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大きく息を吐く春澄を見て、ユキが心配そうに顔を覗き込む。
いつの間にか傍に寄って来ていたシドも春澄の額などに触れながら外傷が無い事を確認し、次にユキにも視線を走らせながらため息交じりに呟いた。
「まったく、主もユキも無茶をするものだ」
「……シド、いつから居たんだ?」
「着いたのは先ほどだ。だが主に意識を繋げていれば感情の変化でおおよその見当はつく。……我も主達と離れたと気づいた時にすぐ引き返すべきであった。まさか主が魔力酔いを起こすほどの魔力を消費するとは」
「……魔力酔いを知ってるのか?」
「うむ。魔力を一度に大幅に消費した時に起こる体調不良の事だ。眩暈・頭痛・吐き気・動悸などがあり随分と辛いものらしいが、我にはよくわからん。暫く大人しくしておればじきに治まるものだ。しかし、それほど魔力を消費する気配は感じなかったぞ」
「…………そういう事なら多分、魔道具で魔力を取られた」
ランシェスのナイフが壊れたというのは、おそらくこれが原因だろう。どのくらい取られたのかは不明だが、春澄の魔力は随分多いようなので、魔道具の許容範囲を超える魔力を受け入れてしまったせいだと思われる。
先ほどの不甲斐ない結果を思い出し、春澄はぐっと強く拳を握った。
「これ、状態異常無効のスキルが効かないようなんだ。何か対策はあるか?」
「どうやら慣れる事が第一らしいぞ」
「……つまり、何度か繰り返せって事か」
眼球の裏から手が生え、直接脳を揺さぶられているような耐え難い吐き気や手足が痺れるほどの体調の変化。
あれを思うと慣れるまで繰り返すというのは非常に憂鬱だ。しかし今後戦闘中に同じ症状になってしまう事を考えると非常にまずい。解決策がわかっているのにそれをしないという選択肢は春澄にはなかった。
鬱蒼とした溜息を吐いた春澄を、シドが覗き込むようにして顔を傾ける。
「主よ、薬はあるのだろう? ひとまずそれを治したらどうだ」
「あー……これか」
全員の視線が、先ほど春澄が自ら足へ突き刺したナイフへと注がれる。
春澄とて、回復薬を飲んで怪我などを治してしまいたい。しかし魔力を使うたびに訪れていた体調不良はピーク時よりマシになったとはいえ未だ健在だ。
状態異常無効のスキルすら効かなかった体調不良に回復薬が効くとは思えない。故に今は、意識を失う危機を脱するために自信で付けたこの怪我を治すわけにはいかなかった。
非常につらい事は確かだが、この内面の状態と外傷がそれぞれ互いの気を紛らわせているような気がして、ほんの少し楽なのだ。
それを言うと、シドが無言で春澄を見つめて来た。
「……なんだ?」
「ふむ……では主よ、代わりに我が回復薬を貰おう」
「構わないが、お前どっかケガしてるのか?」
「…………」
その問いには答えず無言で手を差し出して来るシドに、春澄は不思議に思いつつも上級の回復薬を差し出した。それを受け取ったシドがそのまま蓋を開けると、出血を防ぐために刺しっぱなしにしてあった春澄の腿のナイフを目にも止まらぬ速さでズルリと引き抜かれた。
「っ! ……おいシドっ……ぐっ!」
文句を言おうと口を開くと、そこへ回復薬を口に押し込まれた。口内の奥まで液体が流れ込み、体が反射的に飲み込もうと咽の弁が開き空気と共に体の中へと流れ込んでくる。
ゴキュっと大きな音をさせてから、春澄は盛大に噎せ返った。
「げほっ……シド! うわっ」
脚の激痛に半分ほど集中していた意識が、塞がる怪我として反して急速に魔力酔いの症状へと集まっていく。再び文句を言おうと口を開くが、またしても丁度いいタイミングでシドが妨害する。
勢いよく手を引かれたかと思うと体がふわりと浮かび上がり、気づいた時には視界がシドの目線よりも高くなっていた。
シドの腕に、まるで子供がされるかのように乗せられているのだと認識した時には、先ほどの行動への文句はすっかりと頭から抜け落ちていた。
「……何してるんだ?」
「見てわからぬか?」
