ロンリープルーフ
クラスメイトの記念すべき百回目の死を迎えたところで、僕は現場を後にした。
『すべて僕が悪いのだ。ある晴れた日のこと。かろやかな登校のそばで、何かを探している浮浪者に出会った。「ここで出会ったのも運命でしょう! 手伝いますよ」僕は彼の探し物を一時間ほど手伝ったが、何度問うてもそれが何であるか分からない探し物は見つかりっこなかった。僕と浮浪者は最後に行き着いた公園のベンチに少し距離を置いて腰を掛けた。今から急いでも二時間目の授業も間に合わない。だったらのんびりしておこう——僕の考えを読んだのだろうか。浮浪者はしゃがれた声でこう言った。
「きみの時間は一回きりなのだから、もっと大切に使うべきだよ」
まるであなたの時間は一回きりではないようですね、と呟いた僕に対して浮浪者は乾いた咳をした。
「きみと探し物をしたのはこれで五百四十五回目なのさ」
なんでもこの浮浪者、まだまだ瑞々しい時に友人から頬擦りをされてからというもの、後悔をするたびに時が地団太を踏んで、彼をぐるぐると後悔の周辺まで回らせてしまうらしい。悔しさがなくならないかぎり、さっぱりしないかぎり、ずっとずっとそこに留まってしまうんだそうだ。
「きみも気を付けるんだよ。そういうことは、一度でも体験するとクセになって、後の人生で何度も何度も繰り返すことになるのだから」
ある雨の日のことだった。下校中に僕は隣の席のクラスメイトである君を見つけた。僕は特段、君と親しいわけではなかった。君は窓際の席で、いつもぽつんとしていた。休み時間はひとりで本を読んでいるか、机に突っ伏しているかで、そんな君と親しく話す機会は一度もなかった。
僕と君は同じ方向を歩きながら、決して顔を見合わせることがなかった。僕は君の背を見つつ、傘の柄をくるくるまわして、こちらに迫る雨粒をはじいていた。僕たちの道には、信号のない、それでいて車も通るような場所がいくつかあった。事故が多発していると聞いたことがあった。僕は君の後ろを歩いていた。君の歩みが遅くて、僕が君との距離をあまりにもつめすぎた記念に、僕は君に声を掛けようと——驚かせようと思った。君の肩に手を置こうとした、ちょうどその時だった。君の傘が君の手から離れて宙に舞った。ベルの音、ビニール袋から落ちた中身がちらばる音、君のたおれる音、自転車のたおれる音。
それからというもの、僕の毎日は雨の日々。あらゆる方法で君が死ぬ日々。僕がどんなに行動しようと、行動しまいと、君は転倒して頭を強打したり川に落っこちて溺れたりする。画鋲を踏んでも死ぬ勢いで君は貧弱になり、僕も神経衰弱になった。僕は思った。僕が悪いのだ。その思いはどんどん募った。最初に君が死んだのは、僕が君を驚かせようと試みたあの瞬間にあり、繰り返し君が死ぬのは僕が留めているこの今にある。その日の授業の内容は空で書けるぐらいに覚えてしまった。僕は心の中で百回の葬列に出た。わいわいと騒いでいるクラスメイトたちがおそろしく思えた。早くこんなことは終わらせたい——そんな自分の気持ちに気付いて、何度も自分の腹を殴った。
僕は君に信じてほしかった。僕はあくまで誠実に努めていた。君は気づかなかった。僕がどんなに親しく話しかけても、冷たく話しかけても驚くだけだった。君にとって僕は大して親しくないクラスメイトだったし、僕にとっても百回前はそうだった。
百一回目のことだった。僕は君のためならもう死んでもよかった。死ぬ気で君を救おう。そういう意気込みが良かったのだろうか。百一回目、君は死ななかった。その次の日も、次の次の日も君は死ななかった。そして僕と君の間に会話もなかった。君を死なせないためにし行った行動が、百一回目の君の中で悪印象を抱かせたらしかった。でも、それでもいいと思った。君は実際にあった事故死の可能性も知らずに、またひとりで本を読み、ひとりで机に突っ伏すだろう。僕はその隣で、君と同じ方向を向き、同じ授業を受け、一生、交わることがないだろう……』
「百一回目は、成功、したんだよね」
グラウンドで、あれはサッカー部の声だろうか——騒がしさが遠くで響いて、僕は窓を閉じて、広がっていたカーテンをまとめた。
「うん。成功したよ」
「無傷で?」
「そう。無傷で、だれも死ぬことなく、平和に生き延びた」
「だったらどうして、後悔したの?」
僕はぱっとカーテンから手を離した。ふわりと束ねたカーテンが広がって収まる。振り返り、傷だらけの、痛ましい、傷だらけの、一生残るだろう、傷だらけのクラスメイトを見た。彼女の手には、届かないはずの手紙があった。
窓越しでも青春の汗が騒がしい。
そういえば、あの日、見つからない探し物の終わりに、浮浪者が、言っていたことを、ふと、僕は思い出し、彼女の問いに答えた。
「見つけてくれてありがとう」
後の人生で何度も何度も繰り返すことになるのだから——本当に、本当に気を付けるんだよ。
後悔に打たれるうちに、後悔することに後悔しだす。
本当は見つかっていなかったのに、見つかったのだといって、探すことから逃げてしまう。
出会いを尊ぶ人間は、ひとりで歩き回るのが面倒なだけだ。