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第4章 6

「オルドおじさん……」


 いつからバレていたのか。いや、そんなことよりもどうして彼がここにいて、当主様と呼ばれているのか。

 動揺を隠しきれないまま、アメリアは彼らの前に姿を現した。ディーノが一歩横に身をずらす。障害物が無くなり、正面からオルドと向かい合う形で立つ。


「やぁ、夕方ぶりだな。アメリアちゃん」


 呆然としているアメリアを余裕たっぷりに見据えると、いつも通りの快活とした笑顔でオルドは言った。コルトの酒場を訪れる時とは全く異なるフォーマルな出で立ち。つい夕方会った時の無精髭は綺麗に剃られ、ボサボサとした髪型も綺麗に整えられている。野生的な外見が今は清潔感溢れ、堂々たる当主の風格で立ち上がる。


「オルドおじさんがどうしてここに……?」


 目の前の状況が全てを物語っていたが、それでも聞かずにはいられなかった。オルドが答えるより先、従者が一歩前に出る。


「オルド様申し訳ございません。鍵はかけていたはずなのですが……いえ、そんな事よりも、ただちにこの娘を黙らせます」

「いや、いい」

「しかし」

「俺はこの子と話がしたいんだ」


 そこまで言われると、それ以上は何も言えなかったようで。主人に向けて深く頭を下げると、従者はアメリアを睨みながらも口を噤んだ。邪魔者が居なくなってオルドの視線が戻ってくる。その表情は酒場で世間話をしていた時と同じ純朴そうなものだった。


「何でラディスレイ家の当主である俺があんな場所に居たのか知りたいか?」


 先ほどの中途半端な呟きを拾って言い直す。アメリアは二の腕をストールの上から抱くと慎重に頷いた。それを確認したオルドの口角があがる。二人を隔てる書斎机を横から回り込むと、彼はアメリアの眼前に立った。


「こういう“仕事”をしているとな、屋敷にいたんじゃわからねぇような情報が必要になってくる。部下に情報収集させても良いんだが、俺は大事な事は自分の目で確認する主義でね。それで情報収集にぴったりの場所があの酒場だったんだ。皆気のいい奴等だからよ、酔った勢いもあって面白いぐらい情報が入ってくる」


 いつもと変わらない純朴そうな笑顔で話し続ける。その平然とした態度に苛立ちを覚えた。奥歯を噛み締め、二の腕を抱く手に力が入る。


「みんなを騙していたの?」

「騙す?人聞きが悪いな。俺はただ話をしていただけだ。富豪(俺達)が行っちゃいけねぇなんて決まりはないだろ?」


 とぼけた顔で首を傾げて見せるが、アメリアにとっては同じようなものだ。確かに彼の言う通り客の身分を詮索することは無い。しかしコルトの酒場で入手した情報が犯罪に使われていた。それは馴染み客の人の良さに付け入る行為に思われたのだ。


「最低」


 低い声で吐き捨てる。

 途端に従者の顔に怒りが混じった。主人を冒涜されたのだから当然といえば当然か。しかし当の本人は彼を手で制すると、意に介した様子も見せず口角をつりあげる。


「アメリアちゃんに俺をどうこう言う資格はあるのか?俺だって裏切られた気分だぜ。いい子だと思っていた娘がまさかリドルの死に関わっているとはな」

「貴方の息子と従者にも話したけど、彼が死んだのとは関係ないわ。私はただ彼と付き合っていただけ」

「あくまで偶然か。まぁいい」


 吐き捨てるように答えるが、息子と同じで聞き入れるつもりはないらしい。警戒心をあらわに睨み据えると、オルドはふっと息を漏らした。


「何日か前、久々に再会した時のこと覚えてるか?」


 何を言うのかと待ち構えていただけに拍子抜けしてしまう。アメリアは双眸を瞬かせるとオルドを見返した。視線で続きを促す。オルドは肩を竦めた。


「ああやっぱり覚えてねぇか。再会した時言ったよな?息子の嫁に来てくれたらどんなにいいか、って。実行してみるつもりはねぇか?」

「は?」

「オルド様!?」


 オルドの突拍子もない提案に、アメリアはあからさまに眉を顰めて聞き返し、従者は主人の血迷ったような発言に頓狂な声をあげた。ディーノだけが沈黙をつらぬいたまま腕を組み事態を静観している。

 爆弾を投下した張本人は従者を一瞥で黙らせると、アメリアに視線を戻した。


「どうだ?」

「冗談じゃないわ」


 アメリアは正面から視線を受け止めて、吐き捨てるように言い切る。迷う素振りを一切見せない堂々とした物言いに、オルドはおかしそうに肩を揺らした。


「そう言うと思った。でもそれでいいのか?この提案を受けることだけが、アメリアちゃんの追い込まれた状況を変えられる唯一の手段だと思うが」

「私、身売りはしない主義なの」

「そうか。なら人質は解放できねぇな」


 人質、つまりコルトとハイドのことだろう。アメリアの目付きが険しくなる。


「そこまでして私を味方に取り込みたいの?」

「ああそうだ。アメリアちゃんは美人だし、頭もそう悪くない。手駒として使いやすいだろう?」


 本人を目の前にして、道具としての利点をつらつらと並べていく。わかってはいたが、少なからず付き合いがあったはずなのに、それがとても無情なものに感じられた。元は馴れ親しんだ相手を見ていられず、徐々に視線が下に落ちていく。俯いた状態で、アメリアは絞り出すような声音で問い掛けた。


「ーーオルドおじさん酒場に何年も通っていたじゃない。みんなと友人のように振舞っていたじゃない。……何でそんなことできるのよ?」


 彼に人としての情が残っているのなら、それに訴えかけたかったのかもしれない。その反面、頭のどこかで理解していた。彼みたいな人間にそんなもの訴えても無駄なことくらい。


「惜しくないと言えば嘘になるがな。何事にも犠牲はつきものだ」


 初めて純朴そうな笑顔が野生的に歪んだ。目は口ほどに物を言う。きっと彼は行動を起こす時、一切迷いを見せないだろう。そう悟らせてしまうような冷たい眼差しだった。

 その瞬間、アメリアの中である種の決心のようなものがついた。


「……少し考えさせて。それくらいいいでしょう?」

「もちろん。今後の身の振り方、じっくり考えるといい」


 そんな彼女の変化を反抗を諦めたとでも錯覚したのか。余裕の笑みで頷くと、オルドは元の部屋に連れていくよう従者に命じた。




***

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