「……お前の意図がわからない」
このように抱き上げられた記憶など、いくら遡っても春澄に覚えはない。まさか成人してから体験させられるとは思わず、とにかく呆然としてしまうのは仕方がなかった。
シドはそんな春澄の様子を見て、楽し気に目を細めた。
「つまり、主は戦闘不能になる事態を警戒しているのだろう?」
「…………まあ、そうだな」
少々前後した話題に、一拍遅れて春澄が答える。
「先ほど主は何のために我を呼んだのだ。少し余裕が出てきて自ら何とかしようとしておるのだろうが、主は少々休んでいるといい。」
「…………」
目を見開いた春澄の視界に、一瞬だけ微笑みを浮かべたシドの顔が映る。
「だがそのままでは辛かろう。主、手を」
「……?」
差し出された手に、春澄は理由も分からないまま手を重ねる。するとそこからふわりと温かいものが体の中へと流れ込み、体中を駆け巡る。
気づいた時には先ほどまで春澄を蝕んでいた体調不良は一切なくなっていた。
「これは……シド、何をしたんだ?」
「魔力の流れを整えただけだ」
「凄いな。練習すれば俺にも出来るのか?」
「いや、無理であろうな。主が自身の魔力を整える事も、まして他者の魔力を整える事も難しい」
シドの言葉に、春澄が残念そうな表情を浮かべる。
そもそも魔力酔いとは、急激に減少した魔力が体内で安定感を失うために起こる現象らしい。その状態でスキルや魔法など魔力を使うと症状が悪化するのだが『自身で魔力を整える』という行為が既に魔力を使っている状態に当てはまる為、魔力酔いを自身で治すというのは不可能に近いようだ。
そして他人の魔力を操作するのも通常不可能とされているため、結局は『慣れ』しかないのだという。
「シドは何で俺の魔力操作が出来るんだ?」
「仮にも始祖竜だ。他者の魔力操作は集中すれば出来るが、主とは魂が通じておるからな。そのくらい容易い」
「そうなのか。ありがとな、かなり助かった。……けど、それならもうこの態勢は必要ないんじゃないか?」
春澄が落ち着かない様子で眉を寄せるのを見て、シドは楽し気に目を細めた。
「先ほど申したであろう。主は少し休んでおれ」
そういうとシドが一度屈みこみ、立ち上がった時には春澄と反対側の腕にちょこんとユキがおさまっていた。いくらユキが成長したとはいえ、やはり長身のシドと比べると小ささが際立つ。
「さて、先ほどの戦闘の名残でモンキーバット達も委縮しておるようだ。多少向かっては来るだろうが、その時はユキに任せたぞ」
「私のシールドで大丈夫ですか?」
「うむ、問題ない。自信を持て」
「……はい」
僅かに緊張した様子のユキが、一呼吸して腕を伸ばす。すると前方に半円を描いたような淡い光の幕が現れた。幕と言っても視界を遮るようなものではなく、透明度の高いものだ。
春澄がそっと手を伸ばして指先で触れてみると、感触はないにもかかわらずそれより先には進めなかった。
ただの練習だったようでユキはすぐにシールドを消したが、シドの言葉と今の実演に手ごたえを感じたのか口元には笑みが浮かんでいる。
「大丈夫です。いつでも出せます」
「うむ。ではミストの実とやらのところへ向かうとしよう」
頼もしい二人のやり取りを聞きながら、春澄は下ろしてもらう事を諦め、苦笑しつつシドの肩へと手を掛けた。
時折やって来るモンキーバットがユキのシールドに防がれるのを眺めつつ、手持無沙汰なまま運ばれた春澄の視界にとうとうミストの木が現れた。
木は一本が高さ三メートルほど。枝が伸び横に広がっていて全体が丸っこく見えるため、可愛らしい木だ。霧で阻まれる視界には数本しか確認出来ないが、聞いた通り群生しているのであればここから先に大量のミストの木が並んでいるのだろう。目の前の木には半透明の丸い実がついており、薄っすらと降りている太陽の光がミストの実に淡く反射をして、幻想的な光景だ。淡い青と白で描かれた儚い絵画のようだ。
「うわぁ、綺麗ですね」
ミストの実と同じくらい目を輝かせたユキを見て、春澄が笑みを漏らす。
