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5.出発

外を目指し歩き、2回曲がるとあっけないほど外の光が見えた。

恐らく30メートルも歩いていないように思う。この世界に来て外へ出るのは初めてだったので今まで気にしていなかったが、春澄が召喚される前は夜だったのに、今は太陽の高さから言って昼前後のようだ。


春のような柔らかな日差しが降りそそいでいるが、その爽やかさを堪能する間もなく無粋な声が割り込んだ。


「なっ!いつの間に!何処から入った!?」


これだけ出口まで近ければ洞窟内に見張りが居なかったのも納得だ。外に出ると早速見張りの兵士が4人、春澄に剣を向けてきた。

まさか外からではなく、中から不審者が出てくるとは思わず焦ったのだろう。1人の兵士が剣をきちんと掴めておらず落としそうになっている。


「何者だ!」

「この中で召喚されて来た者だが?」


なんでも無い事のように春澄から告げられた言葉に、途端に戸惑った雰囲気が漂う。実際、春澄の言葉は間違っていない。


「勇者様?しかし他の魔術師様方が居られないぞ」

「だが中には誰も入れてないんだぞ。城からの転移陣か召喚陣しかありえない」

「変わった服装だぞ、本当に勇者様かもしれん」

「おまえ、城に連絡を取れ」


春澄に緩く剣を向けたまま話し合う兵士を横目に、春澄はさっさと歩き出した。


「待て!いや、お待ちください!」

「今早急に確認を取りますので!」


1人が何処かへ消え、残りの3人が慌てて引きとめてくる。だが春澄が止まる事は無い。春澄がたった今、王城で彼らの仲間を1人で制圧して来たところだと知ったら彼らはこんな下手には出なかっただろう。


「それはお前達の都合だろ。俺が待つ理由は無い」

「えっ、いや…」


勇者かもしれない不審者を扱いあぐねた兵士はおろおろと数メートル付いてくる。

勇者だとしたら失礼があってはいけないが、このまま行かせるわけには行かないと思ったのか、結局持っていた剣は腰に戻して春澄の前に3人が手を広げて立ちはだかった。


「…仕方ないな」


春澄が小さく呟いたそれは、兵士達には待つのを仕方ないと言ったのだと受け取れただろう。彼らは安心した顔で構えを解いたが、春澄は歩みを止めず兵士達の側まで歩いて来た。


「あの、お待ち頂くのはあちらで…」


誘導しようと手を伸ばした兵士の身体がぐるりと回った。


「うぐっ!」


兵士の背中が地面に打ち付けられ、息がつまった声が漏れた。一瞬意識が飛んでいたのか暫く動かなかったが、1人が徐に起き上がるとぶつけた頭と背中をさすりだす。

最初に起き上がった彼が他の2人も同じ状態なのを確認すると、慌てて周りを見回した。しかし彼らが引き止めたかった人物は居らず、自らの失態を悟り途方にくれた顔をするしかなかった。




洞窟を抜けた先には道が3つあった。洞窟があった小山に沿うように続く左右の道と、正面の森に囲まれた道。取り合えずは正面の道を春澄は選んだが、最初は兵士達に見えないように森の中を進み、大分時間が経ってから道へ戻った。


歩きながら、春澄はこれからどうするのかを考えた。まずは道なりに適当に進み、町へ辿り着けたら食べ物などの買い物だ。旅をしながら依頼を果たすのも悪くはないが、こちらの世界に慣れるまではどこかへ落ち着きたい。

問題はどの国へ拠点を置くかだが、この国は当然論外だ。


春澄は自分の左の中指にはめた指輪を見る。指輪の示す先は春澄の進んでいる方向とはずれているが、明らかに森の中を突っ切らなければならなそうだし、森が何処まで続いているかも分からなかったので道なりに進むことを優先した。

腹が小さく鳴る。そういえば夕飯前に召喚された為、身体は栄養を欲しているようだ。まずは町へ出て腹を満たして、それから考える事にした。


「よし」


何か異世界らしい珍しい料理はあるだろうかと期待しながら、春澄は飯の為に早く街に出られるよう祈った。



暫くすると4メートル程もある高さの壁と裏門のような小さな扉に突き当たった。

その向こうには巨大な城が建っていて、どうやら春澄が町へと続く道だと思っていたものは、ただの城へ直通の道だったらしい。拍子抜けした春澄だったが、城があるという事はこのまま城壁を辿っていけば城下町か何かへ出られるかもしれない。


