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23.買い物

レビュー3件目、ありがとうございます!

朝、爽やかな日差しを感じ目を開ける。

以前は特に気にする事も無く普通の布団で寝起きをしていたのだが、こうも布団一つで気持ちの良い眠りにつける事を知ってしまったら、寝心地の良い布団から離れられなくなりそうだった。

ベッドから身体を起こし、手を上げて身体を伸ばす。

そんな気持ちの良い朝を、ふと横を見た春澄の目に入ってきた光景が、一瞬で壊した。



そこには明らかに服を着ていなさそうな、むき出しの肩をシーツから覗かせた幼い少女らしきものが春澄の隣で寝ていたのだ。

らしきものと言うのは向こう側を向いていて顔が見えないせいだが、絹糸のような真っ白の髪の毛が僅かに肩に掛かっていた。



体の動きは止めたまま、春澄の頭は一瞬にして思考を巡らせた。


昨日の夜は自分は一体何をしたのだろうか。

酒を飲んで酔っ払った覚えは無いが、そもそも酒を飲んだとしてもパシッブスキルとして状態異常無効(オールインバリッド)が常に発動しているため酔わないはずだ。

万が一酔ったとしても、春澄には幼女趣味など無いため無意識でもそんな事はしないはずである。

それよりもこの子の親が、娘が誘拐されたと騒いでいたら非常にまずい事態だ。

春澄が一度落ち着こうと、大きく深呼吸し、大げさに溜息をついた。


するとそれに反応したように、少女がもぞもぞと寝返りを打ちこちらを向いた。

露わになった顔を見て、またしても春澄は盛大に溜息をついた。


「おい、ユキかよ…」


寝起きの鈍い頭のせいで動転してしまったが、良く考えればわかったかもしれない。

額には小さな銀色の角があり、白い枕と髪に同化して気づかなかったが頭には白い小さな兎の耳が付いていた。

どうやら寝ている間に人化に成功したようだ。要らない心配事が解決し、安心した春澄はユキの寝顔をじっと見つめた。


10歳くらいだろうか。目は閉じられていてわからないが、恐らく以前のまま赤と藍色のオッドアイなのだろう。

鼻筋の通った小さい鼻と、桜色の唇がバランスよく顔に配置されており、非常に可愛らしい顔立ちをしている。

これは町で変なのに目を付けられそうだ、と春澄は少し心配になった。

大抵は春澄やシドが一緒に居るのだろうが、万が一攫われたりしないように、しっかり自衛の手段も教えなければならない。後は魂の契約で互いの状態がわかったりするようだがその精度まではまだ把握してない為、ユキには迷子防止の魔道具や、危険があったら一回だけ身代わりになってくれる魔道具など身につけさせたらどうだろうか。


春澄が早速過保護魂全開でこれからの事を考えていると、少女の瞼がふるふると震えた。

ゆっくりと開かれたそれの下から現れたのは、予想通りのオッドアイ。

その瞳が春澄を認識すると、ユキの顔がへにゃりと崩れた。


「は、る、さま」


ユキの口からこぼれた音に、ユキ自身が驚いた顔をして身を起こした。

そして手のひらをにぎにぎと開閉してみたり、顔や髪の毛を触ったり慌ただしく確認をしている。


(シドと似たような反応だな。今までの身体とは違うんだから、当然か)


