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27.沼へ2

「シド、少し離れたとこに降ろしてやってくれ」

「うむ」


サティウスはシドが高度を下げ始めたことに気づき、呆けた顔を慌てて引き締めた。

最初に居た場所のように沼から少し離れた位置に降ろされ、すぐにシドが去って行く後ろ姿に気づき慌てて礼を言った。

サティウスは沼の方を向き、まだ恐怖を感じつつもゆっくりと剣を構える。

3等分したとはいえ、沼は元の大きさがそれなりにあるため一人では厳しいものがあった。


沼スライムはサティウスの方を気にするよりも、無理やり分断された自身が気になるようで土壁を越えようと慌てているようにも見えるが、壁は高さがあるため超えられない。

壁を越えようとせず横から出ればすぐに合流できるのだが、そこまで知能は高くないのかもしれない。

様子を見ていると、こちらに気づいた沼スライムの一部から触手が現れサティウスへと向かってきた。


「はああぁっ!」


向かってくる触手へと大きく剣を振りかぶり、何本かの触手を切り落としたが、失敗した事に気づいたのは剣を振り下ろしてからだ。


「やばっ…!」


やはり緊張で頭も体の動きも鈍っていたのだろう。大きく振った剣は次の攻撃に対応が遅れ、右からやってきた触手を切るには間に合わない。

複数来るものを切らずに避ける事は出来そうになく思わず目を瞑ってしまうが、離れた場所から春澄の声が聞こえた。


斬裂く旋風ジャック・ウォールウインド


目を開けると、触手はサティウスの目の前で見事にばらばらになっている。

少し上を見ると、春澄のいつも通りの静かな表情が見えた。


「これで一回な。そんな緊張したままの体であまり大きく振ると融通がきかないぞ。深呼吸して目の前のはゴブリンの腕とでも思え」

「お、おう。それはそれで気持ち悪い光景だな……」


サティウスが深呼吸をして、沼から出てきた触手を相手に『大丈夫……これはゴブリン……ゴブリンが一匹、二匹…』と先ほどよりもなめらかな動きで切り捨てながら地面に落ちたものも踏みつけているのを見ると、春澄は自分の担当の欠片を持つスライムへと向かっていった。





春澄が自分の担当へと戻る途中にふとシドの方を見ると、宙に浮いたまま手だけを動かし、沼を囲むようにして炎を放っていた。

意外にも沼スライムは表面を凹ませるようにして炎から逃げており、火魔法はかなり効果があるようだ。


「さて……」



春澄も地面に降り、自分はどうやって目の前の敵を倒そうか、と黒刀を構えながら考える。思いつくまで上空で待機していてもよかったが、何となく手持ち無沙汰だったので下まで降りてきたのだ。


タイムリミットはサティウスが担当している本体の魔石を壊すまで。

ゲームで言うなら、それまでに自分の担当の沼スライムを倒せなければ春澄の負けだ。


春澄は目の前でうねうねと向かってくる触手を相手にしながら、先ほどのような失敗はしないように切り落とした沼スライムも踏み潰し蹴散らせた。

体を動かしながら春澄は思う。この世界に来てから、シドの翼で吹き飛んだり、先ほどの足の皮膚を溶かされたりと、非常によい敵に出会えているな、と。

やはり自分もダメージを負ってこそ『戦っている』『自分はまだ強くなれる』と思えるのだ。

ここ数年、周りよりも強くなった春澄が行ってきたのは、現実世界ではただの『稽古指導』であり、ゲームでは『狩り』と言えるだろう。もちろんそれはそれで楽しい事もあるのだが。


そのまま攻防を続けていると触手が突然攻撃をやめ、何本かの触手が撤退していった。

不思議に思った春澄がそのまま待っていると、残った二本の触手がふるふると震えながらその先端の形を鋭く変え、春澄に切りかかってきた。


「っ! すごいな、俺の真似か?」


その形は正に日本刀のような細く反りのある形をしていた。

春澄も黒刀を振るうと、先ほどよりも切り落としにくくはなったがまだ魔力の通し方が不十分なようだ。本物のように刃を合わせることが出来るという事はなく、その偽物の刀はすぐに切り落とす事が出来た。

