第3章 2
朝食を終え、学校に向かうハイドを見送ってから、アメリアは富豪達の暮らす高級住宅街へと向かった。
下町然とした旧表通りとは違い、目に付く物全てが値打ち物だと一目でわかる煌びやかな外観。道行く人が身につけている衣服はどれも艶があり、アクセサリーもまた宝石が散りばめられている。彼らにとって当たり前のファッションが、アメリアには少し鬱陶しいように感じられた。
おのぼりさんにならないよう、アメリアは真っ直ぐ前を見つめ毅然として歩く。目的地はこの高級住宅街でもずっと奥にある、ターゲットの男が暮らしていた屋敷。
ターゲットの関係者の男は、アメリアを探していた。いつ滞在先のコルトの店に押しかけられるとも知れない。心配ないかもしれないが、下手に調べられ仕事のことがバレたら面倒だ。
だからアメリアは、自ら彼らに接触する事にした。とはいえ、アメリアは彼らの正体が何者なのか知らない。彼らの会話を偶然聞いた時も、ひと一人隠れるのがやっとの樽に無理矢理二人で隠れていたものだから、その姿を見ていない。接触の可能性があるとしたら、ここしか思い浮かばなかった。
やがてアメリアは屋敷の前に辿り着いた。ここに着く途中で目にした家もなかなかのものだったが、やはり街有数の資産家といった所か。入口の門の隙間から見える敷地内は広々とした庭が広がっており、遠くに見える屋敷もまた相当な物だった。
(さて、どうしようかしら?)
一度屋敷の前を通り過ぎ、近くの街路樹に寄りかかった。
アメリアはターゲットの人間に近づく時、なるべく相手の関係者と接触をもたないようにしていた。まず第一に自分が詐欺師だとバレる可能性が高まる。恋する人間は盲目だが、第三者が絡むと思考が冷静になりやすい。第二に万が一自分が詐欺師である事がバレた時、逃走が極めて困難になる。
今回もまた同じ。アメリアはターゲットの男以外とは関わりを持っていない。のこのこと彼の家を訪問するわけにはいかなかった。
唯一可能性があるとしたら、彼らがこの屋敷を訪ねる瞬間。気の遠くなるような話にも感じるが、彼らはターゲットの所持品の何かを必死に探している。屋敷内は捜索済みと言っていたが、関係者が持っている可能性を疑っているのなら、きっとまた屋敷を訪れる機会があるはず。
街路樹の陰に隠れ、アメリアはひたすらその時を待った。
それから数時間が過ぎた。
まだ東の空にあった太陽が天高く昇り、やや西側に傾いた頃。
一台の高級な馬車がターゲットの屋敷の前で止まった。中から現れたのは馬車の持ち主らしい二十代くらいの男とその従者。短い黒髪に優男風な顔立ちのその男は、姿勢良く着こなしたスーツ姿で門の前に立った。
「お待ちください!」
彼が門の呼び鈴を鳴らすより早く、アメリアは男の元に駆け寄った。突然木の陰から出てきた彼女を、男は訝しげに見る。従者は警戒心をあらわに彼の前に庇い立った。
彼らの前で足を止めると、アメリアは慎ましく一礼をした。
「突然のご無礼をお許しください。あなた様は、グランディーノ家のご子息様のお知り合いの方でしょうか?」
「ええ、リドルとは古くからの友人です。そういう貴女は一体?」
紳士然とした男が穏やかに答える。聞き覚えのある声だった。間違いない、あの時アメリアを探すように命令していたのはこの男だ。
確信を得て、アメリアは彼を刺激しないよう清楚な娘のように振る舞った。悩ましげに眉尻を下げ、どこか怯えたような顔で相手を見る。
「申し遅れました。わたくしはリドル様と親しくさせて頂いておりましたアメリアと申します」
「ああ、貴女が。リドルから話は聞いています。噂通りのお美しい方ですね」
「いえ、そんな事は……お上手なんですね」
男の視線が興味深そうに注がれる。当然だ、探し物が自ら舞い込んできたのだから。
(ずいぶんと手馴れてるわね)
アメリアはうっすらと染まった頬を隠すように両手を添え、内心で毒づいた。こういう相手はどうもやりにくい。なるべくなら標的に選びたくない対象だったが、今回はそうも言ってられない。気を取り直し、頬に当てていた手を胸の前で組み合わせると、上目遣いに訴えかける。まるで悲劇のヒロインのように。
「実はここ最近ずっと、リドル様と連絡が取れないんです。心配になってここまで来たのですが、わたくしは庶民の出でリドル様と身分違い。屋敷に入ることも出来ず、お知り合いの方が来るのを待っていたんです」
「そうでしたか。それは大変でしたね」
「いえ。何かご存知ではないでしょうか?」
上目遣いで出方を窺う。男は考えるように腕を組んだ。対応に悩んでいるのだろう、それほど頭は悪くなさそうだ。
一方で、彼の従者はアメリアの術中にはまっていた。二人共男の最期を知っている。従者にとってアメリアは、愛する人を失った哀れな美しい女。同情の混じった眼差しで彼女を見つめている。
やがて男は腕組みを解くと、先程乗ってきた馬車に手を向けた。
「ここでは何です。宜しければ私の屋敷へいらっしゃいませんか?」
目の前の餌に食いついた。
内心でほくそ笑みながら、しかし表面上はあくまで慎ましやかに、アメリアは謙遜してみせる。
「そんな、ご迷惑では……」
「お気になさらず。私はディーノ、ディーノ・ラディスレイです」
「ディーノ様……ではお言葉に甘えさせて頂きます」
紳士然とした男ーーディーノは、恭しく片手を差し出した。その手をアメリアは取る。手を握ると、姫をエスコートする王子のように、ディーノは彼の豪華な馬車に彼女を導いた。
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