25.再会
活動報告に修正点を載せたので、時間があったら御覧ください。
「はる様」
「ん、どうした?ユキ」
「あのね、何となくこの石が変だと思うんです」
ユキが指し示したのは、草に隠れるようにして木の根元にあった何の変哲も無い少し大きいだけの石。大きいといっても拳くらいのものだ。
「ふむ、確かに可視出切れば微弱な魔力を感じるな。主よ、これを壊してみるといい」
「わかった」
短刀を出し、真っ直ぐに石に振り下ろす。それが割れて断面に綺麗な色が見えた瞬間、後ろで薄いガラスが割れるような軽い音がした。
振り向いてみると、一番最初に見たような白い魔法陣と薄紫の魔法陣が重なっているものがあった。
「俺が最初に見たやつもこんな感じだった。やっぱりこれも召喚する為のものか……?」
「さすがに既に使われたかどうかまでは判断できんが、そうかもしれんな」
「ああ……ユキ、ありがとう。おかげで探し物が見つかった」
「はる様の役に立てて良かったです」
嬉しそうに笑うユキの頭を撫でてから魔法陣の元へ向かう。
念のため魔法陣を観察し、当然のように中心に存在する欠片を取り除いた。
やはり薄紫の魔法陣だけが消えたので、残った魔法陣をバトルアクスで壊す。
「魔法陣は壊せたが、この隠蔽を施したやつは誰だろうな」
「うむ。こういうものには術が破れたら術者に知れるようになっていたりもするが、果たしてどうであろうな」
「ここに居ればいつかはそいつが来るのかもしれないが、それがいつなのか分からないと待てないしな……休憩として少しだけ待ってみるか」
異空間収納からリンゴに似た果物を出し、おやつ代わりに丸齧りする。
(このままでも美味いが、どうせならアップルパイにした方が好みだな……)
周囲を警戒しながらも、一度食べたいものを思い浮かべてしまうとどうしようもなくそれが食べたくなって来る。
この世界はどこかにケーキ屋のような店はあるだろうかと考えるが、わざわざ売っている店を探すよりも、いっそ自分で作ってしまいたい。アップルパイなら春澄の数少ないレパートリーに入っているのだ。だが問題は作る場所が無いことだった。
そんな事をぼんやりと考えながら休憩を終え、隠蔽を施した人物を知ることが出来ないまま釈然としない気持ちを残し、春澄達は元の道へと戻った。
その後ろ姿を、少し離れた木の上から黒い鳥のようなものがじっと見ていた。
「ん……?」
「む?」
視線を感じた春澄とシドが振り返ってみたが、既に怪しげな生き物は消えた後だった。
時折それぞれの街を散策しつつ馬車や徒歩で移動を続け、漸くバルジから指定されたウェルシュの町へと辿り着いた。
やはり途中の街でシドがふらふらと練り歩くせいで予定よりだいぶ到着が遅くなったが、まだ依頼を受けているわけではないので大丈夫だろう。
町の門でギルドカードを見せ中へ入る。
ギルドカードを見せた時の反応はやはり分かりやすく、敬礼をして出迎えられたほどだ。
ユキは先ほどまで歩いていたのだが、少し疲れたような顔をしていたので元の姿に戻らせ、今は何時もの定位置でまったりしている。
やはり最初のうちは慣れなくて人型を保っていられないようだが、最初から人化し続けているシドの異常さが窺えるものだ。
そのうち一目で領主の館とわかる大きな建物を見つけ、門番へバルジからの紹介状を渡すと話が通っているようでそのまま中に案内された。
通された客室でしばらく待っていると、小さく扉が叩かれ現れたのは小柄な女性だった。
「お待たせして申し訳ないね。私がこの町の領主、セレン・シュナウザーだよ」
意外なことに女主人だったようだ。
バルジの昔の仲間と言うのであれば、実年齢はもっと上なのではないだろうかと思っていたが、見た目は30前半に見えるほど若い。女性に年齢の事など聞く気は無いので実際は分からないが。
茶色の髪は後ろで優雅に纏め、碧色の目は優しげだ。清楚な見た目に反して口調はとても砕けている。
「春澄だ。こっちは仲間のユキとシドだ」
「なんだか可愛らしい組み合わせだね。あいつから『すげぇ強いのよこしてやるから期待しとけ』と言われた時にはてっきり大男でも来るのかと思ったよ。わざわざ遠くからすまないね」
「いや、こっちにも遠出しなければならない事情もあるからな。ついでみたいなもんだ」
