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24.バルジの頼み

レビューありがとうございます!最近続けて書いていただいていて恐縮です。

テリアに案内されて入った店は何処となく品の良さが伺える店だった。春澄が簡単に大金を稼いでしまうことを知っているテリアは、この辺で一番質の良い店に案内したのだ。

店内を見回すと子供服がずらりと並んでいる中、ユキのサイズに合いそうな服が並ぶ一角を見つけた。

春澄はテリアに10歳くらいの子が身につける下着類を選んでくれないかと頼んでからその一角に向かい、ユキに似合いそうなワンピースを真剣に選び始めた。

暫くして選び終え、ついでに寝やすそうな柔らかい生地の服と帽子なども買う。

帰り際、何となく微笑ましそうに店員に見送られた事が気になったが、今はユキに服を持って帰ることが優先だ。


「助かった。ありがとう」

「いえ、お役に立てたなら良かったです」


結局服の用途について改めて聞けなかったテリアは、曖昧な笑みで春澄に応じた。


「そういえば、こういう時は食事か物でお礼するのが定番なんだろ?どっちがいい?」

「そんな、お礼なんて…」


元々テリアの方が助けて貰ったのだし、礼など不要ものだ。しかし、この誘いは今度こそデートの筈だ、とテリアは考えた。

以前見たバディスト達との戦いで、春澄の流れるような美しい動きに目を奪われときめいたテリアだったが、今日助けられた時の胸の高鳴りはその時の比ではなかった。

危ないところを気になっていた男性に助けられてときめかない女性は居ないはずだ。その相手からのデートの誘いを断る事は出来なかったテリアは期待にほんのりと頬を染めた。


「あの、でも、食事に連れて行って下さったら嬉しいです……」

「わかった。今度都合のいい時を教えてくれ」

「はい!」


後日、待ち合わせた食事の場所で待つ春澄と、共に居るシドとユキを見て『そうですよね……春澄様ですもんね……』と呟く事になるのだが、この時のテリアはまだ知らない。





宿に帰りユキに服を着せてやった春澄は、それを着てくるくると嬉しそうに回っているユキを苦笑しながら見ていた。


「あんまりそうしてると目が回るぞ?」

「ふふっ、大丈夫ですー」


春澄が注意すると弾んだ声が返ってくる。

今は買って来た3着のうち、ユキが選んだ一番シンプルなワンピースを着させている。

白い生地の所どころに黒い花が散っているモノクロのワンピースで、首元と裾は黒いレースで縁取られている。ウエストの辺りを黒いサテンリボンで締め、その後ろでは蝶結びが揺れている。

可愛らしさの中に大人っぽさもあり、春澄にしてはなかなかセンスの良いワンピースだ。

回ると裾が広がり丸くなるのが楽しいらしく、先ほどから飛び跳ねてみたり回ったりと楽しそうにしている。


以前ユキを懐に入れたままレッドアーマーベアと戦い動き回った時も、特に目を回した様子が無かったのでユキは三半規管は強いようだ。

まあ気が済むまでそのままにしておくか、とその間に春澄は黒刀を出し手入れをする事にした。






暫くして、春澄達はギルドへ向かっていた。

隣にはシド、頭の上にはいつも通りホーンラビットの姿のユキがちょこんと乗っかっている。

あの後、遊びきって満足そうな顔のままぽふりとベットに倒れたユキを柔らかな光が包み、ホーンラビットの姿に戻ってしまった。

どうやらユキは春澄に買って貰ったワンピースに浮かれ、回っているうちに体力を使い果たしてしまったらしい。確かに目は回らなかったようだが、体力を気にすることを忘れてしまったようだ。

