9.王女
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「初めまして、私はメランジュ王国第三王女リディア・ローデンドローズ・メランジュと申します」
「…春澄だ」
王族と聞いてアルカフロ王国の醜い豚を思い出してしまい、春澄は思わず不快気に目を細めたが、目の前にいる人物に関係ない事なのですぐに表情を戻した。
空色のドレスの裾をつまみ、優雅に挨拶をした少女の背には護衛から『なんで名乗ってるんですか!』と抗議の声が上がっている。
そうなると、大きく開けっ放しの扉のせいで丸見えの馬車の中で額に手を当てて俯いている王女似の男性は国王か何かなのだろうか。
「で、王女が何の用だ?」
間違いなく護衛を解放して欲しいとかそんなところだろう。相手はニコニコと、何を考えているか分からない笑みを崩さず言った。
「春澄様、とってもお強いのですね。一目惚れしてしまいましたわ。私を妻に如何でしょうか」
「………」
「あら、つい本音が。間違えました」
春澄は半眼で胡散臭い者を見る目をしているが、リディアは構わず言い直した。
「どうかうちの騎士達を解放して頂けませんか?もちろん何かお礼も致します。あ、お礼として私など如何でしょう?」
「………遠慮する。邪魔だったから取り合えず全員拘束しただけであって、正直どっちが悪人でも俺には関係ないからな。一般的価値観を考慮して護衛は解放してやるから、それ以上近づくな」
「あら、残念です」
春澄は途中でこのまま放置しようとした事など悟らせない態度で嘯く。
どうやら護衛はメランジュ王国の騎士だったらしいが、その騎士達は春澄の言葉を聞いてほっと息を吐いている。が、今度は盗賊が騒ぎ始めた。
それを無視して春澄は盗賊を締めたまま蛇を伸ばし、道の端まで盗賊を運び一箇所に集めると、周りに即席の檻を作った。作り終わると同時に騎士の拘束を解いてやる。正直、本当にこの王族達が悪人だったとしても春澄には関係無いのだ。
「文句は聞かないぞ。道を塞いでるのが悪い」
恨みがましい視線を投げてくる者達に言いながら、解放された騎士の間を通っていく。この人間には敵いそうにないと悟った騎士達は何も言えず、複雑な表情で春澄が通り過ぎるのを待っていた。大半の騎士は自分達が盗賊に押されている事が分かっていたので、結果的に助かったのは良かったが内心いろいろと複雑だったのだ。
「あ、春澄様、お待ちください」
「…なんだ」
正直、嘘と本音が分かりにくい彼女は春澄の苦手なタイプだ。この女あまり関わりたくないな、と生理的に感じたが顔には出さないように努めた。
「これからどちらまで行かれるのですか?宜しければ、うちの馬車に乗って行きませんか?」
「王女様、それは………」
リディアの発言に、近くに居た騎士が諦めた様子で諌めている。
「メランジュ王国の王都まで行くが、自分の足で行く」
「え、メランジュ王国、ですか?」
「何か問題でもあるのか?」
春澄の行き先を聞いてリディアは何か言いたそうな表情を浮かべている。
先ほど彼女はメランジュ国の王女だと言っていたが、何か不都合でもあるのかと春澄は首をかしげた。
「えっと、寄り道のご予定はありましたか?」
「いや、無いな」
「そうですか」
はっきりとしない物言いに、僅かに春澄の眉が動いたのを見て、王女は慌てて言った。
「あの、申し上げにくいのですが、この道はメランジュ王国へは行きません。隣のバラク国エルアーの町への道です」
「………本当か?」
春澄は実は少々方向感覚がずれていた。
今まで殆ど遠出をしなかったのでそれが顕著になる事もなく、古武術の大会などがあって遠出する時は初回は迷ったものの、次からは案内役と言う名の見張りが付いていた為、結局春澄が自覚に至る事は無かった。
今回、屋台の店主達に聞いて転移したお陰でそれほどズレた方向ではなかったが、最初から歩いていたら全く違う方向へ進んでいただろう。
「やはり馬車で一緒に行きませんか?これからエルアーの町に向かう予定でしたが、こんな状態ですので、私たちもメランジュに戻りますから」
「んー………」
春澄は考えた。そもそも最初の一部言動が原因で王女を苦手としていたが、アルカフロ国王のように傲慢さも今は見られないし、別に馬車に乗るくらい構わないかと春澄は思えてきた。
