第4章 3
「聞くところによると、貴女は各地を放浪しているそうですね。一つの街の滞在期間は短くて数週間、長くても一、二ヵ月程度。そんな人間が偶然リドルと接触を持ち、間もなく彼は殺された。ああ、彼が死んだ事はお話していませんでしたが、すでにご存知ですよね?とにかく、偶然にしては出来すぎていると思いませんか?」
遠回しに突き付けられた、互いの中に同一の関係者がいるという事実。ただ尾行した位では知り得ない情報を織り交ぜてくる。
アメリアは無言で立ち上がった。椅子が軋んだ音を立てる。胸の前で腕を組むと、挑むようにディーノに向き直った。
「私が彼を殺したとでも言いたいのかしら?」
「いえ、それは無いでしょう」
鋭い視線を正面から受け止めてもディーノは余裕を崩さない。肩を竦めると視線を交わらせ。
「見ている限り、貴女は特別身体能力が高いわけでも無さそうだ。彼はあれでも腕っ節には自信があったんです。油断していたとはいえ、おとなしく殺されるような奴じゃない。しかし見た所反撃の跡は無さそうだ。彼に手を下したのは他の人間でしょう。“協力者”と呼んだ方がよろしいでしょうか」
彼はあくまでリドルの死とアメリアが関係していると考えているようだ。確かにタイミングを考えればそれも仕方ないことではあるのだが、濡れ衣でしかないアメリアにとっては迷惑極まりないことだ。
ふっと息を漏らす。片目を眇めると、口元を歪め皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ラディスレイ家のご子息様は妄想力がたくましいのね。ーー私に協力者なんていないわ。そもそも協力者なんて必要ないでしょう?彼とは偶然出会ってしまっただけ。貴方達がどんな悪巧みをしようが私には関係なんかないもの」
「あくまでしらを切るつもりですか。まあいいでしょう。もし協力者がいたら、自ら出向いてくれるかもしれないですしね」
何を言ったところで、疑いが晴れることは無さそうだ。それこそ何か物的な証拠でもない限り彼らは引き下がらないだろう。会話の不毛さに諦めの色を浮かべ、アメリアは椅子に座り直した。
そこへノック音が響いた。物音に気付いたディーノが扉から背を離す。扉を開けると、部屋の前に恭しく頭を垂れた従者が立っていた。
「ディーノ様。当主様がお呼びです」
「わかった。今から向かおう」
短い会話を終えてディーノが部屋を出る。扉を閉める寸前で一瞥を寄越すと、薄い微笑みを浮かべて。
「女性に手をあげる真似はしたくありません。くれぐれもおとなしくしていてください。大事な人間を傷付けたく無ければ、ね?」
忠告を飛ばすと今度こそ扉は閉められた。何も言う気力が起きず、ぼんやりと唯一の入口を見遣る。扉一枚隔てた先から鍵をかけるように命じるディーノの声と、直後に金属音が聞こえた。
コンクリートによく響く硬質な靴音がやがて遠ざかった頃、アメリアは溜息をついた。
たとえ鍵を掛けていようと、力を使えば脱出は容易だ。しかしそんな単純なことなら最初から彼女がおとなしく此処に来ることは無かっただろう。現状での打開策に必要なのは、人質の身の安全を確保するか、ディーノら関係者を全て排除する事だ。
しかし正直な話どちらも厳しい。人質の安全を確保すると言うのは簡単だが、それは一時的なものではない。彼らがいる限り、平穏にこの街で暮らすことは不可能だろう。だからと言って関係者全員を排除するなんて到底無理だ。ディーノが指摘した通り、希少種の力の存在を除いてアメリアの身体能力は特別際立っているわけではない。普通の人より足が速いとかその程度だ。
どうしたものか悩みアメリアは天井を仰いだ。蛍光灯が埃を被って多少薄暗く感じる。天井の片隅にはクモの巣が張っている。全体的に見て此処は普段あまり使われていない部屋のようだ。通常の窓が手に届く範囲にない辺り、ここは元々倉庫のような部屋だったのだろうか。
(私の関係者か……)
ディーノ達にアメリアの存在を知らせたのは関係者の中の誰か。そう考えれば異様に早い彼らの対応にも納得できる。しかし該当者は誰か。真っ先に浮かんだのは、この街で出会った中でも一番胡散臭い人物。暗殺者という名のストーカー。
アディならアメリアの行動や状態を熟知している。今夜街を出ることをあらかじめ知っていたのも彼だけだ。自分にとって都合の悪い事だけを隠して密告すれば、さぞかし都合のいい状況を作れるだろう。ついでに目的も果たしやすくなる。例えばアメリアの窮地を自ら作り出し、その状況から救い出すことで“貸し”を返せる。彼の目的は最初からそれなのだから、そのためならどんな手段を使っても不思議ではない。
元々おかしいとは思っていた。口封じの前に借りを返したいと言っておきながら、実際はアメリアの周りをうろちょろするだけで、殺意や意欲のようなものが全く感じられなかった。それも密かに裏で小細工をして、この状況が訪れるのを虎視眈々と狙っていたと考えれば納得出来なくもない。
「いるの、アディ?」
アメリアは何処にともなく問い掛けた。反応はない。
「借りを返すチャンスが来たわよ。いるなら出てきなさいよ?」
もう一度問い掛けるが、やはり反応はない。問い掛けは独り言に終わった。
まだその瞬間ではないのか、あるいは彼は無関係なのか。それを判断するにはまだ早過ぎる。もう少し様子を見るべきだろう。
まだディーノ達が戻ってくる気配は無い。それまでに辺りを物色するのも悪くない。万が一にも現状を打破する可能性が見つかるかもしれない。
思い立つや早速立ち上がると、アメリアはめぼしい物から順に調べ始めた。
まず手始めに壁をノックしてみる。鈍い音が返ってきた。それなりの厚みがあるので、ここを破壊して脱出するのは不可能だろう。次に天窓。天井すれすれに設置されており、アメリアの身長ではいくら飛び跳ねたところで届かなそうだ。磨りガラスだから、外からも中からも先を見通すことが出来ない。床も見た所継ぎ目のような物は無いから、秘密通路などが隠されている様子はない。
殺風景な室内はすぐに探索が終了した。結局活路を見い出せるような代物は発見出来ず、振り出しに戻ってしまった。次は何をするべきか、視線を周囲に巡らせていく。
それが一点で止まった。そういえばまだ扉を調べていなかった。鍵の造りを把握していれば、いざと言うとき力を使わずとも簡単に脱出できるかもしれない。
アメリアは扉の前に歩み寄った。何の変哲もない扉の内側に鍵穴は無かった。外側からしか施錠開閉が出来ない、幽閉にぴったりの造りだ。やはり扉の破壊以外の脱出方法は無さそうだ。アメリアは何となく扉のノブを握った。
「……え?」
軽い音を立てて、ノブは回った。
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