春澄は全く気にしていなかったが、ユキへ意識を集中させると折角買ってきてもらったワンピースを着れなくなった申し訳ない気持ちと、恥ずかしい気持ちが伝わって来た。

だが失敗は成功のもとと言うし、こういう経験も必要だろう。



ギルドへ入った春澄達が依頼板を眺めていると、初対面の職員に声をかけられた。何でもギルドマスターが呼んでいるのだと言う。

部屋まで案内してもらい中へ入るとギルドマスターがニヤリとしながら出迎えた。


「おう、来たか」

「本物か」

「あほぅ、当たり前だ。そうそう頻繁に抜け出してるわけじゃねぇよ」


次に娘に会えたらゴーレムを見せてもらおうと思っていた春澄は、ほんの少し残念そうにした。

目線で椅子を示され、春澄達も遠慮する事無く席に着く。

するとバルジが一瞬迷うように視線をさまよわせ、口を開いた。


「あー、まず指名依頼と、俺からの頼みがあるんだが」

「指名依頼?」

「依頼者が冒険者を指名することだけどよ、まあお前らにとっちゃ大した依頼でもない」

「なんだ?」

「本人の前で言うのもなんだが、少し前から赤竜の気配が洩れてたのが原因で、山の上の方に居た魔物があっちこっちに逃げてんだよ。俺達人間より魔物同士の方が気配に敏感らしいな。ま、それの討伐を手伝ってくれって国王からの依頼だ」

「国王から?構わないが、そんなに魔物が多いのか?」

「数が多いと言うよりも、CランクBランクの魔物がちょいちょい居るようでなぁ。手に負えねぇんだよ」


実はかなり前からもシドの気配は少し洩れていた。

当初、その気配を他の魔物は恐れたが、気配が動くことが無いのを悟った魔物達が逆に周囲に集まっていたのだ。

ある程度強い魔物達にとって、一番身近な強敵と言うのは空から急に飛来してくるワイバーンだ。

しかし竜種とは上位の者を恐れているため、上位の竜種が居れば下位であるワイバーンはその辺りに居ないという事になる。

なにやらワイバーンより上位の竜種が何故か動く事無く住み着いているらしい事を悟った魔物達が、ワイバーン除けとしてシドを頼りにしていたのだ。

その結果、少々知恵のあるCランクBランクの魔物が他の山に比べて多くなっていたというわけだった。



「あとこれは俺の勝手な頼みなんだけどよ。冒険者やってた頃の昔の仲間が今は辺境伯ってのをやってんだ。そいつの領地の沼に困ったのが居るらしくてよ。それをお前ら、どうにかしてやってくれねぇか?」

「随分曖昧だな。どう困ってるんだ?」

「………そいつがいろいろ沼に引きずり込んじまうんだとよ」


人が行方不明になるというのはいつ何処ででも起きるものだ。

どこかで事故にあっていたり、魔物に食われたり、盗賊に攫われるなど、危険はいくらでもある。

異変に気づいたのは十数年ほど前。沼の辺りを通る予定だった者達の失踪が多い事に、町の領主が気がついた。

もしかしたら滑りやすくなっている場所があり、沼へ人が落ちているかもしれないし、盗賊や魔物が隠れ住んで居るのかもしれない。

領主はすぐに部下を調査へと向かわせた。しかし、待てども待てども彼らは帰ってこなかった。

くれぐれも注意するように言い聞かせ、もう一度部下を向かせると、そのうちの半分が戻ってきて口々に言った。『あの沼に得体の知れないものが住み着いている』と。

領地の事は領地で解決するのが基本だが、自分達では手に負えないと悟った領主は、沼の怪物を倒すようギルドへ依頼を出した。だが依頼の失敗は続き、未だに依頼は完了していないのだという。

既に地元では小さな子供に『悪い子の所には沼の怖ーいのが来るのよ!』と定番文句になってしまうほど、その池は未だにそのままなのだ。

念のため、その付近には柵と注意書きを設けてあるが、極稀に興味本位で入った者が帰らなくなる事があると言う。


「俺からの依頼にしようかと思ったんだが、あいつに連絡してみたら『余計な事を』とか言われちまったからよ。依頼を受ける気があるならちょっくら現地まで行ってくれねぇか?」

