表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/49

8.馬車の話

「…昼飯」


昼飯どころか夕飯の時間だ。慌てて懐の中のホーンラビットの様子を窺うと、寝ていたのか目をぱしぱしと瞬かせて春澄を見上げていた。


「悪いな、気づかなくて。腹減っただろ?何か食おう」


一通り練習し満足した春澄は一度大きく深呼吸した。随分集中していたようで、体が少し硬くなっているようだ。

すっかり穴だらけになった川原を土魔法で形だけでも簡単に直し、川の近くへ立つ。それから川を暫く眺めた後、すっと目を細め何かを呟いた。

川から水しぶきが上がり、水で出来た透明で巨大な蛇のようなモノが春澄へ近づいて来るが、春澄は構わずその口元へ手を伸ばす。蛇の口がかぱっと開き、中から出て来た脂の乗った美味そうな魚が春澄の手に渡る。

蛇は役目を果たすと、するすると川の中へ戻って行ってしまった。


この蛇型の魔法はいろいろと使い勝手がよく、ゲームの中でもよく使っていた魔法だ。

春澄がゲーム内でまだ弱かった頃、強いゲーム仲間に頻繁に戦いを挑み『お前の勝利への執念深さは蛇みたいにしつこい』と呆れられて思いついた魔法だ。

実際に生物学的に蛇がしつこいのかどうかは置いておくとして、この発言のお陰で使い勝手の良い魔法が生まれた事には感謝している。


春澄は自分の懐の中からその光景を見て固まったままのホーンラビットを撫でると、すぐ側の川原に火の塊を出した。


「なかなか魔法のコントロールが上手くなっただろ?魚も捕れるし、ちゃんと焼けるぞ。魚は食えるか?」


返事をするようにホーンラビットがスリスリと己の身体を擦り付けてくる。魚を焼いている間は他の食べ物で間を繋ぎ、魚が焼けてからは身を解し骨を取ってからホーンラビットに与えてやった。

はたから見たら中々の過保護っぷりだが、春澄は自分の無意識に気づかない。寝るときは川原から街道へ戻り、森の中で『角ヘルム』を被りながら静かに過ごした。流石に川原の小石だらけの所で寝たくはなかったのだ。

闇魔法と他の魔法を組み合わせて使い勝手のいい結界が作れないものか、と考えているうちに春澄の意識はいつの間にか眠りに引き込まれていった。






春澄が向かっているメランジュ王国は、国土こそ大陸で2番目に小さいものの、人口も大陸で2番目に多いというなかなかに人口密度の高い国だ。

しかし、人々には十分な土地が用意されており、田畑も広大で、未開の地も多い。これで大陸で2番目に面積が狭い国なのだから、他国がどれだけ広いのか想像がつかないと言う物だ。


この国は大昔に隣国と戦になり、その隣国と懇意にしていた他国に食料事情を頼っていた事から飢餓状態に持ち込まれ負けてしまった。その教訓から代々の国王が自給自足を座右の銘にしており、食糧事情は他国に頼らないように満遍なく力を入れている。

多少の輸出入はあるものの全体から見ると微々たる物だ。

幸いな事に、海に面していなくても数多くの魚が住む綺麗な巨大湖があった為、魚介類だけは元々困っていなかった。


国王はまずは農作物に力を入れ、生産量を増やさせながら、味を良くする為の研究をさせた。それが安定した後は家畜の飼育と武力の向上だ。良い鍛冶屋には国から補助金を出し、どんどん国に定着させ、軍も鍛えた。

そして、今までは狩ることが出来なかった美味い肉を持つ強い魔物を定期的に軍が狩り民間へ下ろす事で、動物の肉も魔物の肉も安定して国に出回り、その食材を求め徐々に人が集まり商人や旅行者は金を落としていく。

そうなるとこの国に拠点を置く冒険者の質も必然的に上がるようになった。腕の良い冒険者が集まれば、難易度の高い依頼も出せるようになり金の回りも良くなるのだ。


小さい国ながら、周辺諸国から一目置かれる国となったのは過去の失敗と人々の努力の賜物だろう。今は周辺諸国とも友好的に接しており、他国に攻めず攻め入らせずを堅く守っている。

