35.彼らの望みは叶えられず
シドの『天空のゆりかご』での食事はあんかけチャーハンもどきが、まるで副菜のように注文される。
それを食べるシドの向かいで、春澄は日々メニューを順番に注文していた。せっかく異世界に来たのだ、順番に食べていたら不思議食材に当たれるかもしれないと思っての事だ。
今日頼んだものは、見た目はソースや野菜などで彩ってあるものの、正直そこまで食欲をそそるものではなかった。しかし一口食べると見た目を裏切る美味さに食べるペースが上がった春澄を見て、ユキとシドが興味深そうに見てきた。彼らにも一口ずつ食べさせてやると驚いた様子だったので、次の食事はこれも副菜のようになるかもしれない。
そんな朝食を終え、春澄達はギルドへと来ていた。中に入り、いつも通りテリアの前に座る。
「おはようございます。春澄様と……シ、シド様。……あら、可愛らしいお嬢様ですね」
「ああ、ユキだ」
「ユキ、さま?」
シドを見て緊張した様子を見せたテリアだが、その隣に居る可愛らしい少女を見てぱちくりと目を瞬かせた。
「服、前に店教えてもらっただろ?」
「あ、はい。この方の為のお洋服だったのですね」
「ユキ、お前に買ってきた服、テリアに店を教えてもらったんだ」
「わぁ、そうなんですか?とっても可愛い洋服でした。ありがとうございます」
「あ、いえいえ。気に入ってもらえてよかったわ」
テリアは優しげにユキに微笑んでから、意を決し気になっていた事を尋ねた。
「あの、春澄様……今日はいつものホーンラビットの子は連れていらっしゃらないんですか?」
「いや、だからここに居るだろ?」
「え?」
ここで漸く春澄は、いつものホーンラビットが目の前に居る少女だと伝わっていない事に気がついた。前回の買い物の時に伝わったと思い込んでしまったが、そうではなかったのだ。
「あー、説明不足だったみたいで悪い。ユキもシドと同じように人化したんだ」
「え。……え?あの、ホーンラビットが人化したんですか?」
「ああ」
春澄が返事を強調するようにユキの頭にぽんっと手を乗せてやると、テリアの視線もそちらへ向く。
しばらくテリアはユキを見つめていたが、やがて自分を無理やり納得させるように二度大きく頷いた。
「…………わかりました。確かによく似ていますね。常識が崩壊した気がしますが大丈夫です。……ええ、大丈夫です。春澄様、失礼な事を考えてしまって申し訳ありませんでした」
「何の話だ?」
「あ、いえ!気になさらないで下さい!ところで今日はどうなさいましたか?」
混乱ついでに思わず謝ってしまったテリアだったが、まさか春澄がホーンラビットを可愛がるあまりに適当な少女を見繕い『ホーンラビットが服を着ていたらこんな感じだろうか』などと妄想してしまうような事をしていたらどうしよう、なんて勘違いをしていた事など言えるはずもなく、話題を変える事で誤魔化したのだった。
こんな事を口にしてしまえばこの受付嬢は『お前は一体俺をどんな目で見ているんだ』と春澄に絶対零度の瞳で睨まれるかもしれない。
テリアの態度を疑問に思いつつ、春澄は話題の変換に応じた。
「テリアはミストの木が何処にあるのか知ってるか?」
「もちろんです。もしかして、依頼を受けてくださるんですか?」
春澄があっさりと次の話題に乗ってくれた事にほっとしつつ、ミストの実の話が出た事でテリアは目を輝かせた。
「ああ。個人的に行く事にしたが、どうせ行くなら受けた方が良いと思ってな」
「まあ、ありがとうございます!では……こちらの『ミストの実、100粒以上希望。1粒5万ペル』の依頼でよろしいでしょうか?」
春澄は適当に頷こうとしたが、聞き間違いをしたような気がしたので、もう一度テリアに尋ねた。
「もう一度言ってくれるか?一粒いくらって言ったんだ?」
「1粒5万ペルです」
「ミストの実は一口サイズだって聞いていたが」
「はい。そうです」
「1粒5万……」
高級なものだとは聞いていたが、そこまで高いとは思わなかった春澄は開いた口が塞がらなかった。
