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34.明日の予定は

シドはどんなに時が経とうとも、忘れることが出来ない過去の記憶を辿りながら、話しても差し支えなさそうな部分のみを語った。

当然、イリスが魔王と名乗った事や魔王の定義、エルフに風の精霊と話せる者が居る事などは話さず、イリスは魔族の中でも位の高い立場だったなどと少し変えながら口にした。

シドの記憶はここまでだが、魔族が人間を一斉に攻めたという事は恐らくあのエルフが魔族と合流し、イリスが人間に殺された事を知らせたのだろう。

暫くの間場は静まり返り、漸く搾り出すように口を開いたのはペンタミシアのロドリゲスだった。


「そんな話っ、信じられるわけが無い!人間と魔族が苛烈に争うきっかけになったのが、我が国の王が発端だったなどっ……!」


部屋の中の、主にペンタミシアの面々の雰囲気が硬くなる。

大半の者は難しい顔をして押し黙っているが、特にメランジュ王国の方は静かなものだ。

頭を抱えている者も居るが、騒がないようあらかじめ国王に何か言い含められているのかもしれない。

しかし、先ほどの視線から一転、同情的な視線や気まずそうな視線が含まれることから、シドの話を疑っている様子はなさそうだ。

ディアス王や宰相も、眉間に皺を寄せながらこめかみを指でもみほぐしている。


「これは、なんという事。……予想外の問題が出てきてしまった」

「我が国は良いとして、ペンタミシアにとってはかなり厳しい状況ですな」


シドの扱いをどうするのかという問題が、人間と魔族がはっきりと争うきっかけとなったのが500年前のペンタミシアの国王にあると発覚してしまった。

国として、事実を公表したとしても既に責任を取る取らないの次元では済まない問題だ。


場の雰囲気を感じ取り、ロドリゲスが円卓に拳を叩きつけた。


「何を皆弱気になっている!最初人間側に問題があったのだとしても、あれほど一帯を、沢山の人々を死なせる必要はなかったのではないか!王一人に復讐するだけですんだのでは!」


確かにシドが何の罪も無い国民を殺したのは事実ではあるが、どのみち魔族と人間の衝突は避けられなかった事態だ。


「その件に関してはすまなかったと思っておる。我が自我を失うなど、想像もしていなかった。魔族達は自分の手で復讐を遂げたかったであろうに、我が先に殺してしまったのだから」

「なっ!何という事を!!そういうことを言いたいのではないっ!」


意図的とも思えるシドの見当違いの発言に、ロドリゲスが激高した。

そこへ、気の弱そうな青年がおずおずと小さく手を挙げながら口を開く。


「ロ、ロドリゲスさんの言う通り、赤竜様がやり過ぎてしまったという意見もありましょう。ですが、赤竜様自身が仰ったように、この方は『魔物』です。人間の理には沿いません。あの雄大で美しいお身体で……あ、失礼。ロドリゲスさん、そんなに睨まないでくださいよぅ。……大きな体でお怒りになってあの程度の被害で済んだのですから、むしろ被害は少なかったとするべきではないでしょうか……?」

「ワイマール!貴様はどちらの味方なのだ!?たった一人の命の為に、それほどの被害を出されていたのではかなわん!やはりこのようにいつ敵にまわるかわからん危険な存在を生かしておくわけにはいかないだろう!」

「ロドリゲス公、落ち着いてください」

「聞けば魔族と友人だったなどと、いつ人間に害成す事か分かったものではない!危険すぎる存在だ」

「危険なのは始祖竜と事を構えるなどと申しているあなたの思想ですよ」

「なんだと!?」

「で、ですから、争いはやめましょう。赤竜様に落ち度がない事がわかったのですし、平和的解決が一番いいと思いませんか?」

「しかし…ロドリゲス公の言う通り、やはり野放しにするのは危険な面も……」

「おい」


ロドリゲスに賛同する声が一つ挙がったところで、春澄の冷ややかな声が彼らのざわめきを打ち消した。


「あんたが俺の仲間に対して難癖つけるのを聞きに来たわけじゃないんだよ。そういうのは裏でやれ。……ただ、この場でどうしても敵である事を意志表示したいというのであれば、俺も喜んでそれに応えてやるが?」


