30.帰還
大変お待たせしました。待っていただいていた方々、本当にありがとうございます。
スローペースな更新になりますが、またよろしくお願いします。
今月は5日ごとに更新します。
ペンタミディア国をペンタミシア王国に変更しました。
最近のあらすじ
ギルドマスターのバルジに、友人である辺境伯のセレンの領地にある沼の魔物を退治してほしいと頼まれた春澄達。
そこへ行く途中、簡易結界で隠蔽されていた召喚陣を一つ壊し、不審な視線を最後に感じつつ先へ進んだ。
セレンの屋敷へ到着し、そこで偶然再会したのは以前にユキを助けた時に会った兄弟で、沼の魔物にトラウマのあったサティウス(兄)がそれを克服したいと、春澄と共に魔物を倒しに行くことに。
その魔物は召喚陣の媒体となっているはずの欠片を取り込み成長してしまったスライムだった。
沼そのものになってしまっていたスライムを無事倒し、そのスライムに取り込まれていた魔晶石(魔石よりも希少なもの)を手に入れるが、それに人を揶揄う事が好きな美しい精霊が宿っていた。しかし春澄を揶揄いすぎたため魔晶石ごと遠くへ捨てられる。
そして春澄達は王都へと戻って来た。
沼スライムを倒し、サティウス達と別れて数日。
辺境であるウェルシュの町からヴィネグレッセント王都まで戻って来た春澄達は、バルジに依頼を達成した事の報告をするためギルドへ来ていた。
通された部屋に入りソファへ腰かけると、早速バルジが本題に入る。
「セレンから話は聞いてるぜ。まさか一回目で倒して来るとは思わなかったが……」
そこでバルジは背筋を伸ばし、この件を頼まれた時と同じような真剣な目をして頭を下げてきた。
「お前らに頼んで良かった。本当に感謝する」
「いや、俺にとっても良い経験になった。……ところで、魔物の件以外にセレンから何か聞いてるか?」
「いいや、特に何も聞いてないぜ」
「そうか」
成り行きで欠片の事を話し、あまり口外しない方が良いと言ったが、完全に口止めをしたわけではない。貴族という立場で国家に属しているセレンの事だから、国の上層部に報告したり、バルジくらいには話をしたりするのかと思ったが、そうでもなかったようだ。
何かあったのかと首を傾げたバルジだが、それよりも気になる事があるようで、何か言いたそうにユキを凝視しはじめた。
「ところでよ……」
バルジの様子から、次に続く言葉を察した春澄が先回りをした。
「ユキだ。そういえばウェルシュの町に向かう前に会った時は、ユキの体力が切れてて兎の姿だったな」
「おい、やっぱあのホーンラビットだよな?結構前から人化してる感じじゃねぇか。おまえよ、従魔2匹人化とか何やってんだよ……」
「なんかマズイのか?」
「いや、まずくはないと言えばまずくはないが、まずいと言えばまずい」
「なんだそれは」
自信を持ってあやふやな事を言うバルジに、春澄が怪訝な顔をする。
「……あの」
バルジの言葉を聞いて、ユキが遠慮がちに口を開いた。
「わたし、何かだめですか?」
ユキが困ったように眉尻を下げるのを見た春澄が『うちのに何をする』とばかりにじろりとバルジを軽く睨む。
はっきりしろと言いたげな視線に、バルジはボリボリと頭をかいた。
「いや、今言った言葉の通りなんだけどよ……」
バルジの言いたい事はこうだ。
本来、従魔の人化自体が数例しかない程非常に珍しいが、前例にある従魔はギルド設定のランクも高く知能の高い魔物だった。戦闘能力も知能もそれほど高くないとされているホーンラビットが人化してしまった例はない。
したがって、国やどこかの組織が春澄達に目をつけ、何故弱い魔物を人化させる事が出来たのかなどを探りに来る可能性がある。
それは穏便に済ませられる件かもしれないし、そうでないかもしれないのだ。
本人はまだ気づいていないかもしれないが、春澄はこの辺りでは有名になりつつある。異国の服装に整った容姿だけでも目立ちやすいのに、ホーンラビットを頭に乗せ、人間とは思えない程美しい青年も連れている。無表情な青年二人と可愛らしいホーンラビットの組み合わせは嫌でも目立つ。
そして、春澄がそのオッドアイの小さなホーンラビットを大事にしている事も、知っている者は少なくないようだ。