セレンは無表情な美青年2人と可愛らしいホーンラビットの組み合わせに思わず笑みを零し、微笑みながら優雅にソファへ腰掛けた。
「あいつから話は大体聞いてるかい?」
「ああ、沼に正体不明の怪物が居るって話か?」
「そうなんだよ。以前Bランクパーティーが依頼を受けてくれたんだけど、駄目でね。彼らはAに上がる寸前の実力者だったらしくて、そんな彼らが駄目だったのならと依頼を受けてくれる人が減ってしまったんだ。正直、このまま封鎖して放置するのも、誰かに依頼するのも犠牲者が増えるのは変わらないんじゃないかと思ってる。それほど失敗続きの依頼だけど、それでも君達はこの依頼を受けてくれるのかい?」
セレンは既に諦めた態度を取りながらも、どこか縋り付くような目をしていた。
「誰が失敗したからとか、そんな理由で依頼を受けなくなることは無いな」
「そうか……ありがとう。でも本当に気をつけておくれ。今回の依頼に期限は決めないよ。もしも駄目だと思ったらすぐに引き返してほしい」
セレンは真剣な目で春澄達を見た。
不安と、焦りと、恐怖と、ほんの少しの期待と。
長年その沼に煩わされてきた領主にはいろいろな思いがあるのだろう。
「まあ、好きにやらせてもらう」
その返答に、セレンは苦笑を浮かべた。
辺境伯という身分にもかかわらず春澄の態度になんの不快感も表さないのは、バルジから何か聞いているせいか、またはバルジのあの態度で慣れてしまっているのかもしれない。
「さぁ、今日はもう遅いからもちろん泊まってくれるだろう?」
「そうだな、世話になる。仲間は同じ部屋にしてくれるか?」
「かまわないけど、仲良しさんだねぇ」
「手の掛かるやつらだからな」
くすくすと笑うセレンの言葉に春澄がシドの方を見ると、一人で服も着られないシドは、まったく分かっていないような顔をして首を傾げた。
翌朝、いつもより遅く起きた春澄達は侍女によばれて広間で朝食を取っていた。
いや、最近野宿以外だと寝心地のよい布団でばかり寝ている為、遅く起きるのが当たり前になりつつある今、『いつもより』とは既に言わないのかも知れない。
「あっ、ああああぁぁーーー!!!」
とにかく、のんびり起きて朝食を食べていた彼らの耳に、劈くような少年の声が耳を貫いた。
そちらを振りかえってみると、茶髪に碧眼の少年が春澄を指差して口をあんぐりと空けていた。
どこかで会っただろうかと春澄が見ていると、その後ろから別の人物がやってきた。
「おいフィルス。いくら身内の家だからって食堂で大声はマナー違……はああああぁぁーー!?」
少年の後から現れた人物も、春澄を視界に入れた途端に少年と同じ行動を取った。
茶髪のよく似た兄弟。非常に見覚えがある。何処で会ったか思い出す前に兄の方が答えをくれた。
「え?ここ伯母さんの家だよな?何でお前がここに居るんだ?家間違えた? ってかあの時の希少種のホーンラビットまで居るし!まさかあのまま従魔にしたのか!?」
ずいぶん動揺しているようだが、周囲の事もきちんと見えているようだ。
ユキを助けたときに会った冒険者の兄弟が何故ここに居るのか。と考え、彼が伯母の家だと主張していた事を思い出した春澄は、思考が鈍る程度にはこの偶然に自分も驚いていたのだなと僅かに苦笑した。
「サティウスもフィルスも、行儀が悪いぞ。騒がしい甥達で申し訳ないね。春澄君は、うちの甥達とは知り合いだったのかい?」
「一回会っただけだけどな」
驚きから少し回復した兄弟達がこちらへ歩いて来た。
「いやー、驚いた驚いた。自己紹介がまだだったよな。俺はサティウス・ロットワイラーだ。こっちは弟」
「俺はフィルス・ロットワイラー!ちゃんと覚えたか!?」
「春澄だ。こっちはユキとシドだ」
にこやかに挨拶する兄と、まだ興奮が収まらない弟から挨拶を受け、春澄も自分達の紹介をかえす。
ユキに至ってはいつの間にか春澄の懐に潜り込み、服の上からの紹介となったが、彼らとの出会いを考えれば仕方が無いだろう。
その様子にサティウスが苦笑する。
「そいつも俺達のこと覚えてるみたいだな。もうなんもしないから怖がらなくても良いって。てか、お前が仲間を連れてるとはなんだか意外だな」
サティウスがシドの方をちらりと見るが、シドは構わず食事をとっている。
