20.ふたつ目の
その昔、シドは唯一の友人を失い、暫く無気力になっていた。
先ほど春澄に『友人になりたいと言ったのは2人目だ』と言って居たので、その友人が1人目だったのだろう。
ふらふらと他の国から彷徨って来たシドは、適当に降りたこのロッキアナ火口で暫く過ごしていた。
その日もゆっくりと眠りについていると、人間の気配がしたが、対応する気も起きなかったのでそのまま気づかないふりをした。
生きる事に執着もなかったが、人間が自分を傷付けられるとも思っていなかったのもある。
次第に何故か良い気分になり、眠りに付いたシドは、目覚めると体を動かす事が出来なくなっていた。どうやらその時封印を施されたらしい。
数メートル程度なら身体を動かす事が出来たらしいが、シドの巨体ではあまり意味のない事だった。
『良い気分』は人間の魔術師によるものだったと気づいたのは少し後になってからだ。
何年も何年も、長い間同じ景色ばかり見続け暇をしていたシドの視界に、ある時小さな光が落下してくるのが見えた。最初は誰かが光魔法でも放ったのではないかと思ったのだという。
落ちたそれは光を散りばめる様にして地面を転がると、シドの足元で止まった。辛うじて横目でそれを確認するも、シドにはなんの行動を起こすことも出来ない。
たとえそれから漏れ出る異常な魔力に興味引かれようとも。
暫くすると、いつの間にかその物体は地に馴染み、その場所には不思議な魔法陣が出来ていたが、なんの魔法陣なのかはシドにはわからなかった。
それからまた長い間がたったある時、シドは自身を抑える結界が弱まっている事に気がついた。人間も気づき結界を何度も補強しに来ていたのだが、何度やってもすぐに弱まる。
どうやら人間の結界はシドではなく、その周りを含む一定の空間に対する封印であり、人間が気づかないうちに紛れ込んだ異物に対しても作用しているせいで、封印を維持する為の人間が注げる魔力が追いつかなかったらしい。
人間もまさか封印の結界をすりぬけて、そんな不思議なものが紛れ込んでいるとは思わなかっただろうが、赤竜の足元に小さく展開されている魔法陣に気づけたとしても対処できたかは不明だ。
シドにとって幸運にも、正体不明の魔法陣と人間達の結界は少々相性が悪かったらしく、反発する力が働いていたのをシドだけが気づいていた。
そして国だけでは手に負えず、随分前からギルドにも協力の依頼を出していたのだが足りず、とうとうシドが自力で封印を破れるほど結界が弱まり、めでたく羽を伸ばす事が出来たというわけだ。
「主はその異なるものが何なのか知っておるのか?」
「知っているというには語弊があるな…それは後で話そう。ちょっと待っててくれ」
春澄はまた膝を着いてそれを観察する。前回とは違いほんのり紫がかった白い魔法陣のみが展開されていた。前回欠片を取り出したら消えてしまった方の魔法陣だ。そして大きさもふた周りほど小さい。
短剣を取り出し、中心にあった欠片を抜き取る。今回は5センチほどの欠片だ。鑑定をかけたが、やはり使えなかった。
「この欠片が魔法陣の媒体みたいなものか。それに欠片と陣の大きさは比例するのか…?」
今ある情報のみで推測すると、エーデルの言う召喚が頻繁に行われるようになった原因の一つは魔法陣というよりもこの欠片のせいなのだろう。
この勝手に模様が浮かんだという魔法陣が何を示すのか、欠片が何なのか疑問は解けないがシドのお陰で新しい情報が手に入った。
前回の欠片と一緒に大事に仕舞い、シドと共にユキを迎えに行こうとした春澄の背後から数人の足音が聞こえ、振り返る前に聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
「春澄殿」
「グレン?居たのか」
そこにはグレンと、その後ろから同じ制服を纏った数人の騎士、先ほど春澄に殺気を向けられた軍服の何人かが怯えながら付いて来ていた。
「いえ、先日春澄殿の事を友人に話していたのですが…この現場に春澄殿らしき人物が居るから、知り合いなら来て欲しいと先ほど呼ばれてしまいましてね」
グレンが苦笑しながら後ろの面々を見た。目を反らした何人かがその友人なのだろう。
確かに、国を滅ぼせる程の竜に勝ち、霊薬を飲ませ、あまつ契約までしてしまった危険人物が居たら、知り合いならどうにかしてくれと頼みたくなるのも仕方がない。
軍服の騎士が『線は越えてませんよー横を通って来たから超えてませんよー』と呟いている辺りには冷めた目線を送ってやった。
「随分来るのが早いな。転移陣でも用意してあるのか?」
「その通りです。国で緊急時に必要と判断された場所にはいくつか設置してあるんです」
「へぇ………で、何のようだ?」
「一緒に過ごしたのはたった数日間だけですが、春澄殿の人となりは理解しているつもりです。ですが一応、この場のペンタミディア王国とメランジュ王国の騎士の代表として、春澄殿にお尋ねしたいことがあります」