ユキが言っていた『シドの大切な話』は終わった。

目の前で堂々とシドを生かしておくわけにはいかないなどと言われ、大人しくしている事は無い、と春澄はうっすらと口元に笑みを浮かべ敵意のある者に対して殺気を放った。

それに足を一歩後ろにやりながらも、冷や汗を滲ませたロドリゲスが負けじと睨み返す。

自分に向けられたわけでなくとも鋭く冷たいものを感じるのか、皆一様に固唾をのんで事の成り行きを見守っていた。

両者睨み合う中、それを遮ったのはペンタミシア王国の王子、ルークだ。


「たびたび、我が国の者が申し訳ありません。契約者殿、どうか怒りを静めてください。……そして、赤竜殿。辛い記憶にもかかわらず、語っていただき感謝いたします」

「王子!この竜に感謝など!第一、真の事かどうかわかったものでは」

「ロドリゲス公、黙ってください。…………あの一帯は焼け野原になり生き残りは居なかったとされていますから、当然重要な書物なども燃えてしまいました。ですが、当時の公爵の一人が他国に出向いていて生き残っていました。その方が、今のペンタミシアを治めている王族の先祖なのですが、彼が書いた手記によると、当時の王には死体愛好の趣味があったようです。赤竜殿の話と一致する部分があります。それから、赤竜殿とその契約者殿と事を構えるのは、私は賛成できません。……と言っても、私に強い発言権はありませんし、この場は公式なものではありません。しかし、赤竜殿にお願いした立場の者として、これ以上彼らに対する失礼な発言を許すわけにもいきません。いろいろと意見はあるかと思いますが、どうか、これ以上の話は後日にしていただけませんか」


年若い第王子が凛とした声で仕切ると、ロドリゲスもしぶしぶ静まり再び場は沈黙に包まれた。

周りを見渡して、春澄はため息を吐きながら立ち上がる。


「とりあえず、もう用が無いなら俺達は帰るが」

「うむ、主よ。帰るとしよう」

「……あの、最後に一つだけ聞かせてください」


先ほどワイマールと呼ばれていた、ペンタミシアの気の弱そうな男が春澄達を呼び止めた。


「赤竜様は今後、人間の敵にはならないのですか?」


以前にもグレンから問いかけられた質問に、シドが呆れた視線を投げる。


「お主等は本当に、同じことを聞くのが好きなようだな。我が敵になるかどうかなど知ったことではない。我は主と行動を共にするもの。お主等が主の敵になるならば我にとっても敵。しかしお主等が主の味方になろうとも、我にとってお主等は味方ではない。ただ敵ではない、というだけのこと」


それを聞きロドリゲスが何かを叫ぼうと口を開けながら立ち上がる。

しかし言葉を発する前に近くに居たワイマールが、バシンッと小気味よい音をさせてその口を両手でふさいだ。

その手を退けようと暴れるロドリゲスを、意外にも小柄な体でしっかりと押さえつけながら、ワイマールはシドの言葉に満足そうに微笑み頭を下げた。

微妙な空気に見送られながら、春澄達は部屋を退室したのだった。




春澄のスキル、地図(マッピング)を頼りに複雑な廊下の来た道を戻り、ようやく外に出られたころ、後ろから追いかけてくるような足音がしてきた。


「あのっ!」


声の主はルークだ。春澄が振り返ると、シドも仕方なさそうに止まる。

ルークは開いた口を一度閉じ、目を彷徨わせる。言葉を選びなおしているようだった。


「あの…………ありがとうございました。本当にずっと、幼い頃から考えていたんです。どうして我が国だったのか。その理由がわかって、胸のつかえが取れました」


幼い頃に、誰もが憧れを抱く始祖竜。

ルークも例外なく、絵本などで見た竜に魅せられ思いを馳せたが、同時にその竜が唯一滅ぼしたことがある国が己の愛する国だと知った時の衝撃を今でもはっきりと覚えている。

何故、赤竜はペンタミシアだけを襲ったのか。そのせいで、一部の者からは国が何かよくない事をしでかしたから鉄槌を落とされたのだと言われていた。愛国心の強い王子は、何度も溢れそうになる竜への激情を押さえた。

しかし、きっと何か理由があるはずだと、今日まで信じたルークの心境は複雑だっただろう。結局は、自国の王が事の発端だったのだから。

それを悟らせない表情で、真摯に頭を下げる。


「今は、私個人からとなってしまいますが、謝罪をさせてください。我が国の王があなたの友人にした仕打ち、こんなことで済む話ではありませんが……申し訳ありませんでした」


