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遅いどころではなくて本当に申し訳ありません!
覚えている方いらっしゃるでしょうか。
あらすじ
街で買い出しをしていると、以前一緒にパーティーを組まないかと誘ってきた露出の高かった女冒険者シトリーと再会する。その時は手ひどく断った春澄だが、再開した彼女は心を入れ替えており、町を案内してもらう事になった。その日行動を共にするが、偶然シトリーの元婚約者、イズールと出会う。
イズールは春澄をシトリーの恋人だと勘違いし、春澄に勝負を挑む。断ろうとした春澄だったが、なんとイズールの剣に春澄が探している欠片と同じ色、似た気配の薄紫色の装飾品が付いていた。
シトリーからの申し出を受け、春澄はイズールの勝負を受けることに。勝負の方法は、馬車で三日後にギリギリつく距離で行われる、五年に一度の珍しく美味くて強い魔物を狩ることが出来る祭りでどちらが多くポイントを獲得できるか。
春澄が勝てばイズールの剣を貰い、イズールが勝てばシトリーはイズールのもとへ帰らなければならない。
狩りの申し込み会場へ向かう為、春澄達は乗合馬車まで行く事にしたが……。
シトリーに案内され、春澄達は乗合馬車の停留所へと来ていた。だが着いたそこで見たものは、明らかに馬車の乗車人数を超える待ち人達だった。
待機中の列は道を塞がないように考慮されているのか、建物に沿うように角で折れ最後尾がどこまで続いているのか見る事が出来ない。いつ乗れるかも分からないそれを見て、シトリーは不服そうにつぶやく。
「失敗したわ。こんな事も予想できなかったなんて」
「なんだ、あの人数は」
春澄は、乗合馬車に対していつもこれ程列があっただろうかと記憶を辿ろうとしたが、普段は周囲の景色を意識していなかったのでどうだったか思い出せなかった。だとしても、これ程の列はあまり見かけなかったように思う。
「あれは私達と同じ場所に行く人達よ」
そう言われ、春澄は並んでいる人々を眺めまわす。
「……あの中で、戦闘が出来るような人間は少ないようだが」
「参加者としてじゃないのよ。確かに狩りに参加できるのはCランク以上だけど、周囲では祭りみたいなこともやってるから皆それが目当てなの」
「そんなに豪華な祭りなのか?」
「私も行った事がないから噂でしか知らないんだけど、狩り場の外では巨大な魔術モニターがいくつか設置されて、狩りの様子が見られるようになっているらしいのよ。それに、参加者によって狩られたものは一部を主催者が買い取るんだけど、それが祭りで売られる一番の目玉商品」
「なるほど」
その魔物がどれ程の美味さかは分からないが、何しろ五年に一度しか手に入らない上に、狩りに参加するにはある程度の強さが必要なのだ。一般人にとってはどんなに混雑するイベントだとしても行きたいだろう。
そして金さえあれば何日も前から町へ向かい宿泊して待つ人も多いだろうが、その間の宿代や食事代などの出費を考えれば、こうしてギリギリに出発する人間が多くいても不思議ではない。
シトリーがどんよりとした空気を醸し出し額を押さえた。
「あーもう……、これじゃ間に合わないかも。……ごめんなさい、偉そうに『景品になってあげる』とか言いながら。もっと状況を考えるべきだったわ……」
「いや、謝る必要はないだろ。俺だって移動くらいなんとかなると安易に考えていたからな」
どうしよう、と眉を寄せるシトリーの横で、ユキが心配そうに春澄を見上げた。その頭に手を乗せながら春澄も他の移動手段を考える。真剣に考えている様子のシトリーとは違い、春澄にはそこまでの焦りはない。
何しろ春澄には『転移』というものがある。行った事のない場所なので直接現地には行くことが出来ないが、同じ方角へ適当に転移すればかなりの時間短縮になるだろう。
