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22.ユキと

またレビュー頂きました。ありがとうございます!

「ねぇ?ハルスミってあなたの事でしょ?」


甘ったるい声に振り返ると、随分と露出の高い豊満な身体をした女がこちらを誘うような目で見つめていた。

防具をつけている事から、辛うじて冒険者であると認識出来た。


「登録初日からCランクを認められた人が居るって聞いたの。あなたの事よね?」

「だったら何だ?」

「私はDランクなの。一緒に組まない?バディスト達を子供扱いだったって聞いたわ。凄いのね、あなた」


微笑みながら女は春澄の方へ近づく。

その周りでは女と同じように春澄の噂を聞き、彼の動向をちらちらと見ていた者達が、鼻の下を伸ばしたり心配するような顔をしながらこそこそと話をしている。


「次のターゲットはあの異例の新人か…」

「ひゅー!すっげー美女!」

「やめとけ。あの女は男とパーティー組んでおいて、依頼では何もしない娼婦みたいな寄生者だぞ。知り合いがあの女にハマって、貢ぎ過ぎて金もベッドの上でもいろいろ搾り取られて悲惨な事になったって聞いたぜ…」

「なんだその羨ましいエピソード!ちゃんと良い思いもしてんじゃねぇか。俺は是非お相手願いたいね」

「まずお前じゃこっちから声かけても無理だと思うぞ」

「てめぇ喧嘩売ってんのか?」


周りの声を聞きながら、なるほどなと春澄は思った。

誘うように大きく開いた胸元も、身体の線が出るようなぴったりとした服も、よく手入れされた指先も、冒険者に相応しくないように思う。

男を落とす事に慣れた手が、春澄の肩へと伸びる。


「ねぇ?私と組めば、イイ思い、いーっぱいさせてあげるわよ?」


彼女がどんな冒険者だろうと、春澄がとる行動は一つだ。触れる直前、女の手は鋭く弾かれた。


だが春澄も驚いた顔をし、手は半端な位置で止まっている。

シドが女の手を振り払ったのだ。


「きゃっ!なにするのよっ!」

「そのように欲にまみれた目をした者が、我の主に気安く触れるな」


まさかシドがそんな行動に出るとは思わなかった春澄は暫く固まった後、仕方なく行き場の失った手を引っ込めた。

先を越されたな、と小さく呟いてから女を見る。


「俺達がお前と組む事は無い。それが目的なら二度と声をかけるな」

「悪意を持って(あるじ)に近づいて来るのなら、女だろうと容赦はせん」


春澄とシドの冷たい視線が女へ刺さる。


「っ!あなたも他の奴らみたいに、私が娼婦みたいだから仲間に入れるのはありえないって言いたいの?」

「そうは言っていない。どんな方法であれ、Dランクまで上がったのは運や計略も含めてお前の力だろう。だがそれを俺たちに向けるなと言っているだけだ」


一瞬意外そうに目を開いた後、女は何故か悔しげに顔を歪めた。その目が春澄の頭に向けられる。


「なによっ!ホーンラビットなんかよりあたしの方が役に立つんだから!こんなの連れてるなら私でもいいじゃない!」


女が八つ当たりのように振り上げた手がユキへ下ろされようとした時、女の身体が後ろへ吹き飛んだ。

女が身体を起こす前に、その喉元に黒刀が突きつけられる。


「……こいつの価値を、お前が決めるな」


春澄からただよう怒りをはらんだ冷気に、女は身動きが出来ずに固まっている。

周囲の野次馬達も、緊張から瞬きもせず成行きを見守っていた。


静寂を破ったのは、後ろから遠慮がちに掛けられた声だった。


「お取り込み中申し訳ありません。春澄様………と、お連れ様、お待たせしました」


後ろを振り向くと、テリアが強張った表情で立っていた。


「…………」


春澄は無言で女を睨みつけると刀を仕舞い、シドと共にテリアの方へ向かった。

後ろでは女が放心したまま固まり、残された野次馬は口々に言いたい事を言っていた。


「やべぇ、無駄に顔が良いだけに無表情の威圧感が半端じゃなかったぜ」

「あいつら本当に女にも容赦ねぇな」

「あら、私はすっきりしたわ。あの女のせいで他の女冒険者が同じに見られて迷惑かけられた事があるのよ」

「つかよ、とりあえずホーンラビットの話題は出さない方が身のためだな」

「そうだな」


彼らは一つの結論を出し、次いで話題は放心したままの女をどうするかという事に移った。

そして春澄とバディストのやり取りや、今回の女への対応を見た者達から春澄へ二つ名が付けられるのだが、本人に伝わるのはもっと後になるだろう。