さらに近づくと、木の下の方まで実がついているのがわかり、非常に取りやすそうだった。そこでようやく春澄はシドに降ろしてもらい、安堵の溜息を吐いた。
「ユキとシドは先に食べててくれ。かなり割れやすいみたいだからゆっくりな」
「はる様は食べないんですか?」
「仕事が終わってからの方が食べ物は美味いからな。先に依頼の分をケースに詰めるよ」
「わかりました」
春澄はケースを取り出し、すぐに実をしまえるように開いて置く。
ケースの中にはまるでたこ焼き機を連想させるような穴が開いており、触るとぷにぷにとしているシリコンのような素材で出来ていた。その一つ一つに透明な袋が開いた状態ではまっている。ここに無事に入れる事が出来れば、ケースと袋に掛けられている魔術によりミストの実は割れることはない。
春澄はゆっくりと慎重にミストの実に手を掛けた。軽く摘む程度には出来たが、枝からもぎ取る時に少し力を入れてしまった。ミストの実が割れ、中の果実が溢れ出し地面に広がる。
「うわ……想像以上に脆いな」
弾けたミストの実の中から小さい粒が無数に飛び出し地面でバウンドする。そのたびに一粒一粒が弾け、また中から粒が出てくるという光景が繰り返し行われた。その量は一口サイズの果実から出てきたと思えないほどだが、これが異世界の不思議食べ物というものなのだろう。
実はミストの実というのは、2度目にはじけたもの以降は、空気中の物質と結びつく事で膨張するという性質を持っている。実を食べ慣れた者は、口に入れた後は食べ終わるまで絶対に口を開かないのだ。その間、鼻から取り入れた空気が僅かに口内に入り、その空気が程よくミストの実を膨張させてくれる為、口から零す事なく長い間楽しめるという仕組みだ。
しかし、そんな事を知らない春澄は、明らかに人間の食べる量の一食分に匹敵するのではないかというほどあふれ出る実の中身に、実に不安そうな目を向けた。
実際、ミストの実を買った者の中には大きな袋を用意して、その中にミストの実を入れ弾けきらせてから数人で分けて食べるという手段をとる事もある。もちろんそれでも美味いのだが、一粒口に入れた時の独特の爽快感は味わう事は出来ない。
一般家庭では、どうせ高いお金を出すのであれば無理をしてでも一緒に食べる人数分を買って、一人に一粒ずつ、とするほど満足感に天と地程の差があるのだ。
春澄はそれからも実を手にするたびに割ってしまい、今回の依頼の難しさを体感していた。これでは自分より不器用なシドなど、とても食べられるものではないはずだ。
そう思って春澄はシド達の方を向くが、余計な心配をした事をすぐに悟った。
彼らは手など使わず、直接実を口に含み食べていたのだ。その手があったかと春澄はパクパクと実を食べるシド達を眺めるが、依頼の分はやはり手で取らなければならない。
しかしあまり何粒も食べると腹が破れそうになる実だと思うのだが、シドの人型の体内はどうなっているのだろうか。
ユキは膨らんだほっぺたを押さえ幸せそうに頬を動かしながら、口の端から溢れた汁を慌てて拭っている。拭いきれなかった汁が胸元を汚してしまい、困った顔をしているユキを眺めているとぱちりと目があった。すると更にユキの眉尻が下がり、いたずらが見つかった子供のように慌てだした。その様子がおかしくて、春澄は口元を押さえる。
「ユキ、汚しても浄化で落とせるぞ」
「う……でも折角はる様にもらった服なので汚したくなかったんです」
気にするな、というようにユキの頭をわしゃわしゃと撫で、シドにも声を掛ける。
「シド、お前腹は大丈夫なのか?」
「問題ない」
「それなら良いんだが……」
そもそも竜に食べ過ぎによる腹痛などないのかもしれない。
春澄は肩を回して気分を変えると、再びミストの実の採取へと集中した。
やはり何度も割ってしまい、先に気分転換に一粒食べるかと思い始めた頃。
横からミストの実が手に持った状態で差し出された。白く可愛らしい手につままれたミストの実としばしにらめっこの状態になる。
「ユキ、どうやって取ったんだ?」
