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閑話・あるギルド職員の日常

お久しぶりです。

あるギルド職員視点です。


時間軸は春澄達が、ギルドマスターの友人である辺境伯の領地にある沼の魔物を倒しに行き、再会したサティウス(兄弟の兄の方)と共に沼の魔物を倒し終り、メランジュ王国に帰ってきた辺りです。

登場人物の名前などを忘れてしまった方は29話までの登場人物一覧で確認していただけると幸いです。

冒険者ギルドの朝は早い。

ギルド自体は昼夜問わず開いてるけど、朝に張り出される依頼の量が多いのだ。急ぎのものは依頼者の希望により早急に張り出され、そうでないものは朝にまとめて張り出される。

特に僕が務めるメランジュ王国ヴィネグレッセント王都冒険者ギルド本部は人の数が多く、遠くの空が藍色に変わり始めてしばらく立つと、低ランクから中ランクの冒険者達がごった返したようにギルドの開けっ放しの扉を通ってくる。

僕はそんな光景を横目で見ながら、カウンターの奥で事務仕事をこなすのだ。

どの国でも、ギルド本部はたいていそれぞれの国の王都にあるが、中でも大陸で二番目に人口が多いメランジュ王国の本部は指折りの忙しさなんじゃないかと思う。

ここに配属が決まった当初、僕の中ではやりがいよりも面倒くささの方が勝っていた。

だって、やっぱり仕事は適度にだらけていたい。でもここの仕事量じゃそんなの無理だ。

そんな考えが徐々に覆ったのは、勤め始めて知った美人の多さだ。目の保養大事。

受付嬢は特に美人だし、中でもキリッとした雰囲気の眼鏡美人のテリアさんは、ついつい盗み見してしまう憧れの人だ。

流れるような艶やかなこげ茶色の髪に、アーモンド形の可愛らしい瞳、ほんのり薄く紅が引いてある唇。

受付に座ってるテリアさんに後ろから声をかけた時、振り向きながら無意識に上目遣いで見上げてくるテリアさんを、男女問わず眼福だと思っているはずだ。

いつもは真面目に仕事をこなしてるんだけど、たまに見せる笑顔とか、困った顔でお願い事とかされたら二つ返事で受けてしまうのは仕方がないと思う。

そんな彼女はギルドの男性職員はもちろん、冒険者や依頼に来る人たちにもよく口説かれている。それを事務的な様子で受け流しているテリアさんを見ると、高嶺の花ってこういう事をいうのだろうか、なんてよく考えるのだ。


ところが最近、そんなテリアさんが恋をしているんじゃないかって噂が立った。

その噂を聞いた時は頭をハンマーで殴られた気がしたよ。実際はハンマーじゃなくて、隣に居た同僚が夢じゃないかと分厚い辞書で僕を殴ってたんだけど。もちろん僕だってその辞書を奪ってやり返してやった。

それで、夢じゃなかったわけだけど、噂の出どころである先輩が実際に聞いたテリアさんの台詞って言うのが『少しくらい意識してくれないと悲しいんですが』みたいな感じなんだって。

これって確かに……いやいや、よく考えてみよう。もしかしたらこういう事かもしれない。


テリアさんはよく会う冒険者か誰かに、体のマイナスポイントをさりげなく指摘してあげてたんじゃないだろうか。

例えば、体臭が強い人にだったら『水浴びを毎日しないと体さっぱりしないですよね』とか、頭がはげている人に『あまり日を浴びると髪の毛も日焼けするみたいだから帽子を被って外出するのが良いらしいですよ』とか。

