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「あら、貴方の鳥頭でも私の顔は覚えていたみたいね」

「まさか、君とこんな所で会うとは……」

「シトリー、元気そうじゃないか」

「ええ、あなたもね。パトリック」


どうやらシトリーと男達は顔見知りのようだ。パトリックと呼ばれた男とは普通に挨拶を交わしているが、シトリーが睨み付けているイズールとはあまり良い関係ではないらしい。シトリーはイズールを心底見下した表情だ。以前ギルドで噂されていた彼女の評判はあまり良いものではなかったようだが、それに関係する事なら男の方がシトリーを睨み付けているはずだ。

その逆の状況を見て、春澄の頭に先ほど聞いたシトリーの婚約者の話が浮かぶ。

暫く睨み合っていた彼らだったが、イズールの方が先に視線を外した。そして春澄達をぐるりと見渡す。


「君の良くない噂は聞いている。……以前は男ばかりをターゲットにしていたはずだが、最近は女も許容範囲なのか?」

「この人達はそういうんじゃないわよ」

「ハッ、嘘を言うな。君は自分に都合よく利用出来る人間としか行動を共にしないはずだ」

「今は…………ま、そうね。別にあんたにどう思われていてもどうでもいいわ」


男の言葉を訂正しようと口を開いたシトリーは、思い直したのか肩を竦めて溜め息を吐いた。

以前の彼女が、男の言った通りの人間だった事は事実だろう。だがそれを認め変えたいと思っているシトリーは、過去の自分を否定する言葉を吐かなかった。

『どうでもいい』と言われたイズールの口元が僅かに強張る。それに気づいたパトリックが、苦笑いしながら場を取り繕うように声をあげた。


「あー……ところで、俺達はこれから五年に一度の例の狩りへ申し込みに行くんだ。シトリーは参加しないのか?」

「ふん、聞くまでもない。今現在、見るからに弱そうな人間をターゲットにしている最中の彼女には縁のない話だろう」

「おい、イズール」

「一人はそこそこやりそうだが、女三人と、女みたいな弱そうな男では、とても狩りには参加出来まい」


パトリックがいさめるのも聞かず、イズールが言葉を吐き捨てる。典型的な貴族と聞いていた通り、プライドが高そうな男だった。

『そこそこやりそうな一人』は男とぶつかってもよろけなかったシドの事、女三人は姉妹とユキの事だろう。そうなると『女みたいな弱そうな男』は必然的に春澄の事となる。

イズールはどうやらシトリーを馬鹿にしたつもりだったようだが、肝心の彼女は彼の言動に軽く眉を顰めただけだった。

内容に反応したのは春澄だ。僅かに笑みを浮かべた春澄の口から零れたのは、低く冷たい響きの声だった。


「へえ、つまりその狩りとやらの対象はそんなに強いのか」


もともと見た目について言われるのはあまり好きではない春澄だったが、強く見られない事はよくある事だ。

今はなにやら強いモノが居るらしいという興味から質問をしたはずの春澄だったが、流石に『女みたいな』と言われるのはかんに触ったのか、それが少し外へ漏れ出たらしい。

妙な威圧感に気づいたユキが、『あ』と小さく零して隣を見上げた。それに対し自分の状況に気づいた春澄が苦笑し『問題ない』とユキの頭に手を置いた春澄は既にいつもの雰囲気を取り戻している。

イズールは一瞬のその出来事に気づかず、馬鹿にしたような口調で答え始める。


「知らないのか? 当然だろう、何しろ幼体ですらBランクの魔物だ。だが狩る事が出来れば肉は極上、素材は一級品。五年に一度の機会しか訪れない希少な魔物だ」


それを聞いた春澄は『へえ』と頷いてからシトリーの方を向く。


「『申し込み』と言っていたが狩りには資格条件があるのか?」

「単独でBランクか、Cランクならパーティーを組む事が条件よ。参加料が5万ペル。それから当たり前だけど、怪我や死亡も自己責任。けどこれは一種のお祭りみたいなものだから、出来るだけ死亡者が出ないように主催する側でAランク冒険者を雇って巡回させてるわ」