シドは話しかけられれば受け答えはするが、春澄やユキ以外に対してはそっけない態度を取る。
人間の作ったものには興味を示すのに、人間自体にはあまり興味は無いようだ。
「ところで、本当になんでここに居るんだ?」
お互い名乗りもしていなかったので、自分達に用があるわけではないはずだと兄弟は首を傾げた。
「私が依頼をして、沼の件を受けてもらったんだよ」
「えー!お前があの沼の怪物退治すんのか!」
セレンが答えた言葉に、サティウスの表情が僅かに強張った。フィルスの方は純粋に驚いているようだ。
「我が甥達こそ、どうしたんだい?少し前にフィルスを迎えに来て旅に出たばっかりじゃないか。まさかフィルスがもう根をあげたのかい?」
兄のサティウスは既に数年前から冒険者になり、自らを鍛えると言って旅に出ていたのだが、フィルスが15歳になったら一緒に連れて行く約束をしていたので先日迎えに来たばかりだったのだ。
実年齢より少々子供っぽいところがあるフィルスだ。魔物や野宿などが嫌になって戻ってきた可能性もありえる、とセレンはフィルスを見つめた。
「んなわけないだろ!ちょっと用事があったんだよ」
疑わしい目を向けられたフィルスは拗ねたように口を突き出している。
実は春澄から貰った聖銀の剣を持ち歩くわけにも行かず、こうして故郷へと帰ってきたのだ。
サティウスなら剣二本を入れる事が出来る魔道具の収納袋が買えるのだが、どうせ袋を買ったら剣ではなく別のものを入れたいので、結局聖銀の剣は置きに来たのだ。
実家では管理に不安があったので、武器庫のある伯母の家を頼って来たのだった。
負けた相手の前で伯母に事情を説明するのは憚られたが、どの道こんな高価な物を二本も手に入れた経緯は話さなければならない。
サティウスが春澄との出会いと剣の事を話すと、セレスが豪快に笑った。
「あっはっは!お前もなかなか強くなったようだけど、まだまだだねぇ。さすがは春澄君。Aランクの冒険者だ」
「……えっ!お前Aランクなのかよ!?」
「えー!!うっそだぁ!!」
自身より強いとは分かってはいたものの、まさかAランクとは思いもしなかった彼らは驚きの声を上げた。
「とりあえず甥達よ、朝食がまだなら座ったらどうだい?用意させよう」
「あ、うん。そうだな、頂きます」
「食べる食べる!」
食事中、話の流れでバルジや昔の話を聞いてみると、セレスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「いやぁ、恥ずかしい話だが、私は昔あいつに劣等感を抱いていてね……」
最初はあまり深く考えずに声をかけてきたバルジと仲間になったそうだ。
そのうち誰かと結婚して冒険者を辞めなければならず、ちょっとした腕試しで始めた事だったので、仲間なんて誰でもよかったのだ。
しかし、一緒に居るうちにバルジは天才型の人間なのだと分かった。適当な性格をしているくせに、ある程度の事はそつなくこなしてしまうのだ。
対してセレンは努力をして魔法を強くしたタイプの人間だった。
しかし努力する様子もなく自分より強いバルジにはいくら頑張っても勝てず、家から帰還命令が出てもバルジと冒険者を続けていたそうだ。しびれを切らした父親の部下に強制的に連れ戻されるまで、いろいろと勝負をしたがバルジに勝てたことは無かった。
その事が、今でも心残りとなっている。
「あれからほとんど会ってないが、連絡は取っているよ。もちろんあいつが嫌いとかではないんだが、世話を焼かれると私が頼りなく見えているせいではないかと邪推して、つい反発してしまうんだよね……」
そう恥ずかしそうに笑ったセレンを見ると、自分のバルジに対する態度を気にしてはいるようだ。
だがバルジとの思い出を語るセレンは楽しげで、バルジの事を友人として大事に思っているのだろうという事が伝わってくる表情だった。
そうしてセレンの話が終わると、次は春澄の番とでも言うように兄弟が春澄に質問し、答えられるものに関しては春澄が仕方無さそうに答えてやるという賑やかな時間となった。
ゆっくりと朝食を終え、沼の場所を聞いた春澄達は早速その場所へ向かおうと席を立った。
そこへ、サティウスが慌てて声をかけた。
「春澄、あのさ。頼みがあるんだ……」