沼スライムも切り落とされた部分からまた刃の部分を作りだすが、それを切り落とすたびに、次第に沼スライムの刀が硬度を増していくのがわかった。


思えばこの沼スライムはその気配のない特徴を生かし、長い間獲物に対して完全な奇襲のみで今までやってきたのだろう。

ただのスライムの時の大きさなどはわからないが、今のように自由に体の形を変えられたわけではないだろうから、このような戦闘は初めてのはずだ。


この短時間で相手の武器や戦い方を学び、確実に進化している。このまま放置していたら沼を取り込む為に使っていた分の魔力を別に使い、魔法を覚える事もありえるだろう。


「残念だな……」


春澄はぽつりと呟く。

時間があればその成長を待ってみたい気持ちもあったが、この沼スライムは倒さなければならない。二つの依頼にかかわる上にタイムリミットもあるのだ。

それに、春澄はちょうど発動する魔法を決めたところだった。


切り落としたもの達に気をつけながら、春澄はまず沼スライムに念のため水を浴びせた。

次に土と火と闇の複合魔法で、高温の赤く煮えたぎったような塊をいくつも作り、沼スライムの中へ次々に落として行く。

その塊が水面に触れた瞬間、噴水でも上がったかのようにあちこちで爆発が起こった。

その余波が春澄の居る場所まで届くが、構わず次の塊を投げ入れる。


春澄が行ったのは水蒸気爆発を利用したもので、水が非常に高温の物質と接触することにより起こる爆発だ。

あのスライムは多分に水分を含んでいるのは明らかだが、念のために最初に純粋な水を足すことにより爆発を起こりやすくしてある。

本体から爆発し離れてしまったスライムは戻っていくが、追いつけない速さで切り離してやれば、徐々にアレは小さくなるはずだ、と春澄は考えた。


水蛇の鞭(スネーク・ウィップ)


片手で黒刀を構えながら、もう片方の手で水で作り出した蛇を操る。何度も爆発を起こし、飛び散る沼スライムをその水蛇に食わせようというのだ。爆発に合わせて口を大きく開けた水蛇を操作し、沼スライムの残骸を食わせていく。

その少々荒っぽいやり方に、沼の周りには水蛇が食べ零したうねうねとうごめく物体が無数にある、という背筋に悪寒の走る光景を生み出しているが、大きくなる水蛇に比例して沼にある本体は確実に減って行った。


触手を相手にしながら周りに飛び散った沼スライム達が合流しないように風魔法を適当に放ち切り離していると、春澄の目で見ても目当ての小さな欠片があるのが見えるようになっていた。

沼スライムは小さくなっているというよりは薄くなっており、そのまま上を歩いて行けそうな程だ。

春澄はもう少しで刃を合わせられそうなほど硬度を保てるようになった沼スライムの刀を切り捨てると、目標の欠片をめざし走り抜けた。

そのまま素手で素早く欠片を抜き取る。しかし本体ではないからか、欠片を抜いても周りの沼スライム達の動きは止まらず、未だに春澄を取り込もうと必死の様子だ。

もう春澄を取り込めるような厚みが無い事を自覚したのか、残った沼スライム達は一箇所に丸まるように集まり始めている。

春澄はもう少しこいつらに付き合うか、ともう一度剣を構えた。





サティウスはあれから暫くの間攻防を続けていたが、何かを決意したように表情を変えると、周囲の触手を薙ぎ払い残ったものを避けながら沼の方へと走り抜けた。

腰につけたポーチから取り出したものを沼スライムに投げつける。サティウスも沼の淵を蹴り、恐怖心を身のうちから出すかのように叫び声を上げながら大きく跳躍した。


「はああああぁぁぁ!!」


先ほど投げたものが沼スライムの表面にあたると、一瞬のうちに1メートルほどの範囲が氷付けになった。

その上にサティウスの足が乗るが、足場となった氷の部分は沼スライムの中に取り込もうと動いている。

氷が沈む前に新たに作った足場へと移動し、そうして次第にスライムの魔石のある奥の方まで近付いていく。タイミングがずれればサティウスが沼スライムに飲み込まれる危険な行為だ。