参加料で五万ペル。手に入れられるかわからない肉に対し、結構な出費だ。だが祭りのようなものと言っているし、それほど価値のある肉なのだろう。

「なるほど。……ユキ、シド、何の魔物だか知らないが極上の肉だそうだ。行くか?」

「うむ」

「わ、食べてみたいです」


先日は私的な用事でミストの実を食べに行くという行動をとってしまった為、次はきちんと指輪の示す先へ行こうと考えていた春澄だったが、どうやらその魔物を狩る機会は五年に一度しかないらしい。エーデルにそれほど急がなくても良いと言われていた言葉に存分に甘え、春澄の次の行動への意識は正体不明の魔物へと向いていた。

だがそれを聞いていたイズールが呆れた表情をする。


「なんだ、貴様もしかして参加する気か? それは無理だ。最低でもCランクはなければ」


鼻で笑い飛ばす彼に、春澄は随分前に自分で導き出した仮定を否定した。

ユキが人化しその服を買いに行くときにテリアがDランクの冒険者に絡まれていた事があった。成り行きでそれを助け、DランクとCランクの差について相手の力量を定められるかどうかそのあたりにあるのかもしれないと思った事があったが、どうやらランクに聡明さは付属するものではないらしい。


「それなら問題ない。俺の今のランクはAだ」


それを聞いた彼らはぴたりと動きを止めた。暫く間が空いた後、イズールは笑う。


「おいおい、嘘ならもう少しましなものを言わないか」


春澄の言った事を一切信じていないようで、イズールが肩を竦める。だがパトリックは口元に手を当て思案する様子を見せると『異国の服、Aランク……』と呟く言葉が聞こえた。

姉妹やシトリーに驚いた様子はない。春澄からランクを伝えた事は無いが、異国の服装をした青年が異例の速さでAランクなり、その仲間も初登録の時点でAランクだという噂でも聞いていたのかもしれない。

パトリックが肘でイズールをつつき、注意を引き寄せる。


「おい、お前が今朝までこの国に居なかった間の報告はさっきしただろ? 冒険者の噂になってる最短でAランクになった異例の新人が居るって。彼がそうだよ」

「なに?」


パトリックの言葉に、イズールが表情を険しくさせる。そして一瞬思案し、低い声を出した。


「……シトリーが少し前、声をかけた男に暴行を受けたと報告があったが、その男と異例の新人とやらは同一人物だったと記憶しているが?」

「そうだな」

「……ちょっと、報告ってなによ」


シトリーが目を見開き驚きを露わに一歩踏み出すが、イズールは至極当然と言った表情だ。


「言葉の通りだ。君の動向は大まかにだが配下の者に報告を入れるよう手配している」

「ハッ、あんたストーカー? 気持ち悪い」

「将来自分のものになる女の動向くらいは把握して当然だろう」

「一体いつの話をしてるの? あんたとの婚約は五年も前に破棄されてるし、私は家を出たのよ。いい加減にしてほしいわね」

「俺は婚約破棄を了承した覚えはないし、君が家に戻る際は俺からも君の家に話を通してやるから問題は無い」

「話が通じなくてどうにもならないわね。……こんなのはほっといて行きましょう。無駄話に付き合わせて悪かったわね」


シトリーが心底呆れたというように深くため息を吐くと、春澄に向けて謝罪をした。 

姉妹やユキにも視線を走らせながら言ったシトリーだったが、最終的に春澄へ視線を定めたのは、あくまで自分や姉妹は案内役であり、本日の行動の指針が春澄だったからだろう。

 だがイズールの目にはそうは映らなかったようだ。春澄を睨み付けた彼の口から、先ほどよりも低い押し殺したような声が漏れる。


「……その男か」

「何がよ」

「君が最近男と行動を共にするのをやめたという報告を聞いた時は、ようやく帰ってくるものと思っていたのに……。まさか、その男の為にやめたのか!」

「………………はあ?」


呆れたように眉をしかめたシトリーに数泊遅れて、春澄は彼らのやり取りの内容を理解した。もしや自分はなにやら面倒な事に巻き込まれかけているのではないか、と。春澄によぎった嫌な予感はすぐに的中した。