城壁を左方向に進み暫く行くと建物が見えたが、街と言うには一軒一軒がものすごく大きかった。それぞれ家の門には私兵らしき者が立っており、あまり人は出歩いていない。通りを歩いていると馬車と何度か擦れ違ったので、この辺に住む金持ちや貴族か何かはあまり歩かないようだ。門番から見た春澄は不審者に見えるらしく、しきりに不躾な視線を向けられた。どう見ても飯屋があるとは思えない街並みに、自然と春澄の歩は早まった。



暫くすると漸く人通りが増えて、賑やかな街並みが見えてきた。

何処からか良い匂いがして来たので、それを辿っていくと屋台が並んでいる市場に出くわす事が出来た。服装が珍しいせいか、時折視線を感じるのは仕方ないだろう。

端にあった屋台を早速覗いてみると、焼き鳥のように串に刺して焼いてある肉を見つけ、春澄はその屋台に居る白いバンダナを付けた色黒の男性に声をかけた。


「それ、一本くれ」

「はいよー、ホロ鳥の串焼き1本100ペルだよ」


この世界の金の価値を思い出しながら大銅貨と串を交換し、早速食べてみるとなかなか旨かった。食感は鳥もも肉の柔らかさ、味はタレが付いていて元の肉の味が分かり難いが、豚肉特有の甘みを僅かに感じた。

ホロ鳥と言っていたが、実は見た目は豚に似ているのだろうかと春澄は想像する。エーデルが魔物も食べられると言っていたので魔物の鳥の可能性も否定できない。


「おっちゃん。この美味い串焼きを売ってるおっちゃんにちょっと聞きたいんだが」

「おうおう、なんだい」


店主は串焼きが褒められて嬉しそうに応じた。


「これから他の国へ旅するところなんだが、飯の旨いおススメの国とかないか?」

「そうだなぁ、どこの国もそれぞれ名産はあるが、メランジュ王国なんか割と近いしどうかなぁ。もともと魚介も肉も農産物もいろいろ生産に力を入れてたんだが、あそこの国王がかなりの美食家だっつーんで、ちょっと前から料理にも力を入れてるらしいぞ。素材も良いし、味付けも美味いって評判だ」

「へぇ。メランジュ王国ってのはどっちの方向だ?」

「ほら、あっちだ。あの山見えるだろ?あの山脈越えればすぐメランジュ王国だし、そっから王都まで馬車で2日ってとこだろうな」


店主の指差した方角を見ると、確かに遥か遠くに山が見える。普通に行けばかなり時間が掛かるだろうが、見えている目印があるなら春澄には問題なかった。

ちらりと指輪を確認すると、運の良い事に山脈の方向に薄く光っている。


「そうか、ありがとう」

「おうよ、旅のついでにもう1本どうだい?」

「そうだな、気に入ったから30本貰うよ」

「ホントか!綺麗な兄ちゃん気前が良いな。まいどありー!」


店主の褒め言葉に春澄は苦笑いを返す。やはり異世界でも褒められ方は綺麗なのかと少し落ち込んでしまった。先に金を払い串焼きを待っている間に世間話をしていると、店主が気になる話題を出してきた。


「しかし兄ちゃん、護衛もつけないで1人で旅するのかい?」

「ああ、そんなに弱いつもりは無いから大丈夫だ」

「そうかい?盗賊ももちろん心配だが、最近は魔物も活発になってきてるからなぁ。ついに魔王到来かーなんて言われてるけど、怖いねぇ」


怖いと言いながらあまり現実味を感じていないのか、店主の表情は普通だ。それよりも春澄によって大量に注文された串を焼くことに集中している。


「魔王の姿が実際に確認されたわけじゃないのか?」

「さぁなぁ。魔物が強くなってるからってだけで、皆が勝手に言ってるだけだからなぁ」

「そうなのか…」


やはりエーデルの言うとおり、魔王が確認されたわけではないらしい。城での王達の様子も何か隠していそうだったし、権力者が魔王の存在を隠してるなら民衆は知らないのだろうが、本当に現れていないと言う可能性の方が高そうだ。


