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「まさか……」
春澄は指で顎を撫でながら、イズールの剣をじっと見つめた。同じ色、指輪の反応。
しかし今までのものと形が違う上に、あれが魔力反応の元とは断定できない。もしかしたら春澄のように膨大な魔力を所持している人間や物が偶然近くにあるのかもしれない。
だが今朝までは確かに指輪の反応は別の方角にあった。そして先ほど彼は今朝まで国に居なかったらしいが、なにか高速の移動手段で戻ってきた事を考えればやはりアレが反応元と考えるのが自然だ。
沼スライムの時も魔法陣は展開されていなかったし、地面などに馴染んでいない場合は魔法陣が出現しないのかもしれない。
ふと、春澄は以前シドが『アレからはなんとも言えない魔力が発せられている』と言い欠片と魔法陣を荒れ果てた地から見つけた事を思い出した。シドなら今までの欠片と同じものかわかるかもしれない、と春澄は隣に居たシドの方へと顔を寄せた。
「シド。あいつが腰に指している剣の柄にある飾り、お前が封印されていた場所にあった欠片と同じものかわかるか?」
「ふむ……」
シドが剣へと視線を向ける。シドの眼にどういった形でものが見えているのか気になるところだが、ほんの数秒しただけでシドは視線を春澄へ戻した。
「主よ、『同じ』かと問われれば、答えは『否』だ。だが主の探し物と同じような種類の膨大な魔力を有している」
「同じような種類? やっぱり指輪はあれに反応してるのか……」
同じとは言えないが、関連性がある可能性が出てきた。だがここで、春澄は自分の取るべき行動に悩む。
もしも彼が、いや、父から譲られた剣だと言っていたので彼の父親などが欠片に関わっているとすれば、様子を見ながら慎重に動くべきなのだろうか。
それとも逆に、剣ではなくあの飾りが欲しいのだと、大げさにアピールして相手の出方を待つのか。
しかし、彼の父親などが偶然それを手に入れただけの無関係な人間だった場合、あの飾りに価値があるのだと自覚させてしまう行動はあまり良くない気もする。
春澄はしばらく悩んだ末、彼の父親にかんする背景は後回しにして、先に欠片を手に入れた方が良いかという結論に落ち着いた。何しろあちらから、勝負の対価に剣を、という話が出ているのだ。
「このまま勝負を受けるのが怪しまれなくて一番いいか……」
「はる様、それだと多分駄目ですよ」
「どうしてだ?」
春澄が小さく呟いた言葉に、何故かユキから待ったがかかった。春澄が首を傾げると、ユキが言葉を続ける。
「勝つのはきっとはる様ですけど、それでも勝負の前にはお互いが勝った時の対価を決めないといけないですよね?」
「もちろんだ。相手の希望はこれから聞くが」
そういうと、ユキがぱちぱちと瞬きをした後、困ったように眉を下げた。なんと説明しようか迷ったのか、少し間をあけてから話し出す。
「…………あの人は、はる様とシトリーさんが恋人か何かだと思っているから勝負を申し込んできたんですよね。だから、あの人のはる様への対価はシトリーさんを引き渡せとかそういったものになると思うんです。けど、その要求をきっとはる様は断りますよね。それにはる様とシトリーさんがそういう関係じゃないってわかってしまうと、勝負自体が白紙になってしまいます」
「…………なるほど」
『勝負を受ける理由がない』という点に着目していたせいで失念していたが、言われてみれば当たり前の事だ。
ユキの言う通り、イズールはシトリーに関する要求をしてくるだろうし、生憎と春澄にその要求をのめるようなシトリーとの親しき関係は一切ないので、断らざるを得ない。そして彼の誤解を解いてしまえば、剣の入手も困難になる。
てっきり春澄もわかっているものだと思っていたユキは、どこから説明するべきか迷ってしまったのだろう。
「……というかユキ、お前本当に成長したな」
