28.遺品
ユキとシドが従魔である事を話しながら、驚くサティウスを連れて辺境伯の館まで戻ってきた春澄たちは、門に着くと庭で剣の素振りをしていたらしいフィルスに出迎えられた。
向かってくるフィルスの表情は今にも泣きそうだ。見ると服が体に張り付くほど汗だくになっているが、兄が心配で落ち着かないのを無心で素振りすることによって誤魔化していたのではないだろうか。
「兄ちゃん!!どこも怪我してないか!?」
「うおっ!」
飛びついてきたフィルスがサティウスの怪我の有無を確認するように体をぺたぺたと触り始めた。
必死な顔をして兄の無事を確認する弟に、少し擽ったそうにしながらもサティウスは弟の好きにさせている。
どこも怪我をしていないことを確認したフィルスは、漸く安心した顔を見せると春澄達の方へと顔を向けた。
「春澄達も大丈夫だったか?」
「ああ」
兄の時程に必死さはないが、春澄達に対しても心配そうな顔を向けたフィルスは、相変わらず無表情な春澄達を見るとニカリと笑った。
「よかった!……あれ、その子誰?」
「こ、こんにちは」
「おー、こんにちは」
ペコリとあいさつをする可愛らしい少女につられ、フィルスも不思議そうにしながら挨拶を返した。
「うーん、後で説明するよ」
「ふうん?ま、いっか。早くおばさんのところに報告に行こうぜ」
フィルスに手を引かれ苦笑するサティウスの後を春澄達もついていく。
二階にある一室へ入ると、優しく微笑むセレンが出迎えた。
「無事に帰ってきてくれて嬉しいよ。フィルスも、兄が帰ってくるまで待っていられて偉かったな」
セレンが近づきサティウスを抱きしめる。その手は僅かに震えているようで、こちらが考えている以上に彼女は心配していたのだろう。
「報告を聞こう。フィルスはシャワーを浴びておいで」
「はーい」
ぱたぱたと元気に遠ざかっていく足音を聞きながらソファに腰をかける。
セレンは一度ユキの方を見たがそれには触れず、別の件を静かに尋ねた。
「……魔物には会ったのかい?」
「うん」
サティウスは手に入れた魔石をテーブルの上に置く。
「これは、スライムの魔石だね?」
「そう。これが沼の魔物の正体だったよ」
「……そんな、まさか」
セレンが信じられないという顔をして目を見開いた。
「春澄が説明してくれるか?」
「ああ。一応聞くが、この欠片が何だかわかるか?」
「なんだい?」
春澄が出した薄紫色の小さな欠片を見て、セレンは首をかしげた。
「……いや、わからないな」
「そうか……まず、この欠片について詳しい事は俺も知ってるわけじゃない。それに、知れば余計な揉め事に巻き込まれる事もありえるかもしれない、と最初に言っておく」
「…………その欠片が沼の魔物にかかわっているなら、私は領主としてそれを聞かなければならない。聞かせてくれるかい?」
恐らくこの欠片について、有用な情報は簡単には望めない。道中魔法陣を隠蔽していた者も、どんな目的があって隠蔽していたのかもわからない。
そうなると、無闇に欠片のことを聞いて広めるのはあまりよくないと春澄は判断した。
だが今回の依頼に関わっている事だし、春澄もある程度情報を得るには誰かに話す必要がある為、辺境伯という適度に情報に通じていそうな相手はこの件を話すのにちょうど良さそうな気がした。
もちろん立場だけでなく、セレンとサティウスなら軽々しく他に洩らしたりはしないだろうと、話をしても大丈夫だという勘もあった。
そして春澄は数十年前から頻繁に異世界からの召喚が行われているらしい事、魔法陣を壊してまわっている事、頻繁に召喚が行われている原因を探っている事などを話した。
「原因はまあ、確実にこの欠片だと思うんだが、なんの欠片なのかはわかっていない。今回は偶然スライムがこれを取り込み、沼まで吸収して巨大な魔物化したという推測をシドが立ててくれた」
「…………」
「…………」
二人は難しい顔をして考え込んでしまった。
部屋にはシドが用意されていた茶菓子を食べる音のみが響く。
ユキもちらちらとお菓子の方を見るが、雰囲気を察してじっとしている。
暫くすると、セレンは額に手を当てて大きく息を吐き出した。
「その召喚の話が本当なら大変な事だよ。おそらく、君が思っているよりもはるかにね」
「どういう事だ?」
「数十年前から召喚が行われていると言ったね」
「ああ」
「勇者召喚なんて、正直御伽噺のような存在なんだよ。つまり、ここ数十年なんて近い過去に何処かの国でそんな事が行われていたなんて聞いた事が無いんだ」
「……本当か?」
「つまり、本当に召喚された者が居るのならその存在は隠されている。その目的は、なんだかあまり良いものじゃない気がするよ」
今度は春澄が難しい顔をする番だった。
そこでサティウスが思い出したように呟いた。
「そういえば、アルカフロ王国が勇者召喚の研究をしているとか風の便りで聞いた事があるな……」
「それは聞いた事があるけど、実際に成功した話は聞かないね」
「ああ、あの国は除外していい」
「どうしてだい?」
「……まあ、そう判断できる情報を持っているからだ」
