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4.ひとつ目の

さて、と春澄は血に塗れた黒刀を見せ付けるようにしながら、殊更ゆっくりと国王に近づいた。

もちろん春澄は誰の命を奪うことなく全員を鎮めたのだが、国王には死体の山を背に自分に向かってくる化け物にしか見えなかった。 その化け物が王座へと上がる階段に足を掛けたのを見ると、ついに我慢の出来なくなった国王が逃げ出した。

国王は方向転換して扉へ、と足を踏み出したと思ったが彼の目の前に迫ったのはよく磨かれた床だった。

踏み出した足の感覚が無い事に気づき、国王は自分の下半身の状態を確認した事と同時に、その痛みも自覚する事になる。


「あ゛あ゛ぁぁぁっ、わしの足がぁっ!!」


膝下から途切れた右足は、熱さと共に耐え難い激痛をもたらす。痛みと視覚から来る刺激が国王を床にのた打ち回らせた。

その横では春澄が涼しい顔で刀の血糊を拭いている。


「最初は1発殴る程度で許してやろうと思ってたんだけどな」


暴れる背を踏みつけ、首をかしげて目を合わせてやると、国王は恐怖で引きつった顔で呼吸を忘れているようだ。このまま殺されるのだと思っているのだろう。


「さて、どうしてやろうかな」


黒刀を弄びながら言うと、ヒュッと国王の喉から声なのか空気の流れなのかよく分からない音が聞こえ、春澄は口端を上げる。


「冗談だ。人の事を理不尽に処分しようとしてたのにそれだけで済んだんだ。感謝しろよ」


春澄は異空間収納(インベントリ)からロープを取り出すと国王の足を縛って出血を止めた。


「ここで死なれたら面白くないからな。お前には聞きたいことがある」

「な、なんひゃ」


ごくりと国王ののどがなった。


「召喚には膨大な魔力が必要なはずだが、その魔力の元はどうしたんだ?」

「そ、そんな事教える訳が……ぐっ、ぎゃぁぁぁぁ!!」


春澄は先ほど切り落とした足の断面を潰すように上から踏みつけた。


「で、魔力の元は?」

「す、数十年前に、魔力を帯びた不思議な魔方陣を見つけたのだ!それが何なのかは誰も知らん!」


春澄が拷問まがいに脅しながら聞き出した話によると、二代前の国王、つまりこの豚の父親が国王だった当時、見回りの兵が近くの洞窟で不思議な魔方陣を見つけたのだという。

もしかしたらアルカフロ王国を狙った他国からの攻撃魔方陣や転移魔方陣の可能性もあったため、厳重に見張りをつけて魔術師達に調べさせた。しかし結局その魔方陣が膨大な魔力を持っているという事しかわからず、見張りの兵を立て様子を見るしかなかったのだと言う。


そして現国王がその任に就いたばかりの頃、古い文献で他国が異世界からの勇者召喚をした事があるという過去を知った宰相達により、あの魔方陣を供物にして我が国も勇者を召喚してはどうかとの提案を受け、魔術師達にその研究をさせたのだ。

そして何度か不発に終わりながら、あの日魔法陣と魔術師三人の魔力で召喚を行った結果、召喚された勇者というのが春澄なのだという。


「つまり、あの魔方陣を使って召喚したのは俺が初めてで、この国では他に召喚はしていないという事か?」

「そうだ!」

「なるほど……」


そう言われれば確かに召喚された時に『ついに成功だ』という声を聞いた気がする。


「も、もう用は済んだのであろう!?」

「ああ」


そう言うと、無様に床を這い蹲っている国王に背を向け去ろうとしたが、名案を思いついた春澄はくるりと戻ると醜い塊を軽く蹴って仰向けにした。

やはり気が変わって殺されるのだと察した国王の喉から声になり切れなかった空気が情けなく漏れる。


「………そういえば、今回の召喚は失敗だったな」


何を分かりきった事を、と国王は思った。嫌味を言う為に戻って来たのか。


「いい事を教えてやろう」


一呼吸おいて、春澄は続ける。


「こんな姿をしているが、俺こそ異世界の魔王だ。お前らは自分達で魔王を召喚したんだよ」


そう言うと、春澄の頭に突然うねるようにとぐろを巻いた二本の角が付いた甲冑が現れた。

実はこれはゲーム内で手に入れた、その名も『魔王になれる角ヘルム』と言うジョーク品だ。ジョーク品と言っても、それをつけている間は周りの敵を威圧する事で敵を怯ませる事が出来る、使いどころによってはかなり有効なアイテムなのだ。

