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36.モンキーバット

すみませんお待たせしました。


ちょっとしたあらすじ。

過去を口にし、気を落としたように見えるシドを気にした少々不器用な春澄が、とりあえず美味いものを食べさせようとミストの実を食べに行く事を提案し、ついでに依頼を受けてミストの木へと行く事に。

ミストの実を目指し、王都を出て暫くした頃。


「この辺で良いか。少し移動時間を短縮しよう。……シドはとりあえず翼は出さないで俺につかまってくれ」

「うむ」


春澄がユキを片手で抱き上げ、反対の手でシドの手をつかむ。

先日の沼の時にシドの翼で破れた服は、偶然持っていたほぼ同じようなものに変えてあるが、そう何枚も背の高いシドに合う服を持っているわけではない。だが魔法などがある世界なのだから、おそらく翼を出し入れしても大丈夫な都合の良い服があるはずだ。

何処かでシドに合う服を買わなければと考えながら、飛翔ウイングで上空へと浮かぶ。

空に浮かぶ一番低い雲にほど近い高さまで上がり、辺りを見渡す。

テリアから聞いた話だと山脈の間にあるそうなのだが、ミストの木が群生していて霧が発生しているという事は、うまくすれば上から見たらわかるかもしれないと思っての行動だ。

そして一番にユキがその場所を指した。


「あ、はる様。あの辺り、なんだかもやもやしています」

「うむ、あれだな」

「……あれ、なのか?ユキ達は探し物がうまいな」


山間の中に、言われなければわからない程度の、かろうじてもやが掛かっているような場所が遥か遠くに見えた。春澄にはそれが霧なのか、遠すぎて視界がぼやけているのか判断が付きにくかったが、やはりユキやシドの方が視力が良いのだろう。決して春澄が探すのが下手というわけではないはずだ。

春澄はそのもやもやとした辺りの手前に目標を定め転移テレポートを発動させた。





霧の少し手前の上空に転移し、ゆっくりと地面に降りる。

このあたりには霧と目視出来るものは来ていないが、風でいくらか流されてくるのか湿っぽい空気をしている。

先ほどまでより少し冷たい風が髪を撫で付けた。その風に乗って、何かが周囲の木の枝を無数に移動している気配が漂ってきた。

視線を巡らせると木の枝から枝へ、上空を無数の影が飛び交っている。

空中にいるものは早すぎて形を確認できないが、木の枝に止まっているものを見るとモンキーバットで間違い無さそうだ。


大きさはおそらく30cmほど。猿の腕に蝙蝠の羽をはやし、そのまま墨を塗りたくり真っ黒にしたような見た目。彼らを猿として見れば子供くらいの大きさだが、蝙蝠としてみればかなり大きいサイズだ。


各々枝に長い尻尾を巻きつけ羽で身体を包むようにしてぶら下がっていたり、まるで蛾のように羽をぺたりと広げて木の幹に止まっているものも居る。

観察していると、彼らの羽の上部が、陽に当たると刃物のようになっていてきらりと光を反射させるのが見えた。

今は明るいからまだ良いが、夜に彼らが襲ってきたら大抵の人間は訳もわからぬうちに体を切り裂かれそうだ。


おそらく今は、彼らが守るミストの木に不審者がこれ以上近寄るのかどうか観察しているのだろう。

その境界線は、霧の中に入るかどうか、といったところか。


「ユキ、あいつら動きがかなり速いから念の為これを付けて中に入っててくれ」

「わかりました」


滴の形をした黒曜石のようなものが付いたイヤリングをユキの耳に付ける。致命傷を受ける時に一度だけ防いでくれるものだ。


『はる様の目と同じ色』と嬉しそうに呟いたユキは、春澄の言葉をきちんと理解し兎の姿へ戻ろうと目を伏せた。ユキの身体を淡い光が包み、そのシルエットが小さくなる。春澄は地面に落ちた服をしまい、なれた様子でユキを抱き上げて懐の中に入れた。


そのうち戦闘に参加させるとしても、流石にBランクとされているモンキーバットとユキを今対面させる気は春澄には無かった。


「よし、行くか。シド、あまり殺さないように気をつけてくれ」

「うむ」


上空を飛び交う彼らの速さは相当なものだ。離れて見ている今はなんとか目で追えるが、あれが近くに居たら瞬間移動だと錯覚するほどのスピードだろう。

そんな動きをする彼らを、殺さずに対処するのは非常に難しい。


「とりあえず、これを使うか」


春澄はふと存在を思い出した盾を二つ取り出し、一つはシドへ渡す。

普段は普通の盾だが、魔力を通し相手に盾を翳すとその方向からは周りの風景に溶け込み認識されにくくなり、こちらからは盾が透け向こう側を見ることが出来るものだ。


こういうものを使い作戦を立てるよりも、正面から敵に挑む方が好みだった春澄は今まで使用した事はなかったが、役立てるならこの場面しかないかもしれない。


モンキーバットの速さを利用し、こちらに向かってきたものを盾に当てることによって自滅させたいが、あまりの衝撃でそのまま天国に旅立つ事が危惧される。しかしそれは一度試してみなければわからない。


