33.過去2
「皆さんね、わたくしの事を『魔王様』って呼ぶのよ」
『王』。知恵のある生き物が、最高権力者を決める時の称号。
シド達にそんな存在はおらず、個が個としてお互いを尊重している種族なので馴染の無い言葉だ。
だが、王には様々なタイプの者が居る事をシドは知っていた。
他の者を虐げ、権力を振りかざす傲慢な王。逆に民の為を想い自ら奔走する親身な王。下の者にすべてを任せるお飾りの気弱な王。国の在りようを第一に考え多少の犠牲を厭わない冷酷な王。
また、種族や国によって王の決め方も様々だ。血筋で決めるやり方や、強さで決める方法。皆で意見を出し合い、話し合って代表者を決める方法。
「ふむ、王か。お主が?」
「ふふふっ。『魔王』っていうのはね、他種族でいう王様とは違うのよ。魔族をまとめている王のような役割は他の方がやって下さってるわ。でも他の種族からしてみれば、魔族は身体能力も高くて魔力も多いから、『魔王』は一番強いって勘違いしているかもしれないわね」
「お主はあまり体が強そうには見えんな」
シドの言葉には答えず、淡く微笑んだイリスは少しの間を置いて続けた。
「本当は、魔族以外に『魔王』の事を話してはいけないの。でも、シドさんにお話ししたい。……聞いてくれる?」
「何を今更。今までお主は我が返事をせずとも勝手に話をしていただろう?」
「ふふふっ。そうよね。そして貴方はずっとちゃんと、わたくしの声を聞いてくれていたわね」
風になびく髪を指先に絡めながら、イリスはゆっくりと語る。
「『魔王』はね、魔族の為のちょっとした能力を持っているの。一つは歴代の魔王の記憶を引き継ぐ能力。たとえ残された文献に歴史の改ざんがあっても、過去の魔王がその出来事に触れていれば真実がわかるわ。もう一つは相手に触れて私の魔力を循環させると、どんな病気やケガでも種族を問わず治す事が出来る能力。……『魔王』は魔族の皆さんの為に居る存在。わたくしには分からないのだけど、『魔王』というのは魔族を引き付けてしまう能力のようなものがあって、お会いしたことが無い方でも、わたくしが魔王だって皆さんには分かるらしいの。わたくしに会うと、大切に大切に守って、願いを聞いてあげたくなるんですって。魔王とはそういう存在だって言うの。だから、皆さんとても優しいわ」
魔王は魔族の為に、魔族は魔王の為に。これが魔族達の共通の認識であり、疑いも抱かない程当たり前のことだ。
ただ、魔王はいつの時代も必ず居るわけではない。血が受け継がれるわけでもない。普通の魔族の母親から赤子として生まれるのだ。
魔王の誕生は100年程空く時もあれば、先代が死んで1年後に生まれる事もある。
「そのかわり、といってはなんだけど、わたくしは魔王の能力で魔族の皆さんの病気を治したりするの。薬でも治らない病気や怪我が、この能力ではあっという間に治ってしまうわ。たまに個人によっては魔力を循環させるのが難しい時があるけど、そんな時は昔の魔王の記憶から対処法を学んだり、他の事にも役立てたりするの。皆さんの役にたてた時はとても嬉しいわ。……でも、やっぱりほんの少し、寂しいの」
イリスが『友達が欲しい』となんともなしに口にした時、『では自分が友達になりましょう』とすぐに返って来る返事に対し感じるのは、申し訳なさと少しの悲しさだ。
「わたくしは『魔王』としてのお友達が欲しいわけではなく、『わたくし』の友達が欲しかった。たまにね、呪いみたい……って思うの。他の種族の方は『魅了』っていうスキルで相手の方を従わせてしまう能力を持つ方も居るみたいだけど、それの効果を続けるには定期的に『魅了』をかけなおさなければならないみたいなの。でも、魔王のこれは何の意識をしていなくても、皆さんわたくしを気にかけてしまう」
「その者達と居るのが嫌なのか?」
「ううん、嫌なんて思ったら罰があたっちゃうわ。皆の居る所はとても暖かい場所。ただ、わたくしがわたくしだからではなく、『魔王』だから、皆さん大切にして下さる。わたくしは『わたくし』の唯一が欲しいと、思ってしまう。我儘なだけなの。でも、その我儘も叶ってしまったわ」
「ふむ?」
イリスが、眩しいものを見るように目を細めシドを見上げる。
「シドさん。『わたくし』のお友達。……わたくしはとても幸せね。だってこんなに大切なものがたくさん傍にあるのよ。魔族の皆さんと、ずっと欲しかった『わたくし』のお友達」
「幸せ……?」
イリスの発した単語に、シドが不思議そうに首を傾げた。
「『幸せ』。お主からは、我にはあまり馴染のない言葉が出てくるな」
「シドさんは、幸せではないの?」
「ふむ、幸せかどうかなど考えた事もない」
また反対側へ首を傾げ、シドは暫く考えてから答えた。
「……お主と会う時間はなかなか有意義なものだ、と感じる。退屈に悠久の時を過ごす中、あまり感じた事はない感情だ。仮に、これを幸せと呼ぶのなら、お主と友人になれた事も『幸せ』とやらに含まれるのかもしれん」
その時のシドの精一杯の答えに、イリスが目を丸くしてから顔をくしゃりと歪めた。
そして零れた涙に、シドが驚き嫌な事でもあったのかと問いかけると、首を横に振りながらイリスは涙を拭う。
「幸せでも涙は出るのよ。そんな事言ってもらえるなんて、やっぱりわたくしは幸せね」
その言葉にもよくわからなそうな顔をしたシドに、イリスは声を上げて笑った。
そうして、季節が過ぎ、何度目かの暖かい季節が巡ってきた。
相変わらずイリスは一人でシドのもとへ訪れる。
しかしこの日のイリスはいつものようにのんびりと笑顔で会話をしつつ、ため息を吐くことが多かった。
「今日はどうしたのだ?」
「シドさん……ごめんなさい、折角シドさんとお喋りしているのにため息なんか」
「かまわぬ。何かあったのか?」
「……あのね、先日わたくしの婚約者の方が決まったの」
「ほう、それはめでたい。と言うべきなのだろうが、その様子では言わない方が良いのだろうな」
シドの言葉に、イリスは慌てて手を振った。
「あっ、違うのよ。婚約者の方が嫌なわけじゃないのよ。確かに恋をしているわけではないけど、わたくしにお慕いしている方が居るわけでもないし、決めて頂いた方に不満はないわ」
「ふむ、そうか」
「けど、その方、あまりこの国の人間の王様と仲が良くなかったみたいで……。魔族と人間は領土の関係で元々仲が良いわけではないのだけど、なんだか最近、特に揉めているみたいなの」
「ふむ、住処などそれぞれが好きにすれば良いものを。わざわざ『領土』として分けるとは、なんとも面倒な」
「そうねぇ。そもそも先に住んでいたのは魔族だという事は記憶で知っているし、文句を言ってきているのは人間側なのよ?現状は住み分け出来ているし、人間が住むところが足りないという事でもないのだから、あちらが引いてくれれば良いんだけれど……婚約者の方は心配ないって言っているけど、王様に対してとても怒っていて。でも、どうして揉めているのか教えてくれないの。相手の王様が悪いんだって、お友達が言っていたけど……わたくしが婚約者の方の力になれないのは情けなくて。仮にも『魔王』なんて呼ばれているのに」
どれほど歴代の魔王の知識があろうとも、揉め事の内容も知らなければ力にはなれない。。
ため息を一つ吐き、彼女はパチンッと両手を合わせた。
「さ、わたくしの悩みの話はおしまい。聞いてくれてありがとう」
「我は礼を言われるような事は何もしていないが、終いで良いのか?」
「ええ、お話しするだけで心が楽になるものなのよ?……ところで、こないだ人間の町へ遊びに行ったときに面白い物を見つけたの。人間ってとっても器用よね。いろいろな物を作っちゃうのよ」
「ふむ、人間はもっとも脆弱で狡猾な生き物だ。だからこそ、知恵を絞り新たな道具を作るのだろう」
「ふふふ、そうね。でも生きる為だけじゃないのよ。見て楽しむ為の物も作ったりするのよ。そうだ!今度人間の町へ行ったら、次会う時にシドさんにお土産持ってくるわね。何が良いかしら……」
「ふむ、期待せずに待っていよう」
『次』があるのだと、この頼りない友人がいつか老いるまで穏やかな日が続くのだと、シドは当たり前のように思っていた。
その二日後の夕方。一人の魔族がシドのもとへ現れた。
真っ赤な髪をした男が、真摯な態度に焦りを滲ませて歩いて来る。
「お初にお目にかかる、始祖竜殿。私はジェイ・サーガと申します。突然で申し訳ありませんが、お尋ねしたい事がありまして、こうして参りました」
「…………」
「私の婚約者、イリスをご存じありませんか?今朝から行方がわからないのです」
その言葉に、僅かにシドの瞳が開かれた。
「行方がわからない?」
「はい。こちらに頻繁にお邪魔していたのは知っています。今日は訪れてはいませんか?」
「……数日前に来た時は桃色の服を着ていたような記憶がある」
「……2日前か。わかりました、他もあたってみます」
憔悴した様子を見て、シドがその男を呼び止めた。
「姿が見えないのは今朝からなのであろう?幼子ではあるまいに、過保護過ぎるのではないか?」
「いいえ。彼女はたびたび一人で散歩などに行きますが、優しい彼女ですから、我らに無用な心配をかけさせるような事は致しません。決まって行き先を告げ、数時間で帰ります。今日は昼までに戻ると言っていたのです。連絡もなしに今だ帰らないなどありえません。何かあったに違いない」
「ふむ……」
その時、男の背後の草木が揺れ、姿は見えないがぼそぼそと男へ話す声が聞こえた。
「ジェイ様、知り合いのエルフが風と話せる能力があるようで、捜索に協力を頼んだところ成果が。人間に無理やり馬車に乗せられた女性が居たようです」
「なんだと!?すぐに話を聞きたい。始祖竜殿、申し訳ないがこれで失礼します」
「待て。我もその話を聞こう」
「……わかりました。そのエルフをこちらに呼んでくれるか?」
「かしこまりました」
ほどなくして、耳の長いエルフの少年が腕を取られ引きずられる勢いで連れてこられた。
「もうちょっとゆっくり歩いてってば、もう!君はいつも荒っぽいなあ。っていうか僕が風と話せる事これ以上他の人に言わないでよ?これエルフの中でも貴重な能力で、バレると余計な仕事増やされたりするんだから…………ってええええええ!し、始祖竜様!?なんでっ!」
エルフの少年はシドの姿を見ると膝をつき挨拶を始めた。
「お初にお目にかかります。ぼ、私はエルフ族のイグナシオと申しまして、始祖竜様におかれましては……」
「御託はよい。その人間に攫われた女の事を話してくれ」
「し、始祖竜様に、は、話しかけられた…………」
「おい」
「はいっ!今日一人で歩いていた髪の長い女性が馬車から出てきた男と話をし嫌がる素振りを見せたにもかかわらず無理やり馬車に乗せられたようです!風の精霊が見た馬車の模様を聞いてみるとどうやらこの国の紋章が入っていたようなのでおそらく王族ではないかと思います!」
「ふむ……」
息継ぎもなしに言われた言葉の内容を理解したジェイ達が、怒りを露わに拳を固く握っている。
「おのれ、何をたくらんでいるのだ人間は!」
「ジェイ様、みなを集めましょう。我らの至宝を奪うなど、宣戦布告と同様です」
「しかし、人間があの方の存在を知っていたとは思えないが……何故それほどまで強引にあの方を攫ったのだ?」
「考えるのは後だ、すぐに人間の城へ向かうぞ!」
「待て」
すぐに出立しようとする魔族を引きとめ、シドは首を地に着くほど低くした。
「我が先に行こう。お前たちでは遅い。エルフよ、我の頭に乗り詳しい案内を頼む」
「頭!?そそそ、そそんな恐れ多い!」
「構わぬ。早く乗れ」
「は、はいっ!失礼します!」
恐る恐ると腰の引けたエルフがやっと乗ったのを確認すると、シドは翼を広げ羽ばたかせた。
赤い髪の男が自分も乗せてくれと言っていたようだが、気の急いていたシドは気づかず上昇してしまった。魔族達はその羽ばたきで起こる、体を千切るような突風に身を低くしてなんとか耐えている。
突風がやみ魔族たちが目を開ける頃には、シドの影は半分ほどの大きさになるほど離れていた。
シドはエルフの少年の案内に従い、あっという間に人間の城の上空へと辿り着いていた。
闇夜でもわかる、一帯の人工物で一番高い建物だ。
「ここか?」
「はい、おそらく。少々お待ちいただけますか?風の精霊に聞いてみます」
暫く沈黙が続き、シドにとっては何も出来ないもどかしい時間は長く感じた。
地上では月に照らされたシドの影と、羽ばたきの起こす突風に気づいた者たちが騒いでいるようだが、そんな事はどうでもよかった。
「……そんな!」
「わかったのか?」
「あ、いえ……その……」
「何だ」
エルフの少年がどのような顔をしていたのか、シドには見えなかったが、その悲痛な声に普段であれば気づけたはずだった。
だが攫われたらしい友人の事で気が急いていて、全く気にも留めていなかった。
もしそれに気づけたなら、心の準備をほんの少しでも出来たかもしれない。
「あの、最上階の、部屋に……」
「ふむ、あそこか」
エルフの少年の示した場所には一つだけ窓があり、明かりが灯っていた。
シドはその窓に爪をかけ、中に居るであろう友人に瓦礫などが飛ばないように気遣いながら、壁ごとそっと抉り中を覗きやすくした。
最初に目に入ったのは望んでいた友人の姿ではなく、腹回りの厚い男だった。その中年の男があり得ない事態に情けない悲鳴を上げる。
「ひぃぃぃぃっ!な、何事だ!?誰かおらぬか!?」
シドが中を覗き込むと声の主はベッドから素っ裸で転がり落ちるところだった。その人物が退いた事で、ベッドの上に居たもう一人の人物が目に入る。
最初、竜であるシドには事態をよく飲み込む事が出来なかった。
ただ一つわかったのは、ベッドに寝そべる身体からは生きる者の気配がしないという事だけだった。
真っ白なベッドに繋がれた肢体。はめられた錠の辺りは赤黒く染まり、よほど抵抗した事が伺える。
黒く流れるようだった美しい髪はもつれ合い、優しげな光を灯していた紫暗の瞳はただのガラス玉にも劣る程濁っていた。
白く日に焼けない肌は、一瞬爛れているのかと見間違うほどあちらこちらにドロドロとした白濁の液体が掛けられている。
そして肢体から伸びた管の先には、大きな器があり、なみなみと赤い液体が注がれていた。ポタリ、と管のさきから赤い液が一滴おち、不快な波紋を作った。
友人の身体からは魂が抜けて数時間経つとわかる気配がしているのに、この人間の男はたった今までイリスの身体に何をしていたのだろうか、とシドの霞む思考に疑問が過る。
先ほどの男の声に反応してか、部屋のドアが乱暴に開けられた。
「陛下!どうされましたか!?っ、これは!」
「じ、上位の竜がいきなり現れたのだ!人を襲うなど聞いたことが無いが……まさかこの女を目当てに来たのか?」
シドの視線が女へのみ向いている事に気づいた男が、ふらふらとベッドへと戻って行った。
後から部屋に入って来た人物も、シドの方へ怯えた視線を向けつつ男へ付いていく。
「この女、実は魔族から竜への捧げ物か何かだったのか?あのいけ好かない魔族の男が隠しているようだったから、てっきり気に入りの情人か何かだと思ったんだが」
「ですからお止めしたではありませんかっ……。もしや魔族側にも攫ったのがばれているのでは!?」
「それはない。周りに人が居ないのは確認したであろう。ふん、そもそもあの男が悪いのだ。儂の国に勝手に住んでいるのだから金を納めろと、平和に提案してやっているというのにあの態度。情人の一人くらい頂いても構わんだろう?……まさか竜までこれを狙っていたとは思わなかったが……こんなに執着しているという事はまだ供物としては有効なのか?」
男はぶつぶつと呟きながらせっせと鎖を外し、イリスの身体を拭いている。
まるで夢を見ているかの様にぼんやりとしたシドの思考が、男の煩い声で徐々に現実へと引き戻されていく。
「まだ防腐処理を施す前でよかった。……ああ、あの男と居る所を偶然見た時は私の為の人形を見つけたと思ったのに。まあ最後に少し遊べたからよしとするか、仕方が無い」
「……陛下、あらかた綺麗になりました」
「よし。竜よ、少々汚してしまったが、きちんと清めたぞ。持って帰るがいい」
イリスの身体を引きずるようにしてシドのそばまで持ってくると、男達はさっとドアの方へと逃げた。
シドは目の前の人形のようなものをじっと見つめる。
種族も、身体の大きさも、常識も、価値観も、すべてが違っていたが、それでもいつの間にかこれほどまでに大切になっていた友人。
その友人の尊厳が汚され失われた事をようやく悟り、シドは無意識に友人を口の中へ入れると舌で守るように優しく覆った。
初めて触れるそれは、とても冷たい身体だった。小さな友人に触れた事はなかったが、きっと彼女はその存在のように本来暖かかった筈だ。
じわりじわりと、イリスの死という現実がシドを蝕む。
他者が生き延びるためではない。おそらく、ただの享楽の為に命を奪われたのだ。
このような姿を仲間に見られる事を、きっと友人は望まないだろう。
すべてを燃やさなければ。
ぐらぐらと脳が揺れている。まるで身体の奥底から沸騰しているような気がして、シドは自分の行動が制御できなかった。
ゆっくりと口を大きく開けると、大気を震わせる程の咆哮があふれ出る。
それと同時に、シドの思考のように、視界のすべてが赤く染まった。
見知らぬ男が、一瞬にして炭となりその場から消える。
シドが前足を振り回すと、まるで地上の者を見下ろすためであるかのように高く高く作られていた塔は小枝のようにあっさりと折れ、下にあった建造物を巻き込み倒壊していった。
その先に、闇夜の中を逃げ惑う小虫のような人間達が必死に塔から距離を取ろうとしていたが、間に合わずそれらの下敷きになる者や炎に包まれる者などが多くいたようだ。
燃やさなければと、自分の声がシドの頭に響く。
ただそれだけを考え、視界に人工物が入る限り灼熱の炎でそれを包み、時に尻尾や足で薙ぎ払った。
その行為はシドにとって追悼であるかのように続けられ、胸を絞め付けるような竜の慟哭は空が薄っすらと明るくなる頃まで止むことはなかった。
生存者は望めないほど絶望的な、視界いっぱいに広がる焼け野原を太陽が照らすさまを見て、シドは我を取り戻した。
そこでようやく自分が怒りに駆られたのだと気づいたのだった。
淡々と今まで長い時を過ごしてきたが、自分にもこれほどの怒りの感情があったのだと、シドは初めて知ったのだ。
それからの事はあまり覚えていない。ぼんやりとした頭で友人と過ごした場所へ行き、イリスを地中深くへと埋葬したような記憶がある。
その時に自分の体から何かが落ちた気がしたので、存在を忘れていたエルフが下りたのかもしれない。
暫く友人を埋めた場所を眺めてから、シドはそのままふらふらと当ても無く飛び去っていった。
そうして適当に下りた山で約500年。悠久を生きるシドにとっても短くはない時を過ごすことになる。




