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6.新しい出会い

「…なっ、何だよお前!」


我に返ると1人は怯えたように、もう1人は警戒心を露わに後ずさりながら、彼らは半分になった剣を春澄に向ける。無いよりはマシだと思っているのだろう。

対する春澄は刀の切先を下げたままだ。


彼らを正面からよく見てみると面立ちが非常に似ていた。恐らく兄弟なのだろう、弟の方は十代半ば、兄の方は二十歳前後で、春澄と同じくらいに見える。どちらも茶髪に碧眼で、顔を険しくして春澄を睨んでいた。


「悪いな、こいつにちょっと用があって。譲ってくれないか?」

「はぁ!?何言ってんだよ。横取りするつもりか?俺達の獲物だぞ!」


春澄はちらりと自分が庇ったものに目を向けた。

そこに居たのは20cm程の小さくて真っ白いホーンラビットと呼ばれる魔物だった。彼らに切られたのか、足から血が出ている。


「もちろんタダでとは言わない。力技で譲って貰うのは簡単だが、弱いもの虐めがしたいわけじゃないんだ」

「何だと!」


暗に相手にもならないと言われて弟の方が激昂したが、兄がそれを手で制す。


「フィルス、落ち着け。言い方は気に入らないが、確かに俺達じゃこいつの相手にならない」

「何言ってんだよ、兄ちゃんCランクだろ!勝てるよ!」

「こいつはそれ以上だって事だよ。見ればわかる。…で、いくらでそいつを買うんだ?」


今にも飛び掛りそうな弟を抑えながら、すぐに力量の差を悟ったらしい兄はあっさりと、だが不本意そうに春澄に聞いた。

弟の言うとおり、Cランクの自分が付いていればそうそう危ない事はないと踏んでいた兄は、予定外の乱入者に少々苛立っていた。


ギルド基準のEランクでようやく一人前、Dランクで一目置かれる程の腕前なので、Cランクの強さとなると信用度は跳ね上がる。

そのCランクの自分が敵わない相手がFランクに分類される魔物に一体何の用事があるというのだろうかと考えながら兄は春澄を観察した。


「逆にいくらなら良いんだ?相場を知らないからそっちで決めて良いぞ」


春澄の返答を聞いた兄は片眉を上げ『へぇ』と含みのある声を漏らす。


「なら、見たところそのホーンラビットは希少種だ。中の魔石は通常より高く売れる。………多めに見て10万ペルってとこだな」

「わかった」

「…は!?」


何故か兄が間抜けな声と顔を晒し春澄を見た。弟の方も驚いた顔をしている。


「何だ?」

「何だじゃねぇよ、こっちが何だだよ。10万ペルなんて冗談に決まってんだろ!?」


ここで兄が春澄に期待した反応は『そんな大金払えるわけ無いだろ』である。

そして、それなら譲れないとごねてやるつもりだった。先ほど戦わずして負けを認めたものの、内心では悔しかったのだ。

さらに今回は冒険者になって日が浅いGランクの弟に、自分が着いている事で安心して狩りに慣れて貰おうと思っていた計画も崩されて、もやもやしたやり場のない気持ちを消費したかったのもあった。