もちろん同じ敵に長い間は効かないが、弱いものは威圧に当てられて逃げようとする。だが敵を身一つで十分倒せる春澄には今まで不要なものだった。


一応どんなものかと手に入れた時に装着してみたが、無いな、とすぐにそのまま異空間収納(インベントリ)にしまったので、取り出す時もこうして頭に装着した状態で出すことが出来たのだ。

着ける事は無くても、何となく角のデザインが気に入って売らずに取っておいたのだが、まさかこんなところで役に立つとは思ってもいなかった。


黒い着物に黒刀を持った春澄が、黒鉄のような素材で出来た2本の角が生えているかぶり物をしているという不思議な組み合わせになっているのだが、身体が恐怖と痛みで埋め尽くされている国王はそんな事は露ほども気にならなかった。

あるいは通常の思考状態でも、異世界の魔王とはこんな格好なのかと納得したのかもしれない。


「俺はこれからお前らの望み通りこの世界の魔王に会いに行こう。だが目的は…そうだな、友人になるのも悪くないな。気が向いたらそいつと一緒にこの国に遊びに来てもいい」


国王は言われた意味を理解しているのかしていないのか、口を戦慄かせているだけだ。


「ここの兵士は力不足だったから、2人で遊びに来てもあまり意味は無いかもしれないが、まぁせいぜい楽しみにしていてくれ。魔族は時間にルーズだからいつになるかは分からんが、待ちくたびれたらそっちから合図しろ。すぐに来る」


つまり、魔族に国王側からちょっかいをかければ死期が早まるぞと暗に伝えたのだ。 いつ来るかわからない恐怖に怯えながら日々すごすと良い。これが春澄が考えたエーデルとの約束の結果だ。


最後に放心したままの国王の様子を鼻で笑うと、春澄は近くの扉から外へ出た。

この惨状の中気絶して無傷で見逃された宰相は、唯一人の幸運の持ち主だったのだろう。あるいは不幸は後からやってくるのか、運のみぞ知る事だ。





春澄は白く長い廊下を歩きながら、時折果敢に挑んでくる兵士を事務的に倒しながら出口を目指した。 謁見の間まで遠かったのか、それとも逃げた兵士に頼まれたのか知らないが、後から出てきて何とも今更なやられ損である。

廊下に飾ってあった高そうな壷や絵画が兵士と一緒に床に転げ落ち、無残な姿を晒しているが、そういった物に全く興味の涌かない春澄は勿体無いなど考えもせず、これもエーデルの言うお仕置きの一部になるだろうかと考え、むしろ積極的に兵士を飾り物目掛けて投げるように心がけた。 お仕置きと言うよりは嫌がらせに近かったが。


そのうち兵士も在庫が尽きたのかだんだんと静かになり、春澄は何事も無かったように1人で廊下を歩く。

何度か階段を下り、一番下と思われる階に着いた時ふと何気なく見た先の扉に『宝物庫』『書庫・立ち入り不可』と書かれているのが見えた。外への出口=1階と言う認識があった為ひたすら階段を下りていたのだが、実際は既に出口は通り過ぎて、現在居るのは地下3階だった。


そんな事も知らず、何となく気になって近づいた扉に手をかけると、強い静電気のような痛みに弾かれた。鍵が掛かって無さそうだと思ったが、どうやら結界が張ってあるようだ。

結界の解き方など春澄は知らなかったが、こういう物は結界より強い魔法をぶつけると壊れるのが基本だよな、と春澄は考えた。


「数だけしか能が無いあいつらより張り合いがありそうだ」


そう言って、先ほど想像の何倍もの大きさで出てきた火炎球(ファイアーボール)を再度撃とうと少し扉から離れる。もしも中に入れたら、召喚の迷惑料として書物ごと持って行ってやろうと考えた。もしかしたらエーデルからの依頼に関わる資料があるかもしれないし、書庫ごと駄目になるようならそれはそれで構わなかった。エーデルから魔力を上乗せされた春澄には結界が解けないという選択肢は初めから無いようである。