いつものカウンターへ座ると、テリアが少し震える手ででシドへ登録用紙を渡してきた。

おそらく春澄が連れている赤い髪の男が、あの赤竜である事を聞かされたからだろう。

人間と敵対しているはずの魔族ですら冒険者の登録例があったほどだ、赤竜を拒む理由などないのだ。だがそれと赤竜を恐れる気持ちとは別物である。

テリアは気丈によく仕事をしている方だろう。


シドは流石に人間の文字までは書けないらしく、春澄が代筆をした。


「で、では、春澄様、シド様、共にAランクとなります。シド様は、カードの側面に血を一滴付けて頂けますか?」


渡された金色のカードに、シドが自ら指を噛み切って出した血をつける。

ランクごとにカードの色が違うようで、春澄のカードも緑から金色に変わった。

ふと思い出したように、春澄はカードをじっと見ているシドに向かって声を掛けた。


「シド、お前に預けるとカードを無くしそうな気がするんだが、俺が預かろうか?」

「む、そうだな。それがよかろう。こんな小さな物、すぐに存在を忘れそうだ」


春澄は2人分のギルドカードをしまうと、不自然なほど背筋を伸ばしているテリアへ目を向けた。


「テリア、別にとって食いはしない。もうちょっと肩の力を抜け」

「は、はい。もちろんです!」


わかっているのかいないのか、よくわからない返事を返され春澄は肩をすくめた。今日のところはこの態度をどうにかするのは無理そうだ。


「とりあえず、あのギルドマスターはお前を俺達の担当にするつもりのようだから、早く慣れないとお前が疲れるだけだぞ」


そう言って、春澄は固まったままのテリアを置いて、シドを連れてカウンターを後にする。

そしてあらかじめ聞いておいた別室で、職員に驚かれながら大量のゴブリンと一部の魔石を売った春澄は、今日から泊まる宿を探す為に街へと向かった。






ギルドを出たのは昼間だったが、人間の物に興味津々のシドがふらふらといろんな店を冷やかすのに付き合っていたせいで、気がつくといつの間にか日が落ちていた。

結局、春澄は風呂付きと言う条件に惹かれ、初日に泊まった宿に足を向けた。

たまになら銭湯などに行くのは趣があって良いが、毎日銭湯に通うと言うのは面倒くさすぎるのだ。

たとえ浄化(クリーン)で体が綺麗になったとしても、気分はさっぱりしないので風呂は欲しい。


二度目にして名前を知ったのだが、そこは高級宿屋に相応しい『天空のゆりかご』と言う、何となく快適な睡眠を提供してくれそうな店名らしい。

ゆりかごなら地上にあっても天空であってもさほど乗り心地は変わらない気がするが、こういうものをいちいち気にしてたら負けなのだろう。

その名前の書かれた入り口を通り手続きを済ませると、前回同様柔らかな笑みを浮かべた初老の男性に部屋へと案内された。


人の体に不慣れなせいか意外と不器用なシドを一人にするわけにもいかず、二人部屋を取った春澄達は、乳白色で出来た品の良いテーブルセットに座りゆったりと夕飯を取っていた。

ユキは春澄の隣で取り分けられたものを一生懸命食べている。


「そういえば主よ、ユキの事なのだが」

「どうした?」

「主はユキについてどの程度把握しておるのだ?」


どの程度、と言われて春澄は首をかしげた。ユキも自分の名前が出たことで、食事から顔を上げてシドを見た。


見てわかる身体的特徴と可愛らしさ、期待を裏切らない毛並みの良さ、意外と食いしん坊な事、知能が恐らく人間並みに良く言葉を理解する、偶然かわからないが道案内が出来る勘の良さ、春澄に随分懐いている事。

今上げられるのはこんなものだろうか。


「ユキの存在はエルフに似ている。ユキはホーンラビットとは思えない知能と魔力を持っているが、エルフも魔力が高く、精霊と言葉を交わし、精霊を介して言葉を届ける事の出来る種族だ。おそらく主と会った時の頭に響く不思議な声というのも、ユキの必死の言葉を精霊が主に届けたのだろう」

「なるほど。あの不思議な声はそれだったのか。けど、そもそもユキに魔力があるのか?」

「むろんだ」


本来、魔物はすべてのものが魔力を持っている。体質的に魔力を身のうちに非常に溜めやすく、母親の胎内や卵でいる時に魔力が固まり魔石が生成される存在だ。

ただ知能が伴わない為、魔法を使えない魔物が非常に多いというだけなのだ。


「ユキは体と魔力が合ってなさ過ぎる。魔物が大人になれば体の魔石も自然と成長を止めるが、ユキのように体と魔力が合っていない場合、魔石がそのまま大きくなり体に負担をかけ、最悪死に至る事があるのだ」


