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3.謁見の間で

重厚な扉を両脇に居た兵士が開けると、学校の体育館ほど広さのある煌びやかな空間だった。遥か頭上に輝く巨大なシャンデリアと壁に掛かった金糸で縁取られた真っ赤なタペストリー。刻まれている模様は国の紋章だろうか。顔が映りこみそうな程つやつやとした床にシャンデリアの光が反射して、上も下もキラキラしている。

左右の壁には、甲冑を身につけた兵士がまるで置物かのように等間隔で、それぞれ40名程立っていた。

入り口から真っ直ぐ伸びた赤い絨毯の上を歩き、王座へ上る階段の数メートル手前で兵士に止められる。


「もうすぐ陛下が御出でになります。合図が鳴りましたら、跪き陛下の顔を直接御覧にならないようご注意ください。決して粗相があってはなりません」

「粗相が無いように、ね…」

「はい、よろしくお願いします」


兵士の言葉に、春澄が意味深に目を細めた事には誰も気づかなかった。


合図のラッパが鳴り、春澄の後ろで控えていた魔術師3人は、さっと跪き頭を下げた。その為、春澄が立ったままで居る事に気づくのが遅れてしまった。

しかし気づいた時にはもう遅く、国王が分厚く赤いカーテンから姿を現した後だ。

白が混じった髭と眉、腹には脂肪をたっぷりと蓄えている50代の男で、この部屋と同じく金と赤で出来た服を着ているが、あまり似合ってはいない。おそらく誰も指摘出来ないのだろう。それを国王の為に製作しているだろう服屋も、相手が似合ってなかろうが儲かれば何でも良いのだ。


国王は春澄が立ったままなのを見て、不愉快そうに眉を顰めたが特に何も言わなかった。 そのまま席に着いた事を見た周りの者達は、安堵のため息をつく。 後ろから付いてきた細身の神経質そうな老人は国王の斜め後ろへ立った。


「そなたが此度召喚された異界の勇者か」

「そうらしいな」


ざわり、と周りが戦慄いた。


「国王陛下に対して無礼だぞ!弁えよ!」


誰かがそう怒鳴っていたが、春澄は国王の眉間の皺が増えるのを観察していて忙しかったので声の主に対して何の反応も返さなかった。


「まぁよい。若いうちは粋がってみるものだ」


ゴホンッと国王がわざとらしく咳払いをすると周りも静まった。


「さて、勇者よ。わしはアルカフロ王国国王ネヴィル・ステリアウェルヘン・アルカフロだ。此度にそなたを召喚したのは魔王を討伐してもらう為である。報酬は十分用意しよう。後で宰相と相談するが良い」


ちらりと後ろの老人と国王が目配せをした。どうやら彼が宰相のようだ。


「その前に質問なんだが」

「なんだね?」


国王ではなく宰相が不機嫌そうに答えた。


「魔王なんて本当に居るのか?」


ざわざわとその場の空気が揺れる。またしても無礼な、と周りから聞こえるが、王座に居る彼らの顔が一瞬驚いた顔になったのを春澄は見逃さなかった。


「…当たり前だろう。そうでなければ君を呼びはしない」

「ふーん」


国王と宰相は内心冷や汗をかいていた。実際のところ、本当に魔王の存在は確認されていなかったのだ。

だが大陸全土でここ数年、魔族や魔物からの被害報告が増えており、今まで活発な動きを見せなかった魔族がそのような行動に出たのは魔王復活が近いからに違いないと噂されていた。


春澄が召喚されたアルカフロ王国は、大陸の中で国土も人口も中堅どころの国である。それなりに輸出や輸入で他国とも貿易をはかっており、関係性も悪くは無い。特出した所を挙げるとすれば、鉱物の類が他国に比べて出やすいので、それなりに儲けてはいるが、観光など望める美点ではないのでそれほど人の出入りは激しくは無い。他国からの評価も高くもなく低くも無くと言ったところだ。


その為、自国の評価を上げようと勇者を召喚し、まだ確認もされていない魔王を討伐させようと考えた。自国の勇者が魔王を倒せれば、必然的に大陸を救った事になるアルカフロ王国の立場は優位になる。どちらにせよ魔王はまだ確認されていない為、暫くは勇者の育成に時間を当て、丁度良い頃に討伐に向かわせようと考えていたのだ。