だがその方法で何度も転移すると、この世界に来た時に自ら定めた『転移は一日一回』ルールに反する事になってしまうので、その後はどちらにせよ馬車などの乗り物が必要になるが、どこに行こうと乗合馬車が混んでいる事実には変わりないだろう。
となると転移は根本的解決にはならない。
「そういえば、さっきのやつは飛竜で行くって言っていたが、飛竜っていうのはどっかで借りられたりしないのか?」
「えっ?」
春澄の突然の問いに、シトリーはぽかんと口を開けて振り返った。春澄は何か変な事を言っただろうかと首を傾げて返した。尋ねる事が不自然なほど、借りられたりする事が当たり前の事なのか、またはその逆なのか。
「えっと、それは無理ね。飛竜と従魔契約している数少ない人間を御者としてあいつの家が特別に雇っているだけだから、一般にはありえないわよ」
どうやら後者だったようだ。
「そうか。なら馬車は? その辺で借りられたり売ったりしてないのか?」
「馬車もそんな簡単に言える値段じゃないんだけど……そうよね、多分貴方にとって値段はそんなに問題じゃないのね。うーん、可能かどうかで言ったら、借りられるし買えるわ。馬車を借りたり買ったりできるような経済力がある人なら数日前から町へ向かっているだろうからこんな状況でも空きはあるかもしれないし。……とりあえず、私の知っている店に行ってみる?」
「ああ」
足早に歩き出したシトリーの後を追いながら、春澄はこれが駄目なら飛んでいくしかないだろうか、と最終手段を考えていた。
移動した先は、重量感のある外観の倉庫のような場所だった。開いている入口から覗いてみると馬車用の車がずらりと並んでいる。日本で見る人力車に似た小さなものから、どこかの令嬢が乗っていそうな真っ白なもの、二台連なっているものなど。簡素なものから、身分の高そうな者が乗っていそうな豪華なものまで様々な種類の馬車があった。
客に気づいた店員がにこやかに近づいてきて、片手を胸元に当て綺麗に腰を曲げた。
「ようこそいらっしゃいました。我がルペリオール商会へ、私、案内役のマシューと申します。本日はどのようなご用件でしょうか」
春澄がよく利用している宿である『天空のゆりかご』の店員とまではいかないが、なかなか洗練された身のこなしの人物だった。
馬車という高級な物を求めてくるのは必然的に金持ちや貴族などが多くなるため、店員にもそれなりの丁寧さが求められるのだろう。
「急ぎなんだけど、今すぐ用意できる馬車はあるかしら? 貸出か売出かは問わないわ。あと御者も」
「はい、どちらもご用意可能でございます。当店のご利用は初めてでしょうか?」
「彼らは初めてだから、説明をお願い」
そう言い、ここからは任せたとでもいうようにシトリーが春澄に視線をやってから後ろへと下がった。代わりに春澄が一歩前へ出る。
「かしこまりました。当店は客車・荷車共に貸出販売を行っておりますが、御者と馬は派遣という形を取らせていただいております。王都より外出の際は御者と馬車の安全を守るため、冒険者を雇うなどの安全対策を取っていただける方へのみ派遣させていただいておりますので、ご了承のほどよろしくお願いいたします。また、御者や馬はお選びいただくことも出来まして、その者や馬の経験や体力などのレベルに応じて派遣代金を設定させていただいております。簡単に説明させていただきましたが、問題はなかったでしょうか?」
「ああ。俺自身や仲間が冒険者だから大丈夫だ」
「冒険者の方々でしたか。失礼ですが、差し支えなければランクをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「Aランクが二人とFが一人、Dランクが一人だ」
「なんとっ! Aランクの方が二人も!」
春澄が証明としてギルドカードを見せると共にランクを口にすると、マシューが目を見開き驚きの声を上げた。奥の方に居た他の店員が、大きな声に何事かと振り返る。自身の失態を恥じたマシューは一つ咳ばらいをし、姿勢を正した。