「まあ、この数を馬鹿正直に相手にしてたら先に進むのに時間が掛かりそうだから……まずは走るか」

「うむ。それがよかろう」


春澄はシドとアイコンタクトを取ると、すっかり油断していたモンキーバット達を置いて霧の中へと突っ込んだ。

少し進んだだけで、薄っすらとした霧だったのが早々に濃くなっていく。

この霧ではシドの姿など見えないが、はぐれたとしても春澄には居場所を把握する事が出来るので問題は無いだろう。


身体強化を施し、視界が悪い中に突然現れる木などを避けながら進むと、早速近くで風を切る音がした。モンキーバットだ。

身を低くすると、先ほどまで頭があった位置を黒い風が通っていく。態勢を整える間もなくすぐに別の気配が迫るのを感じ、持っていた盾で右側をガードする。

敵を認識出来なくとも、途中で止まることが出来なかったモンキーバットが、鈍い音を立てて張り付くように激突した。

果物であれば原型を留められない程の衝撃だったはずだ。


正直今ので生きていられるとは思えなかったが、盾からはがれ落ち、出来の悪い剥製のように動かなくなったモンキーバットを鑑定アイデンティファイで確認すると生命体として認識されたので、生きてはいるようだ。


さすが、異世界の魔物はたくましい。落ちたものに一瞥を向け春澄は走り去った。


春澄のスピードもなかなかのものだが、所詮は人間の速度だ。走っている間もその速さをものともせず周囲にモンキーバットが集まってくる。

彼らは自分たちのスピードに絶対の自信があるのか、あるいは仲間とやり取りをしているのか、『チチッ、チチッ』と鼠のような鳴き声を隠そうともせず迫ってくるので、先ほどよりも数が増えているのが手に取るようにわかった。


春澄は右手に持っていた盾を左に持ち替えて、空いた手にいつもの黒刀を出した。

数匹が四方から降下してくるのを、前方と左は盾で対応し、他は黒刀で相手をする。羽を切り落とせば相手の動きをかなり制限することが出来るだろうと、羽の辺りと思われる影へ狙いを定め刀を振るう。


しかし、黒刀は振り抜かれる事無く、まるで刀同士が打ち合った時のような甲高い音がし春澄の動きが止められた。

春澄が僅かに驚きを表した隙に、相手のモンキーバットはそのまま黒刀と触れ合ったところを軸にするように回転すると、何食わぬ顔で上空へ戻っていった。


「刃のような羽っていうより、まんま丈夫な刃物じゃないか」


想像よりはるかに丈夫な身体をしている彼らに驚きつつも、ミストの木を目指す足は止めない。

また前方から飛来してきた影へと盾をかざすと、その影はぶつかる直前に形を変え、手足を伸ばし盾にぴったりと張り付いてきた。


あちらからは春澄の様子は見えていないが、こちらからは相手の様子が丸見えだ。

全身に生えている艶の良い黒い毛や、人の手と肉球の中間のようなぷにぷにとした手の平は触り心地が良さそうだが、反対にニヤリと歯茎まで剥き出しにして目を細めただらしのない顔が盾を挟んで春澄の眼前に晒された。


「う……」


それがやけに気色悪く思え、丁度良いタイミングで前方に現れた木の幹に異物が張り付いた盾を春澄は勢いよく打ちつけた。罪のない木が撓みミシミシと悲鳴を上げる。

が、板ばさみになる寸前に抜け出したモンキーバットが盾を飛び越しもう一度春澄の顔面へ狙いを定める。踊るように回ったモンキーバットの羽が、バックステップをふむ春澄の頬を掠め一筋の赤い線を作った。


深追いはしない主義なのか、そのモンキーバットは迷う事なく逃げ去り、交代するように新たな固体が走り寄ってきた。心なしか飛来してくるモンキーバットの速度も弱まり、地面から走り寄って来る個体が増えている気がする。

そして先ほどから攻撃の隙を窺うように、飛び跳ねながら並走してくるモンキーバットが8匹居た。

そのうちの一匹が飛び跳ねたかと思うと、突然羽を広げまるで竹とんぼのように飛来してきた。それを皮切りに飛び跳ねていた他のモンキーバットも同じ動きをする。


「っ!こいつら相打ちって言葉を知らないのか!」


明らかにターゲットをバラバラにする目的で四方からやってくる彼らは、敵を逃がしもしないが確実に味方をも傷つける陣形だ。そうまでしてミストの実を渡したくないのか、あるいは同族の羽に当たっても傷がつかないほど丈夫な皮膚なのか。

春澄が全神経を集中させ魔力を地面に通すと、6匹が吹き飛んだ。地面から飛び出した棒状のものがモンキーバットを弾いたからだ。

さすがにあのスピードで迫って来る彼らを一瞬のうちにすべて正確に攻撃できるよう魔力を練る事は出来ずに取りこぼしたが、2匹なら対処する事は可能だった。


一匹は黒刀で切り付け、低い位置に居た方は蹴り飛ばす。だが黒刀で『切った』手ごたえはあまり無かったので、やはり皮膚自体も丈夫なようだ。

一旦攻撃の手が止んだ隙に、先ほどのモンキーバットの思わぬ連携に春澄は息を吐いた。


「これでBランクの依頼か。いつだったか倒した同ランクのレッドアーマーベアよりはるかに厄介なんだが……」


呟いた春澄がふと周囲の霧へ視線をやると、何やら霧が意思を持ったように形を作り出していた。それはまるで雲で作られた人間のようだが、関節の無いふわふわと人間離れした不規則な動きをしながら、同じものが春澄の周囲をぐるりと囲む。頭上にも海水に浮かんでいるような動きで何体か漂っている。


もしもこれがモンキーバットが扱う魔法によるものだったとしたら、彼らは先ほどのような脂下がったような顔をして笑っているのではないだろうか。


本当に厄介だ、と先ほどのセリフをもう一度胸の中で反芻すると、あれに黒刀は通用するのだろうかと思いつつも春澄は構えを取った。








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