最近ではホーンラビットではなく人化したユキを連れている事が多くなってきている。ホーンラビットが人化したなど思いつく者はなかなか居ないが、確実にホーンラビットと少女をつなげる人間が現れるだろう。何しろ藍と赤のオッドアイが特徴的であり、呼び名も一緒なのだ。
むしろバルジが知らないところで共通点に気づいている者が居るかもしれない。その人物が誰かに話せば、信じてはいなくとも与太話として広まっていき、どこかで真実味を帯びる事があるかもしれない。
その話が何処まで広がるか、そこまではバルジには想像できなかったが。
「まあ、なんだ。国を滅ぼせる程の竜と、それに勝てるお前にとっては、なんかあったとしてもマズいって程の話でもないんじゃねぇか?」
バルジの話を聞きながら、春澄の目が不快気に眇められた。
つまり、魔物を人化させる裏技のようなものがあるのではないかと勘ぐられ、最悪の場合ユキを狙ってくる不届き者が現れる可能性があるかもしれないという事だ。
おそらく下位の魔物でも簡単に人化して支配下に置く事が出来れば、労働に使ったり、戦闘の使い捨てにしたりと、奴隷のように使うことが出来ると考えているのではないだろうか。この世界にそういう奴隷が居るかは知らないが、もとより魔物は討伐対象だ。魔物を人化する術を知りたい輩が企む事など、良からぬ事ばかりだろう。
(もしもユキをそういう意味で狙ってくるやつが現れたら、全力で捻りつぶしてやる)
一瞬春澄から僅かに殺気が漏れ出たが、すぐに矛先を収めたようだ。隣に居るユキが今だ眉が下がったままだという事に気づいたからだろう。
普段は真っ直ぐなはずの白い兎の耳に力が入っていないのを見て、春澄がその耳を優しくツンツンと引っ張ると、驚いたようにユキが見上げてきた。
今度は耳の内側を撫で上げるようにすると、ユキが肩を竦めながらくすぐったそうな笑い声を上げる。
春澄も柔らかな感触を堪能しつつ、笑顔の戻ったユキに納得したように頷いてからバルジの方へ顔を戻すと、どこか呆れたような顔をしてこちらを見ていた。
何故そのような顔向けられているのかわからず首を傾げると、ひらひらと手を振られる。
「なんでもねぇよ。まあとりあえず、今更下手に隠すのも良くないかもしれねぇな」
「ああ。わざわざ広めるつもりもないが、ユキの元の姿を知ってる奴らには隠さないつもりだ。しかし、やっぱ人化した従魔を見た事があるとすぐに気づくもんなんだな」
「んなこたねぇよ。お前の場合は赤竜の前例もあったし、依頼を受けに出かけて行って戻ってきたら大事にしてるホーンラビットと同じ特徴をした少女を連れてきたとか、そんな特殊な状況じゃなきゃ俺だって思い付きもしねぇよ」
「……フッ」
春澄は最近聞いた似たような言葉を思い出し、思わず笑いを漏らした。
「何で笑うんだよ」
「いや、仲良いなと思っただけだ」
「俺が誰と仲良いってんだよ?」
「セレンとあんたがさ」
「あん?あいつ俺のこと嫌ってそうだぞ?」
嫌われてそうだと思いながら友人の為に真剣な顔をするバルジと、つい反発するような態度を取ってしまいつつ、バルジの事を楽しそうに語るセレン。
なんとなく、友人や仲間というより親子のような関係にも思えるそれは、いい大人が何をやってるんだと思わないでもないが、そんな関係性も悪くはないのではないかと、春澄は思った。
「とりあえず、嫌いではないと言ってたぞ」
「お、そうか?へー……てかお前ら俺の居ないとこで何の話してんだよっ」
意外な事を聞いたとでもいうように半信半疑な顔をして返事をしたバルジは、後半照れ隠しのように言葉を荒げた。
「さあな」
「ったく。……つかよ、ちいっと頼みがあるんだけどよ」
「断る」
「なんでだよ」
「ユキの方を見ながら言う頼みとやらには嫌な予感しかしない」
「……えっ、私ですか?」
部屋の中をきょろきょろと観察していたユキは、突然名前を呼ばれ春澄とバルジを交互に見た。
「な、お嬢ちゃん。一回で良いから元の姿に戻るとこ見せてくれ!」
ぱんっとバルジが拝むように手を顔の前で合わせる。それを春澄が呆れたように見やった。
「見世物じゃないんだぞ」
「わぁってるよ。だが俺はチャンスを逃さない男だ」
「阿保か」
「……あの、元の姿に戻るくらい構わないですけど」
胸を張ってしょうもない事を言うバルジに、何故そんなものが見たいのかと不思議そうな顔をしたユキがこてりと首を傾ける。