「大変申し訳ありません……Aランクの冒険者様などめったにお会いする事はございませんのに、お二人も居らっしゃったもので思わず取り乱して今いました。安全面では全く問題ありませんね。今回は、どのような馬車をご希望でしょうか」
「広めの座り心地が良くて揺れが少ないものがあれば買いたい。…………あと冷暖房が完備してあるやつで、他にも便利そうな機能が付いている良いものがあれば。予算の上限は特にない」
春澄は馬車には詳しくはなかったが、乗合馬車の座り心地が良くなかった事と、以前国王の馬車に乗った時にリディアが冷暖房完備だと言っていたので、可能なのだろうと思い出した条件だ。
「かしこまりました。実はお客様にご案内したい最上モデルがございまして、よろしければ奥までお越しください」
マシューは『予算の上限は特にない』という言葉にまた僅かに目を瞠ったが、『Aランク冒険者が二人』という事実の後では驚きも少なかったのか、すぐに気を取り直し案内を開始した。
すると後ろからシトリーが焦ったように小さな声で話しかけてきた。
「ちょっとちょっと!」
「なんだ」
「最上モデルの馬車って、いくらすると思ってんのよ!」
「知らないが、気に入らなければ買わない。見てみないと分からないだろ」
「貴方ねぇ」
「……ケーキ屋の時もそうだったが、お前意外としっかりした金銭感覚なんだな」
「貴方に比べたら割と皆しっかりした金銭感覚だと思うわよ……」
呆れた視線を向けられたが、春澄としては特に金銭感覚が可笑しい自覚は無いので何とも言えない。無いなら無いで過ごすし、有るなら使うというだけだ。何しろ今は、将来の事を考えてある程度金を残したとしても、使い道に困るほど余るのだから。
紹介したい商品はかなり奥の方へあるようだ。取り扱っている商品が大きく数もそこそこ揃っているため、奥へ行くのに数分を要したが、その間、様々な色や形の馬車が並んでいて退屈はしなかった。
そして店員の足が止まり、その前にあったのは気品を漂わせる艶を放つ黒く大きな客車だった。
「お待たせいたしました。こちらなど如何でしょうか。王家の方々にもご愛用頂いているものと同じグレードのものでございます。座面は長時間座っていても疲れにくく、走行時の振動は特殊な魔術陣により吸収されますので室内に居るかのような感覚で移動する事が出来ます。ご希望通りの冷暖房完備はもちろんの事、外装は非常に頑丈で、物理はもちろん魔法攻撃も防御する効果が付いております。お気に召しましたら実際に馬に引かせて試乗する事も出来ますので、お申し付けくださいませ」
流れるように説明された機能は最上グレードというだけあって素晴らしいものだった。座面に浮遊のアイテムでも付けたいと思っていた春澄だったが、これならその手間もない。それに今度国王に良い馬車を紹介してもらおうという話はしていたのだが、これが王家愛用というのであればその手間も省けた。以前乗った王家のものはもう少し控えめな馬車だったが、あれはお忍び用だったためグレードを落としていたのだろう。
店員に開けられた扉を覗くと内装も黒系統でまとめられていて、椅子ではなくソファのような座面のとてもゆったりとした作りになっていた。座席は列ではなく、座った人の目線が皆中央に集まるように壁に沿って置かれており、十人ほどは座れそうだ。
「へえ、すごいな。座って良いか?」
「はい、もちろんでございます」
春澄はユキとシドに手招きし中へ入る。広い室内にもかかわらず、当然のように春澄の両隣に座ったユキとシドに、店員が微笑ましそうな笑みになったのは不可抗力だろう。
柔らかくも適度な硬さを保つ座面は非常に座り心地が良く、ユキがふやけた声を上げた。
「ふわぁ~、はる様、はる様。これ気持ちいですねぇ」
「ああ、いいな」
「お客様、足元を失礼いたします」