その反応は当たり前なのだがどこか可笑しくて、春澄はふっと息を漏らした。

それに反応して、ユキが春澄を見上げる。


「おはよう、ユキ。無事人化出来たみたいだな」


自分で思ったよりも柔らかい声が出て、春澄は苦笑した。


「はる、さま…はる様!」


ユキが春澄の首に勢いよく抱きついてきた。


「はる様、ずっとお礼が言いたかったんです。私を助けてくれて、一緒に連れてきてくれてありがとう。名前をくれて、ありがとう……」

「……ああ」


ぎゅっと抱きついてお礼を言ってくるユキの頭を、髪をすくようにして何度も撫でてやる。

人間のものとは少し違う、ふわふわさらさらした髪の毛だ。伸びたせいで以前とは少し感触は違うが、短くても長くてもユキの毛は非常に癒し効果をもたらすようだ。




適当に出したローブをユキに羽織らせ、暫くそのまま髪やもふもふとした耳を撫でていると、隣のベッドでもぞもぞと動く気配がした。

見るとシドがベットから降り、こちらへ向かってくる。


「それはユキか?」

「ああ、ユキだ。おはよう、シド」

「む、そうであったな。おはよう、だ。主、ユキ」

「あ!おはようございます。はる様、シド様」


春澄とシドのやり取りを聞き、ユキも慌てて挨拶を返した。


「ユキよ、我とそなたは同じ主に従う者。様などと付けなくてよい。シド、と」

「でも、始祖竜様をそのまま呼ぶなんてダメです」

「ふむ、ユキは我が始祖竜だとわかるのか」

「……そういえば、その始祖竜って何なんだ?」


シドと戦った後に始祖竜がどうのと聞いた気がするが、シドの怪我を治そうとしていたので聞き流して忘れてしまっていたのだ。


「始祖竜とはそのまま始まりの竜の事。竜種の中で特に強い力を持つ。始祖竜にはそれぞれ火の竜、水の竜、地の竜、風の竜がおり、我は火を扱うことの出来る始祖竜の末裔だ」

「なるほど。他の竜とは同じ種だから会話とか出来るのか?」

「ふむ、始祖竜であればたいていは話せるだろう。その他の竜に関しては固体による。同じ竜種と言っても我にとっては他の生き物と変わりは無い。むしろ、魔物や動物は我の気配を悟ると皆逃げていくが、同じ種であるが故に下位の竜種が一番逃げ足が速いかもしれぬ。会話以前の問題だな」

「ああ、親が一番怖いっていう感覚と同じようなものか。……そういえばシドは何歳なんだ?もの凄く長寿っぽいんだが」

「何年生きたかなど、とうに忘れた」


そういえば、シドが封印されている時の欠片が落ちてきた事も、何ヶ月前か何十年前か解っていないようだった。

つまりそれほど長寿なのだろう。


「そうか……ところで始祖竜はみんなシドみたいに大きいのか?あんなに大きな竜が沢山居たら住む場所も限られそうだな」

「火の竜なら皆我と同程度の大きさであったな。水の竜は火の竜の半分程度の大きさだっただろうか。我ら始祖竜は非常に繁殖が難しい。故に数はそれほどおらぬから場所の心配は必要ないが、以前居た場所は未開の地で人間が来ることはあまり無いとエルフが言っておった気がするな」

「エルフと話した事があるのか」

「うむ。我はそのエルフが鬱陶しくなり気ままに住処を抜けて来たのだ。当時我が火の竜の中で一番若輩者であったが、あれから随分と時がたった。また火の竜の数は減ったかも知れぬな。最後に会った始祖竜は、我の一族ではなく水の者であった。……やつならば我より若かった故何処かで生きておるだろうが、随分と騒がしいやつであった。あまり会いたくは無い」


シドが僅かに眉を顰めた。


「そいつが強いならちょっと会ってみたい気もするが、騒がしいのは俺もあんまり好きじゃないな。エルフが鬱陶しいって言うのは、攻撃を仕掛けられたとかか?」

「その逆だ。やつらは長寿であるが、さらに圧倒的長寿である我ら始祖竜を随分と崇めておってな。近くに住むエルフ達が、我らの住処に頻繁に魔物を捧げに来てはあいさつ代わりに祈って帰って行くのだ。害は無いが、あまり気分の良いものではなかったな。他の者は何とも思っていなかったようだが」