「お、話のわかるお嬢ちゃんだ!」
「ユキ、あんまりいい歳のおっさんを甘やかさなくて良いんだぞ?」
「お前はお嬢ちゃんに向けてる甘さをもっと分散させろよ」
「何の話だ?」
「……いや、なんでもねぇよ。自覚ねぇなら言うだけ無駄だ。嬢ちゃん、早速頼むぜ」
ユキが春澄の方を伺うように見上げるが、特に止める様子が無いのを見て、そっと目を瞑った。するとユキの身体を白く淡い光が包み、隠すように濃くなっていく。
その光景をしっかり目に焼き付けようと瞬きもせず凝視するバルジの口から『ほう』と溜息にも似た感嘆が漏れた。
そしてゆっくりと小さくなる光は、春澄の頭に乗るのに丁度よい大きさになるとふわりと分散した。
モゾモゾと服をかき分け現れた見慣れたホーンラビットを見て、一拍置いてからバルジが感動の声を上げる。
「……いやぁー、不思議な光景だな。ありがとよ、お嬢ちゃん。人に無闇に自慢出来ないのが辛いくらいだぜ。……いや、後でセレンに自慢してやるか」
「あんた、またセレンの風当たりがきつくなるぞ」
カラカラと笑うバルジを春澄が呆れた様子で諫める。
その横で、珍しくシドがユキへ手を伸ばした。
「話は終わりか?ユキはこのまま帰れば良かろう?今日は我がユキを乗せるとしよう」
「そうだな、ここでわざわざ着替えることもない。報告も終わったし真っ直ぐ宿に向かうか」
そう言ってユキを頭に乗せたシドと、ユキの服を回収した春澄が立ち上がり、帰りかけたところをバルジが慌てて引き留めた。
「待て待て、そういやお前らに国王から託けを預かってるぞ」
「なんだ?この間のシドが居た山周辺の魔物討伐の件か?」
「いや、そこの赤竜の件だ。一度城に来てほしいそうだぜ。迎えをよこすっつーから、滞在の宿を教えてくれ。で、宿によっては宿泊人のプライバシーを守るとかで訪ねて来た客を通さないとこもあるから、フロントに言っておけ」
「わかった。大抵は天空のゆりかごって宿に居る。……ついでにユキの事も説明しといてくれないか?国王は兎の姿のユキの事を知ってるし、どうせ聞かれるだろうからな」
先程も話したように、春澄は新しく出会った人間に人化した姿のユキをわざわざホーンラビットの従魔だと紹介する気はないが、かといってホーンラビットのユキと別の存在であるなどと隠す気もなかった。
たとえ誤魔化したとして、オッドアイのホーンラビットと少女を交互に連れていれば、付き合いのある人間にはどの道気づかれるだろうと春澄は考えている。
隠せば何かあると言っているようなものだ。
「お前同じ事説明するのが面倒くせぇんだろ?良いのか、『国』にホーンラビットの人化を言っても」
答えはわかっているだろうに、茶化すようにバルジが尋ねる。
「あの国王なら大丈夫だろ」
「ははっ。しょうがねぇな、伝えといてやる」
「悪いな、頼んだ」
そのような会話をした翌朝、早速現れた使者に2日後はどうかと尋ねられ了承した。
そして今日がその2日後。再び現れた使者に連れられて久しぶりに王城へと足を踏み入れていた。
通された部屋には見覚えのある人物が数人。国王とその近衛隊長のジオルネス、王女のリディアとその護衛隊長のグレン、もう一人は見覚えのない身綺麗な老人が一人立っている。
中に入ると早速リディアが駆け寄ってきた。
「春澄様!ようやくお会いできました!お久しぶりです」
「ああ、久しぶり」
弾んだ声で駆け寄ってくるリディアに対し、春澄はあくまで礼儀的に返した。
その温度差のある対応に、リディアは少しがっかりしたような表情を浮かべる。
「わかってましたけど、やっぱり私だけ会いたいと思っていたというのは悲しいですね……」
「……」
そう言われても、特に会いたいと思っていたわけでもない少女に無理に笑顔を浮かべてやるほど春澄は愛想が良くない。とりあえず無意識に助けを求めるように国王の方へ視線を向けると、苦笑する国王と目が合う。グレンとジオルネスは他人事のように微笑んでいる。
「久しぶりだね春澄君」
「お久しぶりです、春澄殿」
「また君に会えて嬉しいよ」
「どうも。久しぶりだな」
「紹介しておこう。私の横に居るのは我が国の宰相だ」
グレン達にも挨拶を受けた後、国王に紹介された老人が前へ進み出る。
「お初にお目にかかる。メランジュ王国の宰相を任されているトルトと申す」