しかし春澄の反応でまたしても計画は崩れた。


「いや、相場を知らないって言っただろ?つまりそれは高いのか?安いのか?」

「知らな過ぎだよ!ホントは3000ペルくらいだよ」


先ほどまでの剣呑な雰囲気はどこかへ行ってしまったようで、がしがしと頭を掻いた兄は『くっそ、調子狂ったわ…』とぼやいている。


「金には困ってないから最初の額でも構わないぞ。そっちが決めて良いって言ったのは俺だからな」

「…別に良いよ。無知なやつを虐めたいわけじゃないんでね」


ニヤリと笑った兄に、先ほどの仕返しなのだと気づく。

兄としては、先ほどから表情の変わらない春澄の変化を期待していたのだが…


「お前な…もうちょい反応しろよ」


全く気にしたそぶりの無い相手に兄の方が不満顔だ。


「何だ、さっきの気にしてたのか?お互い事実だろ。弱いのも無知なのも」


そう言われた兄はぽかんと春澄を見つめた後、朗らかに笑った。


「はははっ!まぁそうなんだけどな。そうか、お前正直なんだな」


弱いもの虐めなどと強い者が口に出す時は、大なり小なり見下しの気持ちが含まれているものだ。だが春澄の言葉は唯単に事実を言っただけだった。


「じゃあ、ちょい多めで5000ペルでそのホーンラビットをお前に譲るって事でどうだ」

「ああ、悪いな」

「もう良いって。でも何だってその魔物の為にそこまでするんだ?確かに希少種は珍しいけど、ホーンラビットの希少種なんてそんなに価値ないぞ」


春澄に渡された金をしまいながら、兄はもっともな疑問を口にする。

魔物は魔石と言う第二の心臓のようなものを身体のどこかしらに持っているのだが、希少種の魔石は通常より大きかったり変わった色をしている為高く売れる。だがいくら希少種の魔石が高くとも、この希少種は通常より小さい為毛皮も安い。つまり売ったとしても、下手をしたら普通のホーンラビットより安い可能性があった。


ホーンラビットは小さいものでも30cm、大きくなると1メートルほどにもなる、金色の角を持った黒い目の魔物だ。

素早い動きと鋭い爪がやっかいではあるが、この世界では小さいサイズはFランクに分類される。Fランクと言うと、冒険者ではまだ半人前のランクの為、それほど危険視されない分類にされている事になる。


大きいものになるとEランクになり、動きさえ封じる事が出来ればたいした事は無いと言われているが、大きいものはまれに長い耳を使って鋭い打撃を与えてくる事もあるから要注意だ。

所詮耳だと侮っていると、意外に重い攻撃が来る。そのくらいの大きさになれば魔石も毛皮も大きい為値段も上がる。


春澄はゲームではホーンラビットの事を可愛いなど思った事は無かったが、この助けたホーンラビットは大変可愛らしい見た目をしていた。


20cmの小さな身体に、小さな耳が鼻と連動するようにぴくぴくと動いており、耳の間にはこれも小さな銀色の角が生えている。目はくりくりとしていて、藍色と深紅色のオッドアイだ。

真っ白の毛は、兄弟と戦って土と血で汚れているが、洗えばふわふわとしてさわり心地が良さそうだ。全体的に丸いフォルムが何とも和みを誘う。


「希少種とかホーンラビットとか関係ないんだ。ただコイツに用がある」


ますます謎が深まる春澄の言葉に、兄弟は頭を捻ったが、それ以上聞いても無駄な事を悟って黙した。春澄も金は払ったし交渉は済んだとばかりに、ホーンラビットを無造作に抱えて帰る素振りを見せた。


兄弟達も目配せをし、帰ろうとしたところで春澄に呼び止められる。

そういえば、と言いながら春澄が何処からか剣を2本取り出したのを見て兄は一瞬警戒したが、それが投げて寄越されたのを見た2人は慌てて受け止めた。


「壊れた剣の代わりだ。こんな森の中じゃ剣が無いと困るだろ」

「あ、ああ。助かるけど良いのか?」


兄は戸惑っているが、剣が無いと困るのは事実なので断ったりはしなかった。

弟の方は剣よりも、春澄が何も無いところから剣を出した事の方が気になるようで『収納アイテムすげー、本物だ』と羨ましげにしている。

異空間収納(インベントリ)のように、多くを収納できる物は容量の小さいものから大きいものまで魔道具として、主に袋の形で出回っているが、剣2本入る大きさとなるとだいぶ高価になるので、弟には手が出せない憧れの品物なのだろう。