「…………高いな」
「いえ、これは冒険者に入る金額ですから。お店で売ってるミストの実は7万ペルくらいはしますので」
「なんだその値段は」
春澄は、あまりの値段の高さに思わず呆然としてしまった。
「ふふ。この値段は食べたら納得出来るんですよ。こちらの依頼でよろしければ、カードをお預かりしてもよろしいでしょうか」
「ああ」
テリアは春澄からシドとユキの分のギルドカードも受け取ると、いつものようにこちらからは目に見えない何かを操作しだした。 その間に春澄は気になる事を思いつく。
「ミストの実がそんなに高いなら、冒険者は依頼を受けないでそのまま自分で売ったほうが良いんじゃないか?」
春澄の疑問はもっともだ。冒険者に入る金額は5万。売値が7万だとすると、冒険者は2万ペルを損することになる。依頼を受けるメリットが無いのではないだろうか。
「それはいくつか理由がありますが、商売をするにはきちんとした登録が必要なんです。もちろん冒険者でも登録は出来ますが、固定の場所、あるいは移動型の店舗を持っていないといけないので、冒険者であればわざわざミストの実の為に店を構えたりはしません。店で売る為のミストの実が割れないようにする包み袋など雑費は依頼者持ちですしね。もちろん個人売買をしている人も居ますが、多少は黙認されています。それに、いつも即完売の人気商品とはいえやはり高額な物なので、用意しすぎると売れなくなってしまうんです。ですから、ミストの実だけで商売をしようという方は居ないですね」
「なるほど」
「それからミストの実について注意事項があるのですが、ミストの木周辺に居るモンキーバットは殺しすぎないようお願いします」
「何故だ?」
「モンキーバットがミストの木の管理をする役目をしてくれているからです。殺しすぎると、管理に影響が出ますので」
ミストの実は他の植物と同様に、熟れすぎると地面に落下し種が芽吹く。しかしミストの実はあまりに種が多いため、そのまま放置するとそれぞれの芽に栄養が行き渡らず、うまく育たないのだ。その芽をうまく間引くのがモンキーバットとなる。
彼らの主食はミストの実だがおやつ程度にミストの芽も食べており、捕食者と被食者のその関係性は非常に調和が取れているのだ。
「もう一つ。風魔法や、空気の乾燥する魔法の多用は避けて下さい。ミストの実は軽い衝撃などですぐに割れますが、表面が乾燥してもすぐに割れる性質を持っています。自ら霧を出すのは、種が育つまで地面に落ちないようにしているからだと言われていますので、風で霧を飛ばし過ぎないようにしてくださいね」
「わかった。気をつける」
「では最後に、こちらは依頼者より預かったミストの実専用のケースです。壊してしまうと弁償しなければならないのでご注意ください」
「そんなものがあるのか」
ミストの実はすぐに割れてしまうため、取りに行く場合はケースは必需品だ。
ケースには特殊な魔術がかかっており値段も張るものだが、ミストの実を取りに行ける実力者であればすぐに取り返せる金額だ。
春澄は異空間収納があればケースは無くても大丈夫ではないかと思ったが、もしかしたらミストの実の脆さを甘く見ているのかもしれない。
「ではこちらがケースとギルドカードです。ケースの中に、さらに簡易魔術が施してある袋が入ってますので、その中に一粒ずつ実を入れてください。では、気を付けて行ってきて下さいね」
テリアがにっこりと春澄たちを送り出そうとした時だ。後ろから大きな声で春澄の名前を呼ぶ者が居た。
「おいこら春澄!ようやく見つけたぜ!」
聞き覚えのある酒焼けしたような声に振り返ると、薄紅色の髪を揺らした隻眼のバディストがこちらを指さしていた。
背は小さいが筋肉の塊のようなハボックとスキンヘッドで口数の少ないゴートも後ろに居るようだ。
彼らは以前春澄に絡んできてあっさりと負けた三人組である。
「おうおう!なかなか会わねぇからどっか他の町にでも移ったのかと思っちまったぜ」