 ピシッと真っ直ぐに伸ばされた指が、春澄へと付きつけられる。


「良いだろう。Aランクだろうが何だろうが、どうせなら勝負をしよう」


春澄は目を瞬かせた。何が『良いだろう』で何が『どうせなら』なんだ、と。


「勝負の方法は取得ポイントが多い方の勝ち。シンプルなルールだろう」


なんて面倒くさい男なんだ、と春澄がげんなりとする。そしてシンプルと言われても『ポイント』の意味が分からず、一体どこへ話が飛んだのだと春澄はシトリーの方を見た。

その意図を悟ったシトリーが、春澄が疑問を口にする前に答える。


「狩りはある公爵が開催してるんだけど、参加者の行動を記録する魔道具を渡されるの。それを参考に付与されるポイントの事よ。多くダメージを与えるほどポイントが多くなって、最終的に狩った獲物は獲得したポイントに応じて参加者に分けられるようになってるわ」


つまり、高ランク冒険者のみに参加を絞っているのにもかかわらず、すぐに致命傷を与えられるようなやわな魔物ではないという事だ。


「……っていうか、あんた達冒険者じゃないでしょ? なんで参加してるのよ」

「もちろん参加の名義は俺達じゃないけど、たまには腕試しをしないとな。それに公爵様、本当に参加者にしか肉をわけないから、あれを食べたいなら頑張らないと。イズールの好物だろ」

「ちょっと、あなたがそうやって甘やかすからその男がつけあがるのよ」

「おい、いつ俺がつけあがっ…………いや、今はその話ではない。勝負の話だ」


 言い合いに発展しそうだったところ、元の話題を思い出したのかイズールが春澄の方へ向き直る。

 勝手に帰っても良いだろうかと思い始めていた春澄が、戻った話題にため息を吐く。


「……で、勝負に参加して俺に何の得があるんだ?」

「得だと?」

「そうだ。俺には狩りに参加したとしても、その勝負を受ける理由がない」


春澄がそう言い切ると、イズールは面食らったような顔をして動きを止めた。彼は随分と驚いているようだったが、別の意味で春澄も驚いていた。なにしろ彼のように勝負を一方的に挑んでくる人間というのは、断られるという選択肢をまるで想定していないのだ。これには驚かざるを得ないだろう。 

そこへ、パトリックがおずおずと手を挙げた。


「じゃあ、こういうのはどうかな?」


春澄が無言で視線を向けると、パトリックがへらりと笑った。


「ほら、そこのお連れの方、『喧嘩の買い方』を知らないようだし、君が手本を見せてみては?」

「………………ふっ」


瞬きを数回した後、春澄が可笑しそうに息を漏らす。


「そういった誘い文句は始めてだ。面白いがその場合、それこそなんの得もない下手な喧嘩は買わない、という選択が見本として妥当だと思うが、それで良いのか?」

「あっ! ……ちょっと待て、さっきの取り消しで」


春澄の言い分が正しいと気づいたのか、パトリックが手の平を見せ、焦った様子で待ったをかけてくる。


「おいイズール。何か対価になるものとか持ってないのか? ほらその剣とか。『勝てたらこの家宝の剣をやる』くらいカッコよく言ってみろよ」

「? 別にこれは家宝の剣というほどたいそうなものではない。父に譲ってもらった普通の剣だ。確かに珍しいものだが、とくになんの魔法効果なども掛けていない」

「馬鹿かお前は。馬鹿正直に答えなくていい。要は対価になるものを持ってないのかってことだ」

「パトリック! 貴様、二回も馬鹿と言ったな!?」

「拾うとこはそこじゃないんだって! 誰の為に援護してやってると思ってるんだ!」


目の前で行われる言い合いに、『ほんと相変わらず融通の利かない馬鹿』とシトリーが呆れたように呟くのが聞こえた。その呟きに春澄が内心で同意していると、ユキにくいっと裾を引かれる。


「どうした、ユキ」

「はる様。あの人の剣……」

「家宝じゃないが父から譲ってもらったとかいう剣か?」

「それかは分からないですけど、あの人の腰にさしてる剣の飾り。はる様が探してるものにとっても似てますね」

「なに?」


ユキに言われ、イズールの腰元に目を向ける。そこには確かに、探している欠片の色とそっくりの薄紫色の石が剣の柄にはめ込まれていた。

だがその形は丸く、今までのような『欠片』という感じではない。ただの偶然かと思おうとした春澄だったが、念のため魔力反応を確認しようと指輪に目を向けると、まさしくそれは赤く輝いていた。


いつも感想や誤字報告など、本当にありがとうございます。

お返事返せてないですが、とても助かっています。


それからこの度皆様のおかげでヒーロー文庫より書籍化が決まりました。本当にありがとうございます。

活動報告に載せましたので、興味のある方は是非よろしくお願いします。

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