「勝手に神みたいな扱いにされてたのか」


それは確かに鬱陶しいかもしれない。

ゲームや物語などではエルフは『高飛車で排他的』や『温厚で引きこもっている』ものが多かったが、果たしてこの世界のエルフはどのようなものなのだろうと春澄は思った。


「さて、主よ」

「どうした?」

「朝起きたら朝食であろう?我は昨日のドロドロしていた物体が気に入ったのだが、あれをまた食したい」

「……お前の言い方だと全く美味そうに聞こえないな。厨房にも準備ってもんがあるんだ。出せるかはわからないが聞いてみるよ」


シドの言うドロドロとは、餡かけチャーハンのようなものだ。

ただ、使われているものは米ではない。一粒一粒を大粒にちぎったように不揃いなモノからは確かに米に似た味はしたが、米ではなかった。

その米もどきと野菜などで構成された主食に、魚介がたっぷり入った餡が掛かっていたものを、シドは気に入ったらしい。

確かにあれは美味かったな、と思いながら春澄は部屋の隅に置いてある魔道具のボタンを押す。

下のフロントと会話できる電話の役割を果たすものだ。受話器は無く、そのままスピーカーのような形で会話をする。

シドの要望を伝えると、すぐに作って持って来て貰える事になった。

ここの従業員は非常に洗礼された対応を取るので、本当に無理なく作れるものだったのか、客の要望には無理をしてでも叶えようとしていたのか、春澄には全く分からなかった。





暫くして運ばれてきた食事を3人で食べる。

ユキには食べさせてやったり、自分でスプーンを持って食べさせる事を教えたりしながら食事を終えると、春澄はまだ2皿目を食べてる途中のシドへ声をかけた。


「シド、ユキを頼む。留守番していてくれ」

「構わぬが、どこへ行くのだ?」

「ユキの服を買ってくる。元の姿になれば一緒に出かけられるが、折角人化したんだ、ユキもその姿に少し慣れれば良い」

「私の服?わぁ、ありがとうございます!」

「今日はとりあえず俺が買ってくるから、人の姿に慣れたらユキの好きな服を買いに行こうな。……行って来る」

「いってらっしゃい」


ユキの頭を一撫でし、春澄は部屋を出て行った。






服を買ってくるとは言ったものの、春澄にはそのような店に心当たりは全く無かった。

店に心当たりは無いが、最終手段として先日地図を買った店に行こうと思っていた。

あそこにはレチカという小さな女の子が居たので、適当に商品を買い、世間話として服の売っている場所くらいなら聞けるはずだ。

そう考えながら通る店にあちこち目を向けていた時だった。


「いいじゃねぇかよ。ちょっと付き合えって!」

「俺達この町に来たばっかで道がわかんねぇんだよ。なぁいろいろ教えてくれよ。飯もおごってやるからよぉ」

「いい加減にして下さい!私は忙しいと言っているでしょう!」


少し離れたところでガラの悪い男2人に、今にも路地裏へ連れて行かれそうになっているこげ茶色の髪のメガネ美人を発見した。

いつもギルドで見かけるよりも、ラフな服装をしているテリアだ。

春澄は少し考え、レチカの店にわざわざ行くよりも目の前の手ごろな情報源を選びそちらへと向かった。


「ほら、こっち来いって」

「やだっ!離して!」


手を引っ張られ、連れ去られようとしたテリアの反対の手を春澄が掴む。


「テリア、今時間あるか?」

「……春澄様!?」

「んだてめぇ!今良いとこなんだよ!」

「嬢ちゃんは俺らとよろしくすんのに忙しいんだよ!邪魔すんならぶん殴るぞ!」


全く良いところには見えなかったが、彼らは随分前向きな思考をしているようだ。

突然現れた春澄に、テリアが驚いた顔をしてこちらを見ている。


「忙しいのか?」

「いいえ!春澄様にさく時間ならあります!」

「こいつらは?」

「ただのしつこいナンパです」