「けけけっ、今日こそは一撃いれてやる。前回までの俺らと同じだと思うなよ」
彼らは、主にバディストとハボックがにやにやとしながら春澄達のそばへと寄って来る。
またこいつらか、と見ていた春澄は、次の瞬間行われた彼らの突然の奇行に思わず身体を引いた。
春澄のすぐそばまで来た三人が、キッと春澄を挑むように睨み付けた後、突然膝を付き、がばっと地に両手とおでこを付けたからだ。
バディストがそのままの体勢でよく通る声を響かせる。
「前回は完全に俺らの負けだ!今日はもっかい勝負しろ!」
「…………一体何のまねだ」
周りにいる者達も、一体何事だとこちらを注目している。
「おい、なんか少年があのバディストを土下座させてるぞ」
「なんだなんだ。Cランクよりもあの綺麗な兄ちゃんが上って事か?」
「えー、あの兄ちゃんがCランクより強いってんなら俺なんかAランクなんじゃね?」
「バカ、よく見てみろって。あれ、異例のAランクの……」
「あれが噂の……初めて実物見たよ。しかしあんな綺麗どころが三人も居ると壮観だな」
ひそひそとこちらを見ながら飛び交う言葉達の中に、春澄の中では言われたくない言葉の上位に入る単語が混ざっており思わずそちらに視線を向ける。
以前にもこの世界に来て『少年』と言われたことはあるが、春澄は現在20歳だ。少年と呼ばれる年ではない。日本人は若く見られると聞くが、あまりそれを言わないでほしいのだ。
確かにこの世界の男は体格が良いものが多い。
シドも、グレン達も、バルジも、目の前の三人だって春澄より体格が良い。あの知り合いの兄弟も、15歳程の弟は流石に春澄より小さいが、兄の方は少し背が高い。
春澄とてこの世界に来る前から筋肉のよくついたカッコいい男に憧れており、あまり筋肉の付かない自分の身体に軽いコンプレックスはあった。それでも筋肉が付いていないわけでもなく、運動量に対して見合う筋肉が付いていないだけだ。
日本では決して言われないが、この世界でも必ず少年と言われるわけではない事から、人によって印象の違う微妙な年齢、17歳前後に見えているのかもしれない。
春澄がうらめし気に日本より発育のよい異世界人を見ていると、次第に周囲が静かになってきた。
内緒話でもよく聞こえそうな空間の中、バディストは上半身を起こし、両手を腰に当てると得意げに言った。
「前回、負けたら土下座でも何でもするって言っちまったからな。どうせならと勝負の申し込みと合わせてみたぜ」
「……ああ、そういえば。意外と律儀だな」
「けけっ。足舐めはお前が断ったからな。今更頼まれてもやらねぇぜ」
「こっちだって頼まれても言わないから安心しろ」
バディストの言葉に感心した春澄だったが、次のハボックの言葉には気色悪そうに口元を歪めた。
その顔をみてバディスト達の笑みが深まる。
「けけっ、お前の表情が変わるのは愉快だな」
「次は勝負でその顔を歪めてやるからな!俺達はあれから偶然にも師を見つけて鍛えてもらったんだ。一味違う俺らを見せてやる。早く闘技場に行くぞ」
「……お前らは人の予定を聞かないな。却下だ」
「なんだと!?お前この前次の勝負の約束したじゃねぇか!」
「そうだ!約束は守りやがれ!」
バディストとハボックから抗議の声が上がるが、春澄はいつも通りの涼しげな顔だ。
「そうだな。『暇だったら』付き合ってやるとは言ったな。あいにくこれから出かけるところだ」
「くっ!ちょっとくらい良いじゃねぇかよ。土下座までして頼んだ勝負を断るとは!」
「それは前回の負けの条件だろ?今回には関係ない」
「くっそぉ!正論で返しやがって!って、おいこら待て!」
ミストの実の依頼も受け、出発の準備は整っていた。
春澄は後ろで騒がしいバディスト達を置いて、後ろを気にしているユキの背中をそっと押す。
『次会ったら覚えてろよ!』という叫びを背中に受けながら春澄達はギルドを後にしたのだった。
非常に騒がしい音を背に浴びながら、シドがポツリと呟いた。
「……先日の兄弟も騒がしかったが、主の知り合いは意外と騒がしい者が多いのだな」