それを沼スライムの触手を切り捨てながら行える身体能力の高さから、彼の沼への緊張が解けて本来の力が発揮されている事がうかがえる。


サティウスが最後の足場に乗った時、沼スライムの中にギリギリ剣で届く範囲に目的のものを発見した。

先程触手との攻防を繰り返しながらなんとか落ちつけた精神が緊張と興奮でまた乱れ出すが、整える暇はない。

聖銀(ミスリル)の剣で狙いを定め、剣を持つ腕ごと一気に沼スライムの中へ突き刺した。

しかし僅かに狙いがずれたのか、剣は生肉のような魔石の横を掠めていった。サティウスにはまるで魔石が移動したかのように見えたが、今気にするべきなのはこのまま沼スライムの中へ落ちてしまうという事だ。


「くっそ……っ!」


サティウスは先ほど使っていた氷の魔道具とは別の物をポーチから取り出し上空へ投げると、ドプッと鈍い音を立てて沼スライムの中に落ちていった。






少し前、春澄は担当のスライムの反応が鈍くなってきた為そのまま放置し、上空で待機していたシドと合流を果たしていた。


「主よ、欠片はあったか?」

「ああ」


春澄は握っていた欠片をシドに見せた。その小ささは2cm程のものだ。


「最初は召喚陣の破壊と謎って話だったはずなんだけどな。こういう見つけ方をするとは思わなかったな」

「ふむ。だが今回は偶然であろう。我が見た例からすると、欠片が地に馴染むのにそう時間はかからなかった。その短時間で欠片を取り込むとは、あまりあることではなかろうよ」

「なるほど。そういえばシドはスライム相手に何してたんだ?ほとんど動いてなかったよな?」

「うむ。灼熱の炎を浴びせていただけだ。ボコボコと沸騰し、あっというまに蒸発しておったぞ。これがスライムの中にあったものだ」


春澄がシドから受け取ったものは、両手でぎりぎり包み込める大きさの卵型をした、緑の魔石というよりは宝石のような光を持った石だった。


「へぇ。綺麗な魔石だな」

「いや、主よ。どうやらそれは魔石ではなく……」


シドが何かを言いかけたが、先ほどまで戦っている気配がしていた一角が静かになると一瞬辺りを静寂が支配し、次いでサティウスが担当している沼スライム上空で竜巻が起こった。

その竜巻は次第に沼スライムの一部を巻き込み、巨大化していく。

竜巻の大きさは、春澄が三等分した沼スライムの、さらに四分の一ほどだ。

だが引力が強く、シドと春澄はそれから発生する引力に引き込まれないように耐えていた。次第に風が弱まりだすと、沼スライムがあちこちに吹き飛んでいくのが見える。その中から竜巻の環から外れたサティウスまでが吹き飛ばされてきた。

