42.
カッと見開かれた目に、流石の春澄も一歩後ずさった。しかしマッシュルームカットがツカツカとハイヒールを鳴らしながらその距離を詰める。
「素晴らしい! お客様ね? さあこちらへどうぞ!」
「…………ああ」
回れ右をしそうになりつつ、春澄の冷静な部分がそれを押しとどめた。
彼の言動や趣味が良いとは言えない派手な服装はそこはかとなく不安を誘うが、店内に視線を走らせればディスプレイされた服達は非常にセンスが良いものばかりで期待を誘う。
「お客様は本日どのようなものをご所望かしら?」
「魔法の効果を掛けられる服を作れると聞いたんだが……ユキ、シド」
入口で立ち止まったままの彼らに声をかけると、物珍しそうに店内へと入って来る。
春澄の視線を辿った店員がシドを目にした途端、仰け反り目を庇うように手を翳した。
「ああっ、あまりの美しさに目が潰れそう!! でもお隣にもとても可愛らしい子が居たわ! 恐れず括目しなければ!!」
手を瞼に当て、ゆっくりと目を開いた彼は、今度は俯き口元を覆った。
「素晴らしい……! こんなに素晴らしい存在に立て続けに出会えるなんて身に余る僥倖」
店内に響き渡る重低音を聞きながら、さてこの人物の扱いをどうするかと春澄が悩んでいると、店の奥から別の人物が出てきた。
「あー、すんません。作業してたもんで助けるのが遅くなりました。注文ですかー? どうぞ座ってください」
中世的な顔立ちの男性が、のんびりとした口調でカウンター席を勧めてくる。彼が着ているのはワイシャツに短パンだがどちらもフリルがたっぷりと付いており、足元はヒールだ。
女性的要素がある男性でなければ勤められないのだろうかと疑問に思いつつ、春澄は言われたとおりにカウンターへと向かった。ユキとシドは後を付いてきたが、姉妹は今だ入口で怖気づいている。
「流石春澄さんと仲間の方達。動じたのが最初だけだったね……」
「ミリィ、どうしよう。いろいろな意味で敷居が高い」
「でもこんな高そうなとこ入れる機会なかなかないよ。頑張って入ろうよ」
「うん……」
迷いながらも姉妹が足を進めた先では、既に春澄達が着席しており二人はその後ろへと立った。
「どうも、リーネと申しますー」
「春澄だ。隣はシドとユキ。早速服の希望を言って良いか?」
「どうぞどうぞ」
「まずシドの服だが、背中に切れ込みが二か所入った、動きやすくて丈夫で着やすい服が欲しいんだ」
「なるほどー。背中は武器かなんか装備する感じですかね?」
「あー……ちょっと羽を出す感じだ」
「え、羽?…………うーん、もしかして竜人族の方ですか? それとも魔道具かなんか使う感じで?」
「そんなとこだ」
「了解ですー」
さらさらと流れるようにリーネが用紙へとペンを走らせる。疑問に思う事はあるだろうが、それほど深く突っ込んで聞いてこない店員に春澄も安心して答えることが出来た。
「で、着やすいというのは着心地の事ですか? それとも着脱しやすいという意味ですか?」
「ああ、着心地ももちろん大事だが、とにかく着脱が簡単に出来る作りが良いな。……幼い子供でも一人で出来そうな」
「んー、なるほどなるほど。生地にご希望は? 予算はどうします?」
「あまり素材の特性に詳しくはないから任せる。希望のものが出来るなら予算は何でもいい」
「おー、ありがとうございます。先ほどの着脱の件ですが、予算が結構あるならアクセサリーに収納するという効果を付ければ一瞬で着替えが出来る機能とかありますけど、どうですか?」
「そんなこと出来るのか? ぜひ頼む」
「かしこまりましたー」
「あとユキの服だが、これも一瞬で着脱出来るものにしてくれ。それから物理攻撃にも魔法攻撃にも強い服は作れるか?」
「もちろん。でも完全に防ぐわけじゃないですよ」
「ああ、出来るだけでいい。それから、服が伸縮するというか……体のサイズが多少変わっても着られるようにするのは可能か?」
「可能ですよー」
あっさりと受け入れられる提案に、言ってみるものだなと春澄は感心した。この注文した通りの服が出来上がれば、ユキとシドの着替えが相当楽になる。
「生地は何か希望はありますか?」
「出来るだけ早めに欲しいから、とりあえず今用意出来る生地で2着くらい頼む」
「了解ですー。デザインはどうします?」
「ユキとシドが今着ているような感じのもので構わない。任せても良いか?」
「かしこまりました」
