英雄の子孫と白い子猫姫
本編に登場人物の名前は、一切出てきません。
英雄の子孫の三男坊による、一人称の語りで物語は進行します。
なお子猫姫はかなり口達者なので、読む際にはご注意ください。
騎士は姫を守る。
それは、当たり前だと思っていたんだ。
古来のどの騎士物語を見ても、騎士は姫を守り、最後は結ばれているしさ。
でも、俺の常識は、十五才になったとき崩れた。
国王陛下に忠誠を捧げる儀式をした直後に、全部崩れたんだよ。
聖剣を授けてくださった国王陛下は、俺に命じた。
「姫を守らず、国を守れ。国のために、姫をこの世から消せ」
俺は、その命令を覆すために、二年近く足掻いている。
*****
当時の俺は、なんと王宮で国王陛下に謁見を許された!
騎士になる前の半人前剣士が、謁見を許されるなんて、破格の扱いなんだ。
半人前だから、小さな謁見の部屋で行われる。
参加者も、騎士団の団長と、副団長の父様と、国王陛下の三人だけなんだけどさ。
二人の兄様達から話を聞いてはいたけど、それでも、すっごく緊張したよ。
俺達の五百年前のご先祖様は、王国を魔物の群れから救った「青の英雄」なんだ。
英雄の子孫である俺達に、国王陛下はすごく期待してくれている。
のしかかる重圧は重いけど、俺は負けない。
おじい様やご先祖様のように、立派な聖騎士になるんだ!
そう決意して、儀式にのぞんだ。
忠誠の儀の最中、国王陛下は俺に言った。
「英雄の色を持たぬ、英雄の子孫よ。
いかに祖先の功績が優れていようと、すぐに騎士にするわけにはいかぬ。
ましてや、そなたは兄達と違い、英雄の青色を一つも受け継いでもおらぬ。
血筋だけで、色無き者を騎士にすれば、異論が出る」
俺は、母様に似て、黒い髪と黒い瞳だった。青の英雄は、青い髪と青い瞳が特徴。
二人の兄様は父様に似て、青い髪と青い瞳だから、とても羨ましい。
国王陛下の言い分は正しい。
俺の国では、ご先祖様のおかげで、軍事面では青色が重視される。
生まれつき青い髪か青い瞳を持つ者は、それだけで出世コース。優遇されるんだ。
生まれついての色は、世界の理が授けた色。
世界の理が決めたことに、文句はつけられない。理不尽だけど、仕方ない。
今思い返せば、国王陛下は無表情で、無機質な雰囲気をまとっていた。
「ゆえに、そなたに騎士になるための試練を申し付ける。
王家の血を引く、幼き姫の近衛をせよ」
そして、わが家の家宝である、英雄の使っていた聖剣を、俺に授けてくれたんだ!
俺は舞い上がったよ。聖剣を後継ぎの上の兄様じゃなくて、三男の俺に託してくれたんだから。
嬉しくて、副騎士団長の父様を見た。父様の顔は少し青ざめて、悲しそうに見えたよ。
俺の疑問は、国王陛下の次の発言で解消した。
「もし姫が魔力の暴走を起した場合、その剣ですぐに葬れ。
十五才になるまでに聖獣の加護を受けられない場合も、十五才になればすぐに処分せよ。
特異点である姫の魔力は膨大だ。聖獣の加護無き特異点は、世界の破壊者なり。
破壊者を、生かすわけにはいかぬ」
俺は、国王陛下のお言葉を、瞬時には理解できなかった。
「姫を守らず、国を守れ。国のために、姫をこの世から消せ」
ようやくかみ砕いて理解したときには、聖剣を受け取る手が震えていた。
特異点に対抗できるのは、確かに聖獣様の加護を与えられた聖剣ぐらいだろうけどさ。
当時の俺は、知らなかったんだ。国王陛下に教えられて、始めて知ったんだよ。
俺の幼馴染……白猫獣人の女の子は「白の特異点」なんだって。
「特異点」ていうのは、生まれつき魔力が強くて、世界の理へ簡単に干渉できる存在。
魔力を暴走させたら、周囲の世界の理を捻じ曲げて、死の世界に変えてしまう。
だから国王陛下は、その子をあえて「世界の破壊者」と呼んだ。俺に、消せって命じたんだ。
有事には、その子を殺すことで、王国への忠誠を示せって……。
できるわけないよ!