「余計なことをって……わざわざ辺境まで行って断られるのはごめんだぞ」

「いや、あいつが折角紹介された冒険者を断る事はねぇよ。ただ俺が世話を焼くのが鬱陶しいみたいでな。なんかするたび拗ねるんだよあいつ。ま、問題ねぇよ」


それは大いに問題があるのではないだろうか、と春澄は彼らの関係性に首を傾げた。


「一応俺の紹介状を書いておいたから、門番にでも見せてくれ。期限だのなんだのも、あいつに聞いてくれや。ウェルシュって町の領主館に居るぜ」


まだ依頼は受けるとは言っていないのだが、バルジの中では決定事項のようだ。

ギルドの依頼を受けるのであればエーデルの依頼の件と同じ方向のものをと思っていたのだが、バルジの依頼も気になった。

春澄は地図でウェルシュの場所を確認し、指輪の反応と照らし合わせてみた。

近い反応はウェルシュとは逆のようだが、指輪を押して別の反応を見てみるとウェルシュと同じ方向のものがあった。

これなら両方の依頼を果たせそうだ。


「……わかった。しかしあんたらしい適当さだな」

「ぐわはははっ!褒めても何もでねぇぜ!」

「…………」


何の反応も返してくれない春澄とシドに、バルジは拗ねたような顔をして笑いを収めると、先ほど言っていた手紙を差し出してきた。


「ほいよ、頼んだぜ」


軽い口調とは裏腹に、バルジの目は真剣だ。

バルジは元Aランクと言っていたし、本当は友人の為に自分が行きたかったのかもしれないが、ギルドマスターとはいろいろ大変なのだろう。

春澄は渡された手紙に目を向けると、表面には『紹介状』、裏面には『バルジ・アイリッシュ』のサインが、辛うじて読める文字で面積いっぱいに書いてあった。

真剣な雰囲気を壊すほどのインパクトのある手紙にバルジらしさを感じながら、中身の文字も読めるものである事を願いそれをしまった。







ギルドを出た後、数日間は国王の依頼である魔物の討伐を行っていたのだが、CとBランクの魔物を100匹以上狩ったあたりで飽きてきた春澄は、ギルドへ戻り依頼達成という事にさせた。

なにしろシドが封じられていた山と、その周囲の山や広大な平原などを回ったのだ。

特に魔物の数の指定も無く、どの魔物が逃げたものでどれが元からその場所に居たものか分からない終わりの無い討伐に飽きるのは仕方が無いだろう。

バルジからも、十分すぎる数だとお墨付きを貰っていた。


そして次に向かうのはウェルシュだ。

今、春澄はこの世界に来て初めて乗合馬車と言うものを体験していた。

流石に辺境までの長い間、ずっと走ったり歩いたりも面倒なので乗ってみたのだが、意外に乗り心地が悪い。不満はあったが乗ってしまったものは仕方が無い。


しかしシドとユキはそうでもないようだ。

シドなど『我が家畜に引かれて移動する事になるとは…長生きしてみるものだ』などと呟いて、他の客に怪訝な目を向けられていたし、ユキは『すごい。なんだか楽しいです』と目を輝かせては周りに暖かな目を向けられていた。

周りからの視線は違えど、2人が楽しそうにしているのなら春澄は言う事は無かった。


ちなみに魔物を狩ってばかりの中で昼間ユキが人化する機会が無かった為、今日久しぶりにワンピースを着ることが出来たユキは、それも嬉しいのか頻繁にワンピースを眺めている。

昨日、魔物討伐の報告をした際にバルジに獣人について聞いたところ、血が濃い者から薄い者まで様々な姿をしており、血が薄ければ人の形にその種族の特徴が少し現れる程度の者もいるのだそうだ。

『街中にも獣人居ただろ?』と言われたが、最近店ばかりに注目していたせいで周りの人までは見ていなかったのだ。

額の角が微妙なところだが、ユキの耳については大丈夫そうだと分かった為、先ほど兎の獣人としてギルドの登録を済ませて来たところだ。

テリアが席を外していたので新人のような受付嬢に対応してもらったのだが、容姿端麗な上にAランクという素晴らしいスペックを持つ春澄とシドという組み合わせに舞い上がっていたようで『恋人は居ますか?』『好きなタイプは?』などと無駄話が多かった。