このまま知らない道を歩いているより、彼らと一緒の方が確実に辿り着けるだろう。ただ王族に関わると面倒くさそうな気もするな、と春澄は悩んだ。
春澄の表情の変化からもう一押しだと感じ取ったのか、リディアが更に提案する。
「でしたら、私の依頼を受けていただけませんか?この通り、騎士の馬は居ないですし酷い怪我もしていますので、彼らはここで迎えを待つ事になります。代表を2人連れては行きますが、彼らも疲れておりますし、城まで春澄様に護衛をして欲しいのです。そんなにお強いのですから、高ランクの冒険者様ではないのですか?」
「いや、まだギルドに登録はしてない。メランジュ王国に着いたら登録するつもりでいる」
それを聞いたリディアや周りの者は信じられない思いで春澄を注視した。
「その強さで未登録なのですか?」
ギルド初登録の時点で強い者も居たりはするが、一般的に冒険者になろうと言う者は早く登録して稼ごうとするので、春澄ほどの強さの者が今まで未登録だったとは、にわかに信じがたかったのだ。
「何故今まで登録なさってないのか気になるところではありますが、これからギルドに登録をされるのであれば、まだお持ちなのは国の身分証なのですね。この国ではギルドに登録なさらないのですか?」
「よく分からないが、国の身分証も持っていない」
「………何もお持ちでないのですか?それでは国へ入る時、審査にとってもとってもとーっても時間を取られますよ。国境や、それぞれの町の門で身分証の提示が求められますので。国内の町から町へは一定の額を払えばすぐ通れますが、国境はお金を取らない分、審査が厳しいですから」
「………」
黙ってしまった春澄に、そんな事も知らないのか、という視線があちこちから刺さる。
具体的な待ち時間は告げられなかったが、この世界に情報が皆無な春澄の審査など通るかどうか怪しいものだ。
この世界で身分証は2つある。一つは国が発行する義務付けられた唯の身分証。
もう一つはギルドが発行する冒険者として活動する為の身分証だ。
リディアの言う通り、国や町の関所では身分証の提示が求められる。そして身分証はどちらか一方しか持つことが出来ない為、ギルドに登録する者はあらかじめ国の身分証を返却する必要があるのだ。
町へ入る時に一定の額を払えば通れると言うのも、移動時に失くしたり盗賊に盗られた者への配慮であり、町へ入って2日以内に身分証を作らなければならない。新しく作った物や再発行した物を見せれば払った金は返ってくる。
最初に登録する時に、血の情報も一緒に登録されるため、一度作れば次から偽装は出来ない。
ごくごく稀に、辺境の小さな村では身分証を作ってなかったりするので、リディア達には春澄がその村出身の者に見えただろう。
常識を知らなかった様子の春澄に流石のリディアも困惑した顔を見せたが、すぐに勝ち誇った笑顔になった。
「ね、私達と一緒に来て頂ければ顔パスですよ。そしてギルドに登録して、初依頼を達成させた事にしましょう」
「達成させてからの依頼申請でも良いのか?」
「もちろんです。緊急の場合とかもありますし、よくあることです。ちゃんと評価に入りますよ」
目の前の少女は期待に満ちた目でこちらを見ている。
春澄にはアルカフロ王国まで転移で戻ってギルドに登録する手もあったが、たとえギルドから国に情報が渡るわけでは無いとしても、アルカフロ王国に自分の情報を残すのは何となく気分が悪かった。
この状況だと目の前少女に言いくるめられたようで釈然としなかったが、春澄は仕方なく要求を飲むことにした。
「…わかった、依頼を受ける」
「ありがとう御座います!さぁさぁこちらへ。父を紹介します」
手を引っ張られ、馬車へと誘導される。
数日の間にまた王族と関わる事になるとは何の嫌がらせだ、と春澄は小さく溜息をついた。
馬車の中には春澄とリディア、向かいの席に国王と騎士2人の合わせて5人が座っている。
他の騎士達は残して出発したが、なにやら魔法で出来た鳥を出して飛ばしていたので、この事態を何処かへ報告したり、残した騎士達に迎えを頼んだのだろう。
そしてリディアに押されるようにして馬車に乗った春澄は、隣にぴったりと彼女に張り付かれていた。
「おい、離れろ」
「お嫌ですか?」