国王陛下にどんな返答をして、どうやって家に帰ってきたかも、まったく覚えてなかった。
*****
忠誠の儀の翌日、俺は幼馴染に会いに行った。
友人としてでは無く、王家に仕える兵士の一人として。
厳密に言えば、幼馴染は王族ではない。ただの男爵令嬢。
でも、あの子のおばあ様や母様は、降嫁した王家の姫なんだ。
おまけにあの男爵家の血筋は、王国が建国された時の王家の姫まで遡れる。
えっと……姫が当時敵対していた獣人の一人と駆け落ちして、その息子が始祖の家だったかな。
王位継承問題の回避のため、男爵家に封じられて、以後ずっと男爵家らしい。
姫の行動で、獣人と人間が和解して、王国は一つにまとまり、現在に至ると。
今でも、あの子の家は男爵家でありながら、王族と血のやりとりをしているんだ。
先代国王陛下の決定で政略結婚した、あの子のおじい様とおばあ様のように。
でも、まさか、銀髪に銀の瞳の幼馴染が、正真正銘の王家の血筋とは思ってなかったよ。
ずっと、遠戚から貰われた、男爵家の養女だって聞いてたからさ。
王家なら、太陽の色の金髪か、金の瞳を持つんだ。
でも、あの子は、王家の色を一つも持ってない。おまけに、世界の破壊者である特異点。
だから、生後まもなく死んだことにされて、世間から隠されたんだよ。
将来の王妃になっても、全然変じゃない血筋の幼馴染。
そんなあの子は、王都の外れでひっそり暮らしている。
俺は、魔法医師の勉強に専念するため、世俗から離れて暮らしてるんだと思ってた。
一度魔力を暴走させれば、辺りを死の世界にする破壊者の特異点。
周囲に及ぼす影響を考慮して、元宮廷魔法医師の祖父と二人で暮らしているのが、本当の理由だった。
町中に、きちんとした大きな家があるんだよ?
あの子は小さい頃から、家族と住むこともできなかったんだ……。
五才年下の幼馴染は、家臣の礼をする俺を、冷静に観察していた。
頭が良い子だから、自分が正真正銘の王家の血筋であることも、特異点であることも、既に理解してたんだ。
「了解しました。あなたが、私を処分する係になったのですね。
もしものときは遠慮せずに、心臓を貫いてください。
あなたは破壊者を葬った英雄として、国に迎えられるでしょう」
あの子はまだ十才なのに、笑いながらそんな言葉を平然と口にしてみせたよ。
……俺には衝撃だった。
幼馴染は、他人に接するときは、王家お得意の笑仮面をかぶっている。
感情を高ぶらせて魔力を暴走させないよう、なるべく感情を凍らせている。
実際に家臣として体験すると、友人としての素顔と全然違うことに気付いた。
特異点ゆえに、生まれた時から周囲と隔絶されて育てられた幼馴染は、ちょっと捻くれている。
わざと他人を拒絶して、自分に近づけないようにするんだ。
周りを傷つけることが怖くて。
本当は寂しがり屋で、優しい子なんだよ?
もしも他人を傷つけても、すぐに助けられるように、自分から魔法医師を目指したんだからね。
その日、王立図書館で、特異点について、過去の記録を調べた。
急いで帰宅して、父様に無理な相談をもちかけたよ。
王都の外へ、冒険に行きたいって。
俺が聖獣様を探して、あの子に加護を与えてもらうんだ!
聖獣様は、世界の理の代弁者。正しき世界の理と共にある種族。
だから、聖獣様の加護を得るってことは、世界の理を正す力を持てる。
魔力を暴走することも、世界の理を捻じ曲げることも、でき無くなるんだ。
加護持ちの特異点は、破壊者じゃなくなる。
むしろ、周囲に恩恵を与える救世主として、崇められることになる。
あの子を、絶対に破壊者にさせない。
*****
軍事学校の生徒である俺は、冒険者家業をなめていた。
冒険者になるのが、こんなに厳しいと思わなかったんだ。
冒険者ギルドで受けた、登録試験の実技。四回続けて不合格。
実力の無い者が魔物退治に行っても、役立たずだからと冷たく言われた。
落ち込んでいたら、幼馴染が奇抜な案を出してきたんだ。
「魔法を使ってみたら、どうですか?