スッと近づいてきた店員が足元から何かを引く。出てきたのはいわゆるオットマンというふくらはぎを乗せておく部分だ。更に背もたれを倒す機能や、真ん中の空いたスペースにボタン一つでテーブルを出現させたりなどいろいろな機能を説明され、そのままの流れで試乗し、文句の付けどころのない馬車に春澄はあっさりと購入を決めたのだった。
御者と馬についてもランクがあるようだが、安心して任せるために御者は経験も豊富で地理に詳しく、馬も体力のあるものを希望し、後から延長も可能という事でとりあえず十日間雇う事にした。
「ではこちらが契約書でございます。客車が五千万ペル、御者と馬が十日間で四十万ペル。合わせて五千と四十万ペルでございます」
春澄は契約書にサインをし、異空間収納から現金を取り出しテーブルの上に乗せた。突然現れた金に、マシューはまるで鮮やかな手品でも見たように感嘆の息を漏らした。そしてなにやら浅い箱中に金を移動させると、一つ頷いた。
「はい、頂いた金額に間違いありません。ではこれにて契約完了となります。早速表の道に馬車を用意いたしますので少々お待ちくださいませ」
そういうとマシューは深く礼をして去っていった。するとシトリーが小さく溜息を吐いた。
「はぁ……まさか本当に最上グレードの馬車を、こうもあっさり買っちゃうとは思わなかったわ……。貴方Aランクとはいえ、まだそれほど依頼受けてないんじゃない? 大丈夫なの? もし全財産とか使っちゃったなら、暫くの生活費は私が出すわよ?」
「お前の中で俺はどれだけ計画性がない人間なんだ? 大丈夫だ。昔貯めたまま使わなかった金をようやく使うようになっただけだからな」
「ちょっと待って、冒険者登録をせずそれだけ稼げるって、今まで一体なにをしてたのよ」
「それは黙秘だ」
「…………まあ、仕方ないわね」
非常に未練の残る視線を向けながらも、シトリーはしぶしぶ引き下がった。相手の手札を無闇に探らないのが冒険者としての暗黙のルールだなのだ。
暫くして用意が出来たのか、マシューに表へと案内された。そこには黒い客車に似合う黒毛の雄々しい馬が二頭と、黒い燕尾服を着た女性が立っていた。藍色の髪は短く、男装の麗人と呼ぶのが似合う。
「紹介いたします。こちらは、その……一応今回お客様の御者を務めさせていただく者なのですが……」
「一応?」
今までにない歯切れの悪いマシューの言い方に、春澄はどういう意味かと返す。すると紹介された燕尾服を着た女性が胸元に手を当て腰を折った。
「初めまして。私はルペリオール社最高責任者、ジゼルと申します。本日は当商社をご利用いただきありがとうございます。今回、私が御者を務めさせていただくこととなりましたので、どうぞよろしくお願いいたします」
「最高責任者が御者を?」
「ええ。うちは優秀な御者が揃っておりますが、Aランク冒険者様の御者を務めさせていただくという又とない栄光。少々無理言って勝ち取ってまいりました。これでも御者としての腕前は自信を持っておりますし、責任者としての仕事は優秀な部下に任せております。どうか、私を御者としてお連れいただきたい」
「まあ、御者として問題ないなら、こちらも文句はない」
おそらく、めったにいないAランク冒険者が二人も居るパーティーと懇意にしておきたいという思いがあるのだろう。春澄が了承をするとジゼルは満足そうにニッコリと笑った。
この時マシューがジゼルを見る視線に呆れを含んでいたが、春澄が気づくことは無かった。だが気づいたとしてもまさか、元々優秀な御者でありながら最高責任者となってからはその身分故なかなか遠くへ行かせてもらえず、今回の春澄達の事を知ったジゼルが『Aランクが二人も居て危険があるわけがない! 私もたまには遠くへ行かせろ!』と駄々を捏ね、他にもAランク冒険者の御者を務めたい者との争奪戦が繰り広げられたのだというような事情を汲み取る事は不可能だっただろう。
こうして、春澄達は狩りの会場へ無事旅立つことが出来たのだった。
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