食事中にも何度も何かを言いかけ戸惑っているようだったが、ようやく言う気になったようだ。
春澄が目線で先を促すと、サティウスは非常に言いにくそうに口を開いた。
「俺も、連れて行ってくれないか?」
「……理由は?」
サティウスは領主の甥という立場になるわけだが、リドーのように変な正義感からそう言っているわけではないことは読み取れたので、春澄は理由までは聞いてやることにした。
サティウスはセレンの方を一度見てから、春澄を真っ直ぐに見つめた。
「俺……昔、あの沼に人が引きずり込まれるのを見た事があるんだ」
「サティウス……?」
「兄ちゃん、本当?」
セレンもフィルスも初耳だったようで、驚いたようにサティウスを見ている。
「9歳の時の事だから、13年前かな。偶然、沼を見に行くとか言ってる旅人達を見かけて、俺も興味本位で後を付けて行ったんだ……」
目的地が分かっていれば、付いて行くのは容易かった。
かなりの距離を開けて彼らに付いて行ったサティウスは、沼のふちに立ち『化け物なんていねぇじゃねぇか!』と笑っていた彼らが、いきなり足を引っ張られるようにして沼に引きずり込まれるのを目撃してしまった。
幻かと思うほどの、一瞬の出来事だった。
次第に心臓が口から出そうなほど暴れ、もつれる足を駆使し、何とか家に帰ったサティウスはその後ベットのなかでずっと震えていた。
もしもあの時すぐに助けを呼んだとしても、サティウスが町へ戻る道半ばで彼らは既に手遅れだった。
そうは分かっていても、どうしても見殺しにしたという罪悪感は消えない。
大の大人が3人も沼に引きずり込まれたあの光景が頭から離れず、幼いサティウスはそれを誰かに言う勇気も出ないまま、沼は彼にとって恐ろしいトラウマとなって心に刻まれる事となった。
だが家族も領民もあの沼を恐れている事を知っていたサティウスは、冒険者になり己を鍛えいつかあの沼の魔物を倒す事を目標にしたのだ。
Bランクパーティーの冒険者でも魔物を討伐出来なかった事から、最低でもBランクにならなければ沼には挑めないと思い、何度も危険な目に遭いながら旅を続けていた。
しかし今回家に帰ってみたら、さらに格上のAランク冒険者が沼に行くというのだ。
もしもこのまま知らないうちに討伐されれば自分のトラウマは行き場のないまま終わるし、討伐されるならこの目できちんと最後を見たい。
討伐出来なくても、将来自分が挑戦する前にもう一度魔物を確認しておきたかった。いざ魔物と対峙して恐怖で動けない、なんて笑えない事にならないようにしたいのだ。
「沼まで行ったら邪魔はしないように離れている。これでもCランクだから、沼の魔物以外には足手まといにならないよう自分で身を守れる。だから頼む」
サティウスが頭を下げる。それを暫く見つめた春澄は小さく溜息をついた。
「別に、俺にお前の行動を制限する権利があるわけじゃない。好きにしたら良いだろ」
「!…………ありがとな」
てっきり拒否されると思っていたサティウスは、春澄の返答に暫く呆然とし、言葉が飲み込めた頃に、はにかみながら呟くようにお礼を言った。
「俺も行く!」
「フィルスは駄目だ」
自分が行くと言った時点で、当然弟も付いて来るだろうと予測していたサティウスはすぐさま用意していた答えを返した。
「何でだよ!待ってるだけなんてヤダよ!」
「いいか、あの沼は本当に危険なんだ。お前は待ってろ」
「やだ!兄ちゃんが戻ってこなかったら俺どうしたらいいんだよ!」
「フィル……」
「フィルス」
泣きそうになりながら兄に縋り付くフィルスへ、セレンが声をかける。
「フィルス、兄がトラウマを克服しようとしている邪魔をしてはいけないよ」
「伯母さん…!」
「サティウス、今更昔の危ない事を叱っても意味がないから、何も言わない。本当は行かないで欲しいが……フィルスは見張ってるよ」
「うん、ありがとう」
フィルスはまだ心配そうにサティウスを見ているが、兄から『ごめん』と申し訳無さそうに言われ、しぶしぶ待つ事にしたようだ。しかしその目元は潤み、唇はきゅっと結ばれている。
シドはそんな彼らをじっと観察するように見つめたあと、眉を顰めふっと目を背けた。
お盆は出かけるので、すみませんがいつもより更新が遅くなります。