「ひっぱったら駄目みたいです。摘んだらほんの少し上に押して、ゆっくり捻ります。そうすると取れやすいみたいです」
「へえ」
春澄は言われたとおりにミストの実に触れるが、やはり実はあっさりと弾けた。
春澄の半眼になった目が弾ける実を写す。視界の端でユキがそっと口元を覆うのが見えた。
「……ふっ、ふふふっ」
くぐもった笑いがユキの手から溢れる。春澄は不本意そうに
「ユキ……」
「ふふっ。はる様、実は不器用なんですね。意外です」
何故か嬉しそうなユキを見やり、春澄はまたミストの実に手を伸ばした。
「まあ……実はも何も、かなり不器用だな。今自分で作れる料理も最初は食えたもんじゃなかった」
「そうなんですか?はる様は何でも器用に出来ちゃう感じがします」
「なんでそんなイメージになったんだ?」
「うーん……やっぱり戦ってる時、狙ったとこをちゃんと攻撃できるからでしょうか?」
魔物と戦っている時、春澄は相手の小さな目を黒刀で正確に貫く。何度かその場面を見たことがあるユキは、春澄は器用だと印象が付いたのだろう。
「それからシド様に魔力操作とか教えてもらってたんですが、それがすごく難しいんです。はる様は前に練習したとき、一日で自由に扱えるようになりましたよね?すごいなぁって思ってたんです」
「あー、あれは既に魔法を使ってた土台があった事とかも関係してるからな」
「私も早くもっと上手に魔法を使えるようになりたいです」
「ああいうのは意外とある時急にコツが掴めるようになるんだ。今までの苦労はなんだったんだって思うほどあっけなく」
「はる様もそうでしたか?」
「ああ」
春澄がまたミストの実を弾けさせ、ユキが新たに実を取った。感心した様子の春澄を見て、ユキが実を一粒ケースの中に入れた。
「体術だって、始めたのが5歳だとかそのくらいの年だったからな。師範に毎日負けまくって、それが悔しくて毎日練習もして。そんで十代前半くらいの時だったかな。ある日師範に勝てたんだ。その日からたまに勝てるようになって、日に一度は勝てるようになって、いつの間にか確実に勝てるようになって……」
「はる様は努力家ですね」
「主が何度も負けるとは、今からすると想像もつかぬな」
「初めて勝った時のはる様の反応が気になりますね」
シドがゴキュッと音をさせてミストの実を飲み込む。ユキが独り言のように呟いた言葉に。春澄は遠い日の記憶を探り出す。
「あの時は……」
初めて勝利した時は、師範の仕掛けたフェイントに引っかかった振りをし、そこに攻撃してきた師範を見事返り討ちにしたのだ。あの時に湧き上がった感情は、歓喜ではなかった。
「ああ、そうだ……最初はほっとしたんだ」
「安心したということですか?」
「ああ」
ユキが不思議そうに首を傾げる。
「幼い頃、誰よりも強かった師範を見て、実は師範は俺とは違う生き物で、絶対に勝てないんじゃないかって思ってた事がある。だから初めて勝てた時は、ああ同じ生き物だったんだって。それなら、俺も師範より強くなれる可能性があるかもしれないなって、安心したんだ」
「ふむ、やはり人間の感情とは複雑であるな」
「そうだな。同じ人間同士でも相手の考えてることはわからないからな……ユキどうした?」
ユキは話の途中から難しそうな顔をして何やら考えている様子だ。もしかしたらミストの実の食べすぎではないかと心配になった春澄がユキの顔を覗き込んだ。
「ユキ、平気か?」
「あ、大丈夫です。私だったら、どう思うかなぁって考えてたんです」
「ユキだったら?」
今度は春澄が首を傾げる番だった。話しながら、ユキが一つ、また一つとミストの実をケースに入れる。
「私も、いくら強くなってもはる様に勝てると思えません。そんな私がいつかもしはる様に勝っちゃったら、私はすごく、すごーく心配になると思います」
「なんの心配だ?」
「だって、私がはる様に勝っちゃうんですよ?はる様、体調がすごく悪かったのかな?どこか痛いんじゃないのかな?って、心配になります」
「なるほど」
その答えを聞いて、春澄は苦笑しながらユキの頭に手を置いた。