結局春澄が『真面目に仕事をしないなら他の受付を連れてこい』と告げたところで漸く自分に向けられる冷ややかな視線に気付いた彼女は、気まずそうに仕事をこなし始めたのだが、普段は真面目に仕事をこなしてくれるテリアに対して感謝したくなる出来事だった。


そんな鬱陶しい出来事を頭から追い出し、春澄は馬車に揺られながら馬車を自分で調達する事が出来たら良いなと考え始めた。

馬車は異空間収納(インベントリ)に収納出来るし、それを引くのは馬でなくても良いのだ。

力のありそうな魔物と簡単な契約が出来れば、目的地まで運んでもらい、必要の無いときはある程度自由に過ごしてくれれば良い。

王女達の乗っていた馬車には冷暖房が付いていたようなので、いろいろ機能も付けられるのだろう。

座席を柔らかくするのも良いし、いっそ揺れないように馬車を浮かせてしまったら座席にそれほどこだわらなくても良いかもしれない。

確か物体に浮遊(フロート)の効果をつけるアイテムがあった気がする。馬車を作る前に、アイテムの整理が先になるかもしれない。

そんな事を考えつつ、春澄はガタガタと体が浮きそうな馬車の中、アルカフロ王国の書庫から持って来た本に目を通しながら過ごしていた。




書物からは特に収穫も無いままいくつかの街を馬車で移動し、辿り着いた小さな村で一夜を過ごした翌日。

なんとこの村から次の街への乗合馬車は3日に1本しか出ていないという事で、春澄達は久しぶりに徒歩で移動をしていた。どうやら前日に利用した馬車も同様だったようで、乗れたのはタイミングが良かっただけのようだ。

やはり歩きの方が狙いやすいのか、ゴブリンなどの下位の魔物が時折寄ってきたが、それらを片付けるのはシドが無造作に放つ火魔法で十分だった。



移動しながらシドに魔法の指南を受けていたユキは、この短期間で魔力の使い方を覚え、光の魔法が使えるようになったようだ。

まだまだ不慣れな為弱い魔法だが、ユキが発生させた小さな光の球によろめいたゴブリンを春澄が切る、という事を何度かしていた。

春澄一人でも簡単に倒せることが分かっているため、ユキは少し申し訳無さそうにしていたが、春澄が頭を撫でてやるとやはり嬉しそうに目を細めた。


その時、ふとユキの頭にのった手を見ると、エーデルから貰った指輪の示す赤が濃くなっている事に気づいた。


「ちょっと寄り道するぞ。指輪の反応が近い」

「む、例の不可思議な欠片の事か?」

「ああ、こっちだな」


道を外れ、雑草が生い茂る森を暫く行くと、指輪の反応が一層強くなった。

しかし先ほどから赤が中心に来る事がない。前を示していたので進んで行くと、ある地点から急に反応が後ろを示すのだ。


「これは……」

「阻害魔術であろうな。何者かが意図的に主の探し物を隠しておるのだ」

「面倒だな」

「恐らく媒体があるのだろう。空間を隠しているとなると、3つ以上のものでそれを囲むように設置しているはずだ。どれか一つでも壊せば阻害効果は破綻する」


あたりを見渡してみるが草や蔓が蔓延っており、媒体というものが見つかりそうに無い。

だが、こういうものは木の根元だとか洞だとか、そういうところに何かあるのが定番だろうと考えた春澄は、とりあえずその辺にある木を手当たり次第に見て回った。

念のため、少し離れた木も確認してみたのだが何も見当たらない。

そもそも、元となっている物がとても小さかったとしたら今確認した中に見逃した何かがあったのかもしれない。

この辺にあるものに鑑定(アイデンティファイ)を掛けて周るしかないのだろうか、と春澄が腕を組んでいると、服の裾が遠慮がちに引っ張られた。



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