まずは1発扉に向けて撃ってみると、結界に吸収されるようにして火が消えてしまった。 さらに4発ほど間を空けて火炎球(ファイアーボール)を打ち観察してみるが、これは効率が悪いのでは無いかと思い違う攻撃に切り替える事にした。

結界の抵抗を気にする事無く扉に直接手を触れ、雷の障壁(サンダーウォール)を唱える。その名の通り雷で出来た障壁を出し攻撃を防ぐ技だが、その障壁と書庫に掛かっている結界をぴったり合わせて相殺させようと考えたのだ。火炎球(ファイアーボール)のように断続的なものでは無いので、この方が結界への攻撃としては有効のはずだ。


取り合えず、威力の調節をしようと先ほど火炎球(ファイアーボール)を放った時に抜けて行った魔力の感覚を思い出そうとするが、どうも魔力量が多すぎて減ったという感覚が思い出せなかった。しかし予想よりも強い魔法になったとしても、どうせ強めにしなければ結界は壊れそうに無いだろうから良いかと思い、結局最初はゲームでやっている時と同じ感覚で出してみる事にした。


バチバチッと火花が散り、磁石の反する極のような強い抵抗を感じる。そのまま少しずつ魔力を注ぎ、なかなか変化が無いように感じていたが、突然扉の前が振動するようにぶれると高音のモスキートーンのような耳鳴りがした。


雷の障壁(サンダウォール)を消し扉に触れてみると何事も無く、結界が消えた事が分かる。案外簡単なもんだなと拍子抜けしたが、本来そう簡単に出来るものではない事を春澄が知るはずが無かった。

扉を押し開けてみると思ったよりも中が狭く、10畳ほどの室内の壁の全面に本棚が並べられ、中央には背を合わせるようにした本棚が2棚あるだけだった。

本来城の書物は5階の広い書庫に収められているのだが、そちらは城に居る者なら誰でも入ることが出来る場所であり、この地下書庫にある物は人に気軽に見せることが出来ない重要度が高いものばかりだった。


入ってすぐにあった背表紙を見てみると『アンデッドの兵士を作るには』『失われた魔術に関する研究結果』『闇魔術師クロノスの一生』など、確かに結界を張った書庫に収めた方が良さそうな本ばかりだった。


当初の予定通り本棚ごと書物は頂いていく事にして、すべて異空間収納(インベントリ)に収める。隣の宝物庫からも頂いていくかと考えたが、ろくでもない王族は無くなった財宝はまた民衆から集めるような愚行を犯しそうな気がしたので、そのままにしておくことにした。

持って行って民衆にばら撒いたとしてもどうしても偏りが出る為やめた方が無難だろうと、宝物庫に関する嫌がらせは諦めたのだった。



書庫を出て、外への出口を探そうとしたところで、春澄は転移(テレポート)が使えることを思い出した。

一度行った場所や見えている場所でないと発動出来ないスキルなので新しい世界では暫く使う事は無いと思っていたが、最初の召喚陣の場所へなら使える。

どうせそこへ戻って召喚陣を壊すのだから、ここで外への出口を探し回るよりさっさと転移(テレポート)を使った方が手間が無い。


ふと、転移(テレポート)を使う前に何となくエーデルに貰った指輪を確認してみた。


「………何で真ん中が赤くなってるんだ?」


エーデルの話では、召喚陣などの膨大な魔力に反応して、指輪の石の端が赤の濃淡で示されるはずである。

今、石の真ん中が赤くなっているという事は、正にこの場所か、あるいはこの下に目標物があるという事だ。

だが春澄はそれよりもう一つの可能性を思い浮かべた。


「まさか俺の魔力に反応してるのか…?」


それを証明する為に石を強く押して次の反応を表示するようにし、石の端が赤く光ったのを見て、改めて頭の中で目的地を設定した。


転移(テレポート)