春澄が話す気がない事を悟り、二人は気になる素振りをしていたがこれ以上聞いてくる様子は無かった。
「しかし、スライムか……今回は不運が重なったんだろうねぇ」
セレンがじみじみと呟いた。
魔物も人間も膨大な魔力を得たからといって、魔法の威力が上がったりするくらいで体が変化したりはしない。おそらくスライムのような決まった形を持たないものだったからこそ、このように異常な魔物へと変化してしまったと思われる。
そのような魔物が欠片を取り込んでしまったことや、欠片が地面に同化する僅かな時間にスライムがその場に居た事など、稀に嫌な偶然は重なるものだ。
「そういえば、これは沼にあったものだ。渡しておく」
「……回収してきてくれたのかい?ありがとう。すまないね」
討伐した魔物や盗賊が持っていたものは、通常次にそれを手に入れた者に権利が発生する。
大抵は金目のものならそのまま貰い、要らないものであれば唯の荷物になるのでそのまま捨て置かれる事が多い。そのため遺族が遺品を捜したければ討伐した者に場所を聞いて自ら行くか、最初に討伐しに行く者に頼んでおかなければならない。
時折こうして自分の利にならない行いをしてくれる者がいると、大変感謝されるのだ。
春澄はテーブルに持ってきたものを異空間収納から出し浄化をかけた。
「うわっ、便利だなその魔法!」
「魔法というよりは、恐らくスキルじゃないかな?しかし古いものは錆び付いていて持ち主はわからなそうだね……」
主に金属の剣や防具が多いようだが、やはり長年水分に触れていたせいで劣化が激しい。
だがあのスライムの中にあったにしてはとても綺麗な状態だと言えるものもあった。あの溶かす能力が発揮されるのは主に有機物に向けてのようで、比較的新しい物だと剣に刻まれた名前が読み取れそうな程だった。
つみ上がったものを検分しようとしていたセレンが、その瓦礫の間からふと見えた緑色の物体をつかみ興奮した様子でそれを持ち上げた。
「これはっ、魔晶石!それもかなり大きな物だ……」
「魔晶石って何だ?」
「おまっ!マジで言ってんのか?本当に知識がないな!?」
セレンは手のひらに乗せたエメラルドグリーンの宝石のようなものをうっとりと見つめている。
やはりいくつになっても女性はそういうのが好きなのだろうか。隣に座っているユキを見ると、何となく興味深そうに見ている気もする。
「あのな、魔晶石ってのは魔石の上位版みたいなものだ。魔石は魔物の体内だとか、魔力が集まりやすい地中から取れたりするものだろ?けど魔晶石はめちゃくちゃ魔力が濃い土地とかで偶然出来る、魔石より魔力を濃縮されて出来た石なんだよ。その硬さは竜の鱗にも匹敵するんじゃないかって言われてて、すっげぇ貴重な石なんだぜ」
「へぇ。ちなみにこれで大きいって事は、普通はどのくらいの大きさなんだ?」
「普通はミリ単位から大きくても3cmくらいだろうな。これ、売ったらめちゃくちゃでっかい家立つんじゃないか?」
「……この石が?」
魔晶石は魔石と同じように魔術を刻み、日常生活や攻撃魔術として使うことも出来るが、貴重故に貴族のコレクションや、魔力を必要とする施設などに買い取られる事がほとんどであまり一般に出回る物ではない。
しかし存在自体は広く知れ渡っているものであり、対照的にその目で見ることはなかなか叶わないものなのだ。
「はぁ。私はあまりこういうものをコレクションしたりする趣味は無いから持っていないが、目の前で見ると本当に惚れ惚れするほど美しい石だね。堪能させてもらったよ。ありがとう。これは君が受け取るべきだ」
そう言ってセレンは名残惜しそうにしながらも春澄に魔晶石を返してきた。
それほど貴重な石なら売値が気になる所ではあるが、これを加工して何か良い魔道具でも作れないかと考えながら春澄は異空間収納へとしまった。
セレンは再び遺品の山に手をつけ一本一本検品していたが、状態の良い一本の剣の名前の彫りを確認した瞬間、時が止まったかのように呆然とそれを眺め出した。
「おばさん?」
「…………夫のものだ」
はっとサティウスが目を見開く。
セレンの夫は領民の不安を想い、なかなか完遂されない依頼に痺れを切らし、4年ほど前に自ら沼へ向かってしまった。
剣の腕はなかなかのものだったが、彼より腕の立つ冒険者ですら帰ってこなかったのだ。
セレンはとにかく必死で止めたが、彼の決意は固く、無理やり領地に関する引継ぎの書類を用意し、出立してしまった。そうしていったという事は、彼自身も帰れるとは思っていなかったのだろう。
一撃でも魔物に当て、弱らせる事が出来ればと考えていたのかもしれない。
しかしその魔物は物理攻撃の効かない魔物だったのだ。
セレンの悔しさも、その夫の悔しさも計り知れないものがあるだろう。
きゅっと唇を結び、何かを耐えているセレンを見て、サティウスは静かに言った。
「おばさん、俺たちは風呂に入って休むから。また明日な」
「……ああ、すまない」
春澄達も何も言わずに席を立ち、部屋の外へと出て行く。
パタン、と閉じた扉の中では、気を使う者も居ないはずの一人きりの部屋で、押し殺した声が響いていた。