あなたのご先祖さまである青の英雄は、五色の補助魔法を使いこなせました。
剣技を重視する騎士としては不本意でしょうが、ご先祖さまに近づく意味では有効と思われます」
……俺、魔法なんて、荷物を運ぶための収納魔法以外、使ったことないけど?
「魔法は努力と根性で習得するものです。
やる前から諦めないでください」
……魔法って、天性の才能でしょう? 特異点の君みたいにさ。
「確かに、私の魔力の成長量は、天性の才能ですね。
ですが、才能より、努力と勉学です。
王族は諦めない根性とやる気と行動力が大事だと、母も言っていました」
……王族って、優雅な印象があったけど?
「優雅に泳ぐ白鳥も、水面下では必死に足をうごかしていますよ。
なにより、私の血筋の王家の姫君が、王族を象徴していますし」
あー、あの駆け落ちした姫ね。えっ、違う?
……君の母様、押し掛け女房やったんだっけ。
添い遂げられないなら死んだ方がマシって、王宮の塔から身投げしたのは、有名だよ。
君の父様が猫獣人で良かったね。
落下する姫を空中で受け止め、華麗に着地なんて、人間には無理だよ。
幼馴染の魔法特訓は、厳しかった。
軍事学校の先生の授業が、生ぬるく感じた。
思い出したくない。二度とやらない!
でも、俺は一つだけ、魔法を完全に習得した。
具現化した世界の理を、全身にまとう補助魔法の一つ。
魔物に対峙したとき、反属性で攻撃することで、敵からのダメージを和らげ、こちらの威力を上げる。
世界の理を具現化するだけだから、消費する魔力も少なくて、長期戦にも対応できるんだ。
しかも、俺は五色の世界の理すべてを、自由にまとえるようになった。
ご先祖様と同じ、魔法剣士になれるなんて、思わなかったよ。
師匠に恵まれると、こんなに違うのか。
本当に頑張って良かった!
「私が魔力を暴走させたときも、全力でかかってきてくださいね。
大丈夫です。赤色の補助魔法を纏えば、私に勝てますよ。
以前の聖剣だけでは、厳しかったでしょうけど。
私は白色の特異点です。反属性の赤色は苦手ですから」
……幼馴染は心からの笑顔だ。
胸が痛い。ついで、怒りもこみ上げる。
この子は、殺されるために、俺に魔法を教えたのか?
「あなたは、数少ない私の友人です。
破壊者の私を恐れず、対等に付き合ってくれました。
私がまともなうちに、恩返しができて本当に良かったですよ。
いつ魔力が暴走して、まともな思考回路が失われるか、わかりませんでしたからね」
……俺は、あの子の笑顔がまともに見られなくなった。
返すべき言葉が見つからず、話題を反らした。
えっと、明日の冒険者登録試験があるから、もう帰るよ。
幼馴染の返事も待たずに、帰路につく。
こみ上げた怒りは、あの子ではなく、俺自身に向かった。
毒舌家の魔法医師。
さみしがり屋で、心優しい子猫姫。
特異点で、世界の破壊者。
どれもがあの子のことで、どれも事実。
俺は、事実の一つをひっくり返してみせる。
あの子を破壊者にさせない。救世主にする。
それに、ご先祖様の聖剣は、国を守るために使われた。
人殺しの道具じゃない。
ご先祖様の誇りを、けがすわけにはいかない。
俺は騎士になって、必ず姫を守る。
そう、決意した。
*****
俺の努力もむなしく、二年が過ぎた。
そして、痺れを切らした幼馴染は、やらかしてくれたんだ。
……あのさ、なんで君が冒険者ギルドにいるわけ?
幼馴染の敷いた、閉鎖結界の中で、しっかり尋ねたよ。
閉鎖結界の中なら、会話は外に漏れないからね。
「にゃ? さっき、登録試験を受けました。
今日から魔法使いとして、一緒に冒険に行けます。
先輩、どうぞ、よろしくお願いいたします」
へー、一回で魔法と体術の実技も、受かったんだ。すごいね。
それはそうとして、体術ってなんなのさ?
魔法使いが体術の使い手だなんて、誰が思うわけ?
「魔力が尽きたら、魔法使いは無力ですからね。
それに普通、獣人は武闘家になりますからね。魔法使いの私は少数派です」
獣人の身体能力は知ってたけど、ズルいよ。それに、君、俺の五才年下だよね。
なのに模擬試合してみたら、剣を持った俺と良い勝負が出来るんだ。
五回に一回は、負けるし。どういうわけ?