シドは特に反応することもなく、その様子を眺めていた。ルークも反応が得られるとは思っていなかったのか、頭を上げた王子の視線は苦笑し、春澄へと移る。


「…………ディアス国王が、もう少し落ち着いたら誘いを出すから、是非騎士達の模擬戦に参加して欲しいとおっしゃっていましたよ」

「そうか」


あえて今回の話題に触れない伝言は、今後も友好的に過ごせるような結果を残すという国王なりの示し方かもしれない。

今度こそ背を向けた春澄達の後姿を見て、ルークは一瞬後悔したような顔を見せたが、すぐに凛とした表情に戻し目を逸らすことなく去っていく背を見送った。

そのルークの隣に、一回り小さな影がそっと並ぶ。


「あの様子では、私がお茶に誘った事など頭の隅にも残ってなさそうですね。また振られてしまいました」

「……リディア?久しぶりだね」

「お久しぶりです。ルーク」


メランジュ王国とペンタミシア王国は、赤竜の件で何百年も協力関係にあった為、交流はとても密だ。年の近かった王子や王女達は、幼い頃からよく遊んだものだ。

今日二人が会ったのは2年ぶりだったが、それでも彼らの間に流れる空気は一瞬にしてとても気やすいものになる。


「私はいち早く追い出されてしまったのに、貴方は春澄様と同席していたなんて、ずるくはありませんか?」

「私が赤竜殿にお願いしたんだ。同席する権利はあるだろう?」

「良かったですね。長年の疑問が解けたのでしょう?」

「……ねえ、まさか君、部屋の前で盗み聞きとかしてないよね?」

「まあ、そんな事すると思いますか?」

「思うよ。部屋から出る時警護の兵士が疲れた顔をしていた」

「そうですか。では差し入れでもお持ちしましょうか」


涼しい顔で嘯くリディアに、ルークは肩を竦める。


「ところで……君はそういう意味で赤竜殿の契約者を狙っているのかい?君は一応私の婚約者ではなかったかな?」

「いけませんか?どのみち婚約も公式なものではないでしょう?それともルーク、私と結婚したいですか?」

「いや、遠慮出来るならしたいかな」


そう言われ、飄々としていたリディアがルークを睨み付ける。


「同じ意見の筈なのに、睨むのはどうかと思うな。淑女として」

「女性に対して思っている事をはっきり口にするのはどうかと思います。紳士として」


ルークがまた肩を竦めると、リディアも軽く息を吐いた。


「私は戻ります。貴方も、すぐにでも国に帰って話し合いをするのでしょう?」

「ああ。……ははは、かなり押し切ってここに来たからね。帰ったら恐ろしい説教が待ってると思うと憂鬱だよ。それ以上に……赤竜殿の話を持ち帰る事も、厳しい」

「自業自得です。これからペンタミシアは大変な選択を迫られると思いますが、お体に気を付けて。では」


そう言って、リディアはあっさり城内へ戻って行く。


「……ほら、やっぱり盗み聞きしていたんじゃないか」


苦笑しながら、ルークは幼馴染を見送った。







城の門を抜け、春澄達は町の中心地へと向かう。

無言で進む中、春澄の頭に乗ったユキがポンポンと前足で髪を撫でて来た。次いで隣を歩くシドも春澄の頬を指先で撫でるようにつつく。

ユキはともかく、シドが普段やらなそうな行動に春澄が目を瞬かせた。


「……おい?」

「先ほどすれ違った幼子おさなごが『あの黒髪のお兄ちゃん綺麗なのに目つきが怖い』と申しておったぞ」

「……仕方ないだろ、仲間に対してごちゃごちゃ言われたら不機嫌にもなる。けど、当の本人が意外にけろりとしてるし、あれ以上俺が怒っても仕方ないからな」

「ふむ。何度も言うようだが、あのような小物になんと言われようと大して気にはせぬ。多少不快ではあるがな。それよりも……」


見下ろして来る視線に、春澄が僅かに首を傾けた。


「なんだ?」

「他の人間はどうでもよいが、主が我の為に感情を剥き出しにしているのは、なんと表せば良いのか。なかなか気分が良いものだ……と、思う」

「……その言葉選び、悪役っぽいぞ」


くくっとシドが喉を鳴らしたのを聞き、春澄も仕方なさそうに苦笑した。

それからしばらく歩いてから、シドがぽつりと呟くように言う。


「ただ、先ほどは人間どもにああ言ったが……」

「ん?」

「以前の我ならば……友人を持つ前の我ならば、たとえ人間の命をいくら奪ったところで何とも思わなかったであろう。だが封印されている間、思ったのだ。我が怒りに駆られ、焼き殺した関係の無い人間達に対しても、我と同じように悲しみや怒りを持つ存在が居たであろうと」