「そうだな、暑苦しい」
「まぁ。でしたら馬車の中を涼しくしますね。この馬車、魔道具を搭載しているので冷暖房完備なんですよ」
と、何度か離れろと言う春澄の訴えをのらりくらりとかわし、最終的に腕を絡ませられるのは免れたが、1mmの隙間無く引っ付かれた状態で維持されている。
その状態に不満を持ったまま、春澄は国王の紹介を受ける事になった。
「お父様、私たちを助けてくださった春澄様です。春澄様、私のお父様でメランジュ王国の国王です」
春澄と対照的に、ニコニコとそう紹介する娘へ、最近薄っすらと目元に皺が出てきた国王は生暖かい目を向けた。
いつもこの娘は何を考えているのか読めない上に、無駄に行動力があった。
今回も出発前日になって無理を言って付いて来たのだ。さっきなど会ったばかりの人間にいきなり求婚するとは、何かを企んでいるのかただ惚れただけの本心なのか、親である国王にも分からなかった。
咳払いを一つし、国王は春澄へ向き直る。
「私はディアス・ローデンドローズ・メランジュという。まずは、危ないところを助けて貰って礼を言いたい。隣の騎士達は私と娘のそれぞれの護衛隊を纏めている隊長達だ」
美食家と聞いていたから太っていたりするのかと春澄は思ったが、意外に筋肉質な国王だった。実際最初は太っていたが、美味いものを健康で長く食べていく為に頑張って鍛えたのだ。
娘に『最近お父様醜いですわ』と言われてショックを受けたのも良い起爆剤となった。
「国王陛下近衛隊長のジオルネス・ノイシュタインと言う者だ。君が現れた時はいったいどうなる事かと冷や冷やさせられたが、あのままだったら今頃どうなっていたかわからない。ありがとう」
「自分は王女護衛隊長のグレン・ルミナーティオです。君のような少年に助けてもらうとは、騎士として本当に情けない。もっと精進いたします」
いい年をした男達が揃って頭を下げている光景を見て、春澄は肩をすくめた。最初に春澄に声をかけた金髪の緩いくせ毛の爽やかな男が国王の近衛隊長だったようだ。
王女護衛隊長の方は正に筋骨隆々といった大柄な男で、濃い灰色の髪を短く刈り上げている。流石に隊長を務めるだけあって強いのか、今回の戦闘で怪我は一切していないようだ。
「春澄だ。別に助けたわけじゃない。単に邪魔だったのを止めただけだ」
その言葉にディアス王は苦笑を浮かべ、それぞれの隊長は不満と安堵が混ざったような複雑な顔をした。
そもそも今日の外出の目的はお忍びでのバラク国への視察だった。お忍びと言っても、もちろん友好国であり、その国の重鎮達へあらかじめ許可を得てあるし、代わりに自国への視察も許可してある。
そうして互いに国づくりの参考になる所を見つけ、高め合っていこうというのだ。メランジュ王国を出発し、これからバラク国王都へ向かうところだったのだが、その途中でこうして盗賊に襲われてしまったのだ。
国王と王女が居るのだから、当然国の精鋭を連れて来ていた。騎士達はもちろん警戒を怠っていなかったし、盗賊の不意打ちにもある程度反応してみせた。恐らく傍目からは貴族の旅行か何かに見えただろう。
だが通常の盗賊が殆どDか高くてもCランクに該当されているのに対し、今回の盗賊はBランクを付けられている程の規格外な組織だった。
ランクが一つ違うだけで、命に関わる危険度なのだ。盗賊の一人ひとりは、鍛え上げられた騎士達に劣っては居るが、ほど近い実力を持っている上に、人数も騎士の倍以上も居ては、如何に国の精鋭と言えど負けるのは時間の問題だった。
むしろここまでよく持ちこたえていたと言えるだろう。
その国の精鋭と盗賊達を一瞬にして無力化してしまったのが、国王達の目の前に座っている存在だ。
見たことの無い魔法を使い、その場を収めただけで驚愕な事態だ。
なのに『邪魔だった』などと安易な理由でそれをこなしてしまった事に、ディアス王は苦笑せざるをえなかったし、隊長達の複雑な心情も推して知るべしだ。
そんな彼が自国へ向かう途中だと言うのは国王としては気になるところ。敵ならば厄介極まりないが、そうでないなら是非メランジュ国へ留まってもらいたいものだ。幾ばくかの願いを込めて、ディアス王は春澄に問いかけた。
「ところで、メランジュ王国へは何か目的があるのかな?」
お読みいただきありがとうございました。