「冒険先であなたに迷惑をかけないために、無理をお願いして、王宮から師匠を派遣してもらいました」
師匠? 誰だろう。騎士団の鬼軍曹?
……俺、耳が悪くなったのかな。
もう一度言ってくれる? へー、あの鬼軍曹ね。
君、あの新人潰しの鬼軍曹の特訓を、やり遂げたんだ。
「はい。師匠と一緒に遠出したとき、中級魔物三匹くらいなら、素手で倒せることを確認しました」
あのさ、君は近衛兵って、知ってる?
国王陛下や王族を直々に守る、国王直属の兵士ね。
うん、それで俺は一応、君の近衛に任命されてるんだよ。
それから、由緒正しき姫って、自覚ある?
うん、確かに君は男爵令嬢だけど、古き王家の血を引いてるよね。
姫は兵士に守られる立場なんだよ。分かってる?
「ご心配いりません。
魔法も駆使すれば、自分で自分の身は守れます。
あなたは私のことを心配せずに、全力で戦ってください!」
ひさしぶりに、幼馴染の心からの笑顔を見た。
嬉しいはずなのに、モヤモヤするのはなぜだろう。
……あのさ、もう一度確認するけど、王家の血を引く姫の自覚ある?
「はい、王族は諦めない根性とやる気と行動力が大事ですから!」
……うん。君は間違いなく、王族の姫だね。
駆け落ちや、押し掛け女房した、姫たちの血筋だよ。
仕方ないから、やる気満々の子猫姫を王宮に連れていった。
国王陛下に報告しないとね。さすがに冒険は無理だよ、止めてほしい。
忠誠の儀で俺に命じた国王陛下も、本当は姪がかわいい。死なせたくなんてない。
「私はもう十二才です。
処刑される十五才まで、あと三年もないのですよ?
僅かな可能にかけて、自力で聖獣さまを探しに行きます。
それに監視役の近衛兵に同行するので、魔力が暴走しても、始末してもらえます。
なんの憂いもないと思いますが?」
幼馴染は、立て板に水。国王陛下は、姪に反論できず折れてくれた。
俺に聖剣を授けて近衛役を命じている手前、命令の撤回もできない。
居場所を特定する魔道具を装着することで、遠出を許してくれたよ。
魔道具を手首につけられたとき、幼馴染は毒を吐いた。
「いなくなった方が都合の良い子猫に、飼い猫の首輪をつけるんですか?
まあ、もしも魔力暴走させても、周囲に人がいない環境なら、問題はありませんね。
冒険は、いい厄介払いになると思います」
魔法医師であるおじいさまの後を継げるくらい、頭が良くて、精神年齢が高いのは、常々知ってるけどさ……。
だんだん口達者になって、毒舌家になっていくのは、どうかと思うよ?
ほら、国王陛下も、顔がひきつっているし。
「相手を理論で封じ込めれば、問題ありませんよ。
魔法でねじ伏せてもいいのですが、魔力を暴走させる恐れがあるので、最終手段ですね。
あなたが私の代わりにしゃべってくれるのなら、私は口を閉ざせるのですが。
剣一筋のあなたが、冒険先で大人相手に、対等のやり取りできますか?」
……ごめん。俺が悪かったよ。交渉は任せたから。
俺、本当に姫を守る騎士になれるかな?
ちょっと決心が揺らいでるよ。
長編小説の脇役を、短編小説の主人公にしてみよう。
第二弾。
ファンタジー定番の「将来の騎士を目指す少年」ですね。
設定上は信念を曲げず、自分の考えをしっかり持っている、芯の強い性格。
頑固者のイメージがあったのですが実際に書いてみると、幼馴染の子猫獣人の方が、頑固でしたね……。
「幼馴染の姫に振り回される、近衛兵」属性が付きました。
ちなみに長編小説(短編小説「公爵令嬢の猫耳参謀」の連載版予定)は、この子猫姫が主人公。
従兄の王子の婚約破棄計画を潰そうと、猫耳兄と一緒に暗躍中。
今年中には完成させて、連載できるように、頑張ります。
2016年11月13日
指摘を受けて、誤字等修正。
……スマホに国語辞典のアプリを搭載しました。
それから、言葉の書きかえは一部迷い中で、直っていないところもあります。