そこで春澄は先ほどのマッシュルームの店員の服を思い出し、よぎった不安を口にした。
「……念のため聞くが、店内にあるようなちゃんとしたものになるか?」
「その辺は大丈夫ですよー。デザインは全て店長がやりますけど、評判良いですから。一度注文した人は是非また店長に任せたいって言うほどです。あの人が悪趣味なのはご自分の服だけです」
おそらく店長とはあの奇抜なマッシュルームカットの人物だと思われるが、周りから評判の良いらしい。
よく聞かれる質問なのか、リーネは慣れた様子で答えながら席を立った。
「じゃあ採寸しますか。こっちどうぞー。お嬢さんはちゃんと性別本物の女性がやりますからねー。……採寸お願いー」
リーネが店の奥へと声をかけると、出てきたのはまたしても中世的な人物だ。服装は男性のスーツだが、胸元に膨らみがあることから女性である事が確認できる。三人目の店員を見て春澄はなんとなく店のコンセプトが分かって来たのだった。
「ユキ、シド。彼らについて行って体のサイズを測ってもらってくれ。言われたとおりに手をあげたり下げたりしてれば良いはずだ」
そうしてユキとシドがカーテンの向こうに姿を消すと、後ろから二つのため息が聞こえた。
見ると姉妹が疲れた様子で立っていた。
「どうした?」
「いえ、なんか……注文を聞きながら、いったいいくらになるのかと想像してたら怖くなって……」
「それを気にした様子もない店員さんのあたりまえな態度が、この店の敷居の高さを示していて、私たち場違いだなぁって」
評判が良い店だとは聞いていたが、店内に入り目につく服の生地が明らかに上質なものであり、かつ裁縫のレベルが高い事が伺え、彼女たちは安易にこのような場所に案内してしまった事を春澄に対し申し訳なく思ったのだ。
しかし金額を気にしていない春澄と店員とのやり取りにそれは全くの杞憂であったと安心し、次いで自分達だけが場違いである事に委縮してしまったのだ。
「お前たちが場違いかどうかは、お前たち以外は気にしてないと思うぞ? そういう客を選ぶような店は入った瞬間の視線でなんとなくわかるだろ。俺なら店内に入って価格的に買えないと分かっても、特に気にはならないが」
「春澄さんで買えない価格帯の店とか怖すぎます」
「いや、別に金を持ってる持ってないの話じゃなくてな」
実際、今はエーデルに換金してもらったゲーム時代の金があるのと、この世界に来てから稼いだ金があるのは確かだが、それ以前の春澄とて特に裕福というわけではなかった。
それでも金が手元になければ無いなりに不満もなかったし、要はもともとの考え方次第なのではないだろうか。いくら金を持っていようとも、気の弱い者がこの店を訪れたら彼女達と同じように委縮するかもしれない。
「ねえ、あなた」
後ろから声を掛けてきたのは先ほどのマッシュルームカットだ。
「さっきは急にごめんなさいね。申し遅れました。私はこの店の店長のウォルカよ。ねえ、あなた変わった服を着ているのね。お願いがあるんだけど、お連れの子達を待ってる間その服を見せてくれないかしら」
先ほどより随分と落ち着いた様子のウォルカが腰を屈めて頼み込んでくる。最初のテンションが正直眉を顰めたくなるものだったので断ろうと思ったのだが、うっかり相手の目を見てしまったのがいけなかった。
ウォルカは、期待を隠し切れないキラキラした目で春澄の服を見つめていた。この目を見れば彼が服をとても大事に思っている事が伺えた。
自分にも覚えがある。強い敵や未知な相手と対峙した時、興味が抑えきれない高揚感。
ジャンルは全く違えど何やら自分と同類の匂いがするな、と春澄は苦笑した。考えてみれば、今日は急を要するユキとシドの服のみのつもりで来たが、どうせなら自分も服を作ってもいいかもしれないと春澄は思った。であれば今見せても問題は無い。
「……構わないが、ならついでに俺の分の服も頼めるか?」
「まあ、本当!? ありがとう、すごく嬉しいわ! じゃああっちの小部屋が空いているからお願いしても良い?」
ウォルカに連れられて奥の部屋へ向かった春澄を、姉妹が呆然とした様子で見送っていた。
「なんか、春澄さんの対応が優しい気がする」
「春澄さんって、ああいうテンションの人あまり好まないと思ってたんだけど、意外ね……」
「春澄さんって謎だね。仲間の人達も謎だし……」