兵士達には訓練の士気が上がるように魔王が出現したらしいと嘘を言ってあるが、国民には魔王が現れたとなっては混乱が起きる為、緘口令を兵士に強いている。

国王側としては、こんなところでその事実を悟られるわけにはいかなかった。


「暫くは我が国の兵士達と共に訓練してもらう。時期を見て精鋭達を付けるから、魔王討伐に共に行ってくれるな?無事帰った暁には爵位を与えよう」


春澄が断るはずが無いと自信を持って告げる国王だが、次の春澄の返答に凍りつく事になる。


「受ける訳が無いだろ」


今度は誰も何も言わなかった。自分の耳が聞き間違えたかと思ったのだ。


「…勇者よ、今何と申した?」

「断ると言ったんだ。と言うか受けて貰えると思ってる事に驚きだがな」

「なんだと!?先ほどまでの無礼は見過ごしたが、これ以上は見過ごすわけにはいかんぞ!分かっておろうな!」


春澄は国王の怒りを気にする事なく皺が眉間だけでなく額にも広がるのを、暢気に興味深く眺めていた。他人の皺が寄る所を観察する機会などそうそう無いのだ。


国王が手を振り上げると、周りに控えていた兵士達が剣を構えた。後ろに居た魔術師達は召喚した勇者の態度に、自分達も一体どんな罰を受ける事かと顔を青くして後ずさっている。


「最後にもう一度聞いてやる。大人しく魔王討伐へ行くなら今までの無礼は無かったことにしてやっても良い」

「…無礼ねぇ」


春澄は思わず冷笑を見せた。


「あんた達は俺に魔王を倒してくれと頭を下げてお願いする立場だろう?それが随分と上から目線だな。しかも突然召喚なんて手段で無理やりあっちの世界から連れ出されて、俺にとってあんた達は唯の誘拐犯だ。あんた達、犯罪者って自覚あるか?」


春澄は出来の悪い生徒を見るように優しく微笑んでやるが、その目はドブの中の汚物を見るように冷え切っていた。 国王や一部の兵士は怒りに震え、春澄に切りかかろうとジリジリと近寄り次の指示を待っている。


だが大半の者達は、春澄から漂う冷ややかな殺気に身を震わせていた。その冷笑を見た彼らは、後に、我々は自ら魔王を召喚してしまったのだと口々に懺悔したほどだ。


「もうよい!此度の勇者召喚は失敗に終わったようだな。その偽者を処分せよ!」


どんなに恐ろしい敵でも、国王の命令があれば従わなければならない。相手は一人なのだと、兵士達は震える自分を叱咤し標的を取り囲んだ。


国王の合図で、扉から援軍が大量に駆けつけた事も気持ちを和らげている。

しかしその標的は自分を取り囲む兵士をぐるりと見渡すと、緩く頭を振った。


「哀れだな。上が無能だと下も無能にならざるを得ない」


実際、春澄が感じた通り、現アルカフロ国王は無能と言っても良い部類の人間だった。3年前に当時の国王が病死し、次いで急遽即位したのが弟である現国王だ。そこそこ優秀な兄に対するコンプレックスで、陰湿で傲慢な人格に育ってしまったが、ある程度持て囃していればそれほど害は無いので、国の重鎮達からしてみればお飾りの王としては好都合だった。


本来勇者とは国王でさえ敬意を払わなければならない存在である。しかし今回、国から選抜した勇者ではなく異世界より召喚した事により、国王は春澄の事を自分の好きに使える駒だと思ってしまったし、周囲の者もまた国王に進言しなかったが、この判断を両者後悔する事になるとは思わなかっただろう。


春澄は憤慨する兵士に構わず、さてどうするかな、と自分が持っているアイテムを思い浮かべる。 彼らは誘拐犯とその仲間達な訳だが、無能の責任を下がすべて取る事は無い。 しかし向かってくる以上は倒さなければならないが、春澄の持つアイテムのほとんどは手加減をする事に向いていなかった。


その昔、春澄に大会参加は遠慮してくれと言った開催者が、それでは春澄も面白くないだろうと一度冗談で「お前ら櫻井にまとめて掛かってみたら?」と他の選手に言い、実際に春澄対数人で対戦する事になった。


5人相手には勝ってしまったので、10人に増やしてみるとその時は流石に春澄も負けた。 しかし春澄の希望で続ける事になり、大会の最後には毎回春澄にまとめて挑戦する枠が設けられる事になってしまった。もちろん観客は帰らせた後だ。


何度か対大人数を繰り返した春澄は、コツを掴んだのか何十人を相手にしても負けなくなってしまったのだ。何十人と言っても一度に掛かれる人数に限りがある。その人数を捌けるようになれば後は体力勝負だ。