「…………後悔してるのか?」

「わからぬ。だが、魔族に対して思っている事も本心だ。あやつらもあの後人間を攻めたらしいが、本当に殺したかったであろう相手は我が奪ってしまった。そして、我が謝罪すべき魔族も人間達ももういない……まあ、今更何を思ったところで仕方のない事だ」

「あの王子に話してやる気になったのは、シドがやったことで何かしらの影響を受けていたからか?」

「うむ。あの人間には聞く権利くらいはあろう。……我には、このような物事を考えるような思考回路はなかったはずなのだがな。あのよく表情の変わる友人に感化されたのだろうか。……自分の感情もよくわからぬとは、何とも気持ちの悪いものだな」


一瞬悲しげに眇められた目は、すぐにいつも通りに戻ったが、その目は遠くの方を見つめている。

沈む間際の夕日に照らされて、寂し気な風がシドの髪を揺らした。


「……自分の感情がわからないのは、きっと普通の事なんじゃないか?」

「なぜだ?」

「俺の世界に、なんて言ったか……『死ぬまでが人生、学ぶことはいくらでもある』みたいな格言があってな。結局生きてる限り、いろいろ考える事とか、自分でも理解できない感情なんていくらでも出てくるのかもしれない」

「ふむ、つまり我は我が何を考えているのか、考え続けなければならんということか」

「まあ、自分が何を考えてるのか気になるなら、そうすればいいんじゃないか?」

「ふむ……『感情』というのは厄介なものだ」


シドが覇気のないようすで動きを止める。

いつもと違う心ここにあらずな様子を見て、春澄の頭の上に居たユキがシドの肩に飛び移り、頬に身体をすりつけ始めた。

ユキの行動を不思議そうにしているシドを見て、春澄が唐突に新たな話題を出す。


「ところで、シドはミストの実って食べたことあるか?」

「ミストの実か。我は物の名前などは知っているが、何しろ体に合わぬ大きさのものがほとんどだ。それを食した記憶はないな」

「前にテリアに聞いた話だと、人間の間では一番人気の果物らしい。それを食べに行かないか?もう夜になるから出発は明日になるが……」

「ふむ、我らは主に付いて行くのみ。日々の行動は主の好きにすると良い」

「まあそうなんだけどな……」


珍しく困った顔をしながら、春澄が顎に手をやった。その様子を見て、シドが僅かに目を見張る。


「……もしや主とユキは、我を励まそうとしておるのか?」


そうはっきり聞かれるとなんとも答えにくいものだ。

シドがものすごく落ち込んでいるように見えたわけではないが、なんとなく美味いものを食べさせたら良いのではないかと春澄は思ったのだ。


「まあ……俺も前からミストの実は気になってたんだ。どうだ?」

「うむ、もちろん異論は無い」


一瞬シドが目を細め微笑んだ気がしたが、そう返事をするシドは既にいつも通りの雰囲気に戻っていた。

それが伝わったのか、シドの頬に身体を擦り付けていたユキが、今度は春澄の肩へ行き同じ行動を取っている。

頬にすり寄る仕草は同じだが、その意味は全く違う。今春澄にしているのはただのおねだりだ。


「なんだ、ユキ。たくさん食べたいのか?」


ユキの行動を正しく汲み取り、春澄は楽しげに笑みを浮かべた。


「よし。今日は宿で美味いものでも食べて、明日ギルドに行ってみるか。群生してるらしいから、依頼を受ければ場所も分かるはずだ」


おそらく王都のいたるところに美味い店はあるのだろうが、こんな日は知らない店に行くよりも、美味いとわかっている『天空のゆりかご』で食事をするに限る。

いつもの雰囲気を取り戻した三人は、少し早足でお気に入りの宿へと向かった。


いつも感想欄や活動報告にコメントなど下さりありがとうございます。また、ブックマークや評価も本当にありがとうございます。

とても励みになってます。


申し訳ありませんが風邪で体調が悪いので、予定していた30日の更新をお休みさせて下さい。

パソコン画面などを見ると頭痛や吐き気などが悪化するので、少し休んで次は5日を予定しています。


前回と今回で頂いたコメントは、後で活動報告でまとめて返信させて頂くと思います。

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