第3章 3
類は友を呼ぶ。
それなりの家柄の人間の周りには、相応の友人が集まるようで。
「素敵なお屋敷ですね」
ディーノの後に続きながら、アメリアは言った。これは本音。屋敷の雰囲気は例えるならお城。白を基調とした建物に庭の青々とした芝生がよく映えている。日当たりのいい南側にはオープンテラスが設置されていて、ああいう場所で優雅にお茶をするのが女の子なら誰しも憧れることだろう。
「ありがとうございます。貴女のような美しい方に気に入っていただけたのなら光栄です」
先を行くディーノが振り返って微笑む。見た目もさる事ながら立ち居振る舞いも紳士的で、粗暴なかつてのターゲットとは少々毛色が違って見える。
「う、美しいだなんて……もう、ディーノ様は本当にお上手なんですね」
「いえ、私はただ本心を言っているだけですから」
歯の浮くような台詞をさらりと口にする。そんな主の対応に慣れているのか、従者は無言のまま二人から数歩遅れて着いてくる。
(やりにくいわね……)
照れたように両手を頬に当て、彼から視線を外す。仕事柄、このような事を言われるのは慣れている。しかし彼は何かが違う。まるで観察されているような気になるのだ。一つ一つの反応や挙動をチェックされているようで、どうにも落ち着かない。用事を済ませ、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
「どうぞ、こちらです」
やがて一つの部屋の前に着くと彼は足を止めた。後を着いてきていた従者が小走りで部屋の前に近づき、扉を開けて頭を下げる。中に入るようディーノに促され、アメリアはそれに従った。
外装もなかなかのものだったが、内装も文句なし。応接室らしきその部屋は、黒光りするテーブルとそれを挟む高級そうなソファを中心に、足元には何かの動物の毛皮が敷かれ、隅には棚が設置されている。天井に吊るされた豪華なシャンデリアのきらきらとした灯りが、一層部屋の雰囲気を盛り上げるかのようだ。
後から入ってきたディーノがソファに座るよう促す。アメリアは二人掛けの高級そうな革張りのソファに腰を下ろした。体を包み込まれるような感覚。座り心地が質の良さを表している。
「さて、では本題に入りましょうか」
自らも反対のソファに腰を下ろすと、ディーノは開いた足の膝の上で指を絡め合わせる。二人が部屋に入ってすぐ、従者は扉を閉めどこかに立ち去ってしまった。この部屋には今、アメリアとディーノの二人きりだ。
「リドルと連絡がつかないと心配されてましたよね」
「ええ。彼に何かあったのでは無いかと心配で……」
ソファに膝を揃えた姿勢で、アメリアは俯いた。
「リドル様の事、ディーノ様は何かご存知ではないですか?」
「実は私も詳しくは知らないんです。グランディーノの屋敷にも帰ってはいないみたいで、私も心配で探していたんです」
「そうですか……」
まるで自分は無関係といった風だ。彼がすでに殺されたと知っていて、なおかつ秘密裏にその死体を処理しておきながら。
アメリアは胸の前で両手を組み、溜息混じりに頷いた。眉尻を下げた悲しげな面持ちで、次の展開を待つ。仮に話がここで終わりなら、彼はアメリアをここまで連れて来ることはなかっただろう。お互い本題はここからだ。
「一つ、私も伺っておきたいのですが」
少しの間を置いてディーノは切り出した。アメリアは顔を上げる。小首を傾げながら言葉を待つ。
「アメリアさん。リドルから何か預かっていませんか?」
「預かり物ですか?」
「はい。貴女だから話しますが、実はリドルの奴、何か危険な事に関わっていたみたいなんです。もしかしたらそのせいで、彼はいなくなってしまったのかもしれない」
深刻な面持ちでディーノが語る。言い終えて、彼は天井を仰ぎ長く深い息をはいた。
「そんな、リドル様がそのような危険な事に……?」
アメリアは衝撃にソファから腰を浮かせた。口元を手で覆い、双眸を見開く。ディーノは深くソファに身を沈めると、緩く頭を左右に振った。
「信じられないかもしれませんが、それは事実です。彼はその取引の仲介の役目を担っていたそうなんです」
「そんな事が……。でもディーノ様はどうしてその事をご存知なんですか?」
「実はリドルが行方をくらます前日、彼に会って話を聞いたんです。詳細は話してはもらえませんでしたが、危険な事からすぐに身を引くように言った時、彼が言っていました。取引に必要なある物を知り合いに預けているからバレる心配はない。安心しろ、と」
「それで、取引に必要なある物とはどのような物なんでしょうか?」
「取引相手を確認する為の、勘合に使う割符です」
彼らが必死な訳がようやくわかった。危険な取引だからこそ、尻尾を捕まれないように一つのエンブレムを二つに分けた割符で相手を確認していた訳だ。その割符が無くなっては取引が出来ない。どうりで血眼になって探すはずだ。
「割符ですか……。確かにわたくしはリドル様からいくつかプレゼントを受け取っておりますが、どれも雑貨や装飾品ばかりで、そのような物はいただいておりませんわ」
「そうですか」
「お役に立てず申し訳ございません」
恋人に裏切られた女のように沈痛な面持ちで俯くと、アメリアは深々と頭を下げた。
用件は済んだ。もうここに用はない。これ以上この男のテリトリーにいるのは避けたかった。
「わたくし、そろそろ失礼致しますね。リドル様の事、親切に教えていただいてありがとうございました」
「いえ、結局彼の行方はわかっていません。こちらこそお役に立てず心苦しいです」
「そんな。ディーノ様がリドル様の事を教えてくださったから、少し彼の事を理解することが出来ました。心配なのは変わりありませんが、もう少し待ってみようと思います」
そう言ってアメリアは微笑んだ。眉尻を下げた痛ましい笑顔。ディーノは頷くとソファから立ち上がった。そこへタイミングよく扉が開かれる。
「丁度いい。彼女を家までお送りして差し上げろ」
お茶のカートを持ってきた従者にディーノが指示を出す。アメリアはとっさに口を挟んだ。
「折角のお心遣いは有難いのですが、それには及びませんわ。これ以上ディーノ様の手を煩わせる訳には参りません。まだ陽も高いことですし、一人でも大丈夫です」
「わかりました。では、門の前までお連れします」
「ありがとうございます」
ディーノは優雅に微笑むと廊下に出た。従者の横を通り過ぎる際に何事か耳打つと、元来た道を引き返す。アメリアは従者に小さく会釈をすると彼の後を追った。
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