食べ物の美味さに釣られてこの国へ向かう事を決めた春澄だが、武力にも力を入れている国だったというのは、戦うことが好きな春澄にとって嬉しい誤算だろう。




そんなメランジュ王国へは春澄の予想だと後少しで着けそうなほど近づいたという頃。

前方で馬車が盗賊らしきものに襲われており、その護衛と思わしき集団が応戦している場面に出くわした。


「………」


非常に面倒くさい場面だ。春澄は美味い物があるという国を目の前にして、好物を取られてしまったような不愉快な顔をした。

あの盗賊達は何故このような場所で襲っているのか。メランジュ王国へ行くにはここを通らなければ行けないのだ。恐らくだが。

春澄はこのメイン街道を進むしか道は分からないのだ。とりあえず大きな道を行けば大きな町へ着くだろうという安易な考えだった。


今居る場所は左を聳え立つ岩壁に阻まれ、右は落ちればがけ下へと言うある意味閉鎖された場所だ。

盗賊が襲撃するにはあまり隠れる場所が無いように思ったが、少し上の岩壁に数人が隠れられそうな植物が生えている窪みがある。そこで待機していた者から不意をつかれたのだろう。前方は丁度カーブしていて先が見えないので、そちらからも襲撃を受けた可能性が高い。


その襲撃の結果と思われるが、護衛が10名程居るうちの何人か矢を身体に刺されながら戦っている。抜くと出血が酷くなる為そのままにしているのだろう。

馬が居ない事から、おそらくがけ下へ落ちたか逃げた可能性が高い。馬車の馬が無事なのは、金目のものを積んでいるかもしれない馬車を落とさないように襲わなかったのかもしれない。

馬車2台が余裕で擦れ違える道幅は、護衛と盗賊が入り乱れて春澄が通る場所を塞いでいる。たまに小さな魔法も飛んでいるが、どちらも味方を気にしてあまり打てないようだ。盗賊は護衛の倍は居るようで、護衛はかなり苦戦している。このままでは結果は見えていた。


はぁ、と溜息をついて春澄は仕方なく彼らのもとへ歩いていく。新たな人物の登場に、馬車近くに居た金髪の緩いくせ毛の護衛が気づき怒鳴った。


「おい!近づくな!危険だぞ!」


護衛のその言葉は軽装の春澄を見て戦えない者だと判断したのか、万が一盗賊の仲間だった時の事を思慮に入れて新たな人物の登場を仲間に知らせる為だったのか。

なんにせよ春澄は気にせずさらに近づく。


絡みつく蛇(コイル・スネーク)


春澄が唐突に地魔法を唱えると、彼らの足元から蛇を形どった土がうねうねと伸びて来た。そのままその場に居た30人程の人間を護衛も盗賊も問わず土蛇に絡み付かせ動きを封じる。

お陰でその場に居た者は混乱を極めた。


「なっ!なんだよこれ!」

「ふざけんなっ。どこのどいつだ!」

「ちょっ、この体勢はマズイ!」

「別の敵襲か!?」

「やめろよ!爬虫類は駄目なんだよっ!」

「てめぇ、ぶっ殺してやるぞ!今すぐ解け!」


皆それぞれ意見があるようだが、主に盗賊と思われる最後の台詞は実に頭が悪い。

そんな中、最初に春澄に気づいた護衛が焦りを抑えつけたような声色で春澄に尋ねた。


「まさかこれは君が?どういうつもりだ。それにこの魔法は一体…」


殆どの者は戦闘への突然の乱入者に動転して気づいてないが、春澄が今行った魔法は常識から考えるとあり得ないものだった。

地魔法とは本来地面に大きな穴を開けるか、足を土で固めるか、目の前に小さめの盾を作るかといった物が主流である。複雑な形や、重力に逆らう物ほど難易度は上がるのだが、それをこの数の人間に蛇の形で絡み付かせ、制御すると言う芸当は魔法使いを何人使っていたとしても驚くべき事なのだ。