最初に冗談で言った開催者は唯でさえ強かった春澄を、更に化け物に育ててしまったと少し後悔したという。


そんな訳で今目の前に居る兵士達を素手で相手にするのは簡単だ。

春澄は強いものと戦うのは好きだ。互角か多少格下でも良い。取り合えず、自分を高める事が出来ればいいのだ。 だがしかし、彼らを見るに自分を高めてくれる事は無いだろうと思う。単純作業は早く終わらせたいのだ。つまりは効率の良いやり方をするには何か武器が必要だった。 そして思いついた武器を取り出すと、気だるげに構えを取った。


「はっ!何だその棒切れは!」

「そうだなぁ、異世界初の戦闘が木刀とは。何とも緊張感が無いな」


国王が得意げに鼻を鳴らしたが、春澄はあっさり同意した。


「さて、あんたは最後だ」


最終通告を国王に残すと、春澄はまず木刀を構えその場でくるりと回転するように振り切った。 周りを取り囲んでいた兵士が風圧で後ろの兵士ごと吹っ飛ぶ。春澄は倒れた兵士を飛び越え、その向こうの兵士へと飛び掛かった。

胴を払われた兵士が床に沈み、その後ろから出てきた兵士は膝を砕かれ崩れ落ちる。

その場から動かなくてもすぐに次々と兵士が群がってくるのは楽だったが、一振りで数人ずつ薙ぎ払うように片付けていると、だんだんと足元に重なるものが鬱陶しくなり、自ら出向いてやる事にした春澄は広い空間を走り出した。


軽い、と春澄は思った。現実世界より早く動く事が出来たゲームより、今は更に早く軽い。

春澄の攻撃によってある者は鼻筋を折られ、ある者は膝を砕かれ、運がよければ鳩尾に当たり気絶している。


最初に確認した時は援軍を入れて200名程だったと思ったが、更に城中の兵士を集めているのか、今は部屋のそこらじゅうに兵士が居て運動には事欠かなかった。 しかし馬鹿の一つ覚えの様な手ごたえの無さにそろそろ飽きてきた頃。20cm程の炎の塊が5つ春澄をめがけて飛んできた。 3つは避けつつ、2つは木刀で薙ぎ払う。ついいつもの感覚で武器を使ってしまったが、当然の如くただの木刀は燃えてしまった。


「あーあ、一番殺傷能力の低い武器が…」


惜しむような口調とは裏腹にあっさり木刀の残骸を捨てると、仕方なく最初に腰に差していた黒刀を異空間収納(インベントリ)から取り出し、ゆっくりと鞘から引き抜いた。


「すごいな。ゲームとは輝きが全く違う」


刃渡り一メートル程の刀で峰を黒、刃を銀で彩られた刀身が、艶やかに月のような光を放っているのを見て、思わず感慨深く見つめてしまう。

美しい波紋に指を滑らせていると、そんな春澄を無防備だと見たのか兵士が後ろから切りかかった。が、気づいた時には兵士は足を深く斬られており、春澄は今斬った相手を確認することも無く別の兵士を相手にしていた。


その驚くべき速度は、瞬きをしていると見失うほどだ。 魔術師達も何度も遠くから攻撃を仕掛けるが、悉く無効にされていく。


最終的に500名ほど居ただろう兵士を粗方片付け終わった春澄は、魔術師達の方を向いた。


「…火炎球(ファイアーボール)


何を飛ばそうか少し迷い、結局魔術師達と同じく定番の攻撃にした。春澄も失念していたが、今はゲームの世界ではない。ゲーム補正が効かないこの世界では魔力のコントロールが必要とされるが、今は魔力が増幅され、適当に放った何気ない攻撃は直径2メートル程の炎の塊となり、魔術師達とその周囲を襲った。


「あ、やば」


と言いつつ春澄は無表情で炎を見送る。

適当にやったせいでそのような事態になったのだが、その適当のお陰で狙いも定まらず、運よく魔術師達に直撃はしなかった。彼らは火傷は負ったものの、あの炎を見た後では大した事は無いと言えるものだった。


巨大な火の塊が襲ってくると言う恐ろしい光景を見て、まだ立ち残っていた兵士達が近くの扉から逃げ出すのが見えた。結果、その空間に立っているのは国王と春澄だけになる。 宰相にはまだ何もしてないのだが、よく見ると腰を抜かして立てないようだ。 国王も顔色が悪いものの、ここで逃げ出すのはプライドが許さないらしい。


「おい!誰か!誰かおらぬか!」


叫んでも残っていた兵士はすべて逃げ出した後だった。

お読みいただきありがとうございました。

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