「ペンタミディア国?」
「ええ、諸事情から隣国のペンタミディア王国とメランジュ王国と合同で赤竜の封印を行ってきました」
あの偉そうな人間が居た軍服のほうがペンタミディア王国か、と春澄はちらりと目を向ける。何人かの肩が反射的に跳ねた。
「お二人はこれからどうされるのですか?」
「ダート村に依頼の報告して、メランジュ王国の王都に戻って、ギルドにも報告だな。宿はまだ決めてない」
「いえ、そういう意味ではなく…………人間と敵対は?」
「さぁ、そっち次第じゃないか?もうこいつは俺の仲間だし、こいつに何かするようなら俺も戦うだろう。何もしてこなければ敵対はしないんじゃないか?……あ、でもシドは何食べるんだ?」
流石に食事を邪魔する権利は俺にはないが、とシドを見ながら呟かれた言葉を聞いた者に戦慄が走る。もし人間が主食だと言ったらどうするつもりなのか。
「は、春澄殿っ!」
「だってな、目の前に美味そうな飯があるのに、動物の骨とか海水とか用意されてこれを食べて過ごせとか言われたら、お前ならどうする?俺達だって他の命を貰ってるんだぞ?」
「………」
流石にグレンも慌て出すが、春澄がもっともな事を口にすると辺りを静寂が支配した。
この場の全員が『美味そうな飯』を選んだのだろうが、それを口にしてしまえば負けだ。
暫く沈黙する人間を眺めたシドが、馬鹿にした様子で鼻を鳴らした。
「安心するがいい、人間共。我は生き物ならたいてい食せるが、別に人間でなければならぬ事はない。せっかく主と同じ型を取ったのだ。我は主と同じものを食そう」
それを聞いた騎士達が途端に安堵の息を吐き出した。だがグレンの表情はまだ硬い。
「………人間を恨んではいないのですか?」
「ふん。人間は好かぬが、元々さほど興味も無い。我が封じられたのはお前達を侮り好きにさせた我に責がある。それを恨む等、己の失策を認められぬ愚かな所業だ」
それを聞きグレンの表情から漸く緊張が抜けた。
この世界では本来シドのような高位の竜種は人を襲うことが無く、温厚な存在として語り継がれている。
シドの言葉を聞き、高位の竜種が気高く高潔だとされている理由を垣間見た気がしたのと同時に、グレンに新たな疑問が浮かんだ。
このような考え方の出来る彼が人間に封じられる事になった、言い伝えや文献でしか知らない出来事。
その出来事は温厚なはずの高位の竜が人間に牙を向いたことにより、邪に身を落としたとされ『厄災の竜』として封印されたらしいが、グレンには無意味に人間を害するようには見えなかった。
何故、とグレンが思考を深くさせる前に春澄が遮った。
「俺達はもう行くぞ。あっちにユキを待たせてるんだ」
「あ、春澄殿、この件についてどういった扱いになるかわかりませんので、その方が赤竜だという事は内密にお願いします」
「わかった」
「では、引き止めて申し訳ありません。またお会いしましょう」
そして少し歩いた春澄は、火口の中から見上げる壁は何処も同じでユキの場所がわからなかったので、探索を頼りにユキを迎えに行くのだった。
最初にユキとシドを会わせた時の両者の反応は面白いものだった。
ユキは意外にも赤竜相手に怖がる事もなく、鼻と耳をぴくぴくとさせるだけだったし、シドはユキを暫く見つめた後突然わしゃわしゃと撫で始めた。
「……何してるんだ?」
「これはホーンラビットであろう?我には小さすぎて近くで見た事がないのでな、興味深い」
恐らく今は人型の手のひらであれこれ触れるのが不思議なのだろう。
シドは春澄以上に表情筋が仕事をしていないようで、顔を見ただけではわからないが、その仕草を見るになかなか楽しそうだ。
「おい、力加減気をつけろよ」
「む。すまんな、ユキ」
春澄はシドの手からユキを奪い返し、乱れた毛並みを整えてやるといつもの定位置に戻し歩き始めた。
「主よ、これからどうするのだ?」
「まず、ちょっと寄り道する、それからダート村ってとこに行ってから王都に向かう。向かう途中、お前達には俺の事とかあの魔法陣について話しておかないとな」
そうして春澄はこの世界に来る事になった出来事や、エーデルから受けた依頼、欠片についてを話しながらダート村へ向かうのだった。
ダート村へ着く頃にはすっかり夜になっており、リドーの家に着くとものすごい剣幕で『心配しましたよ!こんな時間まで何をしていたんですか!?』と詰め寄られた。
説明が面倒くさかった春澄は、別行動をしていた仲間と偶然会って話し込んでいたと適当に説明し、その日はリドーの家に泊まる事になった。
翌朝、シドの服を世話したり出された食事の仕方を教えてやったりと、いつもより時間をかけて支度し終えた春澄達は早々とリドーの家を出た。
そこで、いつの間にかリドーが呼んだのだろうか。集まった村人の前で討伐の確認としてポイズンタイガーの死体を2体見せてやると、歓声を浴びながら春澄は淡々とリドーから依頼完了のサイン入りの証書を貰った。