そんな注意に相手が気づいてくれなくて、テリアさんはあの台詞を言ったんじゃないだろうか。

……だって、そうでも考えないとおかしいじゃないか。あのテリアさんがまるで片思いしているみたいな台詞を言うなんて。

あ、なんだか悲しくなってきた。駄目だ。いったん違うことを考えよう。


…………テリアさんの件もそうだけど、最近うちのギルドでは驚愕な話題が多い。

なんでも、登録初日からCランクを認められた新人が居るとか、その人は1週間もしないうちにAランクに上がったとか。

僕はまだ会ったことが無いんだけど、異国の服を着ている美形で、何故かホーンラビットを連れているらしい。

それを聞いた時は思わず聞き返したよ。だってAランク冒険者にFランクのホーンラビットの従魔とか必要ないよね?非常食って言われた方が納得出来るくらいだ。

テリアさんの噂相手がこのCランクからスタートした冒険者じゃないかって話だけど、テリアさんは顔とかランクにつられる人じゃないはずだ。

……あ、テリアさんの話に戻った。話を変えよう。


そういえばちょっと前に、魔力が多い人と、Bランク以上の冒険者のみが緊急依頼で収集かかったらしい。

らしいというのは、ギルドマスターが直々に集めて、城の方向に向かわせたみたいだ。そんな人達がすぐに集まるはずもなく、片手の指に足りるほどの人数だったはず。

僕たち事務にも詳細は伝わってこないし、何があったのかな?凶暴な魔物でも出たなら城の方角じゃなくて門の方向に向かうはずだし。

もしかして、王宮に暗殺者か何かが侵入したとか?確か少し前にも城で王族が狙われた事件があったような……。でもその時でも冒険者が派遣されたりはなかったはずだし、それは違うか。

うーん、噂では国が必要だと判断した重要な場所と城の間で転移魔法陣が設置してあるみたいだけど、それを使ったとか?でもそんなものが必要になる程の事件だったら、今頃ものすごく騒ぎになってるよね……というか、避難勧告が出そうな気がするけど、国が指定してる重要ポイントってどこだろう。

そういう情報はあまり公けにされてないけど、一か所だけは知ってる。赤竜が封印してある山はそうだったはず。もし赤竜の封印に問題が出たなら、避難勧告が出ない事にも納得だ。上位竜なんてあっという間に移動してしまうから、封印が解けてからの避難なんて無駄だと思う。それに襲われるかもわからないうちに避難勧告を出しては、混乱した住民に無駄な被害が広がるかもしれない。もしかしたらそのまま上空を通り過ぎるかもしれないし、赤竜の封印が解けたなんて、知らされない方がいいだろう。

まあ実際赤竜が飛んでった話も聞かないし、上位竜なんてすぐに倒せるわけがないから封印に問題は起きてないだろう。

だとすると、あとは……。

なんて、考えても無駄か。結局騒ぎがあったとか死人が大量に出たとかの話は聞かないし。いや、騒ぎというか、謎の音だか声が山の一帯に響き渡ったってのは聞いたけど、結局それだけなんだよね。なんなんだろう。



あとは、例のCランクから始まってすぐAランクになった冒険者。その人の仲間なんて初登録でAランクスタートだったとか。これも結構騒ぎになったなー。

Aランクってだけでも珍しいのに、それが仲間同士とか殆どの依頼をこなせてしまう。こんな珍しい事案が出るなんて、さすがメランジュ王国のギルドだ。

と、いろいろ考えていたら突然肩を叩かれ、びくりと体が跳ねる。振り向くと、思考を脱線させる原因になった憧れの人が立っていた。


「テリアさん!何でしょうか」


まずい、考え事をしながらも手はきちんと動かしていたはずだけど、やる気が無いように見えてしまっただろうか。


「急にごめんなさい。今、手は空きますか?」

「えっ!はい、大丈夫です。空きます!」

「では、この書類をギルドマスターに届けてほしいんです。『サボらないで早急に』と伝えてもらいたいんですが、お願いできますか?」

「もちろんです!」

「ありがとう。良かったら、そのまま休憩に入ってください」


微笑んだテリアさんは忙しいようで、いつもより早口で僕に書類を手渡すとカウンターへと戻って行った。

簡単な仕事でも、テリアさんに頼まれたというだけでやる気が出て来る。僕は急いで席を立った。




「よいしょっ……と」


書類を渡した後、ギルドマスターにも仕事を頼まれた僕は資料庫で書類などの探し物をしていた。数が多くて結構時間がかかったけど、何とか集める事が出来たものを抱えて部屋を出る。