シドの言葉に春澄の動きが止まる。


「…………そういうのが、希少種って呼ばれるわけか?」

「それがすべてではないが、一部はそうかもしれんな」


突然聞かされた事実に、感じた事の無いよく分からない感情が涌き上がってくる気がして、それを押さえつけるように目を瞑った。

シドに言われた事をゆっくりと頭の中で繰り返した後、春澄は静かにシドへ問いかけた。


「…………どうすれば良い?」

「簡単な事だ。ユキも魂の契約を結べばよい」


あっさりと返された答えに、春澄は目を開いた。


「それだけで、ユキは助かるのか?」

「うむ。魂の契約を結べば魔石に縛りが付き、その状態から成長しにくくなる。それに人型が取れるようになる。そうしたら意思の疎通も今より楽になり、魔力の制御の仕方も教えやすくなる。魔力が高いものは長寿の傾向にあるから、逆に寿命も延びるだろう」

「バルジは魔物が人化するのは珍しいって言ってたぞ?ユキが人化出来るとは限らないんじゃないか?」


魂の契約を結ぶことでユキを危険から遠ざけられるならそれをする事に迷いはないし、人化もしなくても構わなかったが、春澄は気になった事を質問した。


「それは人間達が魂の契約の真似事しかしておらんからだ。魂の契約とは真に主に従い、生死を共にし、同じ型を取ることが出来る。途中で解除など出来ぬもの。意識を繋げば相手が何処に居るか、どのような常態かわかるのだ。この契約は我ら従う者が真に望む事によってのみ行えるもの故、魂の契約を行うものは非常に数少ない。……対して人間の行っているものは契約した人間が死のうとも、こちらが一緒に死ぬことは無いし、途中で解除も出来るようだな。全く違うものであるから、そのようなモノで主と同じ型を取るなど不可能だ。故に契約の違いが解らぬ人間達からしてみれば、珍しいと捉えるのだろう」

「なるほどな」


これが以前シドが言っていた『脆弱な契約』と『神聖な契約』の違いのようだ。


「わかった。方法はシドの時みたいにやれば良いのか?」

「うむ、やり方は同じだ」

「ユキも、俺と魂の契約とやらを結ぶので良いか?」


元々ユキは春澄と従魔契約を望んでいたので、嬉しそうに体を春澄に擦り付けた後、足元に下りて春澄の周りをくるくると回り始めた。

その嬉しそうな様子を見て、春澄の口元に笑みが浮かぶ。





食べ終わった食器を下げて貰った後、春澄は早速ソファーの上でユキと向かい合っていた。その横にはシドが立っている。


「ではユキよ。心の中で主の名を呼び、裏切らぬ事を魂に誓え。準備が出来たら主に血を差し出すがよい。主よ、ユキへの罰の制約を唱えよ」


ユキが小さな前足を噛み、血が出たそれを春澄の方へと伸ばす。春澄も指を噛み、ユキの前足へそっと合わせる。


「そうだな、罰は……一日中撫でまくってやるから覚悟しろよ、ユキ」


名を呼ぶと、前回と同じく軽い電流が体を走り、心臓へと収束した。

ユキが淡く光る。そのまま光が膨らみそうになるかと思ったが、光は消え、ホーンラビットのままのユキが現れた。


「……失敗、なのか?でもユキと繋がった感覚はあるんだが…」

「人間のやってるまま事のような契約と違い、魂の契約に失敗など無い。きちんと魂の契約は成されたぞ」

「そうなのか?」

「もう夜であるから、ユキも疲れたのではないか?ホーンラビットは小さいゆえ。我は問題なかったが、最初のうち人化するのは、体力や魔力、精神力などいろいろ必要なのだ。契約したからと言って、必ずしもすぐに主と同じ型を取れるとは限らぬ」


その言葉に安心した春澄は、わずかに息を吐いた。

成功しているなら人型を取れなくても、魔石の成長を止める事は出来たはずだ。


「じゃ、とりあえず今日はもう出来る事はないか。……ユキ、風呂は?」


ぷるぷるとユキが首を振る。やはり慣れないと風呂は嫌なものなのだろうか。

春澄はユキを抱え、浄化(クリーン)をかけてからベッドへと連れて行った。


「先に寝てて良いぞ。シドは風呂入るか?」

「うむ。人間が体を清める為に水浴びをするものだな?我には必要無いが、一度経験してみよう」

「ん、使い方教えるから付いて来い」


『天空のゆりかご』は部屋も広いが風呂も広いので、シドと入っても問題ない。

春澄はシドに髪と体の洗い方まで教え、風呂のマナーも教えてから湯につかった。

シドには随分ぬるかったようで、言われるままに温度を上げてやると春澄には入れない温度になってしまった。恐らく50度を超えているのではないだろうか。

結局それ以上春澄は湯に浸かれなかったので先に上がったが、シドが熱湯風呂を気に入ってしまったので、その後は春澄が先に風呂に入り温度を上げ、シドが後から浸かるという風呂の習慣が出来る事になるのだった。



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