「? そうですか?」
しみじみと口にする春澄に、ユキは不思議そうに首を傾げた。
もともと、ユキは春澄の事をよく理解していたり、聡い性格だったように思う。
だがこうして改めて春澄だけではなく他人の心情をここまで理解している場面に会うというのは感慨深いものがあった。
先日人化した時に体が成長したユキだが、体力面の他にも精神が育っているのかもしれない。
なんとなくユキの頭を撫でてから、春澄は少々ずれてしまった思考を戻す。
そうなると剣のみを売って貰いたいところだが、父から貰ったという剣を初対面の人間に売るほど金に困っているとは思えない。再び悩み、春澄はいまだパトリックと無意味な言い合いをしているイズールへと一抹の望みをかけて問いかけた。
「…………一つ聞くが、勝った場合のお前の望みは何だ」
「決まっているだろう。お前が彼女と別れ、彼女を俺のもとへ返す事だ」
「ちなみに勝負は受けずに、その剣を譲ってもらう事は?」
「は? 無理に決まっているだろう」
「まあ、そうだよな」
分かり切った答えに、春澄もあっさりと頷く。やはりイズールの望みに、春澄は応えられそうになかった。
剣は手に入れたいが、流石に無理に奪うという選択肢はない。方法が思いつかない以上今回は見送り、他の欠片や情報などをもう少し集め、その間に剣を譲ってもらう方法を考えるべきか、など春澄が考えていると、シトリーが耳元へ口を寄せてきた。
「ねえ、もしかしてあの剣が欲しいの?」
「ああ。探し物をしていて、関係のあるものかもしれない」
「大事なもの?」
「ああ」
「ふうん」
春澄の答えを聞いたシトリーが、剣へと視線を向ける。そして思案する様子を見せた後微笑んだ。
「いいわ、景品になってあげる」
「…………正気か?」
シトリーはイズールの事を随分と嫌っているように思えた。それなのに自分から景品になるなどと理解しがたい事を言い出すシトリーに、春澄は眉を顰める。
「あいつが貴方より強い、なんて事はなさそうだし」
「だが実際の相手は俺の知らない魔物だし、勝負に『絶対』は無いんだぞ」
春澄が窘めるように声を低くすると、シトリーが何故か嬉しそうに笑った。
「ふふっ、そうね。貴方が負けたらとても困るわね。けど、言ったでしょ。腐った気分で過ごしてきた五年間の価値観を、貴方が変えてくれた。その借りも返したいし、何より『絶対に勝つから』なんて無責任な事を言って私に頼んでこない貴方だからこそ、力になりたいと思うのよ」
「だが、負けた場合お前にとって害があって、勝った場合でも利が無い勝負だ」
「意外と真面目なのね。良いのよ、欲しいものはチャンスがあるときに掴まないと」
こそこそと話をしていると、イズールの不機嫌そうな声が飛んでくる。
「おいっ、お前達距離が近いぞ」
「あら、何か問題でもあるの?」
「不愉快だ」
「そ? 私には関係のない話ね。そんな事より話がまとまったとこよ。この勝負、受けるわ。あんたが負けたらその剣を頂戴」
「……む、そうか。剣一つで君が戻って来るならいいだろう」
「え、本当に良いのか、シトリー。」
『そんな事より』と流されたイズールは不服そうな表情を受かべながらも、勝負が決まった事により続く文句を飲み込んだようだ。パトリックは意外そうに目を開いている。
春澄は自分の勝負の行方に、他人を巻き込むのは好きではない。ましてやシトリーには何の得もない勝負だ。だが本人が言い出した事ではあるし、春澄としては助かる話だった。
故に、しばらく迷った末に最後の確認としてパトリックと同じ問いかけを口にする。
「…………本当に良いのか」
「ええ」
「わかった、受けよう」
春澄がそう答えると、イズールがふんと鼻を鳴らした。
「では三日後、現地で待っている。くれぐれも遅れるなよ。俺達は飛竜で向かうが、馬車ならすぐに出立しないと間に合わなくなるぞ」