「本当にありがとうございました。これでまた狩りに出る事が出来ます」
「ああ」
「あの、それで………」
なにやら言いたい事があるらしいリドーを待つ間、無造作にポイズンタイガーを仕舞う。
「昨日の事、まだ納得は出来ません。きっと同じことがあったら、私は駆けつけてしまうかもしれない。…でも、自分の及ぼす他人への影響について、もっと考えたいと思います。私が村長であるなら、なおさら………」
「そうか。まあお前の好きにしたらいい」
俺には関係ない、と春澄が口にしていない言葉まで読み取って、リドーは苦笑した。
「そういえば、アルナリアさん達が会いたがってましたよ」
「ああ……まだ診療所に居るのか?」
「ええ、ご案内します」
村の中心にあるどの建物よりも大きいそれは、古びて見える外観に対して、中は意外にもかなり清潔に保たれている。
そんな診療所の前でリドーと別れると、シドと一緒に告げられた部屋番号を目指した。
その一室に入ると、ベッドで枕を背もたれにしながらアルナリアはゆったりと座っていた。顔色も良く、元気そうだ。ちょうど妹のミリアリアも横に立っている。
ミリアリアは初対面のやたらと美形なシドに驚いた視線を向けたが、今まで楽な姿勢を取っていたアルナリアはシドに気づかずに、春澄の姿を見るとわたわたと慌てて髪を直したり顔を触ったりし始めた。
「は、春澄さんっ。おはようございますっ!」
「おはよう。急に来て悪いな」
「いいえっ。昨日は本当にありがとうございました」
「いや、それはいい。早速だけど、聞きたいことが有る」
頭を下げてお礼を言い出す2人を軽く手で制すと、春澄は不思議そうにしている彼女達に本題を切り出した。
「お前たちの依頼はどうするんだ?」
「……私がこの怪我なので諦めるしかないですね」
ほとんどの依頼には期限が設けられている。それは期限までに必要だからだったりもするが、依頼を受けておいていつまでたっても完了せず、まだ失敗していないという言い訳を防ぐ為だ。
アルナリアの怪我が治るまで待っていたら、とっくに期限が切れるだろう。
「これから何処に帰るんだ?」
「えっと、家はここから半日ほどの場所なんですけど…この怪我で家に帰ると、非常にマズイので、一度王都に居る伯父さんを頼ろうかと…」
「なら都合が良い。王都のギルドまで一緒に来てほしいんだが、準備は出来るか?怪我なら移動手段については問題ないから心配するな」
「えっ?あの、何故ですか?王都までご一緒させてもらえるのはとても助かりますが、助けて頂いた上にそこまでお世話になるわけには……」
「別に助けた訳でもないから気にしなくて良い。一緒に来てほしいと言っているのはこっちだしな。……で、来れるか?」
2人は顔を見合わせた。春澄にそのつもりはなくても、やはり自分達にとっては恩人である。
しかし、このまま怪我が治るまでここに居ると治療費がかさむ上に、依頼失敗では違約金も非常に痛い。
それに王都までの長い道のりを、圧倒的実力を持った春澄と共に行けるのは願っても無いことだ。
依頼中に怪我をしたので今回の分は依頼失敗となってしまうが、怪我の診断書を出せば『1ヶ月依頼を受けなければギルド除名』という規則から外れる事が出来るので、早めにギルドにも行きたかった。
暫く考えて目線を交わし合うと、決意したアルナリアが眉を下げながら言った。
「では、本当に申し訳ないのですが、ご一緒させていただいても良いですか?」
「ああ。そうと決まったら、早速だけど出発したい。どのくらいで準備が出来る?」
「ちょっと身だしなみを整える程度なので、10分いただければ大丈夫です」
「なら10分後に迎えに来る」
そう言って春澄が部屋を出て行くと、アルナリアはミリアリアに手伝ってもらいながら慌しく着替えを始めた。
【感想返信】
感想ありがとうございます。
シドの性別と、題名についてのつぶやきに多数書き込みいただいたので、ここでまとめて返信させてください。それ以外は感想欄で返信します。
前回の更新で、シドの性別への反応が多くて、かなりびっくりしました(笑)
自分としては、人化が女とか男とか性別に定番はないと思っていたので、特に意外性はありませんでした。
この小説はテンプレ大好きな作者が、自分の好きなテンプレと趣味や好みを詰め込んだものとなってますので、赤いカッコいい竜はカッコいい男であってほしいという作者の好みなのです。
美女をお望みの方は、出番があるまでしばらくお待ちください・・・
題名に困ってるつぶやきにも提案してくださった方もありがとうございます。
最初は数字にしようかと思ったのですが、後で編集する時に題名がないと『あの話どこだっけ?』となるので自分のための題名でもあります(笑)
なんかいつもひねりがない題名だなーと思っても流してやってください。




