉ちゃんは会社にとってものすごく優秀な、それこそ次期社長とか言われるのが当然の人材だってことになる!」

 紅緒はそこで玉青と金剛の顔を順番に見た。

 ふたりとも紅緒の次の言葉を待っていると判断したのだろう。そのまま続ける。

「半年後に、十代から二十代向けのエンターテイメント小説、ライトノベルの新しいレーベルを立ち上げようって企画があるのは知ってる?」

 玉青は首肯する。

 近年、そのジャンルでは対象読者の年齢や性別、また内容などが、過去に仕分けた分類では十分なカバーができなくなってきたということは聞いていた。

 そのため、作家やシリーズと装丁を再編成し、より顧客ニーズに合わせたレーベルを展開しようという計画があがっている。その指揮を執るのが紅緒である。

 玉青がその企画を聞いた時、数字を見てその状態を理解したものの、本の装丁や内容から、どのような線引きをすれば良いのかはわからなかった。

 だが紅緒はそれを、入社して三ヶ月で、いとも簡単に、社内の誰もが認めるレベルに分類してしまったのだった。

 エンターテイメントを理解することに関して、紅緒は天賦の才を有していた。

「その新レーベルの立ち上げのときに、お姉ちゃんが作った本がヒットすれば、お姉ちゃんは社内の誰もが認める存在になると思うわ」

「私が作った本?」

「そう。お姉ちゃんが作るの。立ち上げのラインナップはまだ決まってないけど、少なくとも想大社の賞を受賞した作家さんで固めようってことは決まってる。その誰かをお姉ちゃんが担当して、一番面白い本を作れば良いのよ」

「なるほど」

 金剛が力強くうなずいた。

「それで成功すれば、確かに玉青を追い出そうとする声は小さくなるな」

 珍しく多弁。どうやら、金剛も本当は娘を嫁がせたくはないようだ。

「ちょっと待ってください」

 そこで異を唱えたのは甲森だった。

「なによ、甲森。わたしのアイデアに文句があるの?」

「いいえ。とんでもありませんよ紅緒様。すばらしい計画だと思います。ただ、想大社の受賞者といえば、売れっ子作家のひとりに獅子堂うさぎ先生がいらっしゃいます」

「い、いるわね」

 紅緒の声が微かに引きつった。

「獅子堂先生は天才作家の一人です。呼吸をするようにヒット作を書き、まるで近所を散歩するかのような気楽さで大ヒット作を生むような方です。そして、なによりも玉青様の親友でいらっしゃいます」

「……そ、それが何か?」

 素知らぬふりをして答えようとしているのだろうが、紅緒の声は震えている。

「今の条件ですと、玉青様は獅子堂先生と組むことになるでしょう。そうなると、獅子堂先生の本だからヒットしたのか、玉青様が担当をしたからヒットしたのかを区別することができなくなると思います」

「……そ……、そうとも言い切れないんじゃないかしら」

「ええ。言い切れません。言い切れませんが、社内の反乱分子を納得させるには、少々無理があるのではないかと思うのですよ」

「一理、あるな」

 甲森の発言を肯定したのは金剛。納得しつつも、苦々しい表情を浮かべている。

「そこで、担当する作家もこちらが指定した方が良いと私は思います。そうすることによって、紅緒様の偉大な計画はより効果的になると思うのです」

「……そうかもね」

 紅緒は力なく肩を落とした。

 甲森の読み通り、紅緒はもともと、玉青の親友である獅子堂うさぎと組ませるつもりだった。そうすれば玉青がエンタメを理解できずともヒット作は生まれる。そして姉が変な男に嫁ぐのを防ぐことができたはずだった。それがこのアイデアの抜け道だった。

 だが、甲森はそれをいとも簡単に見抜いてしまったのだ。

 空気読めよと言いたいところだが、こうも簡単に気づかれてはなにも言うことがない。

「甲森よ、何か案があるのか?」

「はい社長。ありますとも。玉青様の失態を覆し、そしてさらに反対分子から賛同を得られるほど玉青様の実力を発揮させるのに、最良の作家がいるじゃないですか」

「……甲森君、キミはまさか」

 玉青はいち早く甲森の発想を理解した。目を見開き、甲森を見やる。

「ええ、玉青様。その通りですよ」

「何よ? 誰がいるっていうのよ、甲森。その言い方で言ったら、売れっ子は大体だめってことになるじゃない。受賞者はそれなりにファンがついているものよ?」

「紅緒様。売れていない受賞者がいるじゃないですか」

「誰よ!?」

「今回の件の当事者ですよ」

 甲森の端正な顔に、卑しい笑みが張り付いた。

「ま、まさか、甲森?」

「はい。こじまかずろう先生です」

 ガラガラガラピシャー! っと、まばゆい数度の閃光の後、雷鳴が響く。

 いつの間にやら、外は雨模様になっていたようだ。曇天が高層ビルを包み込んでいた。

「ちょ、まってよ甲森。いくらなんでも、あのひとには無理よ!? あんたもあの作品読んだんでしょ!? わたしでもお手上げのレベルよ、あれ」

「だから良いのですよ。あの作家をそこまでたたき上げられれば、担当編集としての腕はかなりのものです。今回の失態は充分キャンセルできるでしょう。そうすれば、誰も玉青様に文句をいうことはありません」

「そ、そうだけど……、そんなの、地球を逆回転させるより難しいわよ!?」

「う、うむ。甲森よ。さすがに厳しいのではないだろうか」

 金剛も眉をひそめている。

 だが。

「わかった」

 その場にいる誰にも気付かれなかったが、玉青はその瞬間、口元をほころばせた。

「え? お姉ちゃん」

「玉青?」

「そのくらいのことをしなければ、この汚名はぬぐえまい。もちろん、ナイルの御曹司の元に嫁げばすべて丸く収まるが、紅緒の好意をむげにするわけにもいかないからね」

「べ、別に好意じゃないわよ!」

(図らずとも、私の思い通りになってくれたようだ)

 それは口に出さず、玉青は心の中でつぶやいた。

「それでは、玉青様は半年後の新レーベル立ち上げ時に、こじまかずろう先生のラブコメで一番を取れれば、会社に残る、ということで良いですね」

「ああ……、ん? ラブコメ?」

 甲森のまとめに、玉青は首をかしげた。虎島和郎は一応ミステリー作家だ。だから玉青はミステリーを書いて貰うつもりだったのだが。

「あれ? 聞いてない? 新レーベルのメイン路線はラブコメよ」

 紅緒がそう言ったとき、外で再び雷が光った。


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