まぁ居たとしても自分の拠点付近に現れなければ何でも良い、と春澄は思う。

魔王と戦うのは良いが、それだとアルカフロ国王の希望を叶えるようで癪に障るのだ。


「はいよ、ホロ鳥30本おまちどうさまー!」

「どうも」


ありがとよー、と店主の間延びした声を聞きながら、別の屋台へ向かう。他の屋台でもお勧めの国を聞いてみたが、やはりメランジュ王国が人気だった。

一通り買い物をし、結局ホロ鳥以外に異世界らしい食べ物に出会うことも無く目新しいものも無い屋台で飯を済ませてしまったが、辺りに漂う美味しそうな匂いと少しづつ食べ歩いているうちに腹が満たされた事に春澄は満足したのだった。


そして人気が無く山脈が見える場所に移動し、辺りを見回して誰にも見られていない事を確認すると、春澄は山脈を見つめたまま一気に転移(テレポート)した。




行った事の有る場所、または目に見えている場所が転移条件だ。つまり、遥か遠くに見える山脈の、木々で遮られた地面には降り立てない。

その為春澄は山脈の頂点に位置する木の上に出ると、予想より意外に柔らかかった木の枝の上でバランスを取るのに苦戦しつつ、山頂に来た事によって見えるようになったメランジュ王国と思われる街を眺めた。


転移(テレポート)を使って楽をしてしまったが、ここから街まで更に転移(テレポート)を使うなど流石にそこまで楽はしない。

何よりアルカフロ王国では、城に勤められるほど優秀なはずの魔術師が魔法陣を使って転移していた事から、この世界ではあらかじめ用意された転移魔法陣から転移魔法陣へでなければ移動できない可能性が高い。


春澄のように魔法陣も無しに街に転移(テレポート)したら目立ち過ぎるだろう。それにあまり使う事に慣れて楽をしすぎるのもよくない。

転移(テレポート)は使っても、出来るだけ1日に1回にしようと決めた。


木が線のように途切れている場所を見つけ、街道である事を願いながら木から木へ移動し少しずつ下りていく。

予想通り街道へ着き、メランジュ王国らしき方向へ歩いていくが数分歩いて全く変わらない景色に、これではいつ着けるかわからないと思った春澄は走って行く事にした。


森で囲まれた代わり映えの無い景色がどんどん後ろへ流れていく。前の世界なら多少なりとも感じただろう疲れも、この世界に来てからまだ訪れてはいない。便利な体になったものだと春澄は思う。




何時間か走り、疲れても居ないが休憩と言う名の早歩きで進んでいた時の事。

頭の中に直接響く声が聞こえた気がして歩みを止めた。何を言っているのかはよく分からないが、悲しいような、助けを求めているような、そんな気がした。


それに誘われるように街道から外れ森へ入って行くと人の声が聞こえたが、春澄が聞いた声の主では無い。取り合えず不思議な声の主もそちらへ居るようだし、そのまま人の声のする方へ向かった。


耳に聞こえる声が大きくなり、2人の若い男がこちらに背を向けるようにして何かを木の根元に追い詰めているのが見えた。もう頭に声は響いてなかったが、直感であの根元に居るモノが自分を呼んだんだと感じた。


「よし!もうちょっとだ」

「油断すんなよ。こいつすばしっこいんだからな」


皮で出来た鎧で胸や腕を覆った冒険者らしい装いをした彼らが剣を振り上げたのを見て、反射的に春澄は走り出した。助ける義理はなかったが、先ほど頭に響いた音色が気になったせいだ。たまにはこういう気まぐれも良いだろう、と春澄は自分に言い訳をする。


カキンと甲高い音が間を置かず2回響き、音の原因が少し離れた地面に突き刺さった。冒険者らしき2人は、目の前に現れた変わった服装の男を見て、次いで自分達の半分無くなった剣へ狐につままれたような目を向けた。




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