「……そういう訳で、彼女には用事が出来た。退いてくれ」


そう言われて彼らが簡単に引き下がるわけが無いのは知っていたが、一応春澄なりの警告だ。


「てめぇ、俺達の獲物を横取りするとは良い度胸じゃねぇか」

「俺達ゃお前なんかが到底敵わねぇDランクの冒険者だぜ!すぐに後悔させてやる」


「またDランクか……」


バディスト達もDランクだったようだが、Dランクと言うのは調子に乗ってきてしまうランクなのだろうか。

一人前になったEランクはまだ緊張状態にあり、Cランクは熟練者の余裕が出来る。その中間の一番浮かれるランクなのかもしれない。

まだDランクは2組にしか会ってないが、彼らのように粗暴な連中が多いという意味ではなくとも、浮かれるランクと言うのは当たっている気がした。


以前ユキを助けたときに森で会った兄弟の兄の方はCランクと言っていた気がする。

彼はすぐに春澄には敵わないと判断していたようだし、その辺がDランクとCランクの大きな壁なのではないだろうか。

春澄が考えていると、男の一人が殴り掛かって来た。それをゆらりと自然に避けながら男の首筋に手刀を叩き込むと、男の身体が重力に身を任せ地面へ落ちた。

そういえばあの兄弟の名前を聞いてなかったな、と思い出しながら、ナイフを取り出したもう片方の男の手を捻り上げ足払いをかける。そして前のめりに倒れこんできた男の後頭部を掴み地面へと勢い良く叩き付けた。


「ぎゃああああぁぁぁ!!鼻!がぁぁぁ!」

「落ち着いたらそこの気絶した仲間を移動させておけよ。邪魔だ」


鼻を押さえて喚く男に冷静に声をかけると、春澄は『い、痛そう…』と顔を引きつらせているテリアを促しその場を離れた。


「春澄様、本当にありがとうございました。すっごくしつこくて、困ってたんです」


この町の冒険者であれば、ギルドの受付嬢にあそこまで無理に迫る者も居ないのだが、彼らはよそ者だったようだ。


「いや、会えてちょうど良かった。付き合ってほしい所があるんだが」

「えっ!それって、デー…」

「子供服を売ってる場所を知らないか?」


何かを言いかけたテリアだったが、春澄から告げられた場所を聞いて首を傾げた。次いで何を想像したのか、悲しげな顔でこちらを見ている。


「春澄様…お子様が、いらっしゃるんですか……?」

「いいや。まあ娘と言えなくは無いが…ユキの服だ」

「……ユキ?」

「名前知らなかったか?いつも俺の頭に乗ってただろ?」


春澄の頭の上に居たホーンラビットの名前なら知っている。しかし、それに子供服というのは一体どういう事なのだろうかと、テリアはさらに首をかしげた。

春澄としては、シドが人化した事を知っているテリアならこれで通じると思っていた。

まだこの世界の事をよく知らない春澄は、獣人にうさ耳を生やした人型が居るのかどうか把握していない。それが分かるまではユキには帽子を被せるか、ユキが帽子を嫌がるなら隠蔽のアイテムでも持たせようかと思っていた。

しかしどの道、同じオッドアイで白い髪のユキという名前の女の子を連れていれば、バルジやテリアにはわかってしまう事実だ。

ここで言ったとしても問題はないと思っていた。


だが従魔が人化する大変珍しい例が二体も続けて起こるなど思いもしないテリアには、ホーンラビットの為に人間の服を買うという事がどういう事か全く伝わっていなかった。

春澄も従魔が人化する事が珍しいとは理解できても、彼らの凝り固まった思い込みまでは察することが出来なかったのだ。


「とりあえず、服屋知ってるなら案内してくれるか?」

「あっ、はい。こちらです」


テリアは脳内で様々な憶測を飛び交わせつつ、春澄を服屋へと案内する為に足を動かしたのだった。



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