「そんな心配しなくていいように、体調が悪いときはすぐに言うようにする。それに、人生何があるかわからないからな。今は無理でも、いつか俺に勝てるかもしれないぞ」
春澄はもう何個目かもわからないミストの実に手を伸ばす。ユキに教わったようにして実を少し持ち上げて捻ると、実は枝からゆっくりと離れた。そのままケースの中へと持っていき、春澄が置いた実は無事ケース内の50個目を飾った。
「ほら、何回もやれば出来ない事も出来るようになったりもする。練習したって出来ないものは出来なかったりするが、とりあえずやってみないとわからないだろ?もちろん、本人にやる気がある事が前提だけどな」
春澄が昔から強くなる為に努力した事も、今ミストの実を取れるように練習したのも、春澄自身がやりたいと望んだからだ。だがもし、たとえ少しの努力で出来そうな事があったとしても、本人がやりたいと思わないのであればやらなくていいのではないか、というのが春澄の考えだ。
学生の頃、春澄をしつこく別のスポーツに誘い悉く断られた相手が『君なら才能があるはずなのに、何故やろうとしない!』などと言ってくる者が居たが、大きなお世話である。他人に自分の選択をとやかく言われるのは非常に不愉快だった。
昔の事を思い出すついでに余計な記憶まで引っ張り出してしまったが、ユキの柔らかな声がそれをかき消した。
「じゃあ、私はまず小さな目標から目指します。シド様みたいにずっと人型になっても大丈夫なようになって、はる様みたいに上手に魔力を扱えるようになります!」
「ん、ユキが望むなら俺に出来そうな事があれば手伝うからな」
「ありがとうございます、はる様」
「ふむ、なにやら楽しそうだな。我も目標を考えてみるか……」
「シドの目標で思いつくのはやっぱ日常生活関連だな」
人化自体は最初から問題なく行っているシドだが、人としては日常の行動をを上手く出来ているとは言えないだろう。たとえば服のボタンであったり、食器類の扱いであったり、風呂上りに髪からボタボタと水をたらしながら歩いているなど。
反して人化自体はまだ完璧ではないユキだが、服は一人で着替えられるし、シドよりも上手く日常生活を送れているようだ。
「ふむ、今までこのように細かな物を扱ったことがないせいか、なかなか人間が使う物に慣れなくてな」
「まあ俺はどっちでも良いぞ。何年も施設で集団生活してたから、人の世話をするのは慣れてて苦じゃないからな」
話しながら、春澄がミストの実を取るペースが上がっていく。ケースは二段仕様になっており一段に50個入るのだが、既に二段目も半分以上埋まっているのでもうすぐ依頼分を達成できそうだ。
「ふむ、ではこういうのはどうだ?」
「ん?」
「我は熱い風呂が好きだが、今日は水の風呂に入ってみるとしよう」
「なんか方向性が違ってるが、まあそういうのでも良いか」
どこかズレたシドの目標に、春澄は苦笑する。
そして唐突に、この穏やかな時間を守らなければと思った。その為にはもっと強さが必要だ。
春澄は一度周囲を見回すと、内緒話をするように口元を隠しながらシドの耳に寄せた。
「シド、頼みがあるんだが……」
そして内容を聞いたシドが目を細め笑う。
「うむ、可能だ。主ならばそう言うと思っていた」
「じゃあ、早速明日から」
「うむ」
春澄の手が、ケースの最後の穴へミストの実を入れる。すると待ち構えていたようにユキが春澄へとミストの実を差し出す。
「はる様、あーんです」
「……ん、さんきゅ」
どこでそんな動作を覚えてきたんだと思いつつ、春澄は満面の笑みをしたユキの手からミストの実をパクリと食べる。
その美味さは噂に違わぬ、言葉にしがたい感動を春澄に与えた。暫く口を動かしたあと、出てきた言葉はシンプルな一言だ。
「……美味いな」
「はい、とっても美味しいです」
何となく春澄もユキを真似て実を差し出すと、ユキは戸惑いもなく口へ含み幸せそうに微笑んだ。
その様子を見ながら、春澄は胸中で先ほどから何度呟いたかわからない誓いを呟く。
魔力酔いなどと、同じ理由で二度と負けはしない、と。