もっとも、春澄のは袋などではなく春澄自身に付加されたスキルなのだが。


「かまわない。俺が無駄に折ってしまったからな。…じゃぁな」


今度こそ迷い無く背を向けた春澄を、兄は何となく名残惜しそうに見つめていたが、弟の方は無意識に貰った剣を抱きしめながら、慌てて一歩前に出る。


「いいか!いつかすっげー強くなって、お前なんか負かしてやるんだからな!忘れんなよ!」


その言葉に反応した春澄は振り返って、ふっと小さく笑った。


「そうか、それは楽しみだ」


嫌味でもなんでもない心からの返事と、やっと動いた春澄の表情に兄弟揃って固まってしまったが、それを見ないうちに春澄は歩き出した。


「…無表情が笑うと破壊力があるな」


暫く放心していた兄弟だったが、貰った物を早速腰に着けようと剣の確認をしてさらに固まった。


「おい!何だよこれ!!」


それは最近Cランクになり大分稼ぐようになった兄にとっても気軽に手が出せない程高価な、聖銀(ミスリル)で出来た剣だった。

魔法の使えない冒険者は戦いの最中に剣が折れると命取りな為、当然丈夫な剣を欲している。

聖銀(ミスリル)のその硬さは数ある鉱物の中でも上位5位に入るだろう。そしてこれは丈夫なだけでなく、通常の剣では倒す事が出来ないアンデッド系の魔物に非常に有効なのだ。


武器屋や宝石店などで飾られているのを見ているだけだった物が、目の前に自分達の物として手に納まっているという事実はなかなかの衝撃だった。

春澄は元々収集癖があり、ダンジョンや敵から奪った物などを大量に所持していた。


コレクターは無駄に物を取って置いてる事があるが、春澄も似たようなものだ。だがコレクターの場合回復薬(ポーション)を集めに集めて結局勿体無くて使わない、なんて事が良くあるが、春澄が彼らと違うのは使うべきなら貴重なものでも使うし、必要ならばあっさり手放すところだ。


『魔王になれる角ヘルム』もそんな感じで取っておかれたのだが、まさかあんなところで活躍するなどヘルム自身も思って居なかっただろう。


春澄にとっては2人に渡したものは数ある中のたった2点なので大した事は無かったのだが、兄弟にとっては大問題だ。 返そうにも春澄の姿は見えなくなっているし、返したとしたら今は大変困る。

身の丈に合わないものを持ってしまった不安と嬉しさからの高揚感で、彼らは暫くは挙動不審になるのだった。


兄はこれを使うのは次の剣を手に入れるまでにして、いつかBランクに上がる事が出来たらありがたく使わせてもらおうと決めた。弟にもよく言って聞かせ、後で預かって厳重に保管するのが良いだろう。

興奮する弟を宥めつつ帰る兄が、お互い名乗っていない事に気づくのは宿に戻って一息ついてからの事だった。




街道へ戻った春澄は抱えていたホーンラビットを下ろすと、浄化(クリーン)で身体を綺麗にして、下級回復薬を飲ませててやった。 下級回復薬は少し深い程度の傷までなら治せる薬だ。


「ほら、これで良かったか?」


何らかの方法で自分の頭の中に助けを求めたホーンラビットの望みは、恐らく兄弟から助けてもらう事だったのだろうと思い、これで満足したか、と頭を撫でてやる。


「もうさっきみたいに話しかけるのは出来ないのか?」


話しかけて少し待ってみるが、あの時感じた不思議な感覚が来る事は無かった。もう一度聴いてみたかったので残念に思ったが仕方が無い。


「じゃあな、お前ちびだし弱そうなんだから、何か危ないもんが来たらちゃんと隠れてろよ」


別れを告げ、寄り道した時間を補うように春澄はまた走り出す。


(そのうち鶴の恩返しみたいに、人の姿になって恩返しにでも来たら面白い。異世界だしな)


…等と考えていたのは10分前の事。あれからずっと、着かず離れずで数メートル空けて小さな気配が追ってきていた。

懐かれてしまったのかと溜息をついて立ち止まると、後ろの気配も慌てて止まっているのが分かる。


「お前、どこまでついてくる気だ?」


木の陰から顔を半分だけ出してこっそりこちらを窺っているホーンラビットを見て、思わず可愛いなと思ってしまったのは内緒だ。

唯でさえ可愛いのに、その仕草はずるいのだ。


「ったく…ほら、こっち来い」


しゃがんで手を差し出してやると、おずおずと近づいてきたホーンラビットを抱き上げてやる。この小さな体で春澄の速度に合わせて走り続けるのはだいぶ無理をしたのか、心配になるほど鼓動が早く息が上がっていた。

春澄は体力回復薬もついでに飲ませてやると、少し迷ってから自分の頭の上にその生き物を乗せた。


「落ちるなよ」

 

思った以上に頭にしっかりフィットする感覚に、心地よさを覚えた事を意外に思いながら、今までより少し速度を遅くして走り始めた。

お読みいただきありがとうございました。

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