そう言い残すと、イズールはパトリックを促し颯爽と立ち去って行った。
嵐のような奴だ、と春澄が溜息を吐いていると、なんとイズールの後を追って歩いて行ったパトリックが戻って来た。春澄の前まで来ると目が合い、へらりと彼が笑う。
何の用だ、と視線で問いかける春澄に、イズールの方を気にしながらパトリックが早口で言う。
「春澄君、だろ。俺はパトリック・ヴェルナー。あいつとの勝負受けてくれてありがとう。それから少し前に国王様や王女様達を助けてくれたことも。詳しい状況は分からないが、君が助けてくれたことだけは知っている。あの一行には俺の兄も居たんだ。だから本当にありがとう。三日後も頑張ってくれ。それじゃあ、シトリーもまた会おうな」
言いたい事だけを言い、春澄達の反応も待たずに去って行った。
「……頑張ってくれ、とは、あいつはどっちの味方なんだ?」
春澄の独り言に、シトリーが胡乱気な瞳でパトリックを見やる。
「基本的にパトリックの味方だけど、勝負はどっちが勝っても構わないのよ、あの人は」
「どういう事だ?」
「昔からそう。私達三人は幼馴染なんだけど、私よりイズールの方が目が離せないって言ってイズールの味方ばっかり。……イズールはあの通り尊大な態度だし思い込みが激くて大嫌いだけど、一度口にした約束は守るやつよ。偏ってるけど正義感もそこそこ強い。けど敷かれたレールをそのまま歩くように生きていて挫折を味わった事は少ないから、なかなか人間としての成長が見られない。だから貴方に負けて挫折を味合わせる事も、あいつの兄のような立場のパトリックとしては好都合な訳。万が一勝てたとしても、それはそれで私が戻って来て万々歳とでも思ってるでしょうね」
シトリーの顔にはありありと不満が浮かんでいる。彼女にとっても兄のようなパトリックがイズールばかりを優先するのはさぞかし気に入らない事だったのだろう。もともとイズールの事は嫌いだったようだが、それに拍車をかけていたはずだ。
「それより、早速出発しましょうか。あいつの言う通り申し込みに間に合わなくなるわ」
「ああ。アルナリア、ミリアリア、今日は案内助かった」
「なんだか途中から割り込んだくせに、最後に変な話に付き合わせて悪かったわね」
参加資格のランクではない姉妹とはここでお別れだ。シトリーから申し訳なさそうに言われた姉妹達だったが、その表情はまるで狩りに出るかのように気合が入っている。
「シトリーさん、今日はお話し出来て楽しかったです。春澄さん、頑張ってくださいね!」
「私達は狩りに参加できないので遠くからしか応援できませんが、あんな男の人にシトリーさんを渡さないでくださいっ」
先ほどまでのイズールとのやり取りには一切口を挟まなかった姉妹だったが、シトリーと同性であるだけに感情移入をし過ぎたのか、イズールへの不服が感じられた。
「あら、応援してくれるの?」
「もちろんです。私達に力があれば勝負に参加したかったくらいです」
「ふふ、ありがと。…………じゃあ行ってくるわね」
春澄達が歩き出し、姉妹との距離が開く。
「ではまた。行ってらっしゃい、お気をつけて」
「またね。シトリーさんとユキちゃん、春澄さん達! 今度またゆっくりケーキ食べましょう!」
姉妹が手を振る。シトリーは一瞬動きを止め、ぎこちなく手を振り返した。ユキも、照れくさそうに手を振り返す。
やがて人の壁に阻まれ姉妹の姿が見えなくなると、シトリーはふっと息を吐いた。
「…………年の近い女の子と普通に話すのも久しぶりだっていうのに『またね』なんて言われると、なんだか照れくさいわね」
「あ、なんとなくわかります。次があるんだなって、嬉しくなります」
シトリーの言葉に、ユキが同意する。春澄にはいまいちよくわからない感情だったが、二人は顔を見合わせ照れくさそうに笑い合っていた。
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