うちのギルドマスターはとても適当でちょっと困った人だけど、気さくだし意外と頼りになる人だ。見た目は厳ついおっさんなんだけど、可愛い一面もある。

どうやら、たまに顔がむくんで瞼が一重になってしまうことを気にしているらしい。

何時もは二重なんだけど、ギルドマスターは自分が大柄で厳つい事を自覚していて、一重になると更に凶悪顔になるから人に見せたくないんだって。

だからたまに顔が見えないようにすっぽりとフードを被っている。

ほんとにたまにだから良いんだけど、その時にタイミング悪くギルドマスターの部屋に入って、顔の見えない大柄な人が机で黙々と書類処理をしている姿を見た時はかなりびっくりした。

うちの部署じゃそのギルドマスターのむくんだ凶悪顔っていうのを見た人は誰も居なくて、誰が見れるか賭けをしていたりもする。

まあ今じゃ誰も見れる方に賭けてなくて賭けにならないんだけどさ。



山のようになった書類を持って階段を下りる。前がよく見えないが、何度もやっているから大丈夫だ。

数段降りたところで、思わず同意してしまう会話が進行方向から聞こえて足を止めた。。


(あるじ)よ、この壁際に飾ってある小さなゴブリンの死骸のようなものは何の意味があるのだ?」

「味気ない壁を賑やかにする為のただの飾りだ。どこの世界でも芸術ってのは一般人には理解できないものが多いんだろ」


ああ、うん。そうだよね。趣味は良くないよね。その置物、ギルドマスターが買って来た物だから捨てるに捨てられないんだよね。


「ふむ、では反対側の壁にかけてある実践に使えなさそうな剣も飾りか」

「まあそうだな。基本は飾りだな」


それね、置物の評判が悪かったから、これならどうだとギルドマスターがまた買って来たものなんだよね。前よりは確かに良くなった。


「ところでシド、俺の真似をしてユキを頭に乗せるのは良いが、その間はあまりきょろきょろ周りを見るな。ユキが落ちる」

「む、すまんなユキ」

「って言ってる傍から上を見るな顔は真っ直ぐにしろ。ユキ、居心地悪いなら戻ってくるか?」


いったい何を頭に乗せているんだろうと気になって書類から顔を覗かせると、思ったより相手との距離が近かった。止まっているつもりだったけど、会話を聞きながら無意識のうちに足を動かしてしまっていたらしい。

避けなければと思って体を動かしたら、持っていた書類がグラリと傾いて、焦った拍子に階段を踏み外してしまった。


「う、わ……っ!」


あ、こっから落ちたら骨にヒビくらい入るなーとか暢気に思いつつ、体は反射的に防御態勢を取り、目をおもいっきりつぶる。どうしよう!前に居た人達も巻き込んじゃったかも……!

……けど、いつまでたっても思ったような衝撃は来なかった。

あれ?と思いながら目を開けると、なんだか僕、浮いてた。

階段の下にはまるで僕の代わりのように書類達が床に散らばっている。背筋がヒヤリとしたが、お腹の辺りが妙に暖かい。その事に気づいて見下ろすと、誰かの腕にしっかりと支えられていた。

その腕を辿って視線を動かしていくと、横にものすごく綺麗があって思わず固まってしまった。綺麗っていっても、女っぽいとかじゃなくてちゃんと男性って分かる顔立ちだ。

どこか冷たそうな印象を与える涼し気な真っ黒い目。その上感情の乗らない整った顔は、こんなに近いとちょっと緊張する。

けど、僕を支えてくれている腕は、絶対に落とされないという安心感があった。

その人が僕を覗き込むように首を傾げると、耳くらいまで伸びた黒髪がさらりと揺れた。いろんな種族がこの国にいるけど、それでも髪も目も真っ黒なのは珍しいと思う

ぼけーっと見てたらその綺麗な人物が口を開いた。


「大丈夫か?」

「へ?あ、はい」

「悪いな、うっかり階段の途中で止まってしまって。邪魔だっただろ」

「え。いやいやいや、僕の不注意ですから」


なんだかすっかり安心しきっていたけど、腕一本で僕を支えるのはかなり重かったんじゃないだろうか。急ぎながらも、今度は階段を踏み外さないようにしっかりと自分の足で立つ。