偶然にもその先で浮かんでいたシドによって足を掴んでもらえたので、サティウスは覚悟していた骨の一本や二本は無事で済んだのだった。


「……悪い、助かったよ」

「うむ」


ぐったりとしたサティウスが逆さまでぶら下がりながら礼を言うと、シドが小さく頷いた。

そのまま地面にゆっくりと降ろされたサティウスは、そのまま大の字に寝転がると大きく息を吐いた。


「なんか……世界が回ってる…………沼はどうなったかな?」

「ほら」


独り言に返答があった方向を向くと、春澄に何かを投げ渡された。慌てて受け取ると、それはスライムの魔石だった。


「俺の方に降って来たぞ。お前自身はシドの方に降って行くし、運が良いな」


確かにあの爆風では後からどこかへ飛ばされた魔石を見つける事は困難だったはずだ。それが春澄の方へ飛ばされ、サティウスも怪我無しというのはとても運が良い。

まだ安定しない視界の中で受け取った魔石を眺めながら、この存在を忘れないようにしようと、サティウスはしっかりとそれを握った。


「よかった。成功するかわかんなかったんだ……かっこ悪い終わり方だけど、魔石がここにあるって事は、沼を倒したって事で良いんだよな……?」

「ああ。別にかっこ悪くはないだろ。勝ちは勝ちだ」

「…………なんかさ、今まですげぇ怖かったのに、終わってみると、なんか、どうしていいか分かんないな……こんなのが怖かったのかー……って」


慰めでもなく、たた本心を言っているだけとわかる春澄の返事が心地よくて、サティウスは何となく心のうちを吐き出した。


「トラウマだとか復讐だとかなんてものは、終われば案外そんなもんだろ」

「そうかもな……ありがとう、春澄。お前のおかげだ」


サティウスが晴れやかに礼を言う。そして気分を変えるかのように唐突に自身の腕を上げ、わざとらしく困った声を上げた。


「うあー、やっぱ全身皮膚がぴりぴりするな!頭禿げたらどうしよう……」


サティウスは沼スライムの中に居る間は身体強化をしていた為、見てわかるほど皮膚が溶けている程ではないが、それでも確実に表面にダメージはある。

呟いた彼に、横からピンク色の液体の入った小瓶が差し出された。


「なんだ?これ」

「中級回復薬だ」

「……まさかくれるのか?」

「お前の報酬から引いといてやる」

「やっぱりタダじゃなかった!……っていうか俺の報酬って何だよ?」


渡された回復薬をありがたく飲み、全身の痛みが無くなったサティウスは覚えの無い報酬に不思議そうに春澄を見た。春澄も不思議そうに首を傾げる。


「お前も討伐したんだから、その報酬を受け取るだろ?俺とシドとお前で三等分な」

「いやいやいや、お前は俺が居なくても沼を倒せたけど、俺はお前が居なかったら不可能だったんだぞ?だから報酬は受け取れない。それに俺はお前が居たからこうして沼と向き合うことが出来た。春澄には感謝してる」


サティウスは穏やかな笑みを浮かべながらきっぱりと言い切った。

失敗しても春澄が倒すだけだと言っていた言葉はつまり、1度目は普通に助け、2度目に失敗すれば春澄が魔物を倒すことで助けてくれるという解釈が出来たため、安心してサティウスは少々の無茶が出来たと思っている。

春澄が倒し終えるのは、失敗して沼スライムに取り込まれた自分が既に溶けた後かもしれないという嫌な考えはしないようにした。


「……じゃあ回復薬は俺からの参加賞としておく」

「ははっ、さんきゅな。ってかお前も飲めよ、回復薬。あんまり平気じゃないだろ、その足。そいつもすげぇ心配してるみたいだし」


サティウスは見ている方まで痛みを感じるような状態の春澄の足を見ながら自分の足をさすっている。

サティウスの視線の先を辿ると、春澄の胸元から顔を出したユキが、今にも溢れ出しそうな涙をためてこちらを見ていた。

意識をユキへ向けると、とにかく春澄の足を心配しているようだ。


「ユキ、そんな泣くほどの事でもないんだぞ?」


まさかそれほど心配されるとは思っておらず、春澄は困惑した。


「あー……ユキ。本当に…」


春澄が何か言いかけた時、目の前が柔らかな光で溢れ目を瞑ると、首にぎゅっと抱きつかれる感触があった。

春澄は光が完全に消える前に反射的にローブを取り出し、目の前の人物を慌てて包み込んだ。

ローブの中から鼻を啜る音と、くぐもった声が聞こえる。


「はるさまぁ……」

「ユキ、本当に問題ないから、そんなに泣くな。それに俺は」

「わかってます。はる様、とっても楽しそうでした。だから戦ってほしくないなんて言わないです。ただ、とってもびっくりしたんです。はる様が怪我するの見たことなかったから……」


春澄はユキがこれほど自分を理解している事に驚きながら、片手でユキが落ちないようにし、もう片方の手で背中をぽんぽんとたたいてユキが落ち着くのを待った。

暫くすると、ユキがゆっくりと顔を上げ恥ずかしげに春澄を見上げた。


「ごめんなさい……」

「いや」


ユキの謝罪は急に泣き出してしまった事なのか、勝手に人型になってしまった事なのか。どちらにしても、ユキが謝るような事はないのだと春澄が頭を撫でてやると、安心したように微笑んだ。

ゆっくりとユキをおろし、近くに土壁を出してから服を渡し、着替えてくるように言った。


ぱたぱたと移動する少女を見送り、サティウスは呆然としながら指先を向けた。


「…………誰?」

「何を言ってる。見てただろ?ユキだ」

「いや、見てたけどさ。……誰?」


こいつは大丈夫だろうか、と春澄は思わず胡乱気な目で見つめ返してしまった。


いつもお読みいただきありがとうございます。


28話は明日投稿します。

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