「好きで知り合ってるわけじゃないけどな」
春澄は肩をすくめる。
しかしいつだったか、以前シドに騒がしいのは好きではないと言った春澄だったが、その表情は彼らの事を嫌ってはなさそうだった。
そんな春澄を見て、ユキが袖を軽く引いた。
「どうした?」
「……はる様は、私が強くなって、はる様と戦ったら嬉しいですか?」
「ユキが?」
春澄はユキからの意外な質問に目を見張った。
「んー、そうだな…………」
その考えたことも無かった質問に、すぐに答えは出ない。
確かに強い者と戦うのは好きだが、春澄にとって今のユキは庇護対象だ。
たとえユキが強くなったとしても、自分と対戦をする姿というのは想像が出来なかった。
「正直、よくわからないな」
「そうですか……」
ユキがしゅんと肩を落とす。
春澄は慣れた手つきでユキの髪に手を差し入れ、すくように撫でた。
「なあユキ。お前は最初に俺に助けられたと思ってるから、何かしら役に立ちたいとか恩を感じてるのかもしれないが、もう気にしなくていいんだぞ?別に俺の役に立とうとか、そういうのは気にしなくていい」
その言葉を聞いてユキがきょとんと春澄を見上げた。
ついで、少し慌てたような表情になり、次第に困ったように白い耳が垂れる。
「違うんです。自分が嬉しいから……」
「……?」
「御恩なんて、きっといつまでだって返せません。だって、はる様の傍に居られることが、あったかくて、とても幸せで。返したいものはたまっていくばかりです。それに、はる様の役に立てたら、はる様に喜んでもらえたら、私が嬉しいんです。私が嬉しい事ばかりなのに、御恩ってどうやって返したらいいんだろうって、時々思います」
「…………」
『うーん』と首を傾けたユキから、春澄はさりげなく顔を背けた。
ユキはたいした事を言ったつもりはなさそうだが、言われた方はそうとは思えなかった。今まで向けられたことのない、ただただ純粋な好意。それに対する対応の仕方が、春澄にはわからなかった。
それに、特に優しい言葉を掛けたわけでもない自分と共にいて、あたたかいとはどういうことなのだろうか。
春澄は、『誰かの為に』なんて気持ちは基本的に無いものだと思っている。
結局は『相手に喜んでほしい』という自分のエゴイズムに過ぎない。だから『誰かの為に』と大義を掲げて行動する人間を、春澄はあまり好まない。
しかし、ユキはきちんと自分の感情だと本能で理解している。
この些細な違いは、同じ色でありながら決して交わらない空と海のようなものだ。
背けた顔の先で、楽し気に目を細めたシドと視線があった。
「……なんだ」
「我は何も言っておらぬぞ?」
その見透かしたような言い方に、春澄はそっとため息を吐いた。
何やら悪戯が見つかった子供のような、微妙な心情だ。
仕方なく視線をユキの方へ戻す。
自分の気持ちを押し付けてこない、そっと寄り添うように共に居る彼ら。
彼らと共にいる居心地の良さを『あったかい』というのなら、おそらくユキと同じ想いを春澄も抱いている事になる。
しかしきっと、彼らになら押し付けるような我儘を言われようとも、春澄はそれを叶えたいと思うかもしれない。
それは何故だか、春澄にもわからないが。
シドもきっと、春澄と交わした『魂の契約』だけで共に居るわけではないのだろう。
その心を口にするかわりに、春澄はユキの頬を手の甲で一度するりと撫でた。
「……さっきの話だが、ユキが自分の身を守れる程度に強くなるのは良いと思う。ユキも一日中人型を取れるようになったし、そろそろシドにも武術の型を教えて朝稽古の相手をして貰おうと思ったんだが、ユキも一緒にやるか?」
「はい!」
「それに……前にも言ったがユキを撫でてると落ち着くからな。戦うよりも、もっと撫でさせてくれたら嬉しいかもしれないな」
「ふふっ。わかりました。私もはる様に撫でてもらうの、大好きです」
ユキの顔にぱぁっと笑顔が広がる。
そんなユキと春澄の様子を見て、シドが柔らかく目を細めた。