よくみると、彼は黒い大きな布1枚を上手く加工したような見慣れない服装をしていて、結構細身だった。人を一人支えられるようには見えないけど、脱いだらすごいというやつだろうか。……いや、やっぱりすごそうには見えないな。

失礼な事を思いつつ彼の後ろに目を向けると、これまた人間ですか?って聞きたくなるくらい整った顔立ちの深紅の髪の青年がいた。黒い人以上に無表情。黒い人は腕からさりげない優しさが伝わってきたけど、こっちの赤い人は美しすぎて作り物みたいで怖い。

けど、それを緩和するように頭の上には小さなホーンラビットがちょこんと乗っている。オッドアイのホーンラビットなんて初めて見たけど、希少種かな?

小さくてふわふわで可愛いし和むけど……何故?


…………ってこの人たちが噂の人達か!!


さっきの会話からして、いつもは黒い服の彼の上にホーンラビットが乗ってるんだろう。

……目立つ。目立つよそれ!

そうなると黒い彼がテリアさんの片思いの相手なのか?確かに顔はすごく良いけど……。


「おい、本当に大丈夫か?」

「え?」


いろいろな事に一人ショックを受けていると、黒い服の彼にまた顔を覗き込まれた。あ、僕今すごいまぬけな顔してるかも。


「……まあ、平気そうか。もう階段落ちるなよ。持ってたものは下にあるから」

「え?」


僕、さっきから『え?』しか言ってない。

見ると下に散らばっていた書類達は綺麗に詰まれ、階段の下の隅にまとめて置いてあった。どうやら僕がごちゃごちゃと考えている間に集めてくれたらしい。

気がつくと彼らはもう階段を下っていて、丁度背中が見えなくなるところだった。僕も慌てて階段を下りたけど、彼らの足は速くてもうギルドを出て行ってしまったようだ。

書類の中には結構大事な物も混ざってるから、それらを置いて追いかけるわけにも行かず、僕は仕方なく書類達を迎えに行った。

彼は顔と強さだけの男じゃなかった。彼はスマートな、出来る男だ。


「僕、一言もお礼言ってない……」


顔も良い、強さもある。そうなるときっと金も持っている。中身もかっこいい。


……あれ、テリアさんの恋を反対する理由が無いぞ?

いやいやいや、そこはやっぱ愛とかが重要になってくる部分だ。黒い人はなんか、そういうのに興味なさそうな雰囲気だったし、一筋縄じゃいかない感じだった。勘だけど、テリアさんは片思いで終わるんじゃないかなぁ。テリアさんには幸せになってほしい。

万が一恋が叶うとしても、ぽっと出てきた人間に、ギルドの花であるテリアさんを渡すのはとても寂しいと思ってしまうのが本音だ。

あ、そもそもまだテリアさんが恋をしてるって決まったわけじゃないけど。


僕が重大なミスを犯した時、文句も言わず優しくフォローしてくれたテリアさん。

けどそれが片付いた後、何故ミスが起こったのか、冷静に分析し注意もしてくれるテリアさん。

僕もいつかもっと頼りになる人間になって、テリアさんを助けられるようになりたいなぁ。

目指せさっきの人…………じゃないな、ギルドで4番目に仕事の出来る同期のスウェン君!

うん、目標をあんまり高くすると良くないからね。


よし、まずは次あの人に会ったらさっき助けてもらったお礼を言わないと。お礼の言えない人間、かっこわるい。



1月5日から本編再開します。

お待たせしてすみません。

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