第4章 2
五畳程のスペースに、テーブルとイスだけが置かれた殺風景な室内。温かみのないコンクリート造りのその場所には入口が一つと、天井近くに光を取り込むためだけに設置された、開閉不可能な天窓が一つ。
それがアメリアに与えられた部屋だった。
あの後、馬車は例の路地の近くに止まると、ディーノ、アメリア、従者の三人を降ろし何処かに行ってしまった。先頭を従者、最後尾をディーノ、その間に挟まれるようにして無理矢理連れてこられた場所は例の屋敷。恐らく二階にあるこの部屋まで真っ直ぐに通されると、従者は荷物を置いて早々に何処かに立ち去った。残されたディーノが扉の前に立っている。
「心配しなくても、逃げたりしないわよ」
椅子に腰掛け、アメリアは吐き捨てた。以前までの作り上げられた控えめなヒロイン像は見る影もない。横柄に腕を組み、気だるげに背もたれに寄りかかる。
「心配なんてしていませんよ。逃げるくらないなら、最初からここへ来ていないでしょう?」
「さて、どうかしら?」
口角を釣り上げ、挑戦的な眼差しで見つめる。その態度と裏腹に、アメリアは焦っていた。思い描いていた中でも一番最悪なパターンだ。人質を取られ、敵の拠点に幽閉された。手足こそ拘束されていないものの、人質の存在がある限り下手に動けない。それがわかっているから、相手も余裕の笑みを浮かべていられるのだ。
「用件があるなら早く言ってちょうだい。私もそんなに暇じゃないのよ」
「おわかりの筈です」
「何を?」
アメリアの態度に、ディーノは小さく肩を揺らした。目で咎めるアメリアを手の平で制し、苦笑いを含んだ声音で答える。
「昼に説明した筈です。割符を早く渡してください」
「知らないって言ったでしょう?」
「そんな筈ありません。何処を探しても彼の身の回りからは出てきませんでした。誰かに預けた、あるいは奪われたと考えるのが妥当だ」
「とんだ言い掛かりね」
憮然とした面持ちで答えると、アメリアは目を逸らした。この状況を打開する策を懸命に巡らせる。その視線が入口の付近で止まった。身の回りの物一式が詰まった大きめのカバン。壁に沿って置かれたそれ。
「疑うなら荷物を調べればいいじゃない」
アメリアの視線を追って、ディーノも荷物を見遣る。扉に寄り掛かった体勢で顔を横に向けると、傍らのカバンに手を置いた。
「女性の荷物を漁るのは気が引けますね」
「あら、ずいぶんと紳士なのね」
「育ちがいいもので」
冗談めかした物言いでディーノが肩を竦めて見せる。しかしアメリアの表情が変わらないことを確認すると、カバンから手を離した。
「……その様子を見ている限り、調べたところで何も出ないでしょう」
「……」
彼から目を逸らすと、アメリアはテーブルに頬杖をついた。瞼を落とし少々長めの息を漏らす。やがて双眸を開くと、アメリアは顔を上げた。
「一つ聞いてもいいかしら?」
「どうぞ」
「どうして私の事、こんなに早く調べられたのかしら?」
彼がアメリアの事を調べるように従者に命じたのが昨日の夕方。アメリアが彼らに接触したのは今日の昼頃。そしてその日の深夜、彼らはアメリアの行動を読んだかのように待ち構えていた。
早すぎる気がした。何も知らない一般人ならまだしも、尾行には十分気をつけていた。まして状況が状況なだけに、通常以上に警戒をしていた。にも関わらず、現在この状況に至っている。何処かの暗殺者のように、それ専門のプロがいるなら話は別だが。
「気になりますか?」
「ええ、とっても」
悪戯っぽく微笑むディーノに、皮肉めいた笑みを返す。彼は勿体ぶるように間を置いた。じっと視線を交わらせた後、ようやくその口を開く。
「実は貴女を知る人間がいたんですよ。……私達の関係者に」
アメリアの表情は変わらなかった。しかしその瞳がほんの一瞬揺らぐ。次々に関係者の顔が浮かんでは消える。ディーノが言っていることが嘘の可能性は十分ある。実際こちらの様子を窺って楽しんでいる節がある。
ディーノを睨み据えると、彼はうっすらと微笑んだ。
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