春澄が服を見せる事をすんなり了承した事も不思議に思った姉妹だったが、先ほどの豪快な注文の仕方もそうだ。仲間の服を注文していたが、本人たちは一切口を挟むことなく任せているし、その代金は春澄が払うような雰囲気だった。それも、姉妹達にとっては恐ろしくなる程の金額をだ。
仲間とは知っていても、その出会いや関係性が非常に気になった姉妹だった。
そうして30分程たってから採寸なども終わり、一行は再びカウンターに集合した。ユキは少々疲れた様子だが、ウォルカだけは非常にホクホクとした表情だ。
「本当にありがとう! その服がきちんと再現が出来たらプレゼントするから、貰ってくれる? 感想を聞かせて欲しいの。もちろんその服の代金は頂かないわ。完璧だと思えるものでないと、対価を貰えないもの」
「いいのか?。けど出来ればこいつらの服を優先させてくれるとありがたい」
「わかったわ。彼らの服を作るのもとっても楽しみ! 早速今から取り掛かるわ」
その言葉を耳にしたリーネが、目を半眼にしてウォルカを睨み付けた。
「…………店長? 他のお客さんの納期遅らせたらその髪刈り取りますからねー」
「やだこの子厳しい!」
そんな風に楽しそうに会話をする彼らを背にし、春澄達は店を後にした。
店の外に出ると、ユキがグッと手を上に上げ背筋を伸ばした。
「アルナリアとミリアリア、待たせて悪かったな。ユキも採寸で疲れたみたいだし、昼飯にするか」
「ごはん! 食べたいです!」
余程疲れたのか、ユキが珍しく大きな声で反応した。立っているだけだといえ、採寸は何故か非常に体力を使うのだ。先ほど春澄も体験したため非常によくわかる。
「昼は何処か良いところ知ってるか? 好き嫌いはあまりないから任せるが」
「あの、実は私たちがお世話になってる叔父が既存の作物の改良などを手掛けてまして」
「その叔父が作物を卸してるお店がいくつかあるんですけど、ご案内しても良いですか?」
そう言われ案内されたのは、そこから10分ほど歩いた場所にあった。昼の時間より少しだけ早いが、それでも既に人が並んでいた。
それを気にする事なく列に並び、人が減っていくのを眺めながら暫く経った頃、ようやく席に着く事が出来た。少し大きめの8人掛けの席で、春澄の両隣にユキとシド、向かいに姉妹が座る。
「何かおすすめはあるのか?」
「そうですね、スープは飲んでいただきたいです。後はこの肉詰めとか、オラグンのソテーもおすすめです!」
「じゃあその辺を適当に頼むか。ユキとシドはどんなのが食べたい?」
「はる様はる様」
何やらユキが小声で名を呼んでくるので、意図を察してその口元へ耳を寄せた。
「あの、あっちに座ってる人が食べてる、パリパリ音がしてるの食べてみたいです」
見ると皿の上には一口サイズの綺麗な球体を描くきつね色の物体があった。注文した客がそれを口に運ぶと、はふはふという息遣いと共にパリパリと小気味よい音が聞こえてきた。音や見た目では外側は春巻きに近いのではないかと予想が出来た。
「あれは?」
「ああ、運試しの揚げ物です」
「……運試し?」
「注文は5個の単位できます。中身の種類は約30種類。そのうち5種類が店主さんの好みで作られた、その……ブラックと呼ばれてるあまり美味しいとは言えない中身のものがあります。その代り、すっごく体に良いものが入ってたりしますので、一概にハズレとは言えません。その日の朝大量に作って全部一緒に置いておくので店主さんもどれがどれだか知らないみたいです。だから5個注文したらもしかしたら全部同じ種類かもしれないし、一種類ずつ美味しいものが入ってるかもしれません」
アルナリアの言葉を補足するようにミリアリアが続ける。
「ちなみに運試しの判定は人それぞれで、30個頼んで30種類違う物が入っていれば『今日は迷宮の何階のボスに挑むぞ!』なんて人も居るし、店主さんと同じ味覚をしたマニアックな方は、20個頼んで全部ブラックなら特別な事をするって人も居るんですよ」
「へえ、面白いなそれ。ユキは何個頼む?」
「えっと、他の料理も気になるから10個だけにします」
「ん、そうだな。シドは?」
「ふむ。100で」
「わかった」
相変わらずよく食べるなと感心しつつ言われた個数を注文する。驚く店員に個数を聞き返されながらも注文を終え、やがて注文した品は八人掛けのテーブル席を埋め尽くす勢いで運ばれてくることになった。