一瞬自分の身体から重力が無くなった感覚がし、すぐに重みが戻ってくる。

変化した景色がこの世界に最初に見たものと同じで、春澄は召喚陣の上に転移した事を悟った。前回と違うのは人が居ない事だけで、この場の見張りなどは居ないらしい。

まず、指輪の反応が石の中心で赤くなっている事を確認してから陣に視線を戻す。


「最初から召喚陣以外の魔力に当たったぞ、エーデル」


『召喚陣以外にそうそう膨大な魔力は無いはず』と言っていたエーデルを思い出し、春澄はとくに文句を言う口振りでもなく、報告でもするかのように呟いた。

次の場所を表示させた先がここを示していたのなら、やはり先ほどは春澄の魔力に反応していたのだろう。

果たしてこの指輪の反応する魔力値が思ったより低いのか、自分の魔力が多すぎるのかいったいどちらだろうと考えた。


「ま、どっちでも良いか」


春澄は考えても仕方が無い疑問を頭から追い出すと、何か召喚陣に変なところが無いか確認する為、膝を付き端から円に沿ってじっくりと観察する事にした。

召喚陣の事など全く分からないが、他にあるらしい召喚陣を見た時に何か違いなど分かる可能性もあるし、これは壊さなければいけないので今のうちにやれる事はやっておきたかった。

邪魔者が居ないので、心置きなく観察できそうだ。


純白で描かれた大きな円形模様の内側に、微量に紫がかった白で彩られた別の円形模様があった。純白の方は春澄の読めない言語で書かれているようだ。エーデルに主だった言語の読み書きだけ出来るようにしてもらった春澄が読めないのだから、これはあまり有名な言語では無いのだろう。

内側の陣は春澄には完全に模様にしか見えなかったが、もしかしたら文字の可能性も無くは無い。後で城から持って来た本を適当に見てみようと思うが、魔術師達でも分からなかったのだからあまり意味は無いかもしれない。


そして円の完全な中心に視線が行った時、じっくり見ていても見逃したかも知れないほど模様に馴染んでいる何かを見つけた。模様の線の下にあるのだろうか、10cmほどはあるのに模様と同色なせいで意外と気づけなかったが、一度認識してしまえば見失う事がない程度には異物だ。

先ほど国王はこの異物の事は言っていなかったが、魔術師達が気付かないはずが無いので、報告を受けた国王が重要な情報だとは思っていなかったのか忘れていたもしれない。


欠片を取り出す前に、鑑定(アイデンティファイ)を使ってみることにした。

外側の白い魔法陣を見ると【召喚魔法陣:指定の物や人を呼び出す。呼び出せるものは供物に準ずる】と出た。供物とはこの場合魔力なのだろうが、他に代用できるものがあるのかもしれない。

次に内側の薄紫色の召喚陣を見ると【鑑定不可】となっていた。鑑定(アイデンティファイ)を使えないとは、城の魔術師達にもわからなかった代物なだけある。

初めて見る表示に春澄は僅かに眉を顰めたが、構わず次の行動に移る。


確認は済ませ後は壊すだけだったので見つけた物を取り出そうと、魔物の解体に使っていた短剣で地面を抉ってみる。異物を取り出してみると、煙が散るようにふわりと内側にあった薄紫の召喚陣が消えてしまった。

残ったのは内側の召喚陣と同色だった、薄紫色の細長い何かの欠片と、外側の白い召喚陣だけだ。

一応欠片にも鑑定(アイデンティファイ)をかけてみるが、やはり【鑑定不可】と出るだけだ。


「ま、そんなうまくは行かないよな」


この消えてしまった方が昔からあった魔法陣なのだろうが、これは一体何なのだろうか。

今は考えても分からないだろうが、自分では召喚陣を壊す程度しか出来ないのでは無いかと、エーデルに少し申し訳なく思っていたのだが、召喚陣の謎を解く手がかりになりそうな物を見つけて心が軽くなるのを感じた。


異空間収納(インベントリ)から出したタオルに欠片を大事に包んで戻す。

欠片のまま異空間収納(インベントリ)に入れても無くす事はあり得ないのだが、気分の問題だった。


そして昔手に入れてから使った記憶が無いバトルアクスを取り出すと、残ったままの白い召喚陣へ向けて振り下ろした。

何度か振り下ろすと、鋭い斧のような巨大な刃によって分断された場所は、そこに何があったか分からないほど荒れた地面が完成した。


隣にあえて残した転移魔法陣に視線をやる。次に彼らがそこから出てきた時に召喚陣が無くなっている事に気づいた時の反応を予想し、ふっと笑いを漏してから出口へ向かった。

それを確かめるまでここに居たい気持ちも無いわけではないが、いくら時間があろうともそんな事に時間を割くわけには行かないのだ。


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