それを1人の人間が行っていると言う事実は恐ろしいものがあった。


見えないところに彼の仲間が居て、実は合同で魔法を発動させていると言われた方が信じられるが、だとしても驚くべき魔法の制御と威力だった。

そもそも合同だとしてもこんな魔法を簡単に使われる世の中になってしまったら、護衛としてたまったものではない。更に相手は敵か味方かわからないのだ。

護衛は額に汗を滲ませた。


「どういうつもりも何も、あんた達が道いっぱいに広がってるから邪魔なんだが」


春澄の返答に、緊張していた護衛もそれを聞いた他の者も『そんな理由で?』と絶句している。

春澄からしてみれば、例えば森の中の街道ならちょっと避けて通るなど出来るが、こんな場所でやられては介入せざるを得ないのだ。


「で、一応聞いてやるが、どっちが悪いんだ?」

「はぁ!?」


またしても予想の斜め行く春澄の台詞に、明らかに悪人そうな盗賊も『何言ってんだこいつ』と言う顔をしている。


「何言ってんだこいつ」


いや、実際に何処からか台詞が聞こえてきた。


「見た目通り唯の盗賊が襲ってる場面だとは思うが、もしかしたらその明らかに身分の高そうな馬車に乗ってるやつが権力振りかざして民衆を盗賊もどきに落として復讐されている場面かも知れない。もしかしたら実戦形式の盗賊に襲われてる設定の護衛の訓練かも知れない。もしかしたらな。だから、一応どっちが悪いか聞いてやる」


それを聞いたオレンジ色の髪をしたガラの悪そうな若い護衛が切れた。


「ざっけんな!普通にこいつらが悪い盗賊に決まってんだろ。お前格好も変だしホーンラビットなんか乗せて頭おかしいんじゃねぇのか!?」


確かに着物は彼らから見たら変わっているし、従魔にするほど強くも無いホーンラビットを連れた春澄はおかしく映るだろう。

普段の春澄なら『そうだな』で済ませただろうが、現状その事実を口にしてしまうのは些か分が悪いと言う物だった。何より『ホーンラビットなんか』と言われてもやもやする程度には、春澄はこの白い生き物を気に入っている自覚があった。


「なるほど、悪人は護衛の方だったか」


そう言って春澄が盗賊達を絡めてる蛇のみ解こうとすると、最初の護衛が慌てて縋った。


「頼む、待ってくれ!おいクラウス、状況を考えられないなら口を閉じてろ」

「だって隊長!」

「………半分は冗談だ。それで解放するわけないだろ」


本気で焦っている護衛を見て春澄はすぐにネタ晴らしをして、盗賊も締めなおす。両方から恨みがましい視線を感じるが、面倒なのでこのままの状態で放置して通り過ぎたらどうなるだろうか、と彼らにとって非常に物騒な事を考えていると、護衛達が庇っていた馬車の扉が小さく開いた。


その中からは、16歳くらいだろうか、金色の髪を緩く巻いた少女が青色の瞳をぱちぱちと瞬かせて春澄を見ている。

その辺で簡単にお目にかかれないような美少女だ。

馬車の中で誰かと話し合う様子を見せてから、もう少し大きく扉を開けた。


「こんにちは」

「…こんにちは」


誰もが見惚れそうな笑顔でにっこりと少女に挨拶されたが、春澄は相変わらずの無表情で返した。人付き合いは苦手だが、挨拶はきちんと返すのが師範の教えなのだ。

少女はほんの一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにもとの笑顔に戻った。

見惚れる様子のない春澄の態度が気になったのかもしれない。


「外に出たら、私も拘束されますか?」

「いや、大人しくしてるのなら何もしない」


では、と馬車内から伸びる手をかわしながら、少女が優雅に降りてくる。周りの護衛が数名止めているが、動かない身体ではどうにもならない。何名か『また悪い癖が…』と呟いている事から、頻繁に周りに手を焼かせている少女のようだ。確かにこんな状況で普通の少女はにこやかに馬車から出てきたりはしない。


地魔法で出来た蛇に拘束された者たちにきょろきょろと視線を這わせながら春澄のもとへ近づいてくる。馬車の中からは少女によく似た壮年の男性が、呆れた顔をしながらも心配そうにこちらを見ていた。



お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