最初に運ばれてきたのは姉妹に勧められたスープで、深い琥珀色のスープに刻んだ野菜が入ったものだ。説明によると、姉妹の叔父が玉ねぎのようなものを品種改良し、熱いものに入れると溶け出してとろみが付くようにしたものを使っているのだとか。
実は味付けは塩のみだと聞いた時は、思わずもう一度スープを口に含み考え込んでしまったほどだ。それぐらい、塩のみとは思えないほどに深くの濃厚な旨みが出ていた。さすがは食糧事情に力を入れている国の食べ物だ。
他にもあまり確認せず注文した肉詰め料理だが、なんと肉の中に食感の違う別の魔物の肉が詰めてあり、なかなか食べ応えのあるものだった。
そして食事の後半にユキが望んだ運試しの揚げ物が運ばれてきた。個数は違えど全員が注文したので、それぞれが最初の一つ目に同時に手を伸ばした。一口サイズといえど、流石に揚げたばかりのものを丸ごと口いっぱいに頬張るのはためらわれたのか、シドと春澄以外は半分だけかじりついていた。
数口噛んで、ユキが頬を押さえて目を輝かせながら手をパタパタと動かした。
「んー! すっごく美味しいです! コロコロの柔らかいお肉とシャキシャキした野菜が入ってます」
「お、こっちも美味い。挽肉と芋系とチーズ、かな?」
「…………ふむ」
「うっ……お姉ちゃん、私のやつ店主さんが一番好きな体力回復の薬草三種が入ったやつだ」
「うわ、すごい渋くて苦いやつだよね。でも今日歩いた疲れ取れたでしょ」
「あ、確かに。でも舌が……」
「なあ、二個目に食べたやつ殆ど味がしないんだが」
「あ、それ店主さんが大絶賛してる食感を楽しむやつです。中ランク回復薬と同じ効果がありますよ」
「……まあ、マズいよりはいいか」
「はる様!これ甘いのが入ってます。不思議な味だけど癖になる感じです」
「俺もさっき食べた。少し胡麻団子に似てるが、それよりも甘さがすごく自然な感じで食べやすいな」
「…………」
そうして食事をしていると後ろのふと、後ろの席の会話が耳に入って来た。
「な、最近あんまり冒険者みかけなくなったよな?」
「そう言われてみればそうだな」
「ああ、ほら。そろそろあれの時期じゃないか? それで皆出払ってるんだろ」
「あれ?」
「捕獲に参加するなら単体Bランク以上、Cランクならパーティー必須の、なんて名前だったか、めちゃくちゃ高い値段のやつが現れる時期だ」
「あー、5年に一回くらいしか……」
耳に入ってきたのはそこまでだった。春澄の口いっぱいに恐ろしいほどの甘ったるさが襲って来たからだ。
「っ、げほっ……なんだ、この凶暴な甘さは……」
砂糖を蜂蜜で溶いて限界まで煮詰めたような、そんな味だった。
春澄は無言で飲み物を流し込んで口を押えていると、ユキが自分の分もさりげなく差出してくれたのでありがたくそれも飲み干した。
「おう、兄ちゃん! もしかして今朝一つだけ入れておいた新作、当たったみてぇだな!」
にっかりと笑う店主が、大きなフライパンを返しながらカウンター式の厨房から顔を覗かせた。
「一個だけあった新作……」
店内を見渡す限り、結構な数を早朝に仕込んでいると予想出来るが、その中のたった一つが当たったというのは果たして運が良いのか悪いのか。
「それよ、今度新作に加えようと思ってんだが、原価が高くてなぁ。一日10個の目玉として女性客狙いで出そうかと思ってんだ」
「…………店主の趣味で考えた種類だと体に良いらしいが、女性客狙いっていうのは、何に効果があるんだ?」
「髪と肌だな。一か月くらいはサラッサラのツヤッツヤになるぞ!」
そう言い残して店主はさっさと仕事へ戻ってしまった。店内の常連客らしき人々から向けられる視線は様々だ。苦笑いしながら同情の目で見て来るものや、羨ましそうに、あるいは何故か対抗意識を燃やすような目で見て来る者など。
「ミリアリアがさっき当たった苦そうなやつの方がまだましだった」
「味もそうかもしれませんが、効果もあんまり意味ないですもんね。春澄さん元々綺麗ですし……あれ、でも早速効果が出始めたみたいですよ」
「わ、ホントだ。春澄さん、ものすごくキラキラしてます」
「…………」
人間に対してキラキラとは一体どういうことだろうか。女性であれば喜ぶべきところだろうが、褒められた春澄は何とも微妙な顔をした。
外に出たら魔法で水鏡か何か出して確認しようと決意してから、口直しをしなければと運試しではない料理を口に運び始めた。
そうしてそろそろ食事も終わるかという頃だ。春澄達のテーブルで空いていた椅子に、ドカリと座る人物が現れた。




