第3章 1
その日の彼女の朝は早かった。
普段なら予定が無ければ昼近くまで睡眠を貪っているにも関わらず、今日に限っては太陽が登って間もなく目を覚ますと、アメリアはすぐに準備を始めた。ここ最近は仕事もせず、強いて言うならコルトの店を手伝うぐらいだったから、メイクも少々サボりがちだった。ナチュラルと言えば聞こえのいいシンプルメイクと、今日は全く違う。念入りに施されたそれは、当人の目から見ても完璧なものだった。
メイクが終わったら次は衣装と髪のセット。服装は上品で慎ましやかな小花柄のワンピースを選び、髪は緩く巻いて右側に寄せた。鏡の前に立って確認する。
完璧な清楚お嬢様スタイルの完成だ。
準備を終えると、アメリアは二階のリビングに向かった。部屋に入ると、キッチンでコルトが朝食の支度をしているのが目に入る。
「おはよう、おばさん」
彼女の背中に向けて挨拶する。コルトはフライ返しを片手に振り返り、アメリアの姿を見て目を丸くした。
「リアちゃんおはよう。……あら、ずいぶんと今日は気合が入ってるのね。もしかして“仕事”?」
「うん、そんなところ」
「そう」
コルトはアメリアの仕事についてあまり深くは追及しない。それが彼女にはとても有難いことだった。コルトが仕事の事をどう思っているか定かでは無いが、きっと応援してはいないだろうから。
「朝ご飯もうすぐ出来るから、ちょっと待ってて」
「うん」
アメリアはテーブルに着くと、頬杖をついてコルトの後ろ姿を眺めた。コルトは手慣れた動作でてきぱきと朝食を作っていく。どうやら今朝のメニューは、フレンチトーストとスクランブルエッグにミニサラダ。
「美味しそう。そうだ、コーヒー煎れるね」
席を立ち、道具が一式備わっている棚に近付く。食欲をそそる匂いに上機嫌になりながら、アメリアはコルト特製ブレンドの豆でコーヒーを煎れた。
ちょうどそこへ、眠たそうに目を擦りながらハイドが姿を現した。
「おはようハイド」
ハイドが気付くより先に、アメリアが声を掛ける。ハイドは気だるげに彼女の方を見遣り、普段とは違う着飾った姿に眠気も吹き飛んだように目を見開いた。
「なに、その格好?」
挨拶も無く、いつもと違う彼女に不審の目を向ける。アメリアはワンピースの裾を軽く持ち上げると、上品な笑みをつくり一例して見せた。
「あぁ、これ?色々あってね。似合ってる?」
「別に……悪くは無い」
ぼそぼそと顔を背けて呟く。その態度に朝食の準備を終えたコルトが見かねて口を挟んだ。
「あんた、我が息子ながら不器用と言うか。素直に似合ってるって言えないの?」
「……うるせぇよ」
これはいまだに昨夜の事を引きずっているらしい。嗜めるコルトからハイドは顔を背ける。しかし否定はしなかった。その反応が微笑ましくて頭を撫でてやりたい衝動に駆られたが、それでは昨夜の二の舞になる事が目に見えている。
三人分のコーヒーを煎れテーブルに並べると、アメリア達は朝食を取り始めた。考えてみれば、三人同時に食事を取るのは久々だった。
アメリアは比較的朝に弱く、予定が無ければ朝食は取らない。喫茶店があるから昼食は時間をずらして取るし、夕食は酒場があるから同じ理由でバラバラになってしまう。だから、この時間がとても新鮮なもののように思えた。
「ねぇ、ハイド」
フレンチトーストをナイフとフォークで切り分けながら、思い出したようにアメリアが声をかける。
「ん?」
「これでもあんたのカクテル楽しみにしてるんだから、今度は絶対作ってよ?」
昨夜の未練を晴らす為、念を押す。
暫くの間の後、ハイドは頷いた。
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