「初めまして。春澄だ。こっちは仲間のシドとユキ」
「こんにちは」
ユキがぺこりと頭を下げる。シドは相変わらず無反応だ。春澄の紹介に、国王が興味深そうに視線を送る。
「君があのホーンラビット……それから……」
それぞれの人間の視線が、ユキとシドに集まる。リディアと、一度シドに会ったことがあるグレンはユキを見ているが、それ以外はシドへ視線を移し、じっと見つめていた。
緊張を孕んだ、なんとも言えない微妙な空気が場に流れる。
「…………ふむ、なるほど。赤竜殿はグレンから報告を受けていた通り、こう言ってはなんだがとても……もの静かなのだな」
本音では不愛想だとか言いたかったのかはわからないが、少し言葉に迷いながら国王が口にした。
「静かと言えばそうかもしれないが、ちゃんと会話はするぞ」
「そうらしいな。赤竜殿が話す事が出来ると聞いた時は心底驚いたよ」
そう言葉を交わしながら、春澄はふと以前とは違う国王の変化に気が付いた。
「少し痩せたんじゃないか?」
「まあ、ほんの少しだけさ。太るよりは良い」
「…………悪いな」
「一体どうしたんだい?」
少し沈黙があってから、春澄のぽつりと呟くような突然の謝罪に、彼を知る者は目を丸くした。
春澄は別段、礼を言わないとか謝罪しないとかそういう人物ではないのだが、以前数日間共に過ごした時の揺らぎない態度を知っているだけにこのタイミングでの謝罪は驚きしかもたらさなかった。
固まっている国王たちに春澄は何でもない事のように言う。
「いや、国王が痩せる原因になったのは、多分シドの事でいろいろ忙しいからで、半分俺達のせいだろう?」
『半分』と春澄が言ったのは、もう半分は国王の意志でそうしていると思ったからだ。
政治的な事を、一般人の春澄がすべて想像出来たわけではないが、国家間の話し合いとはいろいろと面倒なのだろうという事は想像出来た。以前にペンタミシア王国と合同でシドを封印していたと言っていたので、最低でも2つの国で話し合いが行われているはずだ。
実際、赤竜の今後の扱いについてだけならまだしも、その問題になっている赤竜がメランジュ王国に留まっている事も問題点となっているのだ。だが、国王が『この国から立ち去れ』と言わないのは、以前に春澄に告げたように大きな戦力になり得る春澄には自国に留まってほしいと考えているからだ。
だが、もしも国王がその意志を突き通す際に隣国のペンタミシア王国や自国の意見が違う者と大きな溝が出来ては、いくら春澄という戦力を手に入れたとしても本末転倒である。そうならないようにしながら、なんとか自分の望みに近いようにするために国王は動いているのだ。
それが国王の『半分』の責任であり、もう半分は春澄自身がシドと共に国から出ていけば国王達の話し合う事柄は少なくなるかもしれない。
しかし他国の人間から評判が良く、実際にも美味いメランジュ王国の食べ物を春澄はまだ十分堪能していない為、今のところ完全に出ていく気はなかった。
だが、もし出て行った場合、逆に『封印していた場所から赤竜を逃がした』と他国から責任を押し付けられる問題も出てくるかもしれないが、結局は春澄とシドが国王の痩せる原因になってる事に変わりはない。
「はははっ。気を使わせたね。まあ、私の打算な思いで少々無理をしているだけだから気にしないでほしい。ところで、実は今日来てもらったのは頼みがあったからなのだ」
「なんだ?」
「その前に、席も進めずにすまないね。座ってくれ。……リディアはそろそろ出ていきなさい。春澄君に会うだけという約束だ」
「…………わかりました。では春澄様。お話が終わった後にお時間がありましたら、是非私とお茶の時間をご一緒してくださいね」
「……考えておく」
あまり色よい返事を貰えたわけではないのに、リディアはめげずに優雅に微笑みを浮かべ、グレンと共に退室していった。
残った面々は、部屋の中央に置かれたあまり使用感の無いソファにそれぞれ腰かけ、ジオルネスだけが国王の斜め後ろに立った。
「さて、では早速用件なのだが、単刀直入に言おう。そこの赤竜殿が500年前、ペンタミシア王国を壊滅させた理由を、是非とも伺いたいのだ」
そう国王が口にした瞬間、シドの目がスッと細められ、先ほどの顔合わせの時とは比べ